机の下の楽園(上) 第1部 (1/2)
次の話
一
僕がそのSMバーを訪れたのは、学園時代からの悪友、佐久間に誘われたからだった。
六本木の「JUNCTION」。そこには佐久間のお目当ての女王様がいて、彼はほぼ週に二回、ここへ通っていた。
といっても、佐久間はMというわけではない。単に女王様のヴィジュアルに憧れてのことで、彼女のほうでもそれは分かっているのか、彼はいつも適当にあしらわれているらしい。それで、今夜こそはなんとかものにしたいと、僕を誘い出したのだ。つまりは、女王様の前で自分を褒めてほしいというのである。
「久我って、中身はともかく、見かけはスゲーもっともらしいからさあ、大学教授で充分通るんだよ。お前の口から俺のよさをアピールしてもらえれば、きっとアキちゃんも納得してくれる」
勝手にそう決めて、佐久間は自分の作戦の成功を疑っていない。普段は優秀な商社マンなのに、こういうことに対しては妙に純情なのだ。
「大学教授はやめろ。文系の三十過ぎなら、どうがんばっても准教授だ」
「じゃ、准教授でいいよ」
「そういうところで、見栄を張らない方がいい。あとで響いてくるぞ。彼女の心を本当につかむ気なら、僕がフリーター同然の翻訳家だってことを隠さない方がいいんじゃないのか?」
数年前まで、僕は確かに「教授」を目指していた。だが、象牙の塔の徒弟制度にあきあきして大学院の博士課程を中退し、翻訳家になってしまった。そのことを少しも後悔していなかったし、「翻訳家」が「准教授」に劣るとも思っていない。
佐久間も少し考えていたが、「そらそうだな」
とあっさり納得して、誠実路線で行くことに決めたようだった。
「JUNCTION」は、女性客が無料のレディース・デイということもあって、けっこう混んでいた。いかにもSMバーらしく、壁にそって円筒形の檻や内診台、木馬などが置かれ、天井からは人を吊るすための鈎が下がっている。十人くらいはすわれそうな大きいテーブルが三つ、中央のショースペースを囲むように配置されていたが、今はそのほとんどが埋まっていた。
仕事で遅くなった佐久間は、出遅れたことをくやしがったけれど仕方がない。ひとまず落ち着いたテーブルは、男の客の方が多かった。
「ほら、あれがアキちゃん」
佐久間にいわれてそっちを見れば、なるほど美人だ。スラリとしたバランスのいいからだに、レザーと網タイツのコスチュームがよく似合っている。センター・パートのロングボブも、マイセンの陶器人形のようにノーブルな顔立ちを引き立てていた。
「あの、会話がとぎれた時にみせる、ひんやりとした眼差しがサイコーなんだよ。おれ、思わず奴隷になってもいいと思うもん」
「っていうか佐久間、おまえ隠れMなんじゃないのか?」
僕がそうからかってやると、「いいや、俺はサドのおまえと違って、はっきりストレートだ。ただ、恋のためならM男になってもいいってことさ」
そう、僕はSだ。
だが、普通の場でそういっても、たいてい冗談だと思われる。佐久間も本気でそう思っているわけではなく、仲間内で通用していた「久我はSだ」というジョークを、今も引きずっているにすぎない。
SMというのは、本来密室性の高い淫靡なものだ。だが、こういうSMバーのようなところでそんなことをいってみても始まらない。倒錯した性愛をおもしろがってのぞきにくる素人さんたちを、なんでもいいからとりあえず集めてなんぼの世界になってくる。だから、僕はめったに来たことがなかった。
「クッソォ……なんとか、アキちゃんを呼んでこなくちゃ、おまえつれてきた意味がないぜ。いっそのこと脅しかけるか」
学生時代ラグビー部だった佐久間は、縦も横も人並み以上にある。顔のつくりもワイルドで、ちょっとその気でにらめば大抵のヤツはビビッた。
「まわりのヤツらには脅しかけて、女王様の前ではMになって靴をなめるのか」
僕は笑った。佐久間は、だが案外本気で、「まわりの視線なんか、この際どうでもいいんだよ。アキちゃんが俺のものになってくれさえすればな」
そういうと、「よしっ」と気合いをいれて立ち上がろうとする。僕は舌打ちしながら、彼の腕を引っ張った。
と、そのとき、ドアが開いて新しい客が入ってきた。めずらしい女性の一人客で、戸惑ったようにタバコの煙の立ちこめる店内を見回している。
気づいたアキ女王様が、すっと立ち上がっていった。入り口のあたりで二言三言、言葉を交わし、あいている席をさがす。ちょうど僕らのテーブルにあきがあるのをみつけると、その女性客を案内してきた。
「おおっ、やった! やったぜ、久我! 俺は、ついてる!」
佐久間はもう有頂天だ。半腰になりながら彼女達を迎えると、アキ女王様が、「ごめんなさい。少しつめていただいてもいいかしら?」
と、なめらかなアルトでいった。
「どうぞ、どうぞ」
佐久間は、もみ手をしそうな勢いだった。だが、女王様と女性客が、僕のとなりへ二人まとめて座りそうになったので、小声で脅してきた。
