組長、美絵、そして佐和子の三人を除く全員から拍手が起きた。
跪いた葵依が弟のベルトを外して、ズボンとトランクスを一気に下ろした。
そらの既に勃起しきった逞しいものが、勢いよく天を衝く。葵依は愛おしむように手のひらで包み込み、こね回し、やがて口を寄せていく。
美樹は日本に居る。それも新宿にだ。
エスタブリッシュメントホテルの会長室のある特別階に部屋を用意され、そこで暮らしている。
もちろん軟禁されているわけではなかったが、現状ではホテルの外に出ることによる危険を避けていた。それでも美樹は、沙織の娘、この十二月に二十一歳になって生意気盛りの乃里子に勉強を教えたり、一緒に遊んだり、夕食もたいていは一緒にとっているようで、まるで実の姉妹のような暮らしをしていた。
沙織が仕事の時には沙織の部屋に行って、乃里子と一緒に寝るという習慣も変わっていないし、乃里子のほうが新たに用意された美樹の部屋で寝てしまうということもあるようだった。
乃里子が学校に行ってる間は、ホテル最上階にある特別会員用のジムを独り占めしたりしていたし、午後にはプールを沙織たちと三人で貸切で使ったりと、何不自由ない高級ホテルであるエスタブリッシュメントホテルでの生活をエンジョイしている。
美絵の予測は外れていて、美樹はまだ処女の筈だった。
美樹からしたら、中澤のことなど、単にそこいらの中年のおじさんくらいの認識しかもっていないであろう。
手に手を取って逃亡したわけでももちろんなかった。
全体の絵図を描いて資金を出しているのは三田村コンツェルンの会長だが、具体的なシナリオを描いて佐和子にも細かな指示を出したのは弁護士の君塚だった。
最大の目的は、設立当初頼らざるを得なかった、エスタブリッシュメント倶楽部の女性の調達のための芸能界ルートつまり、その裏側に存在する梅田組という裏社会の組織との取引関係を断ち切ること、円満に終わらせることにあった。
「同じ裏組織でも社会的な意味が違う以上、取り込んでしまうか、排除するか、出来る事ならば排除してしまった方がいいのだ。もうこちら側が取り込まれてしまう危険性は規模的には去ったが、今断ち切っておくに越したことはない」
君塚はそんな言い方をした。
ちょうど中澤が資金繰りに窮し、途方にくれていたのも都合がよかった。
いざという時のために、中澤だけを相手側の窓口としてきたのだ。梅田組長とも先輩後輩の間柄だが、君塚は一切表に出ていなかった。
もちろん梅田と、三田村会長との接点もない。
「こちら側の人間、あちら側の人間、そのどちらでもない人間」
君塚は、そうも言った。
美樹と佐和子そして娘の彩乃。
それがこちら側の人間で、純子は向こうに返してしまおうということになった。元より梅田組長の奴隷、所有物になってしまっている女だ。
実際にはそんな金銭のやりとりなどしていなかった、ホテルの正式な用紙を使った純子の部屋の正規金額の請求書も用意された。
「一瞬の間でも、梅田組を潤してやることは絶対に必要だ。そうじゃなければなんとしても中澤が持っていたルートが使えないかと向こうもしつこく探ってくるだろう」
中澤が梅田組にどのくらい渡していたかは知る由もないが、女の紹介につき倶楽部側から中澤に渡していた金はひとり三百万から一千万という金額だという。
綿密に考えての、純子・葵依のヘアヌード写真集の出版だった。
むしろ一人で売りだせば、葵依ほどではないにせよ、それなりに脚光を一身に浴びることも出来た筈だった純子にも気の毒だったが、より強い話題性で写真集を売り出すことで、梅田組のビジネスを成功させてやることが何よりも重要だった。
一面広告という目立った動きや、書店への配本作業でも一切情報が漏れなかったのも、君塚が各社の社長や専務といった上層部の人間に厳重に注意勧告を行ったからだ。
芸能界やマスコミという金と策略、権謀術数が蠢きひしめき合うところにおいても、今や君塚の人脈は絶大なものになっているようだった。
そういう意味でも、もう梅田組との取引は必要ないということなのだろう。
テーブルの上では、葵依がそらを口だけで射精させていた。
振り向いて大きく口を開けて、薄白い液体を皆に見せながら立ち上がる。
美絵と佐和子を除く女たち全員が、手に空のワイングラスやシャンパングラスを持って掲げた。
