狂い妻 第1部 (1/2)
次の話
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「ご注意」
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狂い妻
内村 慎也
通された場所は最前列の特等席だった。そういえば、必要ないと言われてはいたものの、一応用意してきた祝儀も本当に受け取らなかった。やはり紹介が大物筋だからだろう。周りを観察するとほとんどが男女連れ。男の身なりは一流で、一様に時計は高級品、ロレックスが多い。私の隣にはとびきりの美女を連れた目つきの鋭い男が座っている。間違いなくその筋の男だろう。その男の風貌を見て、紹介筋から言い渡された事を思い出す。口外無用、もし口外すれば腕の一本もへし折られるわけだ。
目の前には大きな屏風が二竿ある。その前にはきらびやかな布団の設えられた特大サイズのベッドがあった。部屋のぐるりには屈強な男たちが立っており、きちんとしたスーツ姿で虚空を見つめている。座るとすぐに目の前の盆に小鉢とよく冷えたビールの小瓶が置かれた。先ほど渡された袋の中身をみる。見開きの豪壮な革張りケースがあり、中には本日の出演者とそのプロフィールと写真。喫驚し何度も見直す。そこに写っているのは有名女子アナの野崎カレンではないか!
昨日の昼間ホテルの食堂でカレーライスを頬張りながら見ていたテレビにも出ていたし、昨晩のゴールデンタイムに放映されていたバラエティ番組の司会も勤めていた。フランス人の父と日本人の母を持つハーフの超美人。そのとびきりの売れっ子アナウンサーがなぜ?
東陵女子大卒、ペンシルバニア大学大学院で博士号、テレビ関東に入社後看板番組のワールドマーケットアイズに抜擢されブレイク、その後フリーになり才色兼備のアナウンサーとして各テレビ局に引っ張りだこ。そんな華麗な経歴の女がなぜ?
突然部屋の照明がおとされ、屏風が真ん中から割れて、そこをスポットライトが照らした。まず男、次に女。目を疑う。確かに、確かに、野崎カレンではないか!
まぶしそうな表情でこちらに一礼した野崎を後ろから抱えるようにして男が座り、野崎の両膝に手をかけてパックリとまたを割った。同時にベッドがゆっくりと動き出す。端から端までの客人にじっくりと鑑賞させてくれると言う趣向だ。野崎は流石に恥ずかしそうに目を細めたが、男から何か囁かれると小さく頷き、自身の陰部に手をかけた。恥毛はかなり濃い。その恥毛をかき分け自身の大陰唇を大きくむき出しにした。あの野崎カレンの秘部をじっくり観察しているわけだ。あまり使い込まれたとは言えないピンク色。実にきれいだ。と、小陰唇の周りがスポットライトを受け光りだす。愛液なのか? ちょうど私の目の前に彼女のものが来た時、男の指がクリトリスに伸びる。
「ああっ」
野崎カレンの甘い吐息。男はそこをゆっくりとじっくりと責めだした。野崎の表情が艶かしく変化する。また何か男が囁くと、持たれていた両足を地につけ、自ら、陰部を大きく前にさらけ出した。男は右手をその豊かな胸に伸ばし、優しくゆっくりと揉みしだく。
「はあ、ああっ」
陶酔の表情になりまたカレンが甘い吐息を吐く。ベッドが向こう側に移動し、カレンの張りのある太ももが堪能できた。男の指の動きが早くなった。声が上がる。
「あ、ああ、そこ、そこを。弱い、たまらない」
ゆっくりとベッドが回ってくる。指はクリトリスを素早く刺激し、アヌスに向かい、ヴァギナを刺激する。
「ああ、おお、そ、それを、続けて」
切れ切れに声が漏れる。そしてキスを、キスを、と懇願し、首を傾げて男の口を貪る。
ベッドが正面で停止した。それから少し後に移動し、背が持ち上がった。男はカレンを傍らに座らせ、ブリーフを脱がすよう命じた。カレンはもどかしげに男から剥ぎ取る。
ほーという声があちこちから上がった。なんと言う巨根、カリ首が素晴らしい。その一物を野崎カレンが口に含む。大きすぎて難渋しているが、痴呆のような表情で大口を開け何とかおさめた。それから陶酔の表情にかわり、首をはげしく振りながらむしゃぶりついている。