「久我、席かわれ!」
「かわれ」といわれても、僕も一応男である。どうせなら女の子のとなりがいいので、二人を真ん中に挟む形で佐久間と折り合いをつけた。もちろん、佐久間のとなりはアキ女王様だ。
「あ、こいつ、俺の親友。学園ンときから一緒だから、親より俺に詳しいヤツ」
そのお定まりなジョークは、女王様には受けなかったが、もう一人の方には受けた。二十三、二十一歳というところだろうか。いかにもおかしそうに笑うその声に、女王様も仕方なさそうに笑い出す。
「そんなに長くお友達でいられるなんて、いいですね」
女性客は無邪気にいって、僕と佐久間をかわるがわる見た。
可愛い子だなと、思った。
一見すると、こんなきわどい場所に一人でくるようには見えない。黒目がちな大きな瞳に、薔薇のつぼみを思わせる小振りで品のいい唇……
僕はふと、敏捷な子猫を想像した。
「名前、教えてくれる? 僕は久我幸尚、あっちは佐久間大斗」
女の子は、思わずという風に傍らのアキ女王様を見た。女王様は、女の子をかばうように、「彼女、私の友達なの」
と、一言だけいった。言わなかったその先には、「だから、へんなことするつもりなら承知しないわよ」という言葉がかくれているのだ。
佐久間はすかさず、「大丈夫だよ。怪しいもんじゃない。なんなら名刺渡すけど、俺はW商事勤務で、こいつはけっこう有名な翻訳家だ。聞いたことない? 『最悪の眠り』 あれ、こいつが訳したんだよ」
去年僕が訳して、ベストセラーになった推理小説の名をあげた。
「えっ、あれそうなんですか? わあー、すご〜い!」
「へえ〜、そうなんだ」
クールな女王様まで控えめに感心してみせてくれて、僕は少し居心地がわるくなった。
軽く眉をあげて賞賛に応えてから、ハイボールを一口飲む。すると女の子が、「友永美笛です。美しい笛って書いてミフエ。でも、みんなミュウって呼ぶの」
と、自己紹介してくれた。
「ミュウって、猫系の君にぴったりだね」
さりげなく肩に手をまわしながらそういうと、ミュウはちょっと驚いたように僕を見た。
「飲み物はきまった?」
彼女によけいな警戒心を抱かせないよう、話題を変えて気持ちをそらす。
「えっ、あ、はい。さっき、アキちゃんに頼んでもらいました」
「そう。じゃ、もうじきくるかな」
わざとらしく厨房の方を見ながら、佐久間とアキ女王様に視線を送る。
佐久間は「こいつ、早ッエ〜」とでもいうように、呆れた顔をしている。女王様は、ちょっとおもしろがっているように見えた。
僕は二人とも特に異議なしと見て、ミュウの華奢な肩をまた少し抱き寄せた。
「ミュウは、お酒強いの?」
ミュウは少しうつむきながら、首を横にふった。肩まである髪がサラサラとゆれて、いい匂いをさせる。
「全然ダメなんです。ワインを一口飲んだだけで、グラグラしちゃう」
「いいね、女の子っぽいよ」
僕がそういうと、女王様が、「あら、ごめんなさい。アタシ、ザルなの」
佐久間はここぞとばかりに、「アキちゃんはいいんだよぉ。女である前に女王様なんだからさあ〜」
あれこれ言葉をつくして、彼女のご機嫌をとりはじめる。もちろん、女王様はわざと拗ねてみせたわけで、むしろ佐久間にきっかけを与えてやったように、僕には見えた。
それなら、遠慮なく……と思い、僕はミュウとの会話を続けた。
二
「こういう所へはよく来るの?」
「ううん。ここはアキちゃんがいるから、たまに……でも、まだ二、三回来ただけ」
「じゃ、SMの経験があるわけじゃないんだ」
僕の言葉に、ミュウはあわてて首をふった。
「まだ、全然。一度もないの」
「興味はある?」
ミュウは、すこし答えをためらった。僕は、彼女を安心させるように、言葉を重ねた。
「ここで話したり聞いたりしたことは、みんな外の世界へは持ち出さない。すべて秘密だよ。誰にもいわない」
そういって、彼女の肩を少し強くつかんでやる。
ミュウは、僕の目をちらっと見てぎこちない微笑みをうかべると、小さくうなずいた。
「経験してみたい?」
ミュウは、今度もうなずいた。
「そっか」
それだけいってしばらく黙り、ハイボールを飲む。ミュウも運ばれてきたオレンジジュースを飲んでいたが、たまりかねたように訊ねてきた。
「あの……久我さんは、経験あるんですか?」
「そう見える?」
逆に問い返してやると、ミュウは考えながらこう答えた。
「たぶん……経験……あると思います」
「どうして?」
「落ち着いているから……あんまり飢えているように見えない」
「SMの変な道具がまわりにいっぱい置いてあるのに、興奮してないってことかな?」
笑いながらそういってやると、ミュウはうなずきながら、「なんか、慣れてる。きっと、こういうところへしょっちゅう来ているんだと思う」
「ここへ来たのは、今日がはじめてだよ」
「じゃ、ほかのところへはよく行くの?」
「いや、めったに行かないな。それほど面白いところじゃないからね」