葵依の口からそれをそのグラスに受けて、自分が飲むつもりのようだ。大方、梅田からそれをした女に金一封でも出すとでも言われているのだろう。
中澤に対しても、最後に彩乃の結婚式をプロデュースさせ、テレビ局からの放映権料を餞別にして、国外脱出ルートや、フィリピンのリゾート地での潜伏先まで君塚は用意していた。
君塚はラグビー部の時代から、中澤には恩義のようなものを感じているようだ。
それに実際、このふたりの繋がりから、中澤プロダクションにも三田村のところにも、そして梅田組にもそれぞれ多くのものがもたらされたのは紛れもない事実だ。
君塚が、中澤に出した条件は、マニラへの出国時に、二十一歳の美樹という女を、あたかも恋人同士のように振る舞って逃亡劇を演じること。その時は誰も気にしていなくても、調べるうちにこれらの話は漏れてくるものなのだ。
一階で若い組員の性欲処理をさせられている瑠美子という女の末娘の美樹のことを、何故そうまでして梅田組から切り離したいのか。
ひょっとして美樹は君塚の子供なのではないか、佐和子はそんな仮説を立てていた。
そしてもうひとつ。
それはひとりの青年を美樹の実際のエスコート役としてマニラまで同伴することだった。
このエスコート役について、君塚は、最初中澤プロダクションの顧問税理士になって、その後、三田村コンツェルンの顧問にもなっている山浦税理士事務所の若い青年を選んだ。君塚が直接山浦税理士に掛けあって、同行の許諾を得たようだ。
この青年は、若くして山浦税理士の片腕のような存在で、同年代または少し若い部下を連れて、何度も三田村コンツェルンの海外支社、特にマニラや香港、シンガポールにある東南アジアの会社を訪れていて、現地の社長やスタッフとも面識があるというのが白羽の矢を立てた理由のようだった。
マニラ空港で二人が仲よさげにしている写真、というのも実はその青年が撮影して君塚経由で出版社に持ち込まれている。
「私も会ったことはないのだが、子会社の社長たちの評判がすこぶるいいのだ。山浦事務所はあの男で持っていると。コンピューターがあの世界にも幅を効かせ始めてきて老兵の山浦君では手に負えぬことも多々だろうが、そういったことから部下の育成まで二十六かそこらで、ひとりで仕切っていると。その上、年配の社長たちに物怖じしないくせに礼儀もわきまえているとか、そんないい話しか入ってこん。そんなわけで今度の使命もきちんと果たしてくれるだろう。いや、万々一美樹に手を出したとしても、むしろそれはそれで吉報かもしれんしな。わっはっは」
「先生が直接面談とかされなくて大丈夫なんですか」
君塚はその時の佐和子の問いかけも一蹴した。
「三田村の部下のその社長たちってのは、もう相当のうるさ型揃いだ。そのタヌキたちが声を揃えて褒めて、自分のとこに引き抜けないかと言ってくるんだから。なのでな、私も三田村会長もこの男には今のところ敢えて直接会わんようにしているのよ」
五日間の「海外旅行」を経て、青年は美樹を連れて、台湾からの飛行機で羽田空港に帰還している。
「それなら、念のため成田を避けましょう」
と香港から台湾を経由して羽田に降りるという誰も考えなかった特殊なルートを提案したのも青年だったという。「外交上」という理由で、台湾の航空会社だけが成田を使えず羽田を使用しているのを利用したのだ。
「事情があって、としか彼には言ってない。それでもそれが仕事とならば任務は完遂してくれると信じていた。もちろん我々の側からも山浦君からも三田村の裏側組織のことなど一切話していない。それでも彼は完璧だったよ」
ことが首尾よく運んで、君塚は上機嫌に言った。
「もちろん万が一の時のために、腕の立つのをふたりこっそりと別につけてあった。ふたりにも勿論中澤さんにも言わずだ」
美樹は確かに美少女だが、君塚がそこまでして守りたいと思っているというのは何か他に理由があるのだろうと思うが、女などいくらでも自由になるし、マゾだろうと若いだろうと思うがままの梅田が、何故ここまで執着するのだろうか。
例えば、既にタレントとしての知名度も上がっている彩乃ならばそれもわからぬではないが、三田村は自分の持ち駒のひとつだった娘にはあっさりと結婚を認めている。
いやいやそれとて、三田村会長や君塚の策謀でないとは決して言えないのだが。