あの野崎カレンが、だらだらよだれを垂らしながら、しかもだ、嬉々として男をしゃぶっている。これは現実だろうか、それとも夢うつつ? もちろん、これは現実だった……
1
黒田は私の古い友人だった。人生でまともだった商社員時代に知りあったのだが、今ではほとんど唯一の友人だった。というのも、俺自身が友達だと思っていた者は少なからずいることはいたが、今ではその大半は俺と連絡を取ろうともしない連中ばかりだったのだ。台本作家といえば聞こえはいいが、ストリップ小屋で働くまで落ちぶれたこの俺のその落魄の姿を憐れむでもなく、全く変わらず年下の友人として付き合ってくれていた。大企業の下請け会社を経営しており、日々競争にさらされているのだろうが、そんな気振りは全く出さず、温厚篤実、いつも細やかや気配りを忘れない好漢だ。つまりは俺と何から何まで正反対であるわけで、そんなところがウマがあった原因なのだろう。商社内が大騒ぎになり、三流週刊誌まで騒がした末退職させられて困窮していた俺を励まし続けてくれたし、酒や飯も幾度となく奢ってくれた。俺がもし彼の友情を疑えば、犬畜生にも劣るだろう。だが、そんな好漢にもちょっとした泣き所があって、いい歳になるまでなかなか嫁の来てがなかったのだが、この春、めでたく婚儀が整ったのだった。
「これ以上の幸せはないじゃないか」
一度あってほしいという彼の頼みで出張ってきた俺は、年甲斐もなくはにかむ黒田を前にしてそう言った。嘘偽りのない言葉だった。初夏の日差しが待ち合わせのホテルの喫茶コーナーにさしこみ、俺は少々うらやましい気持ちを抱きながら冷たいビールを流し込んだ。
「叔母の古い友人からの紹介でしてね。何度か会っているうちに意気投合しまして。まあそんなわけで」
そう言いながら嬉しそうな笑みを浮かべて傍の彼女を見る。真紀子というその女は、慶応の文学部を出た才媛だそうで長身の黒田とピッタリのグラマラスな美女だった。長めの髪型がよくにあっている。鼻が大きく、唇も厚い。全体的にバタ臭い印象で、儚げな、とは対局にある、肉感的な美女という印象だ。豊かな腰回り、突き出た胸、長い足。日本人もここまでりっぱになりました、という典型だった。
「内村さんは台本をお書きになっているんでしょう。どういうお話ですか? 私も少々演劇にはうるさいほうですの。良かったら教えていただけません?」
全く物怖じしない性格らしく、真紀子はいきなりそう言った。切れ長のまなじりをしっかり俺の瞳に合わせ、少々挑むような口調だ。ああ、これならば賢夫人として黒田をしっかり支えていくだろう、しかし、俺のような半端者は好まないだろうな、という考えがチラと頭をかすめる。
「いやあ、まあ、台本と言っても所詮ストリップ小屋の幕間に上演する三流芝居ですがね」
「まあ、ストリップ小屋!」
小さく声をあげ今度は彼女が驚きの表情だ。なんでも大学時代はニール・サイモンを専攻していたそうで、同じ台本と言っても随分と俺とは考えの違いがありそうだった。実家には蔵書が数千冊おいてあるという。これまでの人生で一番の自慢は、留学していたニューヨーク大学の主任教授の友人であった、ウッディ・アレンと演劇論を戦わせ、一緒に本をださないか、と誘われたことだという。俺は映画でしかウッディ・アレンを知らないが、なるほどこの真紀子は彼の趣味の範囲のような気がした。つまり知性があって、しかも美貌で、服を脱いだならば、という女だな。俺はウッディ・アレンは大好きで、心の底から賛辞を送った。それに気を良くしたのか、それからしばらくは彼女の独演会だった。芝居における色彩の考察という、なんだかわけのわからないテーマが彼女の卒論だったそうで、とうとうと論じた。
「まあ色彩というよりは、俺は出演する女優に興味を持ちますがね。例えば一流の監督は皆すごい美人を主演女優に起用している。ヒッチコックしかり、ポランスキーしかり。あなたの大好きなウッディ・アレンもそうですよね」
俺がからかってみると