そういうと、ミュウは困ったように首をかしげた。僕はおかしくなって、「ウチでパートナーとやっているから、こういうところへは来なくてすむってこともあるだろ?」
といってやった。ミュウは驚いたように、「パートナー、いるんですか?」
見張った目がまた可愛い。
人をからかうのは良くない癖だとわかっていた。それでよく誤解されることもあったが、こういう素直な子を見ると、どうも我慢できない。僕は彼女にじっと視線をそそぎながら、試すようにいった。
「今は、いない。ミュウがなってくれる?」
一瞬でからだをこわばらせたミュウは、瞬きも忘れて僕をみつめている。
そろそろ許してやろうかと思ったところへ、ショーの開始を知らせるように、照明が暗くなった。
気がつけば、アキ女王様の姿も消えている。
クラブ・ハウス系のシャカシャカした音楽が流れ始めると、ショースペースに三人の女性が躍り出た。
手には羽をつないだ優雅なムチを持ち、それぞれのからだにまとわりつかせながらシャープな踊りを見せる。それが終わると、アキ女王様とM女性のショーアップされたプレイが始まった。
M女は巧みに縛り上げられ、まずは天井の滑車に吊るされた。そして片足も高々と吊り上げられると、縄のくい込んだ股間があらわになった。
となりで、ミュウがビクリと震えるのがわかった。
ムチ、ロウソク、バイブ責めと続くうちに、彼女の体温はどんどん上がってきた。息づかいも、少し乱れてきている。
落ち着こうとしてか、オレンジジュースへ伸ばした手が、どこか危なっかしい。
優しい言葉をかけてやることもできたが、僕はあえて黙っていた。
やがてショーが終り、アキ女王様が席にもどってくると、ミュウは明らかにほっとした表情を見せた。
「感じちゃった?」
僕が訊くと、ミュウはまだ、いくらか上気した頬で答えにくそうにうつむく。女王様が、「ミュウには、まだ刺激が強すぎるのよね」
と笑って、「飲み物どうする? またオレンジジュースでいい?」
と、訊いた。ミュウは「ううん」と首をふり、「もう今夜は帰る」
と、言いだした。
終電までは、まだ間がある。
「大丈夫? 気分悪いの?」
と、気遣う女王様にミュウはちょっと笑って、「大丈夫」と小さく答える。
僕は、まだ彼女の肩を抱いたまま、「送っていこうか?」
と訊ねた。
それは賭けだった。
ミュウは、迷いがありありと浮かぶ瞳で僕をみつめてきた。
「僕の信用度なら、そこの佐久間に訊くといい。なにしろ、親より僕に詳しいからね」
そういって笑ってやると、ミュウも肩の力をぬいた。
「ミュウちゃん、そいつなら大丈夫だよ。見かけによらずスケベだけど、絶対失礼なことはしないから」
佐久間のありがたい推薦もあって、ミュウは「じゃあ……」と、まずアキ女王様の方を見た。女王様は、「へんなことされそうになったら、思いっきり叫ぶのよ」
といって、僕に視線を移す。佐久間がゾッコン参っているという、あのひんやりした眼差しでじっと見つめてきながら、「ミュウを、お願いします。大事な友達なの」
この女王様は、言外の脅しがうまいなと、僕は苦笑した。
ミュウの肩から手をはずすと、「責任をもって、送りとどけるよ」
と、素にもどって真面目に言った。
店を出ると、熱帯夜の風がねっとりと僕らを包んだ。
六本木は一晩中眠らない街だ。まだまだにぎやかな通りを、地下鉄の駅へ向かって歩きながら、僕はミュウを見下ろして言った。
「さっきの答え、まだ聞いてなかったね」
「えっ?」
「ミュウが、僕のパートナーになってくれるという話だよ」
ミュウは黙った。そして、しばらくしてから、こういった。
「まだ、よくわからない。久我さんには、今日会ったばかりだし……」
「ショーを見たのは何回目?」
「えっ? ああ……三回目かな」
「いつも、気分が悪くなって、途中で帰っていたの?」
「ううん。アキちゃんがあがるのを待って、一緒に帰ってた」
「じゃ、今日は特別だったんだね」
そういってミュウを見やると、彼女は戸惑ったようにうつむいた。
「うん……そう」
つぶやくその声に、羞恥がにじむ。
僕は、立ち止まった。
「どうして?」
傍らのミュウを見下ろすと、彼女も見上げてくる。それを視線で釘付けにすると、ミュウは少し泣きそうな顔をした。
「……それは」
ミュウは耐えきれないように唇をふるわせ、うつむいてしまった。
五メートルほど先に見える大通りを、派手な恰好をした女の子の二人連れが、声高に話しながら通り過ぎてゆく。すぐ手前の喫茶店の前では、黒人が聞き取りにくい早口の英語で、白人にまくしたてていた。
僕は、ミュウの手をとった。
彼女は拒まなかった。
とった手はそのままに、もう片方の手で肩を抱く。すこし強く引いて胸元に抱き寄せると、ミュウは、ほんの少し抵抗しただけで墜ちてきた。
「おとなしく帰れそうにないね。女王様には、内緒にしておこう」
三
ミュウに住まいを訊ねると、僕と同じ沿線に住んでいることがわかった。
「アキちゃんと一緒に住んでいるの」