全て理解して納得して任務にあたっているつもりなのだが、どこか腑に落ちないところがある。仮に美樹が君塚の実の娘だと仮定してもだ。
宴は続いている。
自分もあと少しで梅田組との関係を断つことになっている。
「君もこちら側の人間だ。だから全てを話すんだ」
そう言った君塚のシナリオは、それでも完結まであと少しだった。
佐和子はモヤモヤを振り切ろうと思った。
物語を完結させることが何より大事だからだ。
そらはいつの間にか全裸にされ、テーブルから降りてミサキという女の乳房を吸わされながら、男根を扱かれている。
佐和子はその名を知らぬが、並んだ極道の妻たちの中でもっとも巨漢の女が持つワイングラスに葵依の口の中の精液が吐き出され、女は一息でそれを飲み干してニヤリと笑った。
その葵依もテーブルを降りて、今は梅田組長の前に跪いて、組長の真珠入り男根を舐め始めている。
遠くから除夜の鐘の音が、微
かに聞こえてきた。
一九九二年八月 ホテル四八〇五号室 君塚弁護士事務所別室前日行われた甲子園球場での大学野球大会で、ひとりの四番打者が五打席全打席敬遠のファーボール。それもランナーの居ない時にまで敬遠で歩かされたため、大学生の教育の一環という大学野球としては如何なものか。いやそれも勝つための秘策だ、などと新聞からテレビまでを巻き込んで大論争になっていた。元より試合中の球場でも大変な騒ぎだったようだ、と忙しくてテレビをつける暇もなかった弁護士の君塚が、そのことを大きく取り扱っている全国紙のそのページを見開きのまま、目の前のテーブルに置いた。
昨夜遅くに、税理士の山浦から電話がかかってきて、「見せたいものがある」と言われた。彼もまた大学野球など見ている暇もないのかもしれぬが、仕事とSMは別、いやむしろ彼の中では両輪なのだろう。その見せたいものとは、「国内のものでこんなハードなものは見たことがない」というSMビデオだという。それもそのタイトルが「芸能プロ辣腕美人マネージャーの惨劇」。
中澤プロダクションでマネージャーをしていて、やはり昨年の末から行方がわからなくなっている榎本佐和子君ではないのか、雰囲気は似てる気がする、というのである。
中澤の失踪劇の際に、片腕の青年を借りるなど山浦には世話にもなったので、多少の事情は話してあった。もちろんお互いの信頼関係は絶大だとは思っている。
だがそれでも榎本佐和子の役割については何も話していなかった。中澤のところが事実上潰れて、暴力団がバックについているプロダクションに移籍してしまった、という事実だけが山浦の持っている今のところの情報だろう。
もちろん、佐和子が中澤と婚姻関係にあるということも知らない筈だ。
やがて訪ねて来た山浦が持参したVHSのカセットは、黒いパッケージに銀色の文字で件のタイトルが入っているだけの、いたって素っ気ないものだった。
先ごろ、ベータという別の方式のものから、入れ替えたばかりの真新しいビデオデッキにカセットを挿入する。
数秒間、カラーバーが表示されて、直後タイトルバックもなく、いきなり画面中央にピンクのパンティ一枚だけにされた女が、手を天井から吊られた状態で映し出された。足が二十センチ程床から浮いた、完全な宙吊りだ。
そのスレンダーながらも、四十歳とは思えない美しく盛り上がった乳房を保っている身体は確かに佐和子のものだったが、彼女の裸を見たことがない山浦には多分わからないだろう。なんといっても女は黒い布で目隠しをされているため、顔がわからないのだ。
元はホームカメラか何かで撮ったのだろうか。画面右下に白抜きで表示されている日付のクレジットだけが鮮やかだった。
そこに表示されているのは、一九九二年一月一日、この年最初の日のものだった。
一九九二年八月 梅田組組長公邸
「大学野球が、正々堂々とやらずにどないする。敬遠命令されて、やらされたピッチャーの男だって、それで勝ったところで一生悔いも残ろうが。あのくそ監督八つ裂きにしたろうか」
組長の梅田が吠えている。
もちろん、正義感に駆られて怒っているわけではない。
大方、それで負けたチームに賭けていたか、その四番打者のホームランの数にでも賭けていたか、そんなところだろうと、その場に居る誰もが思っているに違いない。
どんなに正義の言葉を吐いても、大学野球を賭け事の対象にしていては、偉そうに言える筈もないのだが、そこはなにせ、ヤクザは元々が博徒と呼ばれた博打打ちなのである。
