拘束衣(こうそくい、英語: Straitjacket)は、袖を腹側で結んで上半身の自由を奪う衣服である。鎮静衣とも言う。精神科病院や刑務所のイメージが強いが、BDSMではボンデージの一具として使われる。フーディーニ以来の脱出術の定番でもある。医療や刑事施設の歴史は背景として残るが、いまSMの棚で問題になるのは、着たまま動けなくなる「衣服」としての拘束である。
袖を腹で結ぶ、という構造
一般的には袖の長いジャケット状で、着用者の手を腹側に回して袖を結び、上半身の自由を奪う。精神科病院で使われる物は、閉じた袋状の袖の外側に短い革ベルトの先端が縫いつけられ、胴体側のバックルに差し込む製品が多い。指先を露出させずに自傷や無断離院を防ぐ一方、締め付けの強弱を調整して苦痛を和らげるためである。胴部のバックルが複数あり、拘束の角度を変えられる製品もある。BDSMで同じ形を借りるときも、袋袖とバックルの位置がプレイの核になる。腕が胴に固定され、自分では解けない、という感覚がボンデージとして読まれる。
病院・監獄は背景
自傷の恐れがある閉鎖病棟の入院患者や、暴れる受刑者に着せられたため、重症の精神病患者、あるいは非常に重要な犯罪者に用いるイメージが強い。映画でもそのように使われてきた。人権侵害という批判が根強く、近年の精神科では拘束衣を用いず、包帯など柔らかい布でベッドに拘束したり、ベッド上に厚手の革ベルトや板を渡して落下防止と拘束を行う向きもある。元々は酷い皮膚疾患やアルコール中毒など、自分の意志では止められないが治療の妨げになる行動——かきむしりや脱走——を防ぐ医療用具だった。認知症の老人や子供向けに、一人では脱げない衣服、ファスナーで自傷しない衣服が拘束衣・拘束着として売られていたが、介護保険法の「身体拘束禁止規定」に抵触するため、老人介護施設を中心に極力使わない努力が広まっている。ここまでは制度と医療の話である。SMの拘束衣は、そのイメージを性的に裏返す。
日本の刑事施設での規定
日本の刑事施設では、明治24年から「窄衣」という名称で法定外拘束具として用いられ、のち監獄法施行規則で正式に規定された。監獄法施行規則(明治41年6月16日司法省令第18号)第48条は戒具を鎮静衣、防声具、手錠、捕縄の4種とし、製式は法務大臣が別に定めるとした。第49条は所長の命令がなければ使えず、緊急時は事後報告。第50条は鎮静衣を暴行または自殺の虞ある在監者に限り、12時間以上は使えず、特に継続が必要なら3時間ごとに更新、護送中は鎮静衣を使えない、と定めた。現行の刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第213条(捕縄、手錠、拘束衣及び防声具の使用)では、逃走、自傷他害、設備や器具の破壊のおそれがあり他に選択肢がない場合、留置業務管理者の命令で拘束衣を使える。ただし捕縄、手錠または防声具との同時使用はできない。制度史は、拘束衣が「衣服型の戒具」として扱われてきたことを示す。BDSMの側が借りるのは、その戒具の形である。
BDSMの拘束衣は、ベルトではなく衣服
BDSMでは拘束具の一つとして用いられる。拘束服、拘束着は拘束衣と同様のものである。ただし現場では、ベルトを組み合わせただけで衣服としての機能を持たない拘束具も「拘束衣」と紹介されやすい。拘束衣・拘束着は、あくまで自由を拘束できる「衣服」であり、着用者の皮膚を保護しないものは拘束衣・拘束着とは呼べない。ジャケットとして着て、袖で腕を封じる。そこが縄や手錠やハーネスとの違いだ。日本のSMや kinbaku の現場でも、ストレイトジャケットは欧米由来のボンデージとして並ぶ。精神科の鎮静衣と同じ形を、合意のプレイで着る。
拘束衣から抜け出す「脱出術」は、フーディーニ以来、奇術の定番でもある。着せて閉じた袖を、どう外すかが見世物になる。プレイでは逆に、脱げないことが快感になる。2007年8月3日、大阪府警泉南署の留置場で、道交法違反容疑で逮捕された35歳の男性が、拘束衣を着せられて保護室に収容中、心疾患で死亡する事件が起きている。長時間の拘束がクラッシュ症候群の原因になることも知られ、ベッドにベルトで拘束する方式を含め、施設側では使用頻度を減らす努力が行われている。制度の側は減らす方向にあり、BDSMの側は衣服型ボンデージとして残している。どちらも、袖を腹で結んだジャケットが人体を封じる、という点は同じである。
ストレイトジャケットをボンデージとして着るとき、問題になるのは「衣服であること」である。ベルトの組み合わせを拘束衣と呼ぶのは誤りで、皮膚を覆い、袖で腕を封じ、自分では脱げないジャケットだけが拘束衣・拘束着にあたる。鎮静衣、窄衣、フーディーニの脱出、2007年の泉南署の死——背景は病院と留置場と奇術にある。プレイの側が取るのは、袋袖とバックルと、解けない上半身である。日本のSMでも、縄や手錠の横に、この欧米由来の衣服型拘束が並ぶ。














