秘蜜夫人 天上の雪肌 第六章 薔薇夫人の秘密 ~ 第七章 新たな官能への旅立ち (4/5)
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第六章 薔薇夫人の秘密
1
聖彦は遅めの夕食をホテルのレストランで取っていた。
もう夜九時すぎである――。今日は一日ずっと部屋にこもり、昨夜の強烈な体験をもとに、スケッチブックに向かい、脳裏に焼きつけた篠宮遥香の裸体をひたすらデッサンしていた。
興奮を引きずったままに何枚でも描けた。遥香のスーパーボディはそれだけ刺激的だった。中には人には見せられないようなワイセツなデッサンも含まれているが、聖彦の内にあふれる熱情がそれをどうしても表現させたがっていたのだ。
気がつくと、こんな時間になっていた。水彩で色をつけたかったが、その楽しみは明日に残しておくことにした。久しぶりに腕が鳴る感じだ。
透きとおる肌のまばゆい白の輝き。
弾丸状に飛び出した豊満な乳房が造りだす谷間の翳り。
ストレートロングの髪の深みのある黒い光沢。
快楽と、愛情の激しい赤。
幾
重
にも屈折した気持ちと、感情の揺れをあらわすブルー。
そして、まだまだ使いたい色は他にもあるのだ――。
やるべき事があるという充実感に、聖彦は生まれて初めて包まれていた。そしてまた、愛する人への想いを成就させた深い満足感も同時に味わっていた。
(これから先、遥香さんとの関係がどうなるのかはまだわからない。だけど俺たちの心は確かにひとつにつながっているし、どんな困難や障壁があっても必ず乗り越えていけるはずだ)昨夜遥香が言った言葉の数々は、胸に刻み込まれている。聖彦にとってそれらは生涯の宝物である。
幸せな気分で食事を取りながらビールを飲んでいると、見覚えのある女がレストランに入ってきた。アルフィーヌの従業員、薫である。
小柄だがグラマーで、ブティックの外で見ると、なかなかチャーミングな娘なのだと気づいた。
「やっぱりここにいた」
どうやら聖彦に会いに来たらしい。
一緒にビールを飲んでもいいかとたずねるので了承し、グラスをもらって注いでやる。
「どうしたの、薫ちゃん。俺に何か用事?」
「ええ。まあ……。実は、うちのマダムのことなんです」
固い表情のまま薫は言う。
ドキリとしたが、ポーカーフェイスを保ち、「遥香さんのこと?」とオウム返しにした。
薫はショートカットの髪を神経質そうにいじり、瞳をいったん横へ動かしてから、やがて口を開いた。
「マダムとは、あまり深入りしない方がいいと思いますよ、隈田さん」
「え。どういうこと」
「あれほど美しい人だし、隈田さんがひかれるのはとてもよくわかりますよ。でも、あの人、実は問題がいろいろあるんです。うちのオーナーのことをあまり悪く言いたくないけれど、やっぱり、旅の人にいやな気分で帰ってもらいたくないし、それに隈田さん、大事なメーカーさんでもあるわけだし、忠告しておいた方がいいと思って」
「言っている意味がよくわからないな」
「沖山町は狭い町なんです。誰と誰が何をしたかなんて、すぐに知れ渡るんです。昨日、マダムと隈田さん、深い関係になったでしょう? ちがいます?」
「………」
やはりもう気づかれてしまったのだ。どう答えるべきか逡巡する聖彦だが、こちらにお構いなしに薫はしゃべり続けた。
「信じられないかもしれないけど、あの人、とにかく男遊びが半端じゃなくすごくて。マダムの旦那さん、篠宮社長も手を焼いてるんですよ」
「まさか」
「本当なんです。いったん遊び出すと突然店には出て来なくなるし、お客さんとの約束はすっぽかすし、私だってすごく迷惑してるんですから。アメリカの有名人にはよくいるらしいけど、マダムも同じで、つまりはセックス依存症なんです」
吐き捨てるように言い、一口でグラスのビールをあけた。仕方なく注ごうとすると、薫はもう結構とばかり、グラスを手でふさいで断った。
「あの人、沖山町界隈の男と遊ぶだけじゃもう飽き足らないらしくて、だから隈田さんみたいな年下の旅行者を見ると、すぐにちょっかいを出すんですよね。でも気をつけた方がいいのは、大変な気分屋で、突然手のひらを返したように冷たくなるってこと。だから遊ばれてる男の方はパニくっちゃう。天国から地獄へまっさかさまに突き落とされた気分になるんじゃないかな」
とても信じられなかった。心の中で、昨日の情事の余韻をキメ細かくなぞってみたが、遥香がそんな淫乱だとは到底思えない。
「ね。君は何のためにそんな嘘をついて、遥香さんをおとしめようとするのかな」
「違います。嘘じゃありません。マダムに虫けらのように捨てられて、自殺未遂までした人もいるんですよ」
「もういいよ。頼むからやめてくれ。そんな話は聞きたくない」
無性に怒りがこみあげてきた。これ以上、薫の言葉を聞いていると大声で怒鳴りつけてしまいそうだった。
(何なんだ、この女。遥香さんに恨みでもあるのか……)遥香がセックス依存症のはずがない。ゆうべだって、セックスにたどりつくまでにあれほど手間がかかったのだし、それより何より遥香本人のあの気高い人格からして、ふしだらに見境なしに男遊びにふけるなどありえなかった。
「そうですか。一応忠告はしといた方がいいと思ったんですけど、残念です。でも、隈田さんが私の言葉を信じたくない気持ちもよくわかりますから」
薫は立ち上がった。
「ああ。そう」
残ったビールを口に流し込んだ。ひどく苦い味がした。