野球賭博を咎めてみても仕方がないだろうが、とばっちりが女に来るのがこの男の困るところである。
「てめえら、全員脱げぇ。全員すっ裸じゃぁ」
梅田組本部を併設する組長「公邸」の大広間であるが、既に純子、姪の葵依、その弟のそら、そしてふたりの母親で純子の最愛の兄の妻だった瑠美子の四人は先程から全裸にされていた。
組長が命じたのは、組長夫人の美絵を除く、幹部の妻たちにである。
何やらまたビデオを見せるということで、モニターのある大広間に八人もの極妻たちが集められていた。
一度も組長にそのヌードを見せたことのないという女は居ないはずで、賭け事に負けたからと言って女たちを脱がせて、新鮮な気持ちにリフレッシュ出来るということもなかろうに、と純子は冷めた気持ちで僅かに視界に入る脱ぎ始めてる女たちをチラリと盗み見た。
その純子の隣で、やはり裸にされて四つん這いの姿勢を取らされている、姪の葵依と一緒のヘアヌード写真集が昨年大当たりして、百三十万部というベストセラーになった。
年が変わった春には、今度は葵依の単体ヘアヌードと、純子のSM緊縛ヘアヌードの写真集の同時発売で、葵依が八十万部、さほど期待されなかった純子の方も三十万部を突破するなど、これもまずまず売れている。この第二弾の企画も、やはり佐和子が言い出したものらしかった。
間髪置かずに次は単体を出しましょう、と佐和子が梅田夫妻に言ったのは、ミリオンセラーの祝賀と忘年会を兼ねた席上のことだったという。その席に純子は居なかったので、この話は後日、甥のそらから聞いたものだ。
その日、年越しの忘年会は深夜の二時頃でお開きになったが、その企画の話をもうちょっとだけしようと言って、佐和子と組長夫妻だけがその場に残り、そらは「今夜は旦那が帰ってこない」という二人の幹部の妻の相手を朝までさせられたし、わからないが葵依もそのまま帰って寝たということはないだろうという話だった。
純子とふたりの母親瑠美子にいたっては、朝まで玄関ホールだった。
その佐和子の企画が当たって、それぞれの第二弾が売れただけではなく、もともと売れっ子だった葵依は兎も角として、純子にとってはヒット曲を出した年を超えるテレビ出演の依頼が舞い込み、コンサートのオファーや年末のディナーショーの話まで来るなど、元女マネージャー様々の状況になっていた。
だが、企画を出しただけで、佐和子はそのお正月明けに「一身上の都合」ということで社長を辞任し事務所を辞めていた。
タレントとマネージャーという関係で長らく付き合ってきて、中澤の失踪とプロダクションの倒産では、一緒に所属事務所を移籍し、特に佐和子はそこで社長という肩書まで貰っていたにも関わらず、辞める時に純子にはひと言もなかった。結局、今年に入ってからは一度も会うこともないまま、大晦日の夜に組長私邸の玄関ホールで顔を合わせたのが最後になったのだった。
考えてみれば、自分にとっては超屈辱的な最後の顔合わせだったわけだが、朝方にようやくノルマを達成すると、部屋に戻された純子は、そのあたりからの記憶が飛んでいた。
飲まされた五十人分の精液のせいか空腹を覚えることもなく、元旦というのに暗くなるまでベッドで眠りこけていた。そのためその日いつ佐和子が帰ったのかということも知らなかったのだ。
「よーし、脱いだら全員、手ぇ頭の後ろに組め」
純子は四つん這いのままで、目に入る光景を再び盗み見る。
現在、広間の一角で四つん這いになっているのは、純子と葵依、そして葵依たちの母親瑠美子の三人。三人ともそんな格好でも顔はしっかり上げて前を向いていろと躾けられているので、数メートル前に置かれたモニターと、その横に立たされている全裸のそらが嫌でも目に入る。
何に反応しているのか、つい今しがたまで力を失っていたそらの男根が急速に膨張し始めていく様を、嫌でも見ていなければならなかった。
そらの姉葵依も、そして実の母親である瑠美子にしても同じ光景を、目を瞑らずに見ている。
こういう時に、まばたき以外で目を閉じているのを組長や組長夫人に見られると、どんな仕置が待っているかわからないためだ。
もっともこのところで甥のそれを見ることに慣らされてしまったのも事実だ。梅田や美絵の前で、そらと性交させられるのは、やはり主に葵依だったが、純子やそれに母親の瑠美子も一度や二度ではないのだった。それを互いに鑑賞させられることも多い。