大学時代の同級生なのだという。
今からホテルを探すのも面倒だったし、帰りのことも考えて、僕は自分のマンションにミュウをさそった。
地下鉄の電車の中で、ミュウはポツリポツリと自分のことを話した。
東京の大学を出て、地元である埼玉の銀行へ就職したが、また上京したのだという。
「本当にやりたい事はなんだろう、って考えたら、このまま銀行になんかお勤めしていられないと思ったの。とりあえず英語の勉強をしてみたい。今、専門学校に入ろうと思って探しているんだけど、まだ決まらなくて……」
「留学でもするの?」
「……それができたら、本当にいいなぁ」
夢見るように、ミュウは視線を遠く遊ばせた。
「目的があるのは、いいことだよ」
僕は、皮肉でもなんでもなくそう言った。
「目的」というより、「やりたい事」といったほうがいいだろうか。佐久間には、まだ今ひとつ分かってもらえてないようだが、僕は今の生活をかなり楽しんでいた。
文学部の助教だの下っ端講師だのというのは、どんなに優れたものを書いても、学会の発表ならともかく、本となるとなかなか自分一人の名前では出せない。大抵は、恩師である教授の名前で出版され、序文に「○○君の助力を得た」とでも書いてもらえれば御の字なのである。
大学院生のうちからちょっと個性的な論文を書けばすぐにたたかれ、指導教官に逆らいでもすれば一生就職口に恵まれない。いまだにガチガチの徒弟制度がまかり通っている。
心から尊敬できる教授ももちろんいるが、僕の場合、途中で指導教官が亡くなって、やむなく別の教授につくことになってしまった。これがどうしようもないヤツで、能力もないくせに弟子の論文にケチばかりつけやがる。おまけに、その論文を一字も変えずにそいつの名前で学会誌に発表され、いいかげん頭に来た。
引き止めてくれる先生もいたが、僕に未練はなかった。
文学の世界は広い。そして多様だ。なにも大学教授になる事ばかりが、文学に携わる道ではない。
時間を自由に使えるようになった今、僕は開放感と充実感を同時に味わっていた。
本だらけの部屋。それが、初めて僕のマンションを訪れたミュウの感想のようだった。
確かに1LDKのリビングの壁は、一面本棚に埋め尽くされている。仕事場にもなっているそこを、散らかしてはいなかったが、きれい好きの目から見たらいろいろ文句はあるだろう。
本の多さに驚いたミュウは、次に窓から見える夜景に感嘆した。
マンションが高台に建っていて、向かいに高い建物がないため、七階でもかなりきれいな夜景が望めるのだ。そこが気に入って借りた部屋だった。
僕は部屋の隅に置いたスタンドだけを灯すと、ソファーに座って、カーテンを開け放した窓辺に立つミュウを後ろからながめた。
水色のスカートに、白いレースのチュニック。背はさほど高くない。ほっそりとした腰つきのわりには、レースで飾られた胸が豊かに盛り上がっている。
僕は、声をかけた。
「ミュウ、そこで服を脱いでごらん」
ミュウは、はじかれたように振り返った。頬が赤くなっている。
「……だって……誰かに見られたら……」
「誰にも見えないよ。よほど性能のいい望遠レンズでもあれば別だけどね」
「でも……」
ミュウはそういって、もじもじしながらあたりを見回す。
僕はしばらく彼女を迷わせておいてから、一言こういった。
「脱ぎなさい」
ミュウは、明らかにびくりと震えた。紛れもないSの命令が、彼女のM性にスイッチを入れたのだとわかった。
果たしてミュウは、うつむきながらではあったけれど、脱ぎ始めた。
「下着もだよ」
僕の言葉に、彼女は泣いているような息づかいで従った。
予想どおりのたわわな胸が、暗いオレンジの光の中にこぼれでる。小柄だが、手足の長いきれいなからだだった。
「足を肩幅くらいに開いて、前にかがんでごらん。顔はこっちへ向けたまま、お尻を窓の方へ突き出して……」
ミュウは眉の根を寄せながら、今度も従った。
「両手で、お尻を開いて……望遠レンズで見ているかもしれない誰かに、からだの奥を見せてあげなさい」
「あ……イヤ……」
とても小さな抵抗だった。頭をゆるくふって拒否するが、僕はもちろん許さない。
「言うとおりにしなさい」
ミュウの手が、ゆっくりと動き始める。そして、自分の後ろへ持ってゆくと、徐々に力を入れ始めた。
「もっと、大きく開いて」
「ああ……あっ……」
あえぎ声が、熱くうるおっている。
「そのまま、腰を振ってごらん。明かりのついている一軒一軒の人たちに、ミュウのいやらしいところをたくさん見てもらうんだ」
ミュウは、細く高くあえぎながら、僕の言葉に従った。
丸みの可愛いヒップが、ゆらゆらと小舟のように揺れる。いつしかミュウは、両手で力一杯自分を開いていた。
「自分でアソコをさわってみなさい」
指が、おずおずと割れ目にのびてゆく。
「どうなっているか、報告しなさい」
ミュウは、「イヤぁ……」と叫んで、うずくまりそうになる。