「そうだ。試しに一度マコトさんに話を聞いてみたらいかがです? きっとあの人なら、マダムの男関係に詳しいはずだから」
こちらを見下ろす薫の表情には、同情とあわれみが浮かんでいて、聖彦をちょっぴり不安にさせた。
2
薫の口ぶりは真に迫っていたし、遥香に対し気がかりな点がまったくないわけでもなかった(二度のすっぽかしの件や、深夜の怪電話など)。迷った末に、とにかくマコトに会ってみようと聖彦は決めた。
沖山町の料飲街の
外
れ、古ぼけた飲み屋ビルの二階にスナック〈マコト〉はあった。
ドアを開けるといきなり、肌にねっとりまとわりつくような男性歌手の甘ったるい歌が流れてきた。おそらく昭和歌謡なのだろう。こんな音楽を毎日聞いていたら頭がおかしくなりそうだった。
「おう。キーヨじゃん。いつ来るかと待ってたんだ」
背の高いカウンターの中から、マコトがもぐらのように顔をのぞかせた。
カウンターは十席程度。細長い店の奥には間に合わせでつけたような黒のカーテンがあり、その向こうは物置にでもなっているらしい。
もう夜十一時近いのだが、「まだ早いからヒマだよ」とマコトは煙草を口にくわえた。他のスナックが終わる十二時すぎからが本番なのだという。
シックな黒のシャツを着ているし、照明が暗いせいもあり、店で見るマコトはそれなりにマスターらしい雰囲気が漂う。
「まだ町にいるところを見ると、どうやらここが気に入ったらしいな、キーヨ」
「ええ。まあ、そんなとこです」
どうもキーヨと呼ばれるのはなじめなかったが、我慢することにした。
「惜しかったな。さっきまで、天国食堂のユカリが飲みに来てたんだけどな」
誰のことなのか最初はわからなかったが、例のピンク食堂の化粧の濃いウエイトレスだと思い当たった。冗談ではない。どうしてユカリに会えなくて惜しいのだ。鉢合わせにならずに済んで、かえって幸いだった。
振り返れば、あそこでマコトと出会ってまだ一週間にしかならないのだが、ずいぶん昔の出来事のような気がする。
なぜか酔いたくなってきて、バーボンウイスキーをオンザロックで飲んだ。
ムード歌謡にも少し耳が馴れて、中にはガレージポップっぽい凝った曲もあるのだとわかった。
落ち着いたところで用件を切り出した。
「アルフィーヌの遥香さんのことなんですけど。よかったら彼女について、マコトさんの知ってる話を聞かせてもらえませんか」
「どうして? あ、そうか……。なるほど、キーヨもね。へへへ」
マコトはやや出っ歯気味の歯をのぞかせ、何やら意味ありげに笑った。
「あれだけの美人とおいしい思いしたら、天下取った気分になるよなあ。ウン。でもそれもほんの一瞬で、やがて彼女の気まぐれに振り回されて、段々不安になってくる。みーんな同じさ」
いやな胸騒ぎがしてきた。
マコトは細い目をさらに細くさせ、下
卑
た顔つきでニヤニヤし、勝手に頷いている。
「おまえ、どこまでやった? おしゃぶりはもちろんだろうけど、どうだ、本番まで行ったのかよ?」
「………」
おしゃぶりはもちろん――とは、どういう意味だろう。マコトがあまりにあっけらかんと言うので、聖彦は啞然とするばかりだ。
「まさか、いきなりそこまでは行かないよな。いくら遥香さんがチ×ポ好きでもさ。へへへ。じらすテクは天下一品だもの、あの人」
遥香を娼婦扱いされ、頭にカーッと血が昇った。しかし我慢して、このおしゃべりから情報を聞き出さなければならなかった。
「すごいだろ、あの人のおフェラ。あんな濃厚にキンタマの裏までしゃぶられて、あげくにディープスロートされたら、精子出す時の興奮が全然違うよな。キーヨもそうだろ」
「え、ええ……まあ」
「あんまり気持ちいいから、俺なんか二発たて続けに呑ませたこともあるぜ。そっちのカーテンの奥でさ。営業中だったけど店のドアにしっかり鍵かけて」
口に含んだ酒をあやうくむせて吹き出しそうになった。何とか飲み下したが、喉よりも胸にしみる酒となった。
「でも遥香さんも気まぐれだからなあ。こっちが溜まってて、びんびんになってる時には平気で約束をすっぽかすし、もう飽きられたかと思ってるといきなりあらわれて、色っぽい声で迫ってくるんだもんな。手に負えない。おまえもそうされた口だろう?」
嘘から出たマコトと呼ばれる男の言葉だから、信憑性はないのだと思い込もうとした。だが聖彦の知っている事実と符合する点もいくつかあって、あながちでたらめとは断定しにくいのだった。
「……マコトさんは、遥香さんと、あの、エッチもしたんですか?」
「いや、俺もまだなんだ。ていうか、俺は口で抜いてもらうだけで満足しちゃうからさ。やせてるのにあんなでかい乳して、それをモミモミしながら口にドバッて出す気分、もう男として最高じゃん。うへへ。まあ、こっちが迫れば、マ×コはめさせてもらえそうな空気は十分あるんだけどな」
不意に店を飛び出したくなった。
これ以上遥香をおとしめる発言を聞くのはあまりにつらすぎる。
だが真実を突き止めなければならない。もし遥香が本当にそんな淫婦なら、このサバティカル休暇自体が汚れきったものに堕してしまう。
「そのう、よくわからないんだけど、遥香さんて、一体どういう人なんですか。つまり、相手は誰でもいいと……」
手の震えを見つからないようにしながらたずねた。心臓がバクバクして息が苦しい。
「彼女なりの基準はあるんだよ。よくわからないけどな。まあ俺たちにとっちゃ天使みたいな人だけど、ヤリマンだの、ザーメンマニアだの、セックス依存症だの悪く言う奴が町にはいるんだよなあ。そういうのは、自分が相手にしてもらえない奴の単なるやっかみなんだよ」