姉弟だとか叔母だとかということに、男のほうが萎えてしまわない限り、女の自分たちにはどうすることも出来ないのだ。それが男と女の生理の違いだ。男のそらは、さすがに初めて母親とさせられる時は何か注射を打たれて強制的に勃起させられたと聞いているが、今ではそんな必要もなさそうだ。
女の方は、肉親の男根を入れられることを心底拒絶して、全く濡れなかったとしても、そこにたっぷりのローションをたらされてしまえばそれで終わりだ。
もっとも最近は、純子も葵依も、そして母親の瑠美子でさえも、女の穴であれば、そんなものは必要がないという有り様になってしまっている。もちろん、肛門性交も見世物として三人ともさせられるし、葵依の膣穴で限界まで擦ったものを最後、瑠美子や純子の口で射精のみ受けさせられたり、射精のその瞬間だけ女の穴を使われるという惨いことも多々だ。稼ぎ頭の葵依を妊娠させるわけにはいかないという、ただそれだけの理由だった。
そんな時、射精をした後も、そのまま抜かないで続けてしてほしいと思うまでになってしまっている純子だった。
超えてしまった一線というのは実に恐ろしい。
そんなことを思いながら、僅かに俯き加減になった視線を修正する。
華奢な体つきをしているそらだけに、勃起するとそこだけにどうしても目が行ってしまう男根がいつの間にか最大サイズになって天を衝いている。
上司の号令一下で、部下の奥さんたちが八人も揃って裸になって乳を晒すというのもやくざの組織ならではなのだろう。その淫靡な光景を正面からまともに見ているわけだから、男の生理現象としては、どうすることも出来ないのかもしれない。
一人二人そうじゃないのも居るが、総じて美しい女たちで、中にはタレントとしてテレビに出ていたっておかしくないくらいな女も居るのだ。
「今日はうちの会社から出した新しいアダルトビデオをこれから全員に見てもらう。組を裏切って足抜けなんぞしようとすると、こういう目に合うこともあるぞという、見本のようなものだ。儲けのために、会社からはちゃんとモザイクをしてニッポンの法律に則ったものが数日前に発売された。だが、当然だが売れ行きが一段落したら裏市場にも流す。もちろん今日見せるのは、そういう鬱陶しいボカシなどない、性器もケツの穴も丸見えのものじゃ」
悪趣味な話だと純子は思う。
色々なことに興奮する身体にされてしまってはいるが、裏ビデオで他の女のその部分や性交を見たところで、ここに並べられた女たち、極妻たちも含めて、何人が喜ぶというのだろう。
いや、女たちを喜ばせるつもりなど毛頭ないのだ。
一罰百戒。
見せしめとしての効果のためだけで、時に使われる鑑賞の後の乱痴気騒ぎのためのプロローグとは、違うということだろう。
「去年、今年と組に多額の収益をもたらしてくれた功労者だからね」
美絵がわざわざ正面に出てきて、そらの隣に立って話し始める。
しーんとした部屋に、美絵の声と、ずらりと並んだ裸の幹部夫人たちの尻を組長が叩く音や、尻を撫でたり乳房を背後から揉んだりしているのだろう、時に「あん」という甘やかな女の声だけが際立っている。
「うちに関わったとはいえ、ヤクザの女になったわけじゃないと、アタシは言ったんだけど」
「やかまし。こやつらにそんな御託並べてどないんすのや。ましてやワシとやっとったんやから、落とし前は当然だろう」
「そうは言っても、あの子は次の策まで用意してくれていて、確かに辞められたら痛いけど、穏便に円満退社させておけば、そら達を通してでもコンタクトして、何ぞの時にはきっと役に立ったのに」
元からなんとなく懸念はしていたが、佐和子は無事に退職出来たわけではないということだ。
ああ、この人達はひょっとしたら全然わかっていない。佐和子レベルであの世界のあちこちに顔が利く人間はそうは居ないのに。特に女は武器があるから役に立つのだから。
「あの女が、中澤の居場所を知らんとは思えんかったのじゃ。中澤の居場所さえわかれば、あの小娘の所在も掴めると考えるのが道理であろう」
「お、親分、い、痛いっ」
幹部夫人の一人が悲鳴をあげる。大方、乳房でも揉み潰したのだろう。
