『毛皮を着たヴィーナス』(原題: Venus im Pelz)は、「小ロシアのツルゲーネフ」と謳われたウクライナ出身のオーストリア小説家、レーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホが1871年に書いた中編である。代表作であり、苦痛に快楽を見出す倒錯——のちに彼の名から「マゾヒズム」と呼ばれるもの——がここで開花する。ポルノグラフィとして消費されがちだが、ジル・ドゥルーズはこれを「ポルノロジー」という、一段高いジャンルで扱え、と求めた。契約書、毛皮、鞭、第三の男による寝取られ。いまBDSMの語源話を辿るなら、まずこの一冊に戻ることになる。
枠物語とゼヴェリーンの告白
毛皮を着たヴィーナスと戯れる夢を見ていた「私」は、友人宅の従僕に起こされる。友人ゼヴェリーンにその奇妙な夢を語っていると、壁の絵がまさに「毛皮を着たヴィーナス」であることに気づく。独自の女性観を持つゼヴェリーンは、粗相をした女中を鞭打とうとして「私」に止められる。夢への返答として、かつての自分の経験をまとめた原稿を読め、と薦める。退屈なカルパチアの保養地で、ゼヴェリーンは彫刻のように美しい未亡人ワンダと出会う。ごく若い彼女の美貌と奔放さに惹かれ、ワンダも知性と教養のある彼を愛するようになる。自分が苦痛に快楽を見出す「超官能主義者」だと告白した彼は、その苦痛を与えてほしいと頼む。足で踏みつけ、鞭で打つときは必ず毛皮を羽織ってくれ、とも。はじめワンダは拒むが、愛ゆえに受け入れる。二人は契約書を交わし、奴隷と主人になる。
ワンダにとってそれは結局、演技でしかなかった。奴隷を連れて旅したイタリアで、第三の男が現れる。ゼヴェリーンは嫉妬の苦痛に狂いそうになるが、ワンダは再び愛を告げ、その男は意中にないと断言する。翌朝、寝室でいつものように鞭打ちを頼み、縄で縛ってもらうと、隠れていた第三の男が現れる。男は力の限りゼヴェリーンを打ち、ワンダは笑いこけるばかりだ。縄を解かぬまま二人は屋敷を出て行く。しばらくして届いた手紙に、当時の行いが「治療」であったと書かれてあり、ゼヴェリーンは心から納得する。原稿を読み終えた「私」がテーマを問うと、ゼヴェリーンは持論を繰り返す。女は男の奴隷になるか暴君になるかのいずれかであって、絶対に肩を並べた朋輩にはなりえない、と。
実人生への嵌め込みと複製のヴィーナス
この小説はマゾッホ自身の恋愛をなぞっていると考えられており、契約書などの細部は「切子のように」嵌め込まれている。ワンダのモデルとされる女性は主に二人いる。当時愛人だった人妻ファニー・ピストールと、執筆後に出会い伴侶としたワンダ・フォン・マゾッホ(本名アウローラ・リューメリン)である。マゾッホはワンダとともに本作の筋を追うような生活を送り、第三者からの寝取られで関係が破綻する点まで小説と同じだった。彼は構図に重ねるかのように、ワンダへ手紙を送っている。労に対して鞭で報いてくれるのでしょうね、ビロードと絹と装身具が好きだそうですが毛皮もお好みではないのですか、それだけのお金があれば毛皮の縁取りをしたジャケットを家の中で着てみる気はありませんか、と。
平野嘉彦は、こうした時系列の狂いと複製性こそマゾッホの倒錯の本質だと指摘する。ワンダのイメージである「ヴィーナス」は、本人が登場する前に「私」の夢、ティッツァーノの絵、大理石の彫刻として何度も現れ、その後も彫刻・鏡・肖像画として反復される。象徴的に描かれるティッツァーノの絵自体が複製画であり、大理石の彫刻もレプリカである。平野はこれらのモチーフが小説に自己言及的な性格を与え、物語そのものが金の額縁に収められた図像であるかのような状況をもたらす、と言う。反復にある単調さと退屈さは、作者のマゾヒズムの一部であり、意図的なものだともいう。ドゥルーズは同じ未決定の宙吊りに着目し、小説に純粋な技巧としての宙吊りを取り入れたのはマゾッホが嚆矢だとする。宙吊りはゼヴェリーンが吊るされ磔にされることだけでなく、中心場面でワンダの仕草が彫刻や絵画、鏡といった「写真的場面」で凝固し、時間が止まることでもある。この未決定性は、マゾッホに猥褻な直接描写がほとんど無いことともつながる。描写そのものが宙吊りにされ、否認されてしまうからだ。