さらにマコトはショッキングな話をする。篠宮遥香には特定のセックスフレンドがいるという。その男はSMマニアで、遥香を定期的にM調教しているのだが、それも彼女自らが志願してのことだという。
遥香にいくらかM性があるのを聖彦は思い出した。被虐の性癖の裏には、まさかそんな相手がひそんでいたとは……。
まだ半信半疑の聖彦ではある。だが、とても自分などが手に負える女ではないのかもしれない、といった気持ちにぐらりと傾きかけている。
「旦那の慶司さんもすっかり
匙
を投げてる恰好さ。お気の毒だけど、結婚する前から遥香さんの男好きはわかってたことだ。沖山町だけで穴兄弟は数えきれないくらいいるからな。そう考えると、旦那が優しすぎて、好き放題にさせるっていうのも良し悪しだよ」
そこへ一人の客が入ってきた。
男は聖彦と離れた奥の方のスツールに腰をおろし、生ビールを頼んだ。
四十代後半だろうか。カジュアルな恰好だが、金持ちの匂いがする。短く刈り込んだ髪。わし鼻で、抜け目のない目つき。
どこかで見た顔だったが、思い出せない。
男はマコトと何やら卑猥な冗談をしゃべり合っている。天国食堂のユカリも、あれでMの資質が十分あるぞ、と男が言い、マコトが大げさに驚いている。
やがてマコトが生ビールのお代わりを注ぎにサーバーのところまでやって来た。
「あの人が、さっき話した例のマニアだよ。本人は調教師と言ってる」
低い声でそう教えた。
わし鼻の男が、遥香を縄で縛り上げ、あの白い肌をもてあそんでいる光景が浮かんだ。そしてそれは破滅を暗示する映画のワンシーンのように、紅蓮の炎に包まれていく。
(そうか。あの時の男か――)
遥香に最初のすっぽかしを喰らった翌日、タクシーに乗った遥香によく似た女を見かけたのだが、その時同乗していた男だった。
3
その二日後。聖彦は沖山町を後にした。
発
つ前にぜひ遥香と会って噂の真偽を確認したかったのだが、ふたたび連絡がつかない状態に逆戻りしていた。
遥香の周辺にはあまりに不可解なことが多すぎた。聖彦にパズルを組み立てる推理力があれば違ったのかもしれないが。周辺を探ろうにも、アルフィーヌへ行けば薫と顔を合わせることになり、まだ懲りないのかと軽蔑しきった目で見られるはずでいやだった。
すっかりデッドロック状態におちいり、どこへ行くあてもないままにホテルを引き払い、クルマをスタートさせたのである。
やがて
敦
賀
に出て、日本海とつかず離れずしながら、丹後半島にたどりついた。半島を一周しながら、晩秋の荒涼として冷厳な海の風景を眺めていると、心が不思議に癒された。
遥香の裸体デッサンはとっくに破り捨ててしまっていた。
代わりに人けのない村の集落と、重く垂れこめた空と、はてしない水平線を描くことでなぜか不浄な魂まで洗われるような気がした。
(しかし篠宮遥香という女性は、何者だったんだ……。この俺は、薫の言う通り、色狂いの人妻の気まぐれにただもてあそばれただけなのか。それにしては、あまりに手が込みすぎていないだろうか)マコトの話を聞いてからは、遥香から遠ざかろうとする自分がいた。沖山町を遠く離れた今、だいぶ冷静になることが出来たし、聖彦を取り込もうとする呪縛からも自由になれた気がする。
遥香と過ごしたホテルの一夜。あの強烈な快楽の記憶は一生忘れられないだろう。
確かに遥香の肉体はとても敏感だったし、唇はセクシーな動きを見せたが、淫婦というイメージとはおよそかけ離れて、時には初々しささえ感じさせたのだ。
どうしてもそんな遥香を憎めなかったし、嫌いになれなかった。いや、変わらず愛していると言っていいだろう。
今では、いつかの深夜のセックス電話の女も、間違いなく遥香本人だと確信しているが、そんなことぐらいでは聖彦はブレない。いつしか知らぬ間に打たれ強くなっていた。
何が起きても自分を信じてほしい――。あの夜、遥香はそう言い残したのだ。愚かとそしられようと、聖彦はその言葉を胸の奥に刻んでいた。
(遥香さんの口から直接、答えを聞くまでは結論は出さないでおこう。あの人が、俺を好きだと言ってくれた言葉に、きっと嘘はないはずだから)とはいえ、夜中に目を覚まし、暗闇の中で嫉妬という怪物が手をつけられないほど暴れることもある。
マコトの店のカーテンの奥で、本当に二回もたて続けにマコトを相手にフェラチオしたのだろうか。
わし鼻の男はどんなふうに遥香を責めるのか。そして彼女はMの陶酔にどんな表情をして浸るのだろうか……。
そうして丹後半島を抜けて、鳥取に着いた夜、一通のメールが届いた。沖山町を出てから十日が過ぎていた。
メールの主は遥香ではない。思いがけず、二階堂町のカフェのオーナー、高崎郁実からだった。
〈〈聖彦さん。今はどのあたりを旅されているのでしょうか。あなたがまさかあれほど急に二階堂町から出て行くとは思わなくて、驚いたし、少なからずショックも受けました。そして、自分という人間の至らなさや器の小ささを痛切に感じています。
あなたから交際を申し込まれた時、私はうろたえてしまったのです。
実はこの何年間か、シリアスな問題を抱えていて、男性を愛するということなど私の頭から抜け落ちていました。だから突然のことに、心と体の警報装置が鳴り出してしまったみたい。結果的にあなたを冷たく突き放したこと、とても後悔しています。せっかくの申し出をあんなふうに断るべきではありませんでした。
厚かましいお願いなのは承知の上で言います。もう一度チャンスを頂けませんか?