「美人女優! そんなものと演劇の高みはなんの関係ありません! 演劇とは崇高なものですわ。時折客席から女優の足ばかり眺めている人がいますが、芸術の冒涜ですわね」
まなじりを決して俺に言葉を投げつけると、黒田の存在を忘れたように俺に論争を挑んでくる。やれやれ、これじゃ間違いなく気のいい黒田は尻に敷かれることになるだろうと思いながら、黒田を見るとやに下がった顔でうっとりと真紀子を眺めている。全くこれじゃ! まあしかし人の女房だから仕様がない。それに、この真紀子、実にいい体をしている。実際、体を揺するたびに豊かな胸元が揺れ、身を乗り出す度に綺麗なおみ足があらわになり、それはそれで楽しい光景だった。ふんふんと聞きながら適当に合いの手をいれチラリと太ももに視線を這わす。黒田はと言えばただデレデレとおのが彼女のご高説を聞いている。夜の生活では彼女が黒田を組みしき、毎日彼の精気を吸い取っているのだろう、と考えると思わず笑が出た。色っぽいレギンスに包まれた彼女のスラリと伸びた足を眺めながら、歳が十五も離れたこんな美女を抱けるとは黒田も本当に幸せ者だわい、俺はそんな埒もないことを考え、もう一杯ビールを注文したのだった。
2
JR恵比寿駅周辺は今を時めく流行の最先端を行くスポットで洒落た若者が闊歩している街だ。しかしその駅周辺の一角にはまだ小汚い飲み屋の蝟集する一角があって俺の勤め先、というか居候先もそこにあった。ある商業ビルの階段を下っていくと、どこぞのテロ組織の入口かと見まごうような頑丈な扉がある。その奥が私の職場であって、落ちぶれた俺を拾ってくれたのが主宰者の青山さんだ。どこの世界にも好き者はいるものでしかも青山さんの人脈で客筋は最高だった。会員制のストリップバーは東京広しといえどここだけではなかろうか?ここで俺は幕間にやる小コントや小芝居の台本といえば聞こえはいいが、まあ、粗筋を作っているわけだ。もちろん、それだけではない。なんでもする。女の子の出前もとってやるし、汗を拭いてやったりもする。掃除もするし、そう、音楽や、照明も俺の仕事だ。元々女が大好きな俺だ。何の苦にもならない。ただし、青山さんの秘書的な仕事だけは!嗚呼!
その日も俺は女の子の楽屋を掃除していた。半端者の俺だが、女の子回りについてはこまめに何でもやる。楽屋にはまだ早い時間だったので出勤していた女の子は一人だけだった。リリーといって客から一番人気の踊り子だ。とても気のいい子で将来は絵描きになるという。ここでの時給はとびきりで、しかも客筋は良いときている。裸になるのに何の抵抗もないようで、とにかく渡仏の費用を貯めたいそうだ。彼女は俺同様、無類の映画好きで二人で話が盛り上がるのも度々だ。俺はせわしく掃除をしながら、リリーはターキッシュサンドなぞを頬張り、今日はウオルターマッソー君の「フロントページ」の話だ。最近はウオルター・マッソーの作品はあまり見ないが傑作ぞろいだと二人で頷きあった。ストリップ小屋の楽屋で半裸の女と話している落ちぶれた台本作家。これはまるでフランス映画の一こまじゃないか。リリーにそう言うと、本当にそうだとまた大きく頷く。元はタカラジェンヌだったらしいが、とても素晴らしい体だ。青山企画の踊り子の中でも抜群の人気だ。確かに若さもあろうが、特に、その太ももは、まあ、そんなことはどうでもいいが、そのリリーとの会話の途中だった、黒田からの電話があったのは。
「内村さん、た、大変なことになりました。僕は、もうどうしていいか、」
「何だ、黒田。えらい慌てようやないか?まあ、落ち着けや。どないしたんや?」
あまりの黒田の慌てぶりにつられた俺はなぜか関西弁で話した。
「えらいことです。ああ、どうしたらいいか!」
「とにかく落ち着け。それじゃ全くわけがわからんぞ」
その俺の言葉も何の効果もなく、黒田は何か電話の向こうで怒鳴るばかりだ。
「真紀子が、真紀子がいなくなってしまったんです!」。
3
