田亀源五郎(たがめ げんごろう、1964年2月3日 – )は、日本人の漫画家であり、ゲイ・エロティック・アーティストである。SM、性暴力、過剰な男性性を題材にしたゲイポルノで知られ、日本のゲイ漫画家のなかでも作品数と影響力は突出している。国外でもアーティストとして名が高い。在学中から少年愛雑誌やゲイ雑誌に漫画と小説を寄せ、多摩美術大学卒業後はグラフィックデザイナーやアートディレクターをしながら描き、のちに専業になった。1994年の単行本『嬲り者』はゲイ漫画の書籍として画期的な売り上げを出し、1995年にはゲイ雑誌『G-men』の創刊に関わった。2014年の『弟の夫』からLGBTを扱う一般向け漫画も描き始め、同作は文化庁メディア芸術祭優秀賞、日本漫画家協会賞、アイズナー賞を受けた。美術史の著作『日本のゲイ・エロティック・アート』もある。熊系の肉体、縄と調教、男が支配側から従属側へ落ちる過程——BDSMの読者にとって、田亀は日本ゲイSM漫画の基準点の一人である。
鎌倉の家と、縛られた男への欲望
1964年2月3日、鎌倉市の武士の家系に生まれ、兄が一人いる。文化的な家庭で、文学・美術・クラシックには親しめたが、ポップ・ミュージックと漫画は禁じられていた。例外は文学的に優れているとされた手塚治虫だけだった。床屋の待合などでそれ以外の少年漫画に触れ、楳図かずおのホラーと、性や暴力を扱った永井豪を好んだ。幼稚園から絵を描き、小学校3年で油絵を習い始め、中学では漫画を作って級友や教師に見せるようになった。
小学生のころ、アラン・ドロンのファンだった時期から「オカマ」というあだ名をつけられていた。10代半ば、まだ同性愛という意識がないまま、映画『ソドムの市』やマルキ・ド・サドの小説を入り口にBDSMへ関心を持った。イタリアの『ヘラクレス』シリーズや『猿の惑星』のチャールトン・ヘストンなど、「裸で縛られた男性」が出てくる映画に惹かれた。その後ゲイ雑誌『さぶ』に出会い、存在すると思っていなかったものが存在した、というほどの衝撃を受けた。しばらくセクシュアリティに悩んだが、高校生になって男性に恋愛感情を持ったことで同性愛者を自覚する。当時日本に流入し始めた海外ゲイカルチャーを追い、アートとポップカルチャーに傾倒していった。
高校在学中の1982年、女性向け耽美系少年愛雑誌『小説JUNE』にペンネームで漫画を投稿して載った。息子と父親の近親相姦と殺人を描く内容で、当時の青年漫画界で起きていた「三流エロ劇画ルネッサンス」——宮西計三やひさうちみちおが同性愛を描いていた運動——の影響下にある。田亀自身はのちに「ゲイ・カルチャーではなくサブカル系の文脈」の作品だと言い、自作リストには載せていない。
両親は東京大学へ進んで銀行家になることを望んだが、田亀は多摩美術大学でグラフィックデザインを学ぶことを選んだ。入学を機に周囲へゲイであることをオープンにした。在学中、さまざまなペンネームで『さぶ』などのゲイ雑誌にエロティックな小説、イラスト、漫画を投稿し、やがて「田亀源五郎」に落ち着いた。タガメもゲンゴロウも水生昆虫の名で、他のゲイ漫画家がよく使うマッチョでロマンチックなペンネームと差をつける意図があった。大学生のころヨーロッパを旅し、ロンドンの書店で米国のレザーフェティシズム雑誌『ドラマー』に出会う。トム・オブ・フィンランド、レックス、ビル・ワードといった西洋アーティストのホモエロティックなイラストが載っており、田亀の「熊系」と呼ばれる作風に大きく影響した。卒業後は商業グラフィックデザイナーやアートディレクターとして食いながら、漫画と小説を続けた。
『嬲り者』と商業ゲイ漫画の端緒
当時のゲイ雑誌の漫画は素朴な恋愛やギャグが主だった。田亀は本格的なポルノグラフィを描いた。編集部から内容の注文を受けることはなかった。筋肉質で髭を生やした男性のイメージやSMといった題材も、田亀以前にはほとんど見られなかった。掲載作の多くは単行本化されたが、初期の6冊は書籍を専門としないプロダクションから出て、ゲイバーやゲイ専門店でしか流通しなかった。そんななか、『さぶ』に1991年から1993年まで連載された『嬲り者』の単行本(1994年)が、同種の書籍として画期的な売れ行きを示した。このヒットが商業的なゲイ漫画の端緒を開き、ジャンルの文化的・芸術的価値を立てた。長編第2作で全3巻の時代物『男女郎苦界草紙〜銀の華』(1994年)について、田亀を北米に紹介したグラハム・コルベインズは、ゲイ漫画の物語性の射程を単純なポルノから複雑な物語や美的要素まで拡げたと評している。