旅の途中、二階堂町に立ち寄ってもらえたら、こんなうれしいことはありません〉〉4禍福はあざなえる縄のごとし、というがその通りだ。二階堂町で郁実に振られて、遥香と出会い、そして遥香との関係が黒い霧に包まれてうやむやになったら、今度はまた郁実から声がかかる。
無性に郁実に会いたくなった。
二股をかけるつもりは毛頭ないが、しょせん男とはそういう生き物なのだ、と自分に向かい苦しい言い訳をしてみる。
(遥香さん、郁実さん、二人とも恋人になってくれたらいいのにな。毎週交互に沖山町と二階堂町を行ったり来たりする……。ああ、なんて贅沢だろう。そうしたら会社を辞めて、バイトをしながら好きな絵を描いて食べて行こうか)生来、聖彦は夢想家なのである。
この世のどこかにはユートピアが存在すると思っている。サバティカル休暇を取ったのも、本当はそれを探すためだったのかもしれない。
郁実へのメールには「いずれ近いうちにうかがいます」と返事をした。だがメールを出してすぐに矢も盾もたまらなくなり、翌朝には二階堂町へ向けてクルマを走らせていた。
いくら自分で決めたとはいえ、高速道路を使わないというルールがこういう時には足かせになり、信号待ちのたびにいらいらする。
途中、車中で何度か仮眠を取りながら、それでも二日目の夜には中部地方の山あいの二階堂町に到着した。
郁実はまさか今日帰ってくるとは思っていないだろう。驚かせたかったのだ。
八時四十五分。カフェ〈ル・シュクレ〉の夜九時の閉店までに、何とか間に合わせることが出来た。
すでに近所の商店はシャッターを下ろしている。冷たい風が吹き抜ける暗い路に、オレンジ色の電飾看板がやけに心にぬくもりを与えてくれる。
胸を高鳴らせ、ドアを開けた。
高崎郁実はオープンキッチンにいて、カウンターの女性客と何やら話し込んで、なかなかこちらに気づかない。閉店が近いためか、他に客の姿は見当たらない。
ようやく郁実と目が合った。
信じられないといった表情で、あんぐり口を開けたままになっている。
(ほうら。驚いてるぞ)
狙いは成功したとほくそ笑んだ聖彦だが、それも束の間で、次の瞬間には自分が腰が抜けるほど驚かされてしまう。
カウンターに座る女性が、ロングヘアーをかきあげながら、こちらを振り向いた。
篠宮遥香その人だった。
「遥香さん! どうしてここに?」
「聖彦さんこそ、どうして?」
しばし二人は見つめ合った。
先に遥香が口を開いた。
「私は、叔父が狭心症で倒れて入院したので、お見舞いに来ているんです」
遥香も二階堂町出身だったことを聖彦はすっかり忘れていた。
「いつか聖彦さんがこの店の話をしていたでしょ。昨日初めて来て、すっかり気に入ってしまったの。郁実さんもとても素敵な方だし、いろいろ話がはずんで、つい長居をして迷惑をかけちゃうの」
「いいえ、そんなことありません。遥香さんがいらっしゃるとうれしくて、ついこちらがお引き止めしてしまうんです。昨日お見えになった時、てっきりモデルさんかと思いましたよ。でも偶然ですよねえ。お二人が知り合いだったなんて」
郁実がつぶらな瞳を輝かせ、言った。
成熟した魅力の遥香に比べ、三十になったばかりの郁実はまだ二十代のイメージが濃く残る。セミロングのさらさらの髪をレイヤードにして、前髪を垂らしているのが愛らしい。
聖彦の頭はひどく混乱していた。現在、自分の心の中をほとんど占めている二人の女性が、そこに仲良く一緒にいるのだから。
(もう郁実さんに気づかれてしまったのかな。俺と遥香さんの関係を)二人の前では、どうしても態度がぎこちなくなる。
だが郁実はやや大きめの前歯を可憐にのぞかせながらにこにこして、気を悪くした様子もないので、聖彦をいくらか安堵させた。
遥香から一つおいたカウンター席に腰をおろし、生ビールを頼んだ。
(なぜ遥香さん、俺に連絡してくれなかったんだ。ひどいじゃないか)遥香には聞きたいことが山ほどあったが、どう切り出していいのかわからない。自分はいま郁実のもとを訪れているのだから、そうあからさまな態度もとれなかった。
「じゃあ私はこれで」
郁実がビールを運んで来ると、いきなり遥香は立ち上がった。
サイドスリットの入ったベージュのロングスカートが、優美な足のラインのシルエットを映す。
聖彦はあせった。このチャンスを逃したら、今度はいつ遥香をつかまえられるかわからない。永遠に謎は解明されないまま終わってしまうかもしれないのだ。
「ちょっと、遥香さん。いつまでこっちにいるんですか?」
「たぶんあと三、四日は」
「そうですか。じゃ、また会えますね」
「もちろんですとも。ここでランチ、ご一緒しましょう」
面と向かうと、遥香が少しやつれているのに気づいた。まばゆいくらいの美貌にいつもの精彩が感じられない。
(どうしたんだろう……)
何かに悩んでいるのだ。うぬぼれかもしれないが、自分にも少しは関係があるのではないか。心配でたまらないが、今のこの状況ではどうにもならない。
無理に笑顔を作り、ひとまず別れの挨拶をした。