「座るんじゃない。立ったままで、ちゃんと報告しなさい、ほら」
「……濡れて……います」
「どんな風に?」
「たくさん……いっぱい……濡れています」
羞恥で今にも崩れそうなからだを、ミュウは精一杯支えていた。
「こっちへおいで」
僕は、次の責めに進んだ。
まずテーブルの上に、陰部が僕によく見えるよう足を抱えた姿勢で、ミュウを横たわらせた。
透明な液がヘアの先にしずくとなって結ばれ、今はまたそれが、アヌスの方へ流れて行こうとしている。ミュウは、僕にそれを見られただけで、からだを小刻みにふるわせた。
僕は指一本触れないまま、言葉で彼女をなぶった。
「ミュウは淫乱だな。窓にむけてお尻を振っただけで、こんなに濡らしちゃったのか。……また、あふれてきた。しょうがないMだな」
そういって笑ってやると、ミュウは「許してください」といってしゃくり上げた。
「まだ、許さないよ。そのまま回すように、またお尻を振ってごらん」
ミュウは少しためらっていたが、やがてゆっくりと振り始めた。
「ああ……あ、あっ……」
さらに愛液があふれだし、声も止まらなくなって、大きく開いた女唇が表情豊かにうねる。
「イヤ、見ないで」
「見られるのがイヤなら、どうしてこんなに濡らすんだ? もうテーブルにまでこぼれているのが、自分でもわかるだろ?」
実際、ガラス製の天板には、愛液の水たまりができていた。
「僕に見られるのが嬉しいんだろ? もっと、たくさん見てほしいんだろ?」
僕は立ちあがって、ミュウの髪をつかんだ。
「あああー!」
ミュウは、頭をテーブルの縁からはずしそうになりながらのけぞった。
「ミュウが、今一番してほしい事をいってごらん」
目を堅く閉じたミュウは、唇を何度もふるわせ、やっとのことでこういった。
「……わから…ない」
僕がさらに髪をつかみあげると、ミュウは濡れた悲鳴をあげた。
「痛いのと、恥ずかしいのと、気持いいの……どれがいい?」
僕は、大きく反ったミュウの首を支えてやりながら、そう訊いた。
ミュウはとうとう泣き出し、叫ぶようにこういった。
「全部! 全部してください!」
きっと、まだ何がなんだか分からないままに、そう言っているのだろうということは分かっていた。自分が何を望んでいるのか、それを、ミュウはこれから自分で見つけてゆくのだ。
僕は、おねだりできたことを褒めるように、つかんだ髪を軽く揺すってやると、「じゃ、ベッドへ行こう」
といった。
四
上半身を縛ってやると、ミュウは焦点の合わない視線を宙にさまよわせ、熱い吐息をこぼした。
そのままベッドへうつぶせにさせ、お尻を高く上げた姿勢をとらせる。ミュウは「くうっ」と猫のように鳴いた。
今日は、あまり道具は使わないつもりで、白桃のような丸い尻を手でぶつ。ひらかせた足の間からのぞく性器もぶってやると、ミュウの可愛い悲鳴は止まらなくなった。
次に肩をつかんでからだを引き起こし、縄にはさまれていびつになっている乳房をわしづかみにする。
「ああああー!」
ミュウは、痛みにからだを伸び上がらせた。
乳首をつまんで押しつぶしてやると、今度は鳴きながら身をよじって、腿まで愛液をしたたらせた。
優しい愛撫をすると、ミュウは「いや……」と弱々しく言って、もっと強い刺激を望んできた。
痛みというのは、自分のM性を確認するのにもっとも手っ取り早い刺激だ。Mでなくても、ある程度までなら痛みは快感になる。
僕は、時折愛撫を織り交ぜて焦らしながら、ミュウの全身が汗まみれになるまで胸を責めた。
つかんだ縄を放してやると、ミュウはベッドに倒れ込んだ。
僕は次に、ミュウの足を開かせてM字型に縛り上げ、クローゼットの脇からスタンド・ミラーをもってきた。股間を隠すことの出来ないミュウの姿が、丸うつしとなった。
うまく座っていられない彼女の背後にまわって支えてやりながら、「ミュウは、今どんな顔してる?」
と訊いた。すでに朦朧としているミュウは、素直に答えた。
「とろけてる……目も、唇も……全部……あ、へんな髪型」
激しく振ったり、シーツにこすりつけたせいで、ミュウの頭は薮の中を冒険してきた子供みたいになっていた。
僕は笑って、彼女の髪を大雑把にかきあげ、直してやる。愛しいと思った。
「じゃあ、ミュウの乳首はどうなっている?」
ミュウは、恥ずかしそうに身じろいだが、今度も答えた。
「赤く……なってる。腫れて……」
「痛い?」
僕の問いに、ミュウは首をふった。
「じ〜んとしてるけど……気持いい」
「はじめて縛られた、自分のからだはどう?」
「……きれい」
ミュウは一言そういって、鏡の中の自分をうっとりとながめた。
今日彼女を縛ったのは、ワインカラーの縄だった。彼女の色の白さに、よく映えている。
「縛られるの……好き。……抱かれているみたい」
うわごとのようにそう呟くミュウは、もう自分以外見えていないようだった。
「縛られて、乳首をいじめられたミュウのアソコは、なんて言ってる?」
