足フェティシズム(あしフェティシズム、英: Foot fetishism)は、足に強く性的な誘惑を感じるフェティシズムである。男性が女性の足に興奮する例が多いが、異性愛にも同性愛にも起こる。略して足フェチと呼ばれる。同じ足フェチでも、興奮する部位は分かれる。かかとからつま先までの足全体、足の指・つま先、足の裏——大まかにはこの三系統だ。TwitterやInstagramなどのSNSでは、自分の足や撮影相手の足を投稿するアカウントもある。
部位、愛撫、足コキ
足部を性的対象とする好みとしては、足の指(とくに長い足指)や足の形(とくにギリシャ型の足)に特に執着するような、本来のフェティシズムに近い例もみられる。パートナーの足を愛撫し、舐め、接吻することを愛好する場合も多い。フェティシズムとは性的対象の歪曲を指すため、足フェティシズムであれば、美しい足を見ながらの自慰行為や足への射精、足による愛撫(俗称: 足コキ)による射精などで満足をし、性行為にいたらない程度の性的倒錯を意味する。足を見る、足に出す、足で出させる——対象は同じ部位でも、行為の終点は分かれる。
足で性器を操作することはSM行為に当たる、と源は書く。足コキは愛撫の延長であると同時に、踏む側が性器を支配する構図でもある。マゾヒズムと密接に結びついたケースでは、強制的に足を舐めさせられる、臭いを嗅がされる、踏まれるといった行為に強い興奮を覚える。この場合、マゾヒズムとフェティシズムとの切り分けは困難で、正確な性的対象の特定も難しい。足そのものが対象なのか、踏まれて従わされる状況が対象なのか、臭いと爪先の視覚が対象なのかは、本人の語りを聞かないと決まらない。BDSMの現場で足が出てくるとき、多くはこの境界の上にある。
生足、脚、靴
一種として「生足フェティシズム」がある。通常は靴や靴下を履いて歩く場所を裸足(生足)で歩くこと、あるいはそういう人を見ることが興奮になる類で、それをSNSに公開する人もいる。スニーカーを素足で履く(素足履き)こと、それを見たりすることが興奮になる例もある。脚部を対象とした脚フェティシズムとしばしば一体化する。なお、ハイヒールやスニーカーといった装身物に特化したフェティシズムは、靴フェティシズムなど他の分類に入る。足フェチ、脚フェチ、靴フェチ、ブーツフェチは隣接するが、対象が皮膚か、脚の線か、履き物かは分けて考える必要がある。TwitterやInstagramに足を出すアカウントは、この区分を横断して、指、裏、生足、靴を同時に売っていることが多い。
フロイト、纏足、谷崎
大部分のフェティシズムがそうであるように、この誘惑は心理学ではリビドーに結び付けられてきた。ジークムント・フロイトは、この型がとくに男性に多く見出されるという仮説を立てた。場合によっては完全に排他的になり、足がパートナーの生殖器を完全に置き換えてしまい得る、と彼は書いた。1914年5月11日、フロイトは「足フェティシズムの症例」を発表する。彼はフェティシズムの対象に男根的な象徴体系を位置付けた。その理論では、他のすべての部分を排除して身体の特定部位——この場合は足——に欲望を置き換えることは、その人が幼年期に足を性器に結び付けるよう条件付けられたことを物語っている、とされる。
1927年の論文では、娘たちの足を縛って足をエロティックな誘惑の道具にするという中国の慣習(纏足)に触れている。フロイトにとってここで重要だったのは、女性の足を対象とした集団的なフェティシズムの現象であり、そこに去勢恐怖の社交化を見出した。ここでの足フェティシズムは、女性または男性の足に対する男性のそれに当てはまる。足フェティシズムでは足の匂いを嗅ぐ強い欲求を覚え、それは概して快いものと感じられ、性的興奮に至り、さらにはパートナーの踵や足指、爪先を舐めたいという欲望を覚える、と記述は続く。匂い、舐め、踵——臨床の症例報告が、そのまま後年の足フェチ映像のメニューになっている。
関連として挙げられるのは生足、裸足、足コキ、フェティシズム、BDSM、ラバーフェティシズム、脚フェティシズム、靴フェティシズム、ブーツフェティシズム、纏足、靴下、そして谷崎潤一郎である。谷崎の作品には、マゾヒズムと結びついた足フェチの嗜好が濃いものが少なくない。足を舐める、踏まれる、生足を晒す——日本の官能とSM映像が足を繰り返し撮ってきた理由の一端は、そこに既にある。


-サンプル-24.webp)