『G-men』創刊とゲイ・エロティック・アート史
1990年代、一般メディアで「ゲイブーム」が起き、性的少数者が露出し始めた。ゲイ雑誌でも『Badi』(1994年)のようにライフスタイルや社会問題まで扱う新興誌が現れた。1995年、田亀は『Badi』編集に関わっていた二人とともに『G-men』を立ち上げた。誌名のGは源五郎に由来する。美少年タイプが重んじられていたゲイ雑誌の現状を変えたい、という考えから、男らしい大柄な中年以上の男性を前面に出した。誌面ではハードなセクシュアル・ファンタジーと並んでHIV/AIDSの知識や歴史・文化が扱われ、一種の文化的アクティヴィズムが志向されていた。田亀は表紙絵、漫画、小説を寄せるほか、企画・編集にも関わった。このころゲイ・エロティック・アートに専従するため、グラフィックやイラストの仕事を整理した。ただし『G-men』からは内部の人間とのトラブルで2006年に離脱している。
2003年、1950年代から当時までのゲイアート史をまとめた『日本のゲイ・エロティック・アート』第1巻を出した。ほとんど注目されていなかった過去の作品と作家を掘り起こし、ゲイ文化史の流れを作る試みだった。のちに第2巻(2006年)、第3巻(2018年)まで続き、日本のエロティックアート史にゲイアートの正典を打ち立てたと評価される。
海外翻訳と『弟の夫』
2000年代以降、海賊版やスキャンレーションを通じて海外でも読まれ始めた。2005年、フランスのH&O Editionsから出たGunjiが最初の公式翻訳である。2009年にはパリで作品展が行われた。公式の英語版は、2012年にライアン・サンドとミカエル・ドゥフォルジュが発行したエロティック・アンソロジーThicknessに収録された短編“Standing Ovation”(スタンディング・オベーション)が最初だった。2013年、米国のピクチャーボックスから作品集The Passion of Gengoroh Tagameが出た。ドイツのゲイ出版社Bruno Gmünder Verlagも2014年から英訳を始めた。
2007年ごろ、ゲイ漫画の枠で可能な表現を追求した長篇『君よ知るや南の獄』と『外道の家』、ボーイズラブ系の集大成だという『ウィルトゥース』を相次いで完結させた。田亀によると、これが作家として一つの区切りだった。そのとき一般青年誌から初めてアプローチを受け、新しい分野への進出に意欲を持った。編集部から依頼された自伝は作風にそぐわないと断り、ゲイを題材にした異性愛者向けの作品を提案したが実現しなかった。2013年、双葉社の編集者から再び一般向け連載を持ちかけられる。性的ファンタジーを原動力にした作品とは少し異なる、現在の社会との接点を持たせた作品へ関心が移り始めていた田亀は、国内外で注目されていた結婚の平等(同性婚)を取り上げ、異性愛者の観点からLGBTの権利を描く作品を提案した。『弟の夫』は2014年から2017年まで青年誌『月刊アクション』に連載された。好評を博し、複数の賞を受け、2018年3月にはNHK BSプレミアムで実写ドラマが放映された。
田亀は『弟の夫』以降もポルノグラフィを並行して描き続けている。全年齢向けとエロのバランスを取ることで「精神的な健康を保てる」と語る。一般向け長編の第2作『僕らの色彩』は2018年から2020年まで『月刊アクション』に載った。
熊系と超男性性
自身の男性的で筋肉質、毛深いキャラクターを「熊系」と呼んでいる。作品の多くはセックスに重点があり、ほとんどに緊縛、調教、レザー、SMといったフェティシズムが含まれる。これらのテーマはSF、ファンタジー、時代物のような超現実的なシナリオで増幅される。田亀は、自分の作品は少数の読者に向けたものだ、現実世界の大多数は拷問セックスを楽しんだりしない、でも私はその人たちのために書いているわけじゃない、と語っている。糞尿愛好や生々しい暴力のように極度のフェティシズムを描くこともあるが、性的興奮を与えるためであって、嫌悪感を抱かせるつもりではないとしている。