ミュウは眉を寄せながら、高くあえいだ。
「……いや……恥ずかしい!」
「自分のからだの一部なのに、どんな気持かもわからないのか?」
言葉でなぶりながら、いっそうミュウの足を開かせる。
「いやぁ……あ、あ、ああ」
僕はミュウの太ももを抱えながら、両側から指を一本ずつヴァギナに挿し入れた。
「ああああー!」
縛られたからだを、ミュウが一杯にそらす。縄がかすかにきしんだ。
僕はかまわず、指でミュウを開いた。
「あ、いや、いやあー!」
そのまま閉じたり開いたりを繰り返してやると、淫らな音が熟れた空間を侵し始めた。
「僕の手までヌルヌルだ。すべって、ミュウをベッドから落としそうだよ。こんなに濡らしたのは、何のせい?」
すでにイキかけているミュウは、忘我のふちで口走った。
「ああ……い、痛くしてもらったから! 縛ってもらったから!……あっ、いい! イッちゃう!」
「まだ、ダメだよ。僕がいいというまで、我慢しなさい」
ミュウは唇をかみしめた。
僕は、ミュウの内部をいびつな形に広げはじめた。中指を上下左右に動かす合間にやわらかなピンクの真珠を親指でかまってやると、ミュウの苦しみはいっそう増すようだった。
「いやらしい音だ。ミュウはいつもこんなに濡らしちゃうのか? どうしようもない淫乱だなぁ」
「い、いやぁ……あ、も……イカせ…てぇ」
身もだえるたびに、ミュウの白いからだへ縄がくいこむ。拘束感は、否が応でも募っているはずだ。
「イヤ……ヘンになるぅ!」
僕は仕上げに、堅く立っている真珠をつねるようにつまむと、指を鍵の形にしながら引き抜いた。
「ヒッ!」
ミュウが大きく首をそらせた。僕はその耳元で、「まだ、イッちゃだめだよ」
と命じておいて、ミュウの華奢なからだを後ろ向きのまま抱え上げ、そそり立つ自分自身の上へと一気に下ろした。
「あああ!」
ミュウは叫んで、僕の肩に頭をこすりつけた。
「ミュウ、目を開けて。……鏡を見てごらん」
僕の言葉もよく聞こえていないのか、ミュウはなかなか言うとおりにしない。僕は縄でくくられたミュウの太ももを一度ぶった。
「目を開けなさい」
ミュウは、ようやく目を開く。まなじりから、涙が一筋こぼれおちた。
僕は、繋がっている部分がよく見えるように、すこし腰を前にずらした。
「ああ、あ……」
「縛られてきれいになったミュウが、今僕につながれている。動かせないからだを、これから思い切り犯されるんだ。逃げたくても、ミュウはどうすることもできない。ただ僕に操られる、お人形さんだ」
ミュウはまた、かすれ声で鳴いた。
僕は、ミュウに目を開けさせたまま、動き始めた。
ミュウは、実際にからだで感じる快感と、視覚からくる快感とで、いくらもたたないうちに昇りつめた。
許可なくイクことは、当然お仕置きの対象となる。だが、そんなことを考慮する余裕も、その時のミュウにはなかっただろう。
こちらが心配になるほど長く硬直したあと、全身の力が一気に抜けていった。
五
「縄の跡、痛む?」
僕に抱えられて入った湯船のなかで、ミュウはしきりに縄跡をなでていた。
「ううん。このでこぼこした感じがうれしい」
ミュウはそういって、恥ずかしそうに笑い、僕の首に腕を回してきた。
「ずっと縛られたかったの?」
背中から腰にかけて抱きしめてやると、僕の顔の横でコクリとうなずいた。
「しあわせ」
ミュウはそういい、もっと強く僕にしがみつくと、もう一度「しあわせ」と、つぶやいた。
僕はしばらく彼女の背中を撫でてやっていたが、やがて、こう言った。
「ミュウには、まだお仕置きが残っていたね。自分で分かっているかな?」
お湯の表面からポッコリと二つのぞいたお尻の島が、ピクンと揺れる。
ミュウは、恐る恐るという感じに僕から顔を離し、おずおずと目を見つめてきた。
「はい。……わかっています」
「ミュウは、僕の許可なく勝手にイッちゃったんだったよね」
「……はい。ごめんなさい」
僕はうつむく彼女の顎をすくい、視線をとらえると、「どんなお仕置きがいい?」
と、訊いた。
湯に暖められ、いっそうふっくらした唇がわななき、Mの色がたっぷりと溶けた瞳が僕をみつめてくる。
「許して……ください」
唇からこぼれ出た言葉を、そのまなざしは裏切っていた。
「ゆるさないよ」
僕は、ミュウが本当に欲しがっている言葉を与えてやった。ミュウの瞳がうるんだ。
「ミュウのここ」
といって、僕は彼女のヘアを軽く引っ張った。
「ああっ」
パシャリとお湯がはねる。
「ここを、剃ろうか」
しなうからだを抱き寄せながら、そう囁いてやると、ミュウは堪え難いようにあえいだ。
家族と一緒ならまずいが、女王様との同居なら、この程度は大丈夫だろう。
二、三度頭を振るのを、かまわず湯船から引き上げると、その縁にすわらせた。そして石けんを泡立てると、艶やかな漆黒のヘアに塗り付け、レザーを当てた。
「動いちゃダメだよ。ケガをするといけないからね」
僕はそう言っておいて、上の部分から大胆に剃り落していった。