その日の深夜、俺は黒田のマンションを訪れた。市川の駅からほど近いところに彼の瀟洒な住まいがあって、部屋は小綺麗に片付けられてはいたが、今はその新婚風の部屋がかえってわびしく感じられ、俺の頭には「コキュ」の文字が何度もかすめた。六畳ほどのリビングの中央にはイタリアから輸入されたという俺も見慣れた洒落たテーブルがあり、普段は晩酌などしないはずの黒田が缶ビールを前にして力なく座っていた。
「ああ、内村さん、」
震えた声を発すると力なく視線を落とした。
「どういうことなんだ」
俺もとりあえず何本かおかれたテーブルの缶ビールを手に座った。
「いつもどおり帰宅してみると部屋には誰もおらず、帰宅を見計らったようにメールが入りましてね」
差し出された携帯の画面には、家を出ること、探さないで欲しいこと、二人の中は終わったと思う、ということがそっけなく書かれていた。
「彼女の、」
出奔という言葉を飲み込み、「家出の原因に思い当たる節はあるのか?」
黒田がかすかに頷いた。
「お前の仕事が忙しすぎたのか、いや、何か最近喧嘩でもしたのか? それともなんだ、そのう、」
言い淀んだ俺に黒田は暗い視線を送り、ほんのしばらく俯いていたが、決心したようにようやく口を開いた。
「じつは思い当たるふしがあるのですよ」
黒田は目の前のビールを乱暴に掴み、ぐびっと一口飲んでから続けた。
「内村さんも一度あったことがあるでしょう。峰岡ですよ。あいつが絡んでいる気がします」
「絡んでるって、お前、あいつはお前の昔からの、」
俺は黒田を見下ろしながら、峰岡のことを思い出していた。今から半年ぐらい前になるだろうか。チョンガーの俺を哀れに思ったのだろう、黒田の妻、つまり真紀子が手料理をご馳走してくれることになった。理屈っぽい真紀子は少々苦手ではあったが、日頃店屋物ばかりの俺にとって久しぶりの家庭料理というのも魅力ではあったし、グラマラスな真紀子の肢体を拝みたいというすけべごころも少しはあった。友人の女房に懸想するというのは悪趣味だが、そんな大それたものではなく、熟れた果実を久しぶりに見てみるか、というぐらいの気持ちだったのだ。実際、真紀子は会えばいつも小難しい演劇論を振り回すが、時折見せる仕草は十分に男ごころをそそるもので、ふと見せる表情に情炎を感じることもあった。ただしそれは、あくまで計算されものではなく、地下でマグマがふつふつとたぎるがごとく、おそらく真紀子本人も気づいてはないだろう、と思えた。十分に性への渇望はあったとしても自覚さえしてはいなかっただろう。ましてや真紀子は俺の大事な友人の妻だ。口には出さずただ、スケベ作家として想像をたくましくするのみだった。持っていた花束を真紀子は無邪気に喜び、黒田も楽しそうに俺を迎えた。その時、そこに、峰岡がいたのだった。黒田は確かに、学園時代からの友人で、と俺に紹介したはずだ。体格のがっしりとした、目の鋭い男とは思ったが、物静かでどちらかというと影の薄い男と記憶している。その時も真紀子と俺が主にしゃべっていて、ほとんど口を開かなかったはずだ。
「峰岡がなんでお前の女房の家出に関係があるんだ?」
黒田は泣きそうな顔になり、振り絞るような声で答える。
「峰岡は、ヤクザではないんですが、まあヤクザ世界の周辺で生きてきた男なんです。僕とは学園からの付き合いなんですが、いろいろと過去にも腐れ縁がありましてね。学園では僕と一番仲が良かったのですが、結局大学には行かず大阪に行ったんです。その後、連絡が途絶えたのですが、社会に出てからまた交際が復活しましてね。まあ、そういうわけで・・・・・・」
4
青山さんは俺にとっては大恩人だった。アルバイトで青山企画、つまりは、この、恵比寿のストリップ劇場なのだが、そこに出入りしだしてからの付き合いだった。前述したようにとんでもないことを仕出かして商社を追い出された時の事だ。彼は「失業保険を貰いながらゆっくり次の職場を探せばいいさ。立派な商社に勤めていたんだろう? 今までそこらへんの連中よりずいぶんと給料を取っていたはずだ。ということは税金だって沢山納めているはずだな、いいか、伸也、お前は、無軌道なことをやらかす、が、だ、根がまじめ過ぎるんだよ。たっぷり納めていた税金のおこぼれに預かったって、何が悪いんだ。社会インフラの供給者から受給者になったこと、それが落ちぶれたということなら俺だって落ちぶれたいさ。それでだ、どうしてもなんともならない時は、この青山企画の正社員になればいいじゃないか」
