千草忠夫(ちぐさ ただお、1930年〈昭和5年〉– 1995年〈平成7年〉1月12日)は、石川県金沢市に住み、SM小説を主に書いた官能小説家である。雑誌『奇譚クラブ』1960年2月号の「懸賞愛読者原稿入選作品」に載った「雌雄」でデビューした。以後三十五年、メインの千草忠夫のほか、九十九十郎、珠州九、八巻令、三鬼俊、並木梗太郎、乾正人など多数の筆名を使い分けた。2009年時点で著書は約二百五十冊(同一内容の別版を含む)。年齢を問わず読まれる一方、短中編には未書籍化のものが多い。初期に別名が多いのは、同一誌に新人原稿が複数載ることや、競合誌へ新人が集中することを文壇的に避けたためだという。絵心もあり、千百蘭の名で縛り絵を描いた。本業は金沢市の私立女子高校の教諭だったとされる。1995年1月12日没。享年六十四。死後十年を過ぎても、機会を見て復刊され、雑誌に再録されている。
載った雑誌
作品が出た主な雑誌は次のとおりである。『奇譚クラブ』『裏窓』。『SMマガジン』『増刊SMセレクト』『SMセレクト』『えろちか』『SMファン』『増刊SMファン』『問題SM小説』『SMキング』『パンチSM』。『小説S&Mスナイパー』『小説SMファン』『あぶろまん』『SMプラザ』『SM秘小説』『サスペンスマガジン』『S・Mマガジン』『SMコレクター』『増刊SMキング』『SMギャラリー』『アブハンター』『別冊SMファン』『小説官能読切』『別冊SMエロス』『SMマニア』『S&Mスナイパー』『SM愛撫術』。『SMスピリッツ』『増刊SMマニア』『SM遊戯術』『Vコミック』『S&Mフロンティア』『SM奇譚』『マニア倶楽部』『SMクラブ』『SM官能小説』。先駆の『奇譚クラブ』から、誌名にSMを掲げた『問題SM小説』、鬼プロ系の『SMキング』まで、戦後SM誌の棚をほぼ横断している。
長編・短編と漫画化
長編には「闇への供物」(1980)、「美肉の冥府」(1983)、「嬲獣」(1983)、「悶え火」(1984)、「姦のカーニバル」(1984)、「奴隷牧場」(1987)、「凌辱教室」(1989)、「姦虐ゲーム」(1990)、「悪魔のバイブル」(1994)、「プリアポスの神」(1995)、「竜也無頼」(2001)などがある。短中編には「華麗なる肉のキャンバス」(1972)、「被虐の契り」(1974)、「狂おしき華燭」(1977)、「菊花すすり泣き」(1978)、「魔の棲む肉」(1978)、「華燭の淫」(1983)など。沖圭一郎が「姦虐ゲーム」を、間宮聖士が「奴隷牧場」と「調教士」(改題「調教士狂」)を漫画化した。団鬼六はSM小説家御三家の一人に千草を数え、三人とも履歴のうえで英語教師をしていた点を共通項とする。千草自身は『花と蛇』のファンで、当時三浦市三崎にいた団を訪ねてもいる。金沢の私立女子高の教壇と、全国のSM誌の匿名原稿が、同じ三十五年の上に乗っていた。
デビューは1960年2月号『奇譚クラブ』の読者原稿「雌雄」。以後、千草忠夫のほか九十九十郎、珠州九、八巻令、三鬼俊、並木梗太郎、乾正人と筆名を分け、同一誌・競合誌に新人が重ならないよう配慮した。三鬼俊名義の「華麗なる肉のキャンバス」(1972)は『問題SM小説』にも載っている。縛り絵は千百蘭。長編は1980年の「闇への供物」から1995年の「プリアポスの神」、没後刊行の「竜也無頼」(2001)まで続き、短中編の未書籍化は多い。沖圭一郎と間宮聖士の漫画化で、活字の調教が劇画にも移った。1995年1月12日没、享年六十四。2009年時点で約二百五十冊が残り、復刊と再録が続いている。