ヘアヌード写真のお陰で、テレビの仕事などオファーが増えて、今年からほとんど完全復活といっていい状態に…いや演歌歌手として求められているものとはまた違う形になってしまっているものの、それもきっかけは全て佐和子の人脈からだということが純子にはよくわかっていた。
佐和子が仕掛けてあったので、物事が動いたのだ。仲がよかったとは決して言えないが、そして不満も多々あったが、それでは他のマネージャーがよかったかというと決してそんなことはない。今は黙っていても仕事の方から勝手にやってくるという状態になってしまっているが、これが長くは続かないということを純子は身を持って知っていた。
「親分。女はねえ、女にはねえ、決して恐怖政治なんてものがいつまでも続きやしないよ。恐怖政治が幅を利かすのは、男の社会だけさ。このビデオを見て、ここに居る子たちが肝っ玉なくして震え上がると思ってるなら大きなまちがいだよ」
組長夫人、美絵の言葉は徐々に熱を帯び、啖呵を切っているという、まさしくそんな状態だ。
「うるせー。早くビデオ回せっ」
「痛いー、やめてーおまんこ裂けちゃうっ」
数十秒ほど、目隠しをされて手を天井から吊るされた、ピンク色のパンティ一枚だけの裸の女が、床につかない足をわずかにばたつかせている映像が写った。
次の場面で、その状態のまま股間に木製の三角木馬を持ち込まれて、鋭角な部分に体重がかかるように手を吊っているチェーンが巻き戻され、位置を少し下げられると、途端に女が叫んだのだった。
確かに、榎本佐和子の声だ。
場所は組長私邸の地下室だろう。この三角木馬には見覚えがあった。
純子も一度だけその部屋に連れて行かれ、これに跨がらされたが、自らの全体重を股間で、しかも鋭利な三角形の部分一点で受け止める激痛は、半端なものではなかった。
「何か知ってることがあるなら、さっさと喋っておしまい。そうしたらすぐに楽にしてやるから。あんたは功労者だ。私だってこんなことしたくない」
声は組長夫人、美絵だった。
美絵の姿は映っていないが、画面の外から一本鞭が真横に飛んできて、佐和子の熟れた双の乳房の乳首の少し下に炸裂すると、一度身体に巻きつき引かれる。
一瞬で太くて赤い線が乳房の下に走る。
「やめてー、ほんとに何も知らないの。『ピーー』のことは」
中澤さんと言ったのか美樹ちゃんと言ったのか、そのどちらかだろう。電子音で消されていた。
二発目の一本鞭は柔らかい腰に来た。肌を打つ激しい音がスピーカーを鳴らす。やはり一度巻き付いてから引かれるためその鞭の激痛と、それによって安定しない股間が擦れてそこの痛みも相当だろう。
それでもまだパンティを履かせてもらっているだけマシか。自分の時は何も身につけないで、無防備な性器をそこに擦り付けさせられたのだ。擦過傷になったクリトリスの痛みは数日続いた。
純子がそう思った途端、画面の左右からサングラスをした女が二人ハサミを手にでてきてパンティの腰の細い部分をパチンと切り離してしまった。左の太った女が力任せに、ただのピンク色の布切れとなったものを前に引くと、僅かな恥毛の下で、性器の部分が見事に三角形の頂点に食い込んでいるのが覗いて見えた。組長が言う通り確かにボカシもモザイクもなかった。
「いやー、痛いっ。ほんとにおまんこ裂けちゃう」
いつぞや組長私邸のバスルームで佐和子が甥のそらとセックスをしている場所にいた事はあるが、淫乱な女だとは思ったものの苦痛を喜ぶようなマゾという印象は全くなかった。
パシーーーン。
佐和子の悲鳴には誰も反応せず、三発目の鞭が今度は乳首の少し上に赤い線をつける。
「ほんとにほんとに、何も知らないんです」
「こんなことしなくても、泳がせて監視をつければ、本人から中澤のところへ行ったかもしれないのに」
現実の美絵がまた言葉を発した。
言ってる割には強烈な鞭を浴びせている。もちろん打っているのが美絵とは限らないわけだが、その場に存在していることは間違いないのだ。
今言っていることと、画面でやっていることが真逆なわけだが、もちろん誰もそんなことを指摘したりはしない。
「痛いーーっ。おまんこ痛いですぅ」
鞭は乳房だけを狙っているが、それで振動する股間の方がより強烈に痛いのだろう。
三発目の鞭の後、荒い呼吸で上下している乳房をアップにしていたカメラが少しずつ引いていき、やがて三角木馬にまたがる足元までの、佐和子の全身が画面の中に見えると、隣の葵依が、「わっ」
と小さく声を出した。