第七章 新たな官能への旅立ち
1
聖彦はかなり無理をして遥香の存在を心から追い出した。そして目の前にいる郁実と向き合う。
「まさか二階堂町にまた帰ってくることになるとは思わなかったなあ」
「ずいぶん早く着いたのね。驚いたわ。もしかしてあまり寝てないんじゃない?」
「だってあんなメールもらったら、うれしくて。もういても立ってもいられなくなっちゃって。でも途中何度か仮眠をとったから平気だよ」
「本当に、お帰りなさい。再会をお祝いしてワインでも飲みましょう」
郁実の柔和な声と言葉に、長時間運転した疲れが癒されるのを感じた。
おろした前髪のせいで、くりっとした瞳の輝きがなおさら強調されている。頰はふっくらとして、健康的なピンク色をしている。お嬢様っぽい端整な顔立ちのせいか、メイクはあまりしていなくとも十分魅力的だ。
背は百六十ちょっとか。遥香のような抜群のプロポーションではないが、適度に肉付きがあって伸びやかな肢体である。
白いシャツに蝶ネクタイ、タイトな黒のパンツ姿がとても凛々しい。
エプロンを外し、店の看板を消してきた郁実は、聖彦の隣りに座って、白ワインを一緒に飲み出した。
「二階堂町は美人の産地なんだってね。後から聞いて、確かにそうだと思ったよ。遥香さんといい、郁実さんといい」
「いいえ。遥香さんは特別よ。この二階堂でもあれだけ美しい人はまずいないわ」
「いや、郁実さんだって綺麗だよ。タイプは違うけど、全然引けをとらないと思うな。だからずっと独身というのが信じられない」
「………」
「あ。ごめん。立ち入ったことに触れちゃったかな」
郁実はプライベートなことをほとんど語らないから、気をつかってしまう。
「ううん。いいの。うふふ。私、ただ男運が悪かっただけよ」
「そんな」
しばらく沈黙が流れた。アルコールに溶かされ、全身の疲れがゆっくりめぐりだすのがわかり、聖彦はその感覚に身を委ねた。
「で、旅はどうでした?」
「いろんな収穫があったよ。いい人も悪い人もいた。時には傷ついたりもしたけど、今の俺には、それも貴重な栄養源なのかなって思ってる」
「そうね。きっと聖彦さんなら、何があってもそれを消化して、自分の中に吸収出来ると思うわ」
「ありがとう。それで、よかったら教えてくれない。メールにあった、シリアスな問題って何なのかな。俺、郁実さんのこと、もっとよく知りたいんだ」
今日の郁実はいつもより打ち解けた雰囲気のせいもあり、思いきってたずねてみた。
「ごめんなさい。もう少し飲んでからにしましょう。そうしたら、全部打ち明けるわ。もしかしたら聖彦さん、私のことがいやになるかもしれないわ」
「そんなことないよ、絶対」
「そうならいいけど」
郁実は少し不安そうに眉をしかめた。
その横顔に見とれる。
鼻はさほど高くないが、それが頰の丸みと合わせて、かえって彼女特有の愛らしさをになう。顎のラインはきりっと深く引き締まって、すらりとした首筋につらなる。
首から背中がすっと伸びていて、白いシャツと蝶ネクタイがとてもよく似合う。
「可愛いよ。郁実さん。俺、何度振られても、また交際申し込んじゃいたくなる」
相手は三つ年上だが、全然そんな気がしなくて、深い親しみをこめて告げた。
「ありがとう。聖彦さんもクールよ、とっても」
真っ白な前歯を二本見せ、微笑んだ。
ごく自然に郁実の手を握った。
そうして幸せな気分に浸っていると、緞
帳
が下りるように、猛烈な眠気が襲ってきた。
2
目が覚めた時、聖彦はベッドに裸で横たえられていた。
手が動かないと気づいたのは少したってからだ。見るとベッドの左右の支柱に、ロープで両手をしっかり繋がれてしまっている。
ほどこうとして暴れたが、ロープの結び目はかえってますます手首に食い込んだ。
(なんだ、なんだ。おいマジかよ、これ。一体何がどうなってんだよ!?)気配に気づいたらしく、ドアが開き郁実が入ってきた。
ル・シュクレの厨房の横に、倉庫兼休憩室があると聞いていたが、どうやらそこにいるのだ。しかし女一人でどうやって自分をここへ運んだのだろうか。
「やっと目が覚めたの? もう三時間も寝てたわ。よほど疲れていたのね」
無邪気な顔で告げた。
料理の仕込みをしていたのか、トマトとバジルを煮込んだような匂いが向こうから漂ってくる。
「ちがう……。ちがうよ。あれは、たぶん睡眠薬か何かのせいだ。まだ頭が重たくてボーッとしてるもの」
「そうかしら」
郁実はとぼけている。くりっとした目の奥に妖しい輝きがある。
自分はこの女のことを何も知らないのだと改めて思い、少し怖くなってきた。
「なぜ? なぜこんなことを――。ああ、これをほどいてくれよ、郁実さん」
訴える声が震えてしまう。よく漫画や小説にはこういうシーンがあるが、実際に縛られる立場になってみるとひどく不安なものだ。
「大丈夫。すぐにほどいてあげる。だから少しだけ、いい子にしていて」
「変だよ、郁実さん。どうしたんだ。俺のこと怒ってるの?」
「怒ってなんかいないわ。どうして私が聖彦さんに腹を立てなくちゃいけないの。これは純粋に、私個人の問題なのよ」