絵の美しさに加えて鋭い心理描写で注目された。男らしい男性を描くゲイポルノ漫画家は他にもいるが、日本のポップカルチャーを研究するウィリアム・アーマーは、田亀の作品が男性間の権力関係がエロティックになりうることに関心を向けている点で際立っていると述べた。あるレベルでは露骨なポルノまんがだが、別のレベルでは、ホモソーシャル性が容易に同性愛へ転換する感覚を絵と言葉の中に深く織り込んでいる、とアーマーは書く。田亀自身は、エロティカで試みたのはエロティカを芸術のレベルまで高めることと、人間性を描き出すものとしての芸術の観点から考えることだ、と述べている。
ゲイ向けエロティカとしては例外的に、異性愛者や女性の読者が多い。翻訳者アン・イシイは、田亀の仕事はある部分でもはやゲイについてではなく、欲望と欲望の暗黒面について語っており、性のカテゴリには収まらないように思える、と書いた。田亀は発表媒体の読者層によって作風を変えると語る。ゲイ男性向けの雑誌では主人公の行動と内面が焦点になり、女性の読者もいると分かっているなら関係性とカップリングの方へ関心が向く。ライターでドラァグクイーンのエスムラルダは、非常に官能的でありながら冷静さも残している絶妙なバランスが、多くの読者を惹きつける理由だと書いた。
影響源として田亀が挙げるのは、カラヴァッジョ、ミケランジェロ、マルキ・ド・サド、月岡芳年、三島剛、船山三四、小田利美、丸尾末広、花輪和一、平口広美、ビル・ワードらである。子供のころ美術書で触れた、ヘレニズム期からバロックまでの裸体美術からも大きい。性的恥辱の描写には、裸体が尊ばれなかった日本の古典美術(春画など)より、西洋キリスト教美術の裸体画——カラヴァッジョが描くキリストの磔刑など——からの影響が強いと述べている。写真家ロバート・メイプルソープの男性ヌードからは、エロでもありアートでもある作品を作るという目標のうえで影響を受けた。創作一般については、小説家J・R・R・トールキンの「準創造」の概念からの影響があるという。
作品の多くは、発達した筋肉、濃い体毛、巨大なペニス、大量の射精、マチズモ、過激で暴力的な性行為など、「超男性性」と結びつく特徴を持つ男性を描く。田亀自身は、男性的に見える男性が実のところ社会的な圧力によってそう演じているだけで、「社会規範上、男らしくないとされる行為を行うことで」その態度が崩れる様子に関心がある、と語っている。アーマーは超男性性の例として、尊大で自己中心的な大学生がサディストの教授に奴隷調教される『PRIDE』と、戦後日本で売春婦の妻に養われていることを恥じる傷痍軍人が米兵に男娼扱いされる『闇の中の軍鶏』を挙げた。
男らしい男性を描く作風は、トム・オブ・フィンランドのようなアーティストによる「マッチョな」ゲイアート運動にカテゴライズされる。この運動は1960年代前半、米国のバイカー文化から生まれ、ゲイ男性が「男になりそこなった」「女性的なナルシスト」だというステレオタイプを崩すうえで影響が大きかった。田亀はトム・オブ・フィンランドを日本に紹介したこともあり、自身でも影響を受けている。ただし装丁家のチップ・キッドは、トムの静的なイラストレーションとは対照的な生気と躍動感が田亀にある、と評した。作家エドマンド・ホワイトは、田亀が描く超男性の理想像が、日本の明治文学に見られる武骨で、異性愛者として女性を喜ばせられるほど洗練されていないがために同性愛者であり、戦士であり、南方出身の田舎者であり、まともな社会には収まり切らない男性という類型に近い、と述べた。アーマーは、西洋のゲイコミックと比べて「弱弱しく男らしさを感じさせない」という東アジア人男性のステレオタイプを破っている点でも特徴的だとした。見た目は西洋のエロティックなゲイコミックの男性とあまり変わらないように見えて、たくましいマッチョな白人男にファックされる細身でペニスの小さい女性的な弱者、という西洋ゲイ文化がアジア人男性に持ってきた型を打破するものだ、という。
SM、性暴力、役割の反転
SMと性暴力は、田亀作品の性描写の多くに一貫して見られる。ホワイトは、田亀源五郎の世界では自ら望んで挿入される男性は一人もいない、と書いた。BDSMを中心的テーマとする作品には、レイプ、獣姦、近親相姦、身体改造のようなタブーが取り入れられることが多い。題材が過激であるにもかかわらず、「エログロ」の文脈で論じられることはあまりない。田亀自身は、「破滅の美」や「崩壊していく人物」を描くシェイクスピア悲劇、ドイツのオペラ、日本民話からBDSM作品の着想を得ており、ゴアやホラーを描くのが本意ではないとしている。
