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ラバーフェティシズム:ラテックス衣服の密着

ラバーフェティシズムは、他者、または自分自身をゴム(ラテックス)の衣服で覆う、あるいは着飾ることに性的魅力を感じる嗜好である。日本ではラバーフェチと略すことが多い。ゴムラテックスの衣服の愛好者をラバリストと呼ぶこともある。密着、光沢、匂い、呼吸の制限——ゴムは拘束具であり、第二の皮膚でもある。ゴムには弾力性と伸縮性があり、空気や水分を通さない。薄い板を貼り合わせて衣服の形にできる。早くからゴムの雨合羽がヨーロッパで製品化されたことで、愛好者がゴムの衣服を作り始めた。「第二の皮膚」という言い回しは、ラバーフェティシズムから生まれたとする説が根強い。イギリスの専門誌『SKIN TWO』はこの言葉から名づけられている。

呼吸制御にフェティシズムを感じる者、トータル・エンクロージャーと呼ばれるほど身体を完璧に包み覆うことを欲する者——この二つをまとめてヘビーラバーとも呼ぶ——がいる。スーツ内に密閉された体臭、ゴム自体の芳香に反応する者も多い。主に作られるのは、キャットスーツ、グローブ、ストッキング、ブーツ、ガスマスク、コルセット、ドレスなどである。1990年代後半以降、エルトン・ジョン、マドンナ、スパイス・ガールズ、ブリトニー・スピアーズ、レディー・ガガらがラバーのコスチュームを使い、デザイナーではジャン=ポール・ゴルチエ、ジョン・ガリアーノなどが挙げられる。

源流は20世紀前半のヨーロッパである。ゴム製雨合羽の愛好者が結成した「ザ・マッキントッシュ・ソサエティ」がラバリストの源流とされる。第二次世界大戦で多用されたゴム製ガスマスクの使用経験を端緒とする愛好家も多かった。ジョン・ウィリーの雑誌『BIZARRE』(1946年)が誌上でゴムの衣服の愛好家に触れた。世界初の専門誌は、1962年にジョン・サトクリフが編んだ『ATOMAGE』だと見てほぼ間違いない。いまのファッション的なアプローチの先鞭は、1983年設立、1984年刊行の『SKIN TWO』である。

日本では、戦後しばらくカストリ雑誌に生ゴムやゴム製雨合羽のエロス小説がまれに載る程度だった。1990年代前半のボンデージブームを支えたのが、ショップAZZLOの山崎シンジ、山崎ユミである。1992年に写真集『BODY DISCIPLINE』を出した。1998年、ラバーフェティシズムをテーマにした成人向けゲーム『好き好き大好き!』(13cm)が発売される。2001年にはTORTURE GARDEN JAPANが開催された。2002年から2004年にかけAZZLOなどショップの閉店が相次ぎ、2005年2月、東京池袋にラバーのオート・クチュールを専門とするKURAGEが誕生した。刊行中の主要な専門誌はSKIN TWO、SECRET、MARQUIS、HEAVY RUBBER、Von Gutenberg、GUM、アメリカのBIZARREである。

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