あっけにとられている聖彦の前で、郁実は仕事着を脱ぎだした。
蝶ネクタイを外し、白いシャツの前をはだけていく。
聖彦がドキドキしながら見つめているうちに、黒のパンツも脱いでしまった。
白のキャミソールに、淡いサックスブルーのローライズショーツ。キャミの下からは白のブラがのぞいている。
「ごめんなさい、聖彦さん」
「何をするつもりなの」
「わからない。ああ、自分でも、よくわからないの」
おろした前髪をさわさわさせ、濃い瞳を濡れ輝かせ、顔を寄せてきた。
キス――。まだ聖彦は郁実とは何ら肉体的接触はしていないから、それは初めてのキスなのだ。
唇が触れ、舌が入ってくる。
さらに唇がぴったり合わさり、郁実の舌が深く差し入れられた。
両手を拘束され、決して好ましい状況ではないが、それでも気持ちいいものは気持ちいい。ほの甘い匂いと、濡れた粘膜の感触に、たちまち股間が反応してしまう。
こちらの興奮ぶりが相手に筒抜けになってしまうが、この状況では隠すすべはないのだ。しかし郁実は見て見ぬふりをしている。
「ね。聖彦さんて、怖い人? 機嫌が悪いと怒りっぽかったり、気に入らないとすぐ暴れたりするの?」
子供っぽい口調でたずねてくる。何かにおびえているふうでもある。
「そんなことないよ。絶対ない」
「本当に?」
「本当だってば。郁実さんのように大好きな人に、そんな態度が出来るわけがないだろ。暴れるなんてとんでもないよ。この俺が、そんなあぶない奴に見えるわけ?」
「……ううん。そうじゃないけど」
首を振り、キスに戻った。
今度はぐっと情感をこめ、聖彦の口をしゃぶり、舌に舌をぬらぬらこすりつけてくる。呼吸が乱れ、吐息があふれて聖彦の鼻にかかる。それが妙に興奮をそそる。
「私も、好きよ、あなたが」
「うれしいな。すっごく」
「あなたに告白された時は、どうしたらいいかわからなかったの。でも、いろいろ考えて、この機会に、男性に対する恐怖心を克服しなくちゃって決めたのよ」
そうして郁実としゃべっていると、大学生の頃に戻ったような錯覚にとらわれる。ルックスだけでなく、精神的にもどこかまだ幼さが残っている感じで、それがまた彼女の魅力でもある。
(郁実さん、まさか、処女なのか……。いや、そんなはずはないだろ。もう三十歳なんだし、キスだってけっこう上手だし)白のキャミソールは清楚な色香をかもしだしているし、ちらちらのぞけるバストはかなり豊満である。ショーツから伸びた太腿もむっちりして女っぽい。
スレンダー・グラマーの遥香とは違い、郁実はそれなりに肉付きもあって、抱き心地がよさそうだ。この手で激しく抱擁出来ないのが残念でたまらない。
「キスが上手なんだね、郁実さん」
「ああっ。はずかしい。すごく久しぶりなの。男の人とこうしてキスするの。だから私、興奮してる」
「俺もだよ」
「うふっ。そうみたいね、ここがこんなになってるもの」
「あっ――」
郁実は腕を伸ばし、聖彦の硬い勃起に触れてきた。
しごき方も馴れている。肉幹に沿って指をからめ、キュッキュッ揉み上げる一方で、亀頭を真上からすっぽり手のひらに包んで、軽いタッチで愛撫も行なう。やっぱりこれで処女のはずがなかった。
「前にも話したと思うけど、私、二十代の初め頃、東京で暮らしていたの。新宿にある××ホテルのレストランで働いていて」
外資系の超高級ホテルの名前だった。
その唇は次第にすべり下りていって、聖彦の乳首へねっとりとキスを注ぐ。
「しばらくして同じホテルの男性と付き合うようになって、そのうちに同棲を始めたの。年は一つ上で、コックとしても優秀だけど、独創的な素晴らしい詩を書く人だったわ。ランボーなんか大嫌いだって言うのが口癖なのよ」
乳首を重点的に攻められる。舌腹で繰り返し舐められ、転がされ、吸い上げられるうち聖彦は、雲の上に乗っているような浮遊感を覚えるのである。
相変わらず肉棒は指であやされている。
たぶんカウパー腺液があふれ出しているのだろう、棹がヌルヌルして、それが潤滑剤になっている。
「ところが彼が酒乱だったの、大変な。嫉妬と妄想に取りつかれて、酔うと物は壊す、私をつかまえて殴る蹴る……」
「ひどいな」
「最初の内は我慢していたわ。普通の人とは違って芸術家タイプだし、私のことを愛しているからこそなんだって思ったし。暴れた後で、彼、ワアワア泣いてあやまるのよ、まるで子供みたいに。それから仲直りの、つまりエッチをするわけ。恥ずかしいけど、そのセックスが……異常なくらい感じるのよ。今から思えば、なんて愚かだったのかしらって後悔ばかりだけど」
恋人とは約一年間同棲し、肋骨の骨折二回を含め、三回も病院送りにされたという。
「逃げると決めてからも大変だった。あの人、ものすごい執念で、私がどこかに隠れていても必ず見つけ出すし。結局、仕事は諦めて二階堂町に戻ってくることになったの。それが今から三年前。彼はようやく諦めて、別の恋人を作って落ち着いたらしいわ。でも、私の方は駄目なのよ。もうすっかり男の人を近づけるのが怖くなってしまって……」