いつの間にか佐和子の足には、足枷が巻かれ、そこから伸びる細いチェーンの先には黒々とした鉄製の玉が床に転がっていたのだ。
三角木馬の角度だけ左右に拡げられた足は、これ以上ないくらいまっすぐに伸び、それを錘でさらに引っ張られているということだ。
自分の時は鞭だけで、こんなことはされなかった。
やがて画面がフェイドアウトし、再びフェイドインすると、激しく腰を動かす黒い背中が映しだされた。
「こんなのいやー。おまんこ壊れちゃう。だ、だめ、大きすぎる。こんなの、こんなの駄目」
佐和子が絶叫する。
カメラが横に動くと、先ほどと同じ場所で、手は天井から吊られたまま、宙に浮いた足をM字に抱え込まれ、その性器に極太でしかも長い黒人の男根を激しく打ち込まれていた。
乳房や背中そしてお腹と、無数の赤いミミズ腫れになっている。最初のシーンの後も相当数の鞭を浴びせられたのだろう。
目隠しも変わらずされたままだ。
五分、十分と黒人は時に激しく、時に腰をローリングするような動作で、また時に一度全部抜いてその男根の威容をカメラに見せつけ、一気に没入させる。
「やめてやめて、ほんとに何も知らないの。ほんとに黒人なの。そんなの嫌。黒人のおちんぽでなんてイキたくない。妊娠したら困る。ダメだめ、おまんこ、おまんこ壊れる、ほんとに壊れる」
ピストンの速度をあげて、佐和子を追い詰めると、一気にそれが引き抜かれる。
斜め前から撮しているカメラに佐和子の性器が丸見えになると、その中心部からピューと弧を描いて液体が噴きだした。
「し、しおっ」
また隣の葵依が小さな声でつぶやく。
カメラがさらに佐和子の性器に寄っていく。これではボカシをかけたら画面のほとんどが消えてしまうのではないかと思うほどだ。しかし今純子たちが見せられているのは無修正版だ。ピンク色に蠢く肉襞がしっかりと映しだされる。
恥毛は土手の部分に僅かにあるばかりで、処理をしているのか元々なのか、穴の周囲、小陰唇を囲む部分などは全くの無毛だった。
そして、そこにまた黒光りした男根が迫っていき、まるでこじ開けるようにして没していくのを映しだして、カメラは徐々に引き、宙に浮いた腰を抱えられている佐和子の傷だらけの全身像に戻る。
鞭のシーンよりも女たちにはこのシーンのほうが強烈なのか、全員が画面をみつめている緊張した気配が部屋に漂う。
斜め後方の誰かひとりだけが、くぐもったあえぎ声をあげているのは、多分組長に犯されているのだろう。
再び黒人のピストンが始まる。
「やめてやめて、大きい大きすぎる。黒人のちんぽ黒人のおちんぽ。いやーーっ。おまんこ、おまんこ気持ちいい。また出ちゃう、逝っちゃう」
「四十女にしては、いい身体してたわよねこの子。でもパッケージではいくつって書いたんだっけ」
美絵の問いかけに、「三十三だ」
うるさげに組長が答える。
「美少女ブームのAV界に、いくらハードSMでも四十という年齢書いちゃあおしまいだよ。その代わり肛門無修正、卑猥な四文字発言無修正ちゅうわけだ」
既に三十九歳、もう四十歳が目の前の純子にも耳の痛い言葉だ。
画面の中では、再び男根が引き抜かれ、またも同時に潮が弧を描く。
そして三たび挿入されると、後ろからもうひとり黒い男が現れ、その大きな両手で後ろから佐和子の乳房を鷲掴みした。
佐和子は察知したのだろう。
「いや、いやお尻無理。絶対無理。さっきお部屋で真珠に擦られてお尻の中切れてるの。入れないで、お願い。ほんとにほんとに何も知らないの」
太った女がピンク色の容器を手にして出てきて、その容器を新たに登場した黒い男のやはり日本人にはまず居ないだろうという巨根の上で傾けて、とろりとした液体を上から注ぐ。そうしておいて巧みな手捌きで、男根にそれをまんべんなくまぶしつけながら上下に擦り立てていく。
そうしておいて、今度は前方から激しく黒人に性器を責められている佐和子の方を向くと、手にしたピンクの容器の先端の細い部分を佐和子の後ろの穴にぬるんと突き込んで、力いっぱい容器の真ん中を潰して、中の液体を佐和子の肛門内に注いだ。
「よかったねー。さっき通り道つけてもらったんだって。じゃないと入らないわこんなの。私だったらこんなのでアナルされるなら死んだほうがマシよ」
女がそう佐和子につぶやく。
「やめてやめて、ほんとにやめさせて。無理無理、ぜったい無理。あーーーっ、イクいくっ、またおまんこ逝っちゃう」
