「安全、健全、合意に基づく」(あんぜん・けんぜん・ごういにもとづく、英: Safe, Sane, and Consensual、略称SSC)は、BDSM文化のスローガンである。「安全で、正気で、合意に基づく」とも訳される。実践の原則として、BDSMは参加者全員が十分に理解したうえでの合意のもとで行われなければならない、と定める。アメリカのS/M実践者(スレイヴ)デイビット・シュタイン(slave david stein)によれば、この語が初めて使われたのは1983年8月、ゲイ男性SM活動組織「ゲイSMアクティヴィスト」(GMSMA、Gay Male S/M Activists)委員会の報告書である。1980年代後半以降、多くの実践者と組織が採用し、米国外のコミュニティにも広がった。背景には、外部からBDSMコミュニティが受けていた犯罪化・病理化の圧力がある。合意のあるプレイと、性的暴行や家庭内暴力を法的・倫理的に切り分けるための言葉だった。
SSCが意味するもの
SSCとは、実践のすべてが安全な行動に基づき、参加者全員がその行為にあたって十分に正気であり、かつ全員が同意している、ということである。双方の合意によるプレイであること——それが、犯罪とBDSMを分ける線だ。セーフワード、リミット、個人の境界線、コンフォートゾーンといった現場の道具は、この原則を操作可能な形にしたものである。ただし「安全」という言葉そのものが、コミュニティ内部で論争を呼ぶ。1983年のGMSMA報告書がこの三語を選んだのは、外部の警察・医療・メディアに対して「われわれのSMは暴行ではない」と示す必要があったからだ。スローガンは防御壁として生まれ、のちにプレイの作法そのものになった。
RACK:危険を認識した同意的キンク
実践者のなかには、SSCとは別の行動規範を好む人々がいる。「Risk-aware consensual kink」(危険性を認識した同意的キンク、略称RACK)は、参加する個々人の責任をSSCより強く置く。一人ひとりが自身の幸福と満足に責任を持つ、という立て方だ。RACKの支持者は、SSCがリスクについての議論を妨げうると主張する。BDSMにおけるいかなる行為も、真に「安全」とは言えない。低リスクに見える行為についても議論することこそが、十分な理解に基づいた同意に欠かせない——それがRACK側の批判である。縄、呼吸、打撃、拘束、体液。どれもゼロリスクではない。安全という言葉で蓋をすると、何が起きうるかを話しにくくなる。
PRICKとSSICK
さらに「Personal Responsibility, Informed, Consensual Kink」(個人の責任、十分な理解、合意に基づくキンク、略称PRICK)を好む実践者もいる。RACKの発展形と受け止められている。コミュニティから出た問いは、「ある行為に伴う潜在的リスクを知らされていない場合、人は本当に同意できるのか」だった。PRICKは、すべての実践者が各々の倒錯行為に対して責任を負うべきだと明示する。「十分な理解」が意味するのは、自分に何が起こりうるか——リスクを含むすべて——を理解している、ということだ。自己の嗜好に個人的責任を負い、かつ十分な理解を伴う状態にあれば、今度こそ真に同意できる、というのがPRICKの考え方である。
PRICKと同様、「Safe, Sane, Informed, Consensual, Kink」(安全、健全、十分な理解、同意、キンク、略称SSICK)は、上記のスタンスをすべて組み込み、虐待や他者の安寧の侵害を防ぐための枠組みとされる。安全と正気は、参加者らとその嗜好のもとでの客観的な「合理的な人間」の基準である。選択と決定がもたらす、予見できる結果にも予見できない結果にも、双方が相互責任を負う。十分な理解は、参加者自身および他の参加者の自己認識に関する主観的な判断である。同意は、一度きりではなく、継続的な選択行為に付随する。振る舞い方についての権限を他者に委任すること、委任された権限を行使する際に信認義務を受け入れること(他者の利害を自分の利害より優先すること)、明示された境界のなかでのみ交流すること——いずれも同意の形である。
撤回できない合意は合意ではない
よくある誤解のひとつに、参加者は個人の権力を放擲できる、というものがある。いわゆる「合意のない合意」であり、単なる虐待にほぼ等しい。すべての人は常に、どのBDSMの相互作用についても、いついかなるときでも同意を修正するという、固有かつ不可分な権限を持つ。SSCが犯罪化への防波堤として生まれ、RACKとPRICKが「安全」という言葉の盲点を突いたあとも、この一点は共通している。日本のSMクラブにおける完全奴隷プレイのように、現場がどこまで「暴力的」に見える実践を含むとしても、同意の撤回権を奪った瞬間、それはプレイではなくなる。河原梓水が臨床哲学の側から論じた女王様とマゾヒストの完全奴隷プレイも、外見の暴力性と、内部の合意の更新とを分けて見なければ理解できない。セーフワードもリミットも、この撤回権を現場で使える形にした道具である。SSC、RACK、PRICK、SSICKは略語が違っても、性的同意が一度の契約で終わらないことでは揃っている。











