奈加あきら(なか あきら、1959年1月4日 – )は、日本の緊縛師である。濡木痴夢男の縄に衝撃を受けてこの道に入り、AVと雑誌の縛り係として現場を重ねた。2005年に心筋梗塞でいったん倒れ、復帰後はライブと海外公演へ領域を広げた。2009年からは緊縛写真家・杉浦則夫のメイン緊縛師を務め、2013年以降は欧米で「Naka Style」と呼ばれるようになる。責め縄の手数を、スタジオの裏方から国際的なスタイル名まで運んだ人物である。
巻町から上京、濡木痴夢男の衝撃
1959年1月4日、新潟県西蒲原郡巻町(現在の新潟市西蒲区巻)に生まれる。10歳のとき山梨県へ移り、18歳で上京した。飲食、スタジオ、プロダクションと仕事を変えながら、30歳で濡木痴夢男の緊縛を目にして衝撃を受ける。1988年頃にはスタジオとモデルプロダクションの経営を始めていた。1990年頃、マネージャーとしてシネマジックの撮影現場にモデルを連れて行き、そこで初めて濡木の緊縛を生で見る。その後、濡木主宰の「緊縛美研究会」で研鑽を積み、緊縛師となった。1995年9月、緊美研第115回例会で完成した刺青を会員に披露したことが、緊美研通信16号に載っている。以降、シネマジック作品を皮切りに、多くのAVに緊縛担当として参加し、出演もした。
相模湖の発作と、古民家を縛る
2005年初夏、相模湖畔のビデオ撮影現場で心筋梗塞の発作に襲われ、緊急入院・手術。半年ほどの療養を強いられる。同年9月、英国テレビ局チャンネル5から、海外初の取材を受けた。復帰後の2006年6月、ドグマの5周年記念作品『縄・トライアングルレズビアン』で、古民家を丸ごと縛り上げるインスタレーションのような緊縛を披露する。現場の「縛り係」から、空間ごと縄で見せる側へ踏み出した仕事である。
ライブ、夢流想倶楽部、杉浦則夫
2008年1月、横浜のストリップ浜劇で友田真希と初の緊縛ライブを行う。同年、監督・夢流ZOUと組んで緊縛レーベル「夢流想倶楽部」を設立した。2009年3月、女性限定イベント「雨宮まみのエクスタシーサミット」(渋谷・アップリンクファクトリー)に出演し、緊縛を実演。2010年、愛染恭子引退作となった団鬼六原作『奴隷船』(金田敬監督、新東宝)に出演し、緊縛指導も担当する。2011年3月、写真集『責め縄絵巻:緊縛師・奈加あきらの世界』(サニー出版)が発売。同年6月、東京・スタジオ六本木倶楽部で第一回『縄奈加會』を開いた。
2012年9月、「サディスティックサーカス2012」(新宿・FACE)に紫月いろはと初出演。2013年1月、四谷アウトブレイクの「さろん・ど・四谷『春聯』」で遠藤ミチロウと共演する。2013年2月、緊縛指導した『R-18文学賞vol.1 自縄自縛の私』(配給:よしもとクリエイティブ・エイジェンシー)が公開された。同年4月、ロシアの『MOSCOW KNOT』に招待され、初の海外出演。ここから「Naka Style」の呼び名が欧米側に定着していく。
写真集、取材、責め縄研究会
2014年11月、『奈加あきら緊縛写真集(DVDつき)』(写真・佐藤恵里沙、大洋図書)発売。2016年7月、ドキュメンタリー『牡丹の囁き』(監督 Vincent Guilbert)の上映会で、奈加、Guilbert、雨宮まみがトーク出演した。経歴の細目の多くは、この映像を根拠に語られる。2018年3月、『新潮45』3月号に取材記事「緊縛師として生きる」が載る。同年5月、『週刊SPA!』5月1・8日合併号の特集「エロが変わる」Part2「風俗業界の明と暗」で、「空前の緊縛ブーム到来! 外国人が殺到する繩師」として紹介された。同年6月、オムニバス写真集『DARK EROS』(玄光社。Jingna Zhang、沢渡朔、村上キヨ、TRMN、笠井爾示)に緊縛師として参加。7月にはアトリエNAKAで第1回『責め縄緊縛研究会』を開く。
2019年2月、阿佐ヶ谷ロフトAで『緊縛師 奈加あきら30周年祝&還暦祝トークライブ「この際だから全部喋っちゃえ!」』を開催。神田つばき、三代目葵マリー、友田真希、川上ゆう、紫月いろは、森下くるみ、夕樹舞子らが並んだ。2021年3月、秋田市にピザハウス「PIZZA NDANO」をオープン。2025年2月、花房観音著『縄 緊縛師・奈加あきらと縛られる女たち』(大洋図書)が、半生を一冊にまとめた。関連する写真の仕事には、佐藤恵里沙『哀しき熱帯 奈加あきらの靑』(撞着社、2017年)もある。濡木の例会からシネマジック、杉浦則夫のメイン、モスクワのノットまで、奈加の縄は現場の裏方名からスタイル名へ移った。
活動歴の細目は、特記のない限りドキュメンタリー『牡丹の囁き』(Vincent Guilbert、2016年)に依っている。巻町に生まれ、山梨を経て18歳で上京し、飲食とスタジオとプロダクションを回り、30歳で濡木の縄を見て折れた——その線が、シネマジックの縛り係、相模湖の発作、浜劇のライブ、杉浦則夫のメイン、モスクワの初海外へ続く。2013年の『自縄自縛の私』はよしもと配給の文学賞映画に縄を入れ、2018年の『新潮45』と『週刊SPA!』は、外国人の殺到する繩師として紙の側からも名前を拾った。アトリエNAKAの責め縄緊縛研究会は、ライブの見せ縄を、研究会の手数へ戻す場である。書籍では花房観音『縄』(大洋図書、2025年)、佐藤恵里沙『哀しき熱帯 奈加あきらの靑』(撞着社、2017年)、監修写真集『奈加あきら緊縛写真集』(大洋図書、2014年)が残る。Naka Style と呼ばれるのは、責め縄の見た目が欧米側で一つの型として流通し始めた、ということだ。