頭を垂れる俺を前に、青山大人は俺を励まし、そして呵呵大笑したものだ。父親は元社会党の区議で相当な有力者だったらしい。当時有名だった党首とも懇意にしており、亡くなった時は青山社長があとを継ぐべきだとして、後援者たちにずいぶんと追い回されたという。渋谷区恵比寿周辺の土地をどっさり持っていたのも事実で、社長はずいぶんと蕩尽したと言ってはいるが、そんなことで、つまり彼の言う蕩尽があれだけの人脈につながっているのだろうと思う。
その日、黒田のことを相談した俺に
「内村、黒田君の話だけではわからないね」
丸々と太った体を大きなソファーにうずめ、いつものハイライトを吸いながら横浜社長は開口一番、そう俺に告げた。
「第一、今時、俺はヤクザだ、などという暴力団員はいないよ。モンモン見せたり脅かしたりしてみろ、たちまち暴対法でしょっ引かれる世の中だ。その男、峰岡だっけ、ヤクザかどうかわからんよ」
「しかし、もしヤクザだったら、居所はわかりますかね?」
「うーん、ヤクザ、暴力団といっても色々な生業があるからな。テキヤあがり、博徒の流れ、あと女関係、それと薬、武器だな。もしシャブやチャカを扱っているとなると,いくら俺でも無理だ。連中、口を割らんよ。つまりシャブやチャカは殺人と同じくらい厳重に管理されているからな。もし、パクられたら、あんた、そりゃ、懲役が長いからね。ただし博打や女の分野なら、」
「わかりますか!?」
ゆっくり頷いて
「相手が素人相手だからな、隠す情報などこれっぽちもないさ。せいぜい不法就労や青少年条例のことぐらいだろうな、ゴロツキどもが気にしているのはね。ま、ちょっと聞いてみよう。俺に借りのある連中にね。ただし、少し時間はかかるぞ。連中には十分気を使わんといかんからな」
青山さんの人脈なら何とかなるかもしれない、そう考えた俺は、ひとまず安堵した。ただし彼のいうとおりまあ時間がかかるんはこの際やむをえないだろう、そう考えもしたのだった。
ところが思わぬところから、この峰岡の素姓が知れることとなったのだ。
5
五反田の、大衆向けの酒場がゴミゴミと集まっている一角にそのスナックはあった。案内を乞うと、不健康そのものの顔色の男がカウンターの向こうでグラスを拭きながら、奥に声かけた。その声に呼応するように髪をまだ結い上げたままの色白の女が這い出るように姿を現した。カウンターの上に乗ったセブンスターにパチリと火をつけ、デュポンと思しきライターを放り投げるとこちらを向いた。まだ客用の顔を作ってはなかったのだろうが、目鼻立ちはくっきりとしてかなりの美人だ。煙草を咥え、半分空いたように見える唇からは、ぞくっとするような色気を感じた。女は俺の差し出した名詞をチラッと見、「青山企画? 内村さん? あんたたち、何? 昨日電話で話したとおり、まあ、結局は確かにこっちの勘違いんだったけれど、わざわざ訪ねてくるなんて、何かあたしにアヤでもつける気?」
アヤ、という言葉に反応するように、カウンターの男も鋭い目でこちらに視線を送っている。
「いや、姉さん、とんでもない。昨日こいつから聞いて飛んできた次第でね、あんたが大変なショックを受けたことはよーくわかる。しかしね、こいつもそれは同様でね、この男、黒田というんだが、こいつの方がもっと傷ついているんだ。いわば俺たちは、同類さ。で、何とか真紀子を探し出したいんでね、協力してくれたら、とね」
女は傍のソファーを指差し、自分は俺の前に座ると足を組んだ。そのスラリと伸びた足はめまいがするほど美しく、こんな女を虜にする峰岡とは一体どんなやつなのだろうか、とまた考えてしまった。
「峰岡さんがね、この一月あまりあんたたちのことをよく話していたのよ。あんたと同級生だったんでしょう」
もう一本タバコに火をつけながら黒田に顔を向けた。峰岡さんと、さん付なのに違和感を覚えた。
「ぼくのことをですか?」