ミュウは厳粛な儀式のように身を堅くしていたが、やがて、すべすべになって行く自分のそこから目を離せなくなったようだった。
上をすっかり剃り終わる頃には、淡い清潔な色の陰唇から透明な液をあふれさせ、吐息を幾度もこぼし始めた。
「もっと足を広げて……そう」
ラビアの脇の形は複雑だ。指先でしっかり広げながら作業しないと、本当に傷つけてしまう。
僕は、ともすると揺れそうになるミュウを叱りながら、どうやら全部剃り終えた。
ヘアのなくなったデルタを、ため息をつきながら撫でるミュウを、僕はバスルームの鏡の前につれていって足を開かせた。
ミュウはしばらく見入っていたが、やがてひとり言のようにつぶやいた。
「両脇って、意外とふっくらしてる。……すごい、子供みたいに、つるつる」
あまり色気のない感想だったが、ミュウは新しい股間がすっかり気に入ったようだった。
僕は、まだ充分に潤っている花びらに、指を挿し入れた。
「あ、んっ」
ミュウは目を閉じて、眉を寄せる。だが足は閉じずに、僕の指をしっかりとくわえた。
本格的にSMに興味をもったのはつい最近だといっていたが、ミュウにはあまり迷いというものがなかった。僕の仕掛ける行為を次々と受け入れ、すぐに悦びを示し始める。かといって、ニンフォマニアというわけではなく、初めてらしい初々しい戸惑いも同時に見せる。
ふつう、Mを自覚した女性は、なかなかそれを認められず、自分自身を嫌悪し傷つける行為に走ることが多い。Mという「おぞましいもの」に生まれてしまったことの辛さに負けて、自己崩壊する場合もある。
だが、そう言う自己嫌悪や虚無が、ミュウにはなかった。Mである事がまず前提としてあり、彼女はむしろ喜びをもって、それを受け入れているように見えた。あるいは「アキ女王様」という友達を持っていた事が、彼女の自己肯定を助けてくれたのかもしれなかった。
「ミュウは、すぐに僕を締めてくるね」
「あっ! だって……気持ちが、いい。久我さん、好き……」
ミュウはそう言うと、僕の指をくわえたまま、腰をうねらせた。
「僕が好き?」
そんなことは「JUNCTION」にいる時からわかっていたが、もう一度ミュウの口からはっきり言わせたかった。
ミュウは何度もうなずき、「久我さんが、好き。大好き!」
「じゃあ、これはできるかな?」
そういって、僕のコックを鼻先へつきつけてやると、ミュウはすぐに唇を開いた。
あまりうまいフェラチオではなかった。だが、どこか狂おしい感じのそれは、僕をエレクトさせるのに充分だった。
無理を承知で、ノドの奥へと突き立てる。ミュウはすぐにえずいたが、コックを吐き出すような事はしなかった。僕はタイミングを計りながら、何度もミュウのノドを犯した。ミュウは涙をぼろぼろこぼしながら、けなげに耐えた。だがついに顔をそむけ、とうとう胃のなかのものを吐いてしまった。
僕はミュウを抱きしめると、吐瀉物のついた彼女の唇にキスをした。舌を深く差し入れ、口の中を拭ってやる。ミュウは顔を背けて拒もうとしたが、僕が両手で彼女の頭をつかむと、やがてされるがままになっていった。
深夜、ふたり裸のまま潜り込んだベッドの中で、ミュウは少し遠慮がちに甘えてきた。僕は彼女を腕の中に囲い込み、その額にキスをした。
「SMしたくなったら、僕に連絡して。SMバーで相手を捜すのもいいけど、中には危ないヤツもいるから」
いくら、アキ女王様がいるといっても、常に気を配っているわけにはいかないだろう。僕はミュウを、少しでも危険な目にあわせたくなかった。
僕の言葉に、ミュウはちょっとためらう素振りをみせた。
「あの……」
「うん?」
「私、ここにいてはダメ?」
「ここに、って……ずっと、ここにいるってこと?」
ミュウはうなずく。
「私、久我さんのそばにいたいの。久我さんの、奴隷になりたいの!」
ミュウは一気に言った。
僕は少々面食らった。ミュウが僕に好意をもってくれているのはわかっていたが、そこまで思い切ったことをいうとは思わなかったのだ。
もちろん僕もミュウを気に入っていた。住み込み奴隷なら大歓迎だ。だが、こういうことは、慎重にやらなければ結局失敗する。
「ミュウ」
僕は、たぶんにええカッコしいを自覚しながら、諭すようにいった。
「今日のちょっとした体験だけで、そういう大事なことを決めちゃいけない。奴隷になるというのは、君が思っているよりも遥かに大変なことだ。英語の勉強をするという目標もあるんだし、もう少しプレイの経験をつんで、自分の中の欲求を良く理解してから、ゆっくり道を決めた方がいい。僕は、いつでも相手をしてあげるから」
「勢いで、こんなことをいってるんじゃないの!」
ミュウは、房事の余韻をぬぐった澄んだ瞳をあげると、訴えるように言った。
「私、自分で想像するだけだった世界が、今やっと現実のものになった気がしてる。こんなに感じるなんて……こんなにうれしいなんて……もう、想像以上だった!
