『花と蛇』(はなとへび)は、団鬼六のSM小説(官能小説)であり、日本の緊縛官能をもっとも長く映像に送り続けてきた題名である。幾度となく映画化され、遠山静子という名前は、日活ロマンポルノから平成の院線、アダルトゲーム、無修正アニメ、舞台まで、何度も同じ女として撮り直されてきた。原作の骨格は、富裕な男の後妻が縄と飼育の側へ引き渡される話だ。誘拐、涕泣、飼育、調教、憂愁、羞恥、屈辱、号泣——角川文庫が付けた巻名が、そのまま筋の階段になっている。映画化はいずれも成人指定(東映ビデオ作品はR18+)である。
奇譚クラブから文庫の完全版まで
昭和37年(1962年)8月、『奇譚クラブ』に花巻京太郎の名で投稿され、連載が始まる。団鬼六の名が表に出る前の投稿名である。のちに掲載誌を『アブハンター』へ移し、昭和50年(1975年)9月に完結した。連載は十三年にわたり、掲載誌が二誌にまたがる。単行本の最初のまとまりは、耽美館(SM耽美文学)『花と蛇』第1–10(1969年–1970年)、桃園書房『決定版花と蛇』1–8(1977年–1978年)で、いずれも『奇譚クラブ』掲載分だけを収録している。『アブハンター』側だけをまとめたのが、東京三世社の『花影夫人 完結 花と蛇』(1980年)である。
角川文庫は1984年–1985年に『花と蛇』1–8を出した。巻名は誘拐の巻、涕泣の巻、飼育の巻、調教の巻、憂愁の巻、羞恥の巻、屈辱の巻、号泣の巻。初の完全版になる予定だったが、最終巻は発売されなかった。富士見書房の団鬼六全集『花と蛇』1–9(1985年–1986年)が、完結編まで連載全編を収めた初めての完全版になる。太田出版は1992年–1993年に上中下を出し、上・調教編、中・開花編、下・爛熟編として富士見書房版に大幅な加筆訂正を加えた。幻冬舎アウトロー文庫は1999年に1–10巻本を出し、太田出版版へさらに加筆した。この版では1–8巻のサブタイトルは角川・富士見と同じだが、9巻は「被虐の巻」、10巻が「完結編」である。太田出版は2005年に天野喜孝の『花と蛇 画集』も出している。竹書房は2006年–2009年、『花と蛇 縛り、縛られ、縛り倒す緊縛官能哀歌』第1–4集を刊行した。
日活ロマンポルノの静子たち
日活による映画版が、この題名をSMの商標にした。最初の『花と蛇』では、遠山静子を谷ナオミ、遠山千造を坂本長利、片桐誠を石津康彦、片桐美代を藤ひろ子、ハルをあべ聖、課長を八代康二、緊縛師を高橋明が演じる。谷ナオミが銀幕の縄の顔として定着する一本であり、のちに「初代SMの女王」と呼ばれる起点でもある。続く『花と蛇 地獄篇』では遠山静子が麻生かおり、遠山京子が藤村真美、川田美津夫が中田譲治。銀子は清元香代、マリは渚あけみ、朱美は染井真理、田代一平は仙波和之、遠山義隆は児玉謙次、津山淳は平泉成。静子の役者が交替しても、縄と飼育の配置は残る。
『花と蛇 飼育篇』の遠山静子は小川美那子。遠山隆義は永井秀明、田代は港雄一、村瀬美津子は舵川まり子、藤原千代は矢生有里、杉本は坂元貞美。『花と蛇 白衣縄奴隷』は山際美貴を真咲乱、竹内直江を小川美那子、伊藤希代子を江崎和代、大庭秀紀を野上正義。『花と蛇 究極縄調教』では遠山志津子が長坂しほり、遠山久美子が速水舞、佐伯道子が水木薫、野沢俊介が中原潤、沼田が新海丈夫。題名が地獄、飼育、白衣、究極と移るほど、日活は縄と調教の商標としてこの系列を使い続けた。
杉本彩、小向美奈子、ZERO
東映ビデオ系では杉本彩主演の院線が続く。『花と蛇』は2004年3月13日公開。裏世界の大御所である老人・田代(石橋蓮司)が、世界的タンゴダンサー・遠山静子の映像に釘付けになる。部下の森田は、静子の夫である若手実業家・遠山隆義(野村宏伸)を脅迫して静子を「パーティー会場」へ誘い、ボディガードの京子(未向)を集団で襲って会場へ運び込む。遠山静子は杉本彩、田代一平は石橋蓮司、森田幹造は遠藤憲一、野島京子は未向、ピエロ男は伊藤洋三郎、M女は卯月妙子。緊縛指導は有末剛。わずか三タイトルで終わった48DVDでも出た。