佐和子は既に錯乱状態だった。
女の性器や肛門は、画面で見るとこんなに厭らしく淫らなものなのか、と純子はあらためて思う。自らも今誰かが後ろから撮れば、どちらの穴も丸見えのポーズをしているわけだ。
姪とのヘアヌード写真集、単体でのヘアヌード緊縛写真集と、それぞればっちり梅田組に利益をもたらし、のみならずテレビ出演は増え、今は大物作曲家に新曲を作って貰えないかアプローチをしているようだ。
もし今、この佐和子さえ居れば、現在の人気回復ぶりなら簡単に新曲の話をまとめてきているだろうとも思う。
実際に新曲がそれもヒット曲じゃなければ意味がないのだが、出せるかどうかはわからない。それでも今のバラエティや旅番組への出演へのオファーなどしばらくは大丈夫だろう。
ただし、それがいつまで続くか。
第三の写真集というのは、多分無理だろう。葵依は別だろうが。
そうすると。
そうすると、自分だって組が今年作ったもうひとつのプロダクションに移されて、こんなアダルトビデオに。
そして、やがてボカシもモザイクもない裏ビデオに、「元演歌歌手の恥ずかしい性器と肛門」などと謳われて晒されてしまうのではないか。
「うぎゃーーっ」
なんとも言えない佐和子の絶叫。
画面ではついにふたつの巨根での二穴責めが始まっていた。
メリメリと音が聞こえるような挿入シーンがドアップで展開される。
「売りだしたオモテのビデオも肛門は無修正で丸出しじゃ。大勢の人に今頃恥ずかしいケツの穴をこの女マネは鑑賞されているというわけじゃが、さすがにちんぽこ入ってしまうとボカシじゃろうなあ。やはりこの迫力は裏で見てもらわなあかんな」
セックスしながらなのだろう、組長の声が弾んでいる。先ほどとは違う女の喘ぎも聞こえてきていた。
「お尻の穴が裂けちゃう。おっきい大きすぎる。いやーー、黒人のおちんぽ嫌ー。もっとおまんこ、オマンコしてー。だめーおまんこもお尻もいいっ。おちんぽおちんぽ。ふたつのチンポぉ」
情け容赦のない二本の黒い男根の抽迭だ。
入ったままでも潮が噴き上がる。
「駄目、ダメ出さないで。妊娠しちゃう。おまんこ駄目。ああ、狂っちゃう」
肛門を責めていた男のほうが先に逝き、続いてもうひとりも言葉がわかるのかわからぬのか、いずれにしても佐和子の拒絶を無視して中出しでフィニッシュした。
佐和子が白目を剥いて失神している顔でまた画面はフェイドアウトする。
再びフェイドインした画面では、やはり同じ場所で先ほど前を責めていた黒人が白いトランクスを履いて佐和子の後ろに立ち、M字に脚を抱え上げている。
表のビデオのためなのだろう。性器だけじゃなく肛門まで丸見えになるように深く抱えこまれていた。
両穴性交から、時間が経っていないのだろう。黒人たちが出した精液がふたつの穴から垂れつづけ、肛門も最初に映し出された時より明らかに広がっていた。
高く抱え上げられている佐和子の手は、相変わらず天井から吊られたままだった。
先ほどの太った女が、ウィスキーの瓶を片手に画面に入ってくる。
その瓶をラッパ飲みで一度口に含むと、プーーーっと佐和子の恥毛部分に吹きつけた。
直後、別の女からマッチを渡され、シュっと音をたてて擦ると、恥毛に近づける。
ボッ。
「ひゃっ、イヤ」
言ったのは佐和子ではなく、葵依だった。
「あ」
と、後ろからも複数の声が上がる。
佐和子の恥毛はあっという間に黒い残骸となった。
バケツが渡され、股間に向けてバシャっと太った女が浴びせる。
残骸が流されるが、剃毛した時のような白いツルツルの肌になったわけではなかった。
「ロウソクされたことある」
女が佐和子に聞くと、佐和子は弱々しく首を横に振った。
「そう。じゃ比べようもないだろうけど、これはロウソクなんかよりも半端無く辛いし熱いし、痕もずっと消えないからね」
太った女に渡されたのは、一本の緑色の細い線香だった。
既に先端にオレンジ色の火がついて細い煙が上がっていた。
「あんたは知らないんだよね」
線香の火が、焼き払われたばかりの土手に一瞬押し付けられる。
「熱っ」
佐和子と同時に葵依も同じ言葉を口にしていた。もちろん葵依が何かをされているわけではない。
すぐに肌から離されると、小さくなった線香の先端のオレンジ色が、ポーッと拡大して元の大きさに戻る。
ほとんど同