まだ何も分からないけど、教えてくれたら、全部言うとおりにするから……久我さんが喜んでくれるような良い奴隷になるから」
だからここに居させてと、ミュウは涙ぐんだ。
彼女なら、容姿も反応のよさも、明るくて無邪気な性格も、パートナーとして申し分ない。だから、ゆくゆくは完全に僕のものにするつもりだったし、多少の自信もあった。
だが、SMにおける真の主従関係というものは、恋愛の延長線上にあるものではない。主の創り出す世界の住人となり、その価値観のなかで生きるという事だ。
言い換えれば、自分というものを棄てて、主の絶対的支配の中に安息を見いだすことが「奴隷になる」ということなのだが、それを彼女がわかっているとはとても思えなかった。
今は僕に対する好意だけで、大抵のことは受け入れるだろう。しかし、これから調教が進めば、ミュウが自分の思い違いに気づくことも、きっとあるはずだ。
(だがまあ……その時は、またその時だ)
僕は心の中でひとりごちた。
「ここに居たいなら条件がある。まず、英語の学校へは必ず行くこと」
SMという非現実の世界を成立させるためには、表の世界である現実をしっかり確立しておく必要がある。これをしておかないとM女のすべてが虚構に飲み込まれ、やがては自分自身をも見失ってしまう。つまり、本当の意味で人間でなくなってしまうのだ。
これは、絶対に避けなければならなかった。
「それからもう一つ。今までどおり、週に一度は実家へ帰ること」
週に一度の里帰りは、ミュウが再び上京することを言い出した時の、両親からの条件だったのだという。自堕落な生活をしないための用心ということなのだろう。
しかし、これは僕にとって好都合だった。
自分が生まれ育ったところは、現実を取り戻すのにもっともふさわしい場所だ。親や兄弟(兄が一人いるとミュウはいっていた)との会話は、東京での虚構をいつでもリセットしてくれる。
ミュウは、僕の出した条件をすべて実行すると約束した。
僕は改めて、ミュウを抱きしめた。
「じゃあ、女王様に電話しなさい。ミュウは、僕の奴隷になることにしました、ってね」
六
次の日ミュウは、大きなボストンバッグ一つで、僕の部屋へ引っ越してきた。
クローゼットのあいたところへ彼女の衣類を適当に突っ込み、夕方からは、足りないものを買いに二人で街へでた。
「なんか、新婚さんみたい」
と、ミュウははしゃいだ。
食器を買うつもりで入った雑貨屋で、彼女は僕の腕をひっぱった。
「ねえねえ、このクリップ……使えそう」
彼女が取り上げたのは、カラフルなプラスチックの髪留めだった。星形やハート形、リボン形のものなどがあって、大きさはどれも三センチくらい。内側には、髪から滑り落ちないように、先を丸くした突起が何本もついている。
「なるほどね」
僕は、星形のものを手に取り、ミュウのTシャツの胸に止めた。ミュウは、恥ずかしそうに笑った。
「ミュウは、こんなのではさまれたら泣いちゃうかもね」
「……泣いても……許さないで」
小さくいって、ミュウは僕の腕を強くつかみ、潤んだ瞳で見上げてきた。
「ここ苛められるの、好きだもんな」
僕はそういって、ミュウの胸からクリップを外す。結局、その小さなプレイ道具を、僕たちは六個買った。
夜は、僕がキノコのクリーム・パスタと生ハムのサラダをつくった。ミュウは料理がまったくできなかったのだ。
「笑っちゃうほど才能がないの」
「今まではどうしてたんだ」
「アキちゃんに、みんな作ってもらってた。彼女、すごく料理がうまいの。冷蔵庫にあるもので、チャチャッとつくっちゃう。しかも、おいしいの」
「まずいものを料理とはいわないよ。ただの無駄だ。材料の無駄、光熱費の無駄、時間の無駄」
ミュウは笑い転げた。
「おっかしい! 久我さん、おもしろ〜い! そういうところも、すごく好き」
ダイニングの椅子から落ちそうになっているミュウを見ながら、僕はほんのりとあたたかなものを感じていた。それを現実と呼ぶには、まだ淡すぎたけれど。
後片付けを終えると、僕たちは買ってきたクリップをさっそく試すことにした。
ミュウは、服を脱いでしまうとすぐにMの眼差しになった。
両手に六個のクリップをのせて、僕の前にひざまずく。
「黙っていてはわからないよ、ミュウ。これをどうして欲しいんだ」
「これで、ミュウの胸を……苛めてください」
「ご主人様、お願いします……だろう?」
「ご主人様……お願いします」
ミュウに、初めて「ご主人様」といわせた瞬間だった。
僕はミュウのアゴをつかみ、奴隷としての作法を教えた。
「ミュウが、自分は奴隷だと思っている間は、僕をご主人様と呼びなさい。責めも、奉仕も、オーガズムも、僕の許可を得てからだ。わかったね」
「はい」
ミュウは素直にうなずいた。
「排泄は、すべて僕の前ですること。食事も床に置いた食器からするのが基本」
僕は、さっき買った大きな赤いイタリア製のサラダボールをもってきた。
「今日から、これがミュウの餌皿だ。そして……」
と、言いながら僕は片膝をつき、ミュウと目線を合わせた。
「食事のとき以外は便器にもなる。ミュウのおしっこは全部ここにしなさい」
ミュウの瞳の中に、明らかな驚きが浮かんだ。僕はその瞳に微笑むと、彼女の髪をくしゃりとなでた。
「ほら、そこでおしっこしてごらん。上手にできたら、ご褒美にクリップで苛めてやろう」
ミュウのようなタイプの初心者M女は、まず苦痛を求めがちになる。だが、そればかり与えていると、だんだん歯止めが効かなくなって、からだを傷つける行為にまで発展しかねない。主となったSは、それをコントロールしてやる必要があるのだ。
僕は、羞恥あるいは奉仕というものを通じて、主の要求に応え、身を委ねることの幸福をミュウに教えるつもりだった。苦痛は、そのための課題を一つこなすごとに、褒美として与える。
「さあ、やってごらん。さっきたくさんジュースを飲んだから、おしっこもたまっているはずだよ」
ミュウはかなり戸惑っていたが、それでも僕の言葉に従おうとして、自分の頭より大きいサラダボールをしゃがんだ足の間に持って行った。そして、呼吸を整えると、神経を集中してゆく。だが、肝心なものはなかなか出てこなかった。
最初は、たいていそんなもんだ。僕は気長に待ってやったが、ミュウの方が焦って半泣きになってきた。
「焦らなくていいから、落ち着いて」
声をかけてやると、ミュウはちいさくうなずき、また一生懸命な顔になった。
そのうち、やっとしずくが、無毛の割れ目から一滴、二滴と落ち始めた。
そのまま待っていると、しずくは連続し、流れになり、やがて奔流となって勢い良くほとばしり始めた。
机の下の楽園(上) 第1部 (1/2)
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