教育と契約——マゾヒズムの本質
ワンダは出会った当初から奔放だが、サディスティックな人間ではなかった。ゼヴェリーンがとうとうその足を持ち上げて自分の頸の上にのせると、彼女はすばやく足を引っ込め、ほとんど激怒の表情で立ち上がり、拒絶する。しかし彼に「教育」されたワンダは契約を結び、ついには愛人である第三の男に彼を鞭打たせるところまで変貌する。この教育と契約こそ、ドゥルーズがマゾヒズムの本質としたものだ。サディズムの本質である命令と破棄とはまったく対照的である。ドゥルーズによればマゾッホは人格的訓育者であり、マゾヒズムの享受者は専制的な人間を養成せねばならない。説得し、契約に署名させなければならない。つまりマゾッホの小説には、悦楽を覚える拷問者はいない。あくまで犠牲者が拷問者を説得し、訓育する。SMの現場で「女王様を育てる」と言われる関係の原型が、ここにすでに書かれている。
東と西、毛皮のフェティシズム
ドゥルーズによれば、汎スラヴ主義に駆り立てられていたマゾッホは、この作品に「東と西」という対立項を持ち込んだ。舞台こそドイツやイタリアだが、ゼヴェリーンの愉楽は殉教者のそれに比せられ、ワンダは自分たちを古代ギリシャの価値観で定位し、異教徒だと自称する。ワンダには「エカチェリーナ2世のような」という形容が繰り返され、新たな愛人に選んだ第三の男を語り手は「ギリシャ人」と呼ぶ。ゼヴェリーンが奴隷契約に相応しい場所をコンスタンティノープルだと考えるように、時空間はつねに西欧・近代からずらされていく。ドゥルーズはワンダを、マゾッホ小説の女性像のうち「ギリシャ風娼婦」と「サディスト」に分類しつつ、最も重要なのはその中間で宙吊り状態にある動揺だとする。ワンダは毛皮のドレスとともに、ウクライナの農婦が身につける毛皮の着物カツァバイカをしばしばまとう。平野は、契約などが生み出す西欧の近代的な権力・暴力が、毛皮によって東欧の一地方と結びつく、と読む。
毛皮そのものがフェティシズムの核である。鞭を打つときは必ず毛皮を羽織れ、という条件は、疼痛の演出ではなく装いの儀式だ。毛皮と毛髪——覆うものと露出するもの——が入れ替わり、ワンダはヴィーナスとして何度も複製される。カツァバイカをまとう東欧の農婦と、ビロードと絹を好む西欧の貴婦人とが、同じ女の身体の上で重ねられる。手紙でマゾッホがワンダに毛皮のジャケットを勧めたのも、小説の条件を生活へ再演するための指示だった。フェティシズムは小道具ではなく、契約が成立するための衣装規定である。
日本語訳は種村季弘訳が河出書房新社〈河出文庫〉から1983年4月に出た(ISBN 4-309-46244-8、新版2004年、新装改版2009年)。引用の略称VPは同訳の2009年版に依ることが多い。許光俊訳は光文社〈光文社古典新訳文庫〉から2022年8月(ISBN 978-4-334-75466-2)。ドゥルーズ『マゾッホとサド』(蓮實重彦訳、晶文社、1998)と平野嘉彦『マゾッホという思想』(青土社、2004)が、契約と宙吊りと複製を読むときの基本文献になる。クラフト=エビングがマゾッホの名からマゾヒズムという診断名を作ったあと、この中編は症例の元ネタとして読まれ続けた。しかしドゥルーズが強調したのは診断ではなく、教育と契約と宙吊りという形式である。サド・マゾと一語で括ると見えなくなるのは、まさにこの非対称だ。サドの小説が命令と制度の破棄で進むのに対し、マゾッホの小説は説得と署名で進む。第三の男に鞭を打たせ、自分が笑うワンダの変貌は、最初からサドだった女の物語ではない。超官能主義者の男が、奔放だがサドではない未亡人を訓育し、契約の先で自分を壊される物語である。いまBDSMの現場で「契約書を書く」「女王を育てる」「毛皮や革を指定する」と呼ばれる手順の、文学的な原型がここにある。マゾヒズムという言葉の元になった小説としてではなく、契約と毛皮と第三の男をどう組むかという、プレイの設計図として読める。