「正確にいうとあんたの嫁さんのことね」
今度は俺が身を乗り出す番だった。
「なんで峰岡が、失礼、峰岡さんがこいつの嫁さんのことを?」
「決まってるじゃない。美人で聡明で、ナイスバディだからよ。峰岡さんはね、なかなかの美人と結婚したとなんども話してね。そこで私も、あれ、これは少しおかしい、と感じていたのよ」
確かに真紀子とこのあばずれは共通点がある。顔立ちは似ても似つかないが、いい体、つまりお召し物を脱いだ時、男の何がすぐにそそりたつような、素晴らしい体を 二人ともしているのだ。一瞬、俺の頭のなかでこの女と真紀子から交互に自分のナニをしゃぶられることを想像してしまい、下半身に血流がたまるのを感じた。無論、そんなことはおくびにも出さず「しかしね、真紀子はあんたと違いごく普通の家庭の主婦だ。そりゃいい女かもしれんが、いきなり峰岡さんが真紀子と逃げたはずだ、というのはどうもね」
黒田はといえば、女房が褒められているのだろうが、何とも言えない表情をして黙りこくっている。
「あんたね、私は峰岡さんともう五年も一緒にいるのよ。彼がどんなことを考えているくらいわかるわ。まあ今度は少しばかり行動が早すぎて防げなかってけど。彼、こっちと大阪を行ったり来たりだからね。今東京にはいないのかな? で、昨日は大声だしたり、花瓶をわっちゃたりして悪かったわ。そいで持って、奥さんから何か連絡はないの?」
「ないからこうして俺が駆けつけたわけだ。そもそもあの峰岡さん、どういう人なんだ? 何をやってる人? 結構金遣いも荒いらしいがね。何して稼いでいるのかなぁ」
カウンターの男を振り返ったあと悩ましげな表情になり女は口を開いた。
「何をやっている人って。まあそれは……」
6
青山社長は人脈もすごいが、遊ぶ場所も良く知っている。いろいろな場所に行きつけの店があって銀座のこの焼き鳥屋もしょっちゅう連れて来てもらった。青山さんに言わせると世界一うまい焼き鳥屋、ということらしい。
「で、その女、峰岡はどこかの組傘下の構成員と言ったのか?」
太った体を揺すりながらレバーを頬張っている。
「いやね、よくわからないが、構成員というわけではないらしいのです。組の仕切りで、あちこちでかけていくらしいですが、まあ客分扱いというような感じを受けましたがね」
俺が手を出したわさび付きの四つ身をじっと見ている。黒田はといえばただ黙ってビールを口に運ぶばかりだ。
「それで、そのハクイ女には聞いたか?」
昨日青山さんから奇妙な質問があったのだ。
「ええ、確認しました。確かに奴の太もも、玉の接するような場所に、簪の刺青が彫ってあったそうです」
その答えを聞くと青山さんはじっと俺の顔を覗き込んだ。それから運ばれてきたガツにたっぷりからしを塗り、ガバッと口にいれた。
「おい、黒田君、峰岡の正体がわかったぞ!」
その言葉に黒田の表情が一層歪んだ。
「多分ね、居場所もわかるぞ」
一体に青山さんは育ちが良いので、隠し事ができない。相当に得意のようだ。また、大口開けて焼き鳥を頬張り「峰岡は竿師だ」
「さ、竿師?」
黒田が素っ頓狂な声をあげる。
「そう、竿師だ。俺もその筋から紹介を受け一度ショーを見学した事がある。つまり、竿師というのはだ、」
青山さんはもう一口焼き鳥を頬張り、それから、身を乗り出すようにして続けた。
一九五〇年ごろ、戦災の惨禍からようやく復興を遂げようとしていた日本にあって、新宿や浅草などの遊興地は、愚連隊が次第に淘汰され、強力な暴力組織の統制の元、徐々にと興隆を極めるようになったという。
当時の浅草は、多くの伝説を生んだやくざ者が蝟集していたが、通称「隻腕の松」こと、殿山松治が率いる「菱山会」がそのほとんどを仕切っていた。菱山会はその構成員のほとんどが、博徒上がりの侠客で、地元との共存共栄を組の是とし、戦後の混沌期、ある意味で警察組織より頼りにされていたという。そのしのぎは旦那衆を集めてのばくちのほか、赤線、青線のミカジメなどで、現在のようにシャブ、拳銃密売などという物騒な扱いは一切なかったという。
狂い妻 第1部 (1/2)
次の話