「うん。そりゃ無理もないよ」
「ごめんなさいね。だから、こうしておかないと、まだ安心出来ないのよ。今日だけ、今だけもう少しこのままで我慢してちょうだいね、聖彦さん」
「……OK。おかげで俺も、自分の中のM性に目覚めたところだし。もっと痛いことしてほしい。なんてね」
「うふっ。こんなに大きくなってるのに、冗談言えるなんて、余裕あるのねえ」
自分の過去を打ち明けてすっきりしたらしく郁実は、聖彦の大好きな笑顔を取り戻し、それからキャミを脱いだ。
続いて白のブラを外していく。
3
サックスブルーのショーツも脱いで、とうとう郁実は裸になった。
張りのある若々しさと、ふくよかな母性をたたえた裸身である。
柔らかそうな乳房は見事なお椀形をして、乳
暈
は大きく、清澄なピンク色の乳首もよく発達している。
ウエストのくびれも十分で、大きなカーブを描いて腰部を通り、むっちりした太腿につながる。ふっくらしたヒップの量感も官能味たっぷりである。
聖彦はその裸身にふるいつきたくてたまらなくなった。縛られているのがくやしくて、縄を解くよう求めるのだが、郁実はなかなか首を縦に振らない。
「駄目よ。今日だけは我慢するって言ったでしょう」
母性的な丸みをたたえた下腹部に、濃いめの淫毛が悩ましい光沢を放つのが見えた。
「でもさ。ああ、郁実さんを、思いきり抱きしめたい。そのおっぱいも揉みたいし」
「怖いの。まだ怖いのよ、男の人が」
しかし怖いというその言葉とは裏腹に、ベッドの真横から股間に顔をかぶせて、勃起を口に含んだ。うれしそうに鼻さえ鳴らし、唇をすべらせていく。
「ううっ……ああ、郁実さん」
聖彦は快感にうめいた。
Mの気はないと自分では思っているのに、手を縛られたままフェラチオされると、ゾクゾクする性的痺れが生じるのだ。受け身一方で味わわされる、じれったさのまじった興奮が新鮮だった。
(なんだろう。この気持ちよさときたら)
縛られているせいだけでなく、郁実のフェラチオは、ちょっと普通とは違った。
喉の奥行きが深くて広いらしく、聖彦の大きめのサイズのそれを、しごくというより包み込む感じで愛撫する。真横からの角度のせいもあるのか、ディープスロートという大げさなものではなく、ごく自然に根元まで受け入れられるらしいのだ。
「ああううっ」
それは口でしゃぶられているより、膣とつながっている感じに近い。
「うふン……うふン……」
「なんか不思議な気分だよ。それに郁実さんて、不思議な人だな」
「そんなことないわ。ああ男の人に、こんなことするの、もう何年ぶりかしら」
その割には苦もなく肉茎を口にくわえる。
つい遥香と比べてしまう。遥香はこちらを少しでも悦ばせようとそれは献身的に尽くすのだが、郁実の場合、ペニスを口いっぱいに頰張って、あたかもデザートの果物をひたすら味わっているといった感じだ。
クチュクチュッ――。ヌチュヌチュッ――。口の中で肉茎が唾液に包まれるさえずりが何とも悩ましい。
レイアードにしたセミロングの髪が揺れている。二階堂町にも腕のいい美容師がいるのか、さらさらの髪が緻密に重層的にカットされた眺めに、真横から見とれる。
後ろに突き出したヒップがとてもおいしそうだ。白い柔肉のたっぷりとした丸みがあって、指が吸いつきそうなキメの細かさである。
そしてお椀形をした豊乳がブルンブルンしている。
「ほしいよっ、郁実さん。したいんだ」
「むふぅぅん……むふふぅぅん……」
「手をほどいてよ。もういいだろ。郁実さんをこの手で抱きたいよ」
「あんっ。それは、もう少しだけ待って」
郁実は顔を上げた。口のまわりが唾液でぬらついて、可憐な目元も上気して、いつもより淫靡な雰囲気がたまらない。
そのまま聖彦の上にまたがった。
「まだちょっと怖いのよ。ごめんなさい、聖彦さん。だから、ああ、このままで、させてちょうだい」
高ぶった声でそう言いながら郁実は勃起を自分の中へ導こうとする。
味わったことのない気分だった。まるで女性に犯されているような感じ。しかも相手は自分の大好きな女なのだからゾクゾク痺れてしまう。
「聖彦さん。あああ。入る。入ってくわ」
「あっううう。郁実さん」
こちらは何もしていないのに、狭くすぼまった肉溝にはまり込んでいく。申し訳ないくらいの贅沢さに、聖彦はため息をつく。
「うれしい。ああん。これが、聖彦さんの……なのね」
「郁実さん。とうとう、やっと……郁実さんと、やれたんだ」
郁実の肉襞が温かくひしめいている。何年もセックスをしていないはずなのに、そこは不自然なくらい甘くとろけていて、聖彦のペニスを締めつけてくる。
4
興奮を抑えきれず聖彦は下から腰を動かし、抽送を繰り出した。
「あン。うううン」
郁実が顔をしかめた。唇がめくれ、愛らしい前歯がのぞいた。
「痛いの。やっぱり?」
「ちょっとだけ」
「ごめん」
「ううん。久しぶりだから。でも、平気。たぶん、すぐ馴れそうだから」
「郁実さんのここ、すごくいい。だから動かしたくなっちゃった」
