ミストレス(Mistress)は、英語における女性への古い敬称である。男性へのマスターに対応し、「家の女主人」、とくに家庭内労働者がいる家の世帯主を指した。ウィリアム・シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』に出るクィックリー夫人(Mistress Quickly)がその例である。既婚にも未婚にも使われ、ミセスやミスはこの語から分かれた。さらに古い形はマストレス(Mastress)である。
女主人、愛人、女王
敬称から転じて、女主人、女性支配者、女教師、愛人、「女王」を指す語になった。家の主である女と、寝室の主である女が、同じ単語に重なる。マスターが家父長と職人の親方を同時に指すように、ミストレスも屋敷の女主人と愛人の両方を抱えた。BDSMの現場でこの語が残ったのは、その二重性がそのまま主従の呼びかけになるからだ。
BDSMの女王様、ドミナ
BDSMでは、服従するパートナーに対して支配する側の女性をミストレスと呼ぶ。女性が支配し、男性が服従する「強い女性」の像が広がり、単なる尊称より、支配的な性格と振る舞いまで含めて女王様と訳されることが多い。英語ではドミナトリクス(女性支配者)とも言い、現場ではドミナという呼び方も使う。フェムドムの店では、入った時点で客は奴隷、相手はミストレスで固定される。呼び方が先に主従を決める。マスターが男の支配者を指すように、ミストレスは女の支配者を指す。家の女主人だった語が、寝室の女主人へスライドしただけである。
キャットファイトでの用法
BDSM用語から派生し、ドミネーション系キャットファイトでは、専ら攻撃側に回り、攻撃を受けて終わらないファイターをミストレスと呼ぶことがある。受けに回らない女、打ち続ける女——リング上の支配も、寝室の支配と同じ語で呼ばれる。シェイクスピアのクィックリー夫人が屋敷の女主人だった頃から、ミセスとミスが分かれるまでのあいだ、この語は既婚も未婚も覆っていた。BDSMが拾ったのは、その覆いの広さではなく、支配する女という核だけである。愛人を指す用法と女王を指す用法が同じ単語に残っているのは、英語の敬称がもともと家と寝室を分けていなかったからだ。