BDSMを中心とした作品では、主人公がフェティッシュな性的関係を通じて自己を発見していく展開が多い。社会的に優位な男性が性的被虐者として調教を受けたり、責任感や義務感を捨てて性に耽り始めたりと、男性的な登場人物が支配側から従属側へ性的役割を替えるのが典型である。このテーマの作品に、性奴隷とされた男性が自らそれを受け入れる「エンドレス・ゲーム」や、日本人の空手チャンピオンが米国の地下格闘競技に参加し、敗北するたびに凌辱を受ける「闘技場〜アリーナ」がある。コルベインズは、BDSMを自己発見の過程として描く田亀作品は共感を呼ぶ人間ドラマの枠組みに収まると述べ、アーマーは『PRIDE』がSM描写を通じて性的少数者に社会的制約からの解放を促す内容だと書いた。
伝統、家父長制、ゲイであること
歴史上の日本を舞台にしたり、プロットや題材に日本的な美学が色濃く出たりする作品が多い。日本において同性愛の伝統は古代から長く続いていたが、明治期(1868–1912)の西洋化のなかで寛容は失われ、それまで受容されていた同性愛表現が病気や犯罪と見なされるようになった。この伝統性と現代性の対立は、田亀のエロティックな漫画では、日本社会の家父長制的な性格や、不平等な封建制の象徴としての武士のような階層性の描写を通じて現れる。田亀は、ヒエラルキーが破綻する様子に引き付けられると述べている。
初期の長篇連載『男女郎苦界草紙〜銀の華』は江戸時代が舞台の時代物で、裕福な商人だった男が借金を負って性奴隷にされる物語である。主人公は男性客から虐待と辱めを受けるにつれ、自身の被虐性に気づいていく。コルベインズは、西洋の宗教的な罪やソドミーといった概念に縛られずに男性同性愛が盛んに行われていた時代を描いている、とした。「田舎医者」は、西洋から導入された性のタブーが届いていない前近代的な村落を取り上げ、「昔の人は保守的で、現代人は解放されている」という考えをひっくり返してみたかった、と田亀は述べている。
全年齢向け作品にも、現代日本社会の同性愛に対する姿勢という形で伝統のテーマが出る。『弟の夫』の主人公・弥一は、死んだ弟の結婚相手から訪問を受け、自身がゲイに持っていた偏見と向き合うことを強いられる。最初に見せるホモフォビアは、日本で大勢を占めているLGBTの権利への保守的な意見を反映している。田亀によると、寛容と受容へ向かう弥一の変化は、主人公が現実を受け入れるか、それとも自身の欲求と幸福を否定するかの選択に迫られるBDSM作品と、テーマ的につながっている。
クィア・スタディーズ研究者の森山至貴は、同性愛者が異性愛者に「認めてもらう」ためにゲイの性文化を押し隠す風潮があるなかで、田亀のエロティシズムに対する肯定と、ゲイのアイデンティティに対する肯定を結びつける姿勢を高く評価している。田亀は、ゲイであることがアイデンティティの核であり、創作や作品鑑賞においてセクシュアルな感覚を切り捨てることはできない、と語る。ゲイ・エロティック・アートについては、欲望を突き詰めれば突き詰めるほど濃く、ユニークになっていく、邪念の入りこむ余地のない純粋な「アート」だとしている。ゲイリブに関心は持っていたが、社会運動の方法論に相容れないものを感じ、ポルノグラフィを中心とする作品の発表を通じてゲイコミュニティや一般社会に貢献するという考えに至っている。
受容、批判、受賞
ゲイ漫画家のなかでも、作品数と影響力では随一とされている。ゲイ漫画の英訳アンソロジーMassive: Gay Erotic Manga and the Men Who Make Itは、田亀を「間違いなくゲイ漫画の発展に最大の功績がある」と紹介し、編者の一人チップ・キッドは仕事をマルキ・ド・サド、ピエル・パオロ・パゾリーニ、三島由紀夫と同列に並べた。ウィリアム・アーマーは、綿密な作風と物語の奥行がエロスのみならず美的・認識論的な側面でも読者を揺さぶる力を持っており、アカデミックな研究が待たれると書いた。森山至貴は田亀を日本のゲイ・カルチャーにとっての最重要人物の一人とし、ゲイライターのサムソン高橋は、ジャンルが確立していないころから最前線で独自のテーマを追求してきた「巨匠」と呼び、近年の『弟の夫』でLGBTのノーマライゼーションに取り組んでいることを賞賛した。漫画評論家の大西祥平は、学術的なゲイアート史の編纂などジャンルの地位向上のために活動する田亀を手塚治虫になぞらえている。