「そうなの。あっあっ、恥ずかしいっ。なんだか私、とても淫らだわ」
媚びを含んだ色っぽい声で言う。
いつしか郁実は体を規則的にバウンドさせているのだった。
成熟しきった肢体がまばゆくはずむ。
豊かな胸のふくらみが重たげに揺れている。柔らかなカーブを描く腰部が、切なげに悶えている。
それを見上げながら聖彦の勃起に熱い血が流れ込んだ。手を伸ばして触われないのはつらいが、代わりにMの快感がざわざわ波打つ。
「ンあぁぁ……うふん、ああぅぅぅ……」
威力をました極太の勃起で貫かれ、郁実がよがり泣いている。
(郁実さん――)
カフェでは凛々しい姿で接客する高崎郁実が、控え室でセックスしてこんなふうに乱れるのだ。その落差に聖彦は激しく興奮させられた。
「いい気持ち。あああん。セックスって、こんなに楽しいものだったんだわ。もう何も怖がる必要ないのね」
裸身を上下動させながら郁実は言う。
ヒダ肉のみっしりつまった蜜部が、聖彦のものをこれでもかとしごき上げている。啼き声が高まり、その動きがどんどん早くなってきた。
「そうだよ。怖がらなくていいんだ」
「ごめんなさい。何の責任もないあなたにこんなことしてしまって」
ようやく手首のロープがほどかれた。
両手が自由になると聖彦は、すぐさま体を横へずらしていき、床に足をつけた。
深く交わったまま上半身を起こし、膝の上に相手を乗せた。対面座位である。一気に郁実の体がすぐ近くになった。
「ああ。好きだよ。郁実さん」
「私も。聖彦さんが好き」
郁実が澄んだ瞳で見つめてくる。
強く抱きしめた。
温かなぬくもりと吸いつくような感触の柔肌に、聖彦は天まで昇る気分だ。
今度は自分がリードしてキスをかわす。そうしながら乳房を押し揉んだ。
「あうンッ。ああうンッ」
「感じるの? 俺も、すごく感じる」
豊満な乳房はぴちぴちと張りがあって、それでいてむっちり柔らかく、揉んでいるだけでとても幸せな気分になれた。
「もう、いきそう」
蜜部をひときわ収縮させ、膝の上で郁実はのけぞった。お椀形の美しいバストがさらに量感をましてブルンッと前へ突き出された。
「いくっ。ンあああ。郁実、いきます」
「俺も、いく。出ちゃうぅぅ」
キメ細かなヒダ肉がぴったり吸着して、悩ましい上下動を行ない、あげくにエキスを絞り取られるようにして聖彦は射精を迎えた。
「たまらないっ。あっあん。かけて! もっと、もっとかけてえ」
「おおっ。おおおっ」
まさにそれは大爆発だった。ずっと溜め込んでいたスペルマが塊りとなって噴出し、郁実の子宮口をこじあけた。
郁実は腰部をうねらせ、少しでも奥深くへ精子を受け入れようとしながら、絶頂の淫泣をふりまくのである。
「あのさ、俺の方も、話さなきゃならないことがあるんだよ」
郁実に腕枕をしてやり、並んでベッドに横たわっている。激しい行為の後の充足感と、一体感が、聖彦の口を開かせていた。
「さっき店に来ていた遥香さんだけど、実は一度、深い関係になったことがあるんだ。俺、郁実さんに振られて超へこんでいた時だったし、それに彼女、とても俺の絵が気に入ってくれて、うれしかったし、もちろんすごい美人でもあるわけで」
「………」
「でも一度だけだよ。それっきりもう会っていなかったし。だからさっきここで鉢合わせした時は正直驚いた。ね、どうしたの。怒った?」
「あきれたわ。ちょっと早すぎない、いくらなんでも?」
つんつんした声である。
郁実にそう言われるとグウの音も出ない。二階堂町を離れたその日にマコトと知り合い、そして沖山町に着いてすぐに遥香と出会った。彼女に一目惚れして、通り過ぎるだけのつもりが、そのまま腰を落ち着けてしまったのだから。
「ひどい人。二股をかけるつもりだったのね。聖彦さんたら」
「そ、そんなつもりはないよ。だって、そもそも郁実さんには交際を断られていたんだし。そりゃ確かに早すぎるとは思うけど、別に次の相手を探してたわけじゃなくてさ、たまたま偶然、そうなっただけなんだから」
「知らないっ。さっきだって遥香さんと食事の約束をしてたじゃない」
「参ったな。今は誓って郁実さんだけなんだよ」
郁実は顔を反対へそむけて黙り込んだ。
まだ遥香との関係は言うべきではなかったのかと悔やんだ。郁実ならわかってくれそうな気がしたのだが、やはり女心はつかみにくいものだと改めて思った。
「わかったよ。もう遥香さんとは二度と会わないし、口もきかない。なあ、約束するから怒らないでくれよ」
すると郁実がこちらを向いた。前歯をのぞかせ、微笑んでいる。
「うふふ。そんなムキにならなくてもいいの。私、気にしてないから」
「アー、びっくりした。ひどいよ、郁実さん。からかったのか」
「ごめんね。正直に話してくれてうれしかったの、ほんとは。やっぱり聖彦さんて信頼出来る人だわ」
頰へチュッチュッとキスを受けた。
安堵すると同時に、たまっていた疲れがどっと聖彦に襲いかかってきた。
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