『花と蛇2 パリ/静子』は2005年公開。遠山静子は杉本彩、池上亮輔は遠藤憲一、池上小夜子は不二子、遠山隆義は宍戸錠。オークションの女・貴子は荒井美恵子、オークションの司祭は伊藤洋三郎、墨田は中山俊、及川清輝は品川徹。原作は団鬼六、監督・脚本は石井隆。『花と蛇3』は題に「3」とあるが杉本彩の二本とはつながっておらず、区別のための番号である。主演は小向美奈子、監督は成田裕介、脚本は我妻正義。2010年8月全国公開。遠山静子は小向美奈子、遠山隆義は本宮泰風、野島京子は小松崎真理、鬼村源一(伊沢)は火野正平、折原珠江は水谷ケイ、平原美佐江は琴乃。ほかに工藤俊作、斎藤歩。メイキングDVD『小向美奈子 緊縛 – 映画「花と蛇3」より』は2010年7月21日発売、初回に劇場割引券。本編のDVD・ブルーレイは2010年12月3日。
『花と蛇ZERO』は2014年5月17日公開で、団鬼六の原作に近い内容とされる。杉本彩二部作とも『3』とも別系統で、刑事が縄の側へ踏み込む構成になっている。雨宮美咲(刑事)は天乃舞衣子、遠山静子は濱田のり子、瑠璃(主婦)は桜木梨奈、エディは辻本祐樹、馬場慶彦警部は木村祐一、雨宮美冬はあんり。ほかに黒川が菅原大吉、遠山隆義が津田寛治、広木が川野直輝、斎藤が榊英雄。静子は一人の堕落譚の中心ではなく、複数の女と捜査が交差する側へ移っている。
エルフのゲーム、無修正アニメ、月蝕歌劇団
アダルトゲームはエルフが2005年に出した。調教AVGとして、CGやグラフィックマップなどを駆使してゲーム化され、往年の作品のゲーム化として話題を呼んだ。声優は非公表。舞台は昭和中期、高度成長時代を迎えていた日本——戦後経済の混乱のなかで、『遠山電器』はあらゆる電化製品を扱い、業界第一位に躍り出たメーカーである。この社を一代で築いたのが遠山隆義。主人公の川田は、この大富豪・遠山の雇われ運転手をしている男だ。遠山には娘ほど年の離れた後妻・静子がおり、溺愛していた。才色兼備で稀に見る絶世の美女で、川田にとっても密かな憧れの人であり、人知れず思いを寄せている。登場人物は川田、遠山静子、義娘の遠山桂子、野島京子、その妹・野島美津子、夫の遠山隆義、美津子の恋人・村瀬文夫、文夫の姐・村瀬小夜子。
アダルトアニメは団鬼六によるSM小説『花と蛇』の無修正アダルトアニメ版である。あらすじはこうだ。遠山静子は若き実業家の後妻である。暮らしは豊かだが、先妻の娘である桂子との仲が上手くいかず、思い悩む毎日だった。そんなある日、桂子を誘拐したという電話が入る。驚いた静子は身代金を持って犯人との交渉に臨むが——そこで縄の側へ落ちる。声は遠山静子が尾崎くみこ、遠山桂子が真咲はな、川田一夫が奥村祐司、鬼村源一が五木幸三、銀子が麻生れいこ、朱美が清水ひとみ。監督は竹羽正彦、企画・プロデューサー・脚本は中原研一、キャラクターデザインはジェームス林。商品一覧は『花と蛇 The Animation』第一章「麗しき無惨花」(2006年7月21日)、第二章「恥辱の檻」(2006年8月24日)、第三章「終わりなき性地獄」(2006年9月22日)。
2007年2月、月蝕歌劇団が本多劇場で『花と蛇〜新版〜』を上演した。初の舞台化で、最初で最後のライブを完全収録したR18指定作品とされる。遠山静子は三坂知絵子、遠山桂子は紅日毬子。ほかに倉敷あみ、森永理科、合沢萌、一ノ瀬めぐみ、黄金咲ちひろ、木塚咲。企画は月蝕歌劇団。DVDは2007年7月24日発売。英語圏の参照としては、Patrick Macias『TokyoScope』(2001、Cadence Books、ISBN 1-56931-681-3、p.183、Izumi Eversによるレビュー)と、Thomas and Yuko Mihara Weisser『Japanese Cinema Encyclopedia: The Sex Films』(1998、Vital Books、ISBN 1889288527、p.155)がある。











