谷ナオミ(たに なおみ、1948年10月20日 – )は、日本の元女優・映画監督である。1960年代中期から1970年代にかけてポルノ女優として働き、1972年には監督作『性の殺し屋』も撮っている。芸名は谷崎潤一郎の「谷」と、彼の『痴人の愛』のヒロイン「ナオミ」を重ねたものとされる。日活ロマンポルノのSM路線を代表する顔であり、「初代SMの女王」と呼ばれた。
福岡からピンク映画、そして日活
福岡県福岡市出身。三歳のときに両親が離婚し、母は家出し、さらに五歳のときに父にも捨てられ、親戚の家をたらい回しにされた。十八歳で上京し、1967年、関孝二監督のピンク映画『スペシャル』で女優デビューする。間もなくSM映画に出演し、その後日活へ移って1974年の団鬼六原作『花と蛇』に主演した。その後も団鬼六原作のSM映画に数多く出演し、日活ロマンポルノを代表するポルノ女優となった。「初代SMの女王」の通称は、この日活期の縄と団鬼六原作の連打から来ている。団鬼六とはプライベートでも親密な関係にあったとされる。
1978年の『薔薇の肉体』での演技に対し、第2回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。SM女優がアカデミーの演技賞を取る、という出来事自体が、谷の位置を示している。題名に「団鬼六」が冠された『団鬼六 薔薇の肉体』『団鬼六 縄化粧』『団鬼六 縄と肌』は、原作者名が商標として女優名の前に出る時期の作品である。1979年に一般男性と結婚して引退。芸能界を離れたあとはSMサークルを主催し、自ら調教される様子が深夜番組で放送された。スクリーンを降りても、調教される側として映像に残っている。引退後は熊本で喫茶店などの事業を展開し、1984年から熊本市内でスナック「大谷」を経営していたが、2013年に店をチーママへ譲って引退した。
団鬼六の告別とテレビ出演
2011年5月16日、六十三歳のとき、港区増上寺で行われた団鬼六の告別式で弔辞を読んだ。銀幕で何度も彼の縄を受けた女優が、本葬で言葉を読む、という構図になる。2013年8月30日(六十五歳)放送のTBS『爆報! THE フライデー』「アノ女優は今…壮絶人生初激白SP!」に出演している。関連として日活ロマンポルノ、そして谷の大ファンで私設ファンクラブ「深い谷の会」を結成したみうらじゅんが挙げられる。外部の索引としてはKINENOTE、allcinema、SMペディアがある。
主な出演
映画のデビュー作は『スペシャル』(1967)。同年『奴隷未亡人』。1968年に『徳川女系図』『女浮世風呂』。1972年『しなやかな獣たち』。日活期の中核は1974年の『花と蛇』と『生贄夫人』である。1975年は本数が厚い。『怪猫トルコ風呂』『レスビアンの世界 恍惚』『残酷・黒薔薇奴隷』『お柳情炎 縛り肌』『残酷・女高生(性)私刑』『黒薔薇昇天』『新妻地獄』『甘い体験 愛人関係』『濡れた欲情・ひらけ!チューリップ』。
1976年は『残虐女刑史』『犯す!』『濡れた壷』『奴隷妻』『残酷縛絵伝奇』『花芯の刺青 熟れた壷』『夕顔夫人』『幼な妻 絶叫!!』。1977年は『悶絶!!どんでん返し』『(秘)温泉 岩風呂の情事』『性と愛のコリーダ』『檻の中の妖精』『夜這い海女』『女囚101 しゃぶる』『幻想夫人絵図』(原作・団鬼六「黒い鬼火」)『貴婦人縛り壷』(原作・団鬼六)。1978年は『黒薔薇夫人』(原作・団鬼六「やくざ天使」)『縄地獄』『団鬼六 薔薇の肉体』『団鬼六 縄化粧』『おんなの寝室 好きくらべ』。引退前年の1979年に『団鬼六 縄と肌』。テレビでは1975年、12ch/東映『プレイガールQ』第49話「ポルノ女優殺人事件」で十和田梢を演じている。題名の列が示す通り、縄、奴隷、夫人、団鬼六——谷ナオミのフィルムグラフィは、そのまま1970年代日本SM映画の目次である。『花と蛇』から『団鬼六 縄と肌』まで、原作名と縄の語が題に残る本が、彼女の日活期の中心にある。