人類学者ウィム・ルンシングは、田亀が起ち上げた『G-men』が、東京のゲイ・タウン新宿二丁目において、細くてスマートなひげのないタイプから、不精ひげ・あごひげ・口ひげ、極度の短髪、筋肉ががっちりした体形(ぽっちゃり型や肥満体に派生)への流行の変化をもたらした、と書いた。同誌は次世代のゲイ漫画家を養成する役割も果たしたとされ、キャリアを始めた漫画家には児雷也などがいる。
批判者にはゲイ・エロティック・アーティストの広瀬川進がいる。広瀬川は田亀のイラストレーションをSM劇場に過ぎないと評し、漫画作品をSM趣味の垂れ流しと呼んだ。ルンシングも、田亀の作品はそれほど複雑巧緻というわけではなく、広瀬川には反駁しがたい、としている。
『弟の夫』を中心に複数の受賞がある。2015年に第19回文化庁メディア芸術祭優秀賞、2018年に日本漫画家協会賞優秀賞。国際的には2018年、アイズナー賞のアジア作品米国版部門と、ドイツのルドルフ・ダークス賞アジア・シナリオ部門ベストアーティスト賞。2019年、大英博物館の大規模日本漫画展The Citi exhibition Mangaでも同作が大きく取り上げられた。2022年には成人向けの『外道の家』が、フランスの文学賞サド賞バンド・デシネ/漫画部門を受賞した。これら以外ではイタリア、スペイン、韓国、台湾、タイ、ブラジル、ベトナム、メキシコ、ポーランドで翻訳版が出ている。
主要作品
田亀自身が公開している雑誌掲載作は多い。ここでは単行本化された軸だけを拾う。自費出版扱いで出た初期は、『嬲り者』(Bプロダクト、1994年)、『柔術教師』(同、1994年)、『獲物』(ジープロジェクト、1998年)、『男女郎苦界草紙 銀の華』上中下(2001–2002年)。一般流通では『PRIDE』上中下(ジープロジェクト/古川書房、2004年)、『天守に棲む鬼/軍次』(2005年)、ポット出版の『田亀源五郎「禁断」作品集』(2007年)、テラ出版『外道の家』上中下(2006–2007年)、オークラ出版『ウィルトゥース』(2007年)、ポット出版『君よ知るや南の獄』上下(2007年)、『髭と肉体』(2009年)、『童地獄・父子地獄』(2010年)、『田舎医者/ポチ』(2012年)、オークス『筋肉奇譚』(2012年)、『銀の華』復刻版(2012年)、『冬の番屋/長持の中』(2013年)、『エンドレス・ゲーム』(2014年)、双葉社『弟の夫』全4巻(2015–2017年)、ポット出版プラス『奴隷調教合宿』(2017年)と『嬲り者《復元完全版》』(2017年)、双葉社『僕らの色彩』全3巻(2019–2020年)、『柔術教師【復刻版】』(2020年)、『肉人参/人畜無骸』(2021年)、『魚と水』(2023年)。非漫画にPヴァイン『ゲイ・カルチャーの未来へ』(2017年)。編著の『日本のゲイ・エロティック・アート』はポット出版からVol.1(2003年、創生期の作家たち)、Vol.2(2006年、ファンタジーの時代的変遷)、Vol.3(2018年、雑誌の発展と多様化する作家たち)。同人では野郎フェス向けのスケッチ集『Dessins』、『呪縛の性奴』、『Bitch Of The Jungle』、コミケ合同誌『社長と部下』など。
英語版の軸は、Picturebox『The Passion of Gengoroh Tagame』(2013年、闘技場〜アリーナなどを収録)、Fantagraphicsのアンソロジー『Massive』(2014年、『君よ知るや南の獄』抜粋)、Bruno Gmünderの『Endless Game』『Gunji』『Fisherman’s Lodge』『The Contracts of the Fall』(2013–2015年)、Bear’s Cave『Khoz, The Spellbound Slave』(2018年)、Pantheon『My Brother’s Husband』(『弟の夫』、2017–2020年)と『Our Colors』(『僕らの色彩』、2022年)、Fantagraphics『The Passion of Gengoroh Tagame, Vol. 2』(2022年、『奴隷調教合宿』など)。映像化は2018年3月、NHK BSプレミアムのテレビドラマ『弟の夫』である。初期のISBN単位の細目や同人の全タイトルはここでは省く。読むなら『嬲り者』『銀の華』『PRIDE』『外道の家』『君よ知るや南の獄』『エンドレス・ゲーム』、一般向けなら『弟の夫』——SMと超男性性を辿るなら、その並びで足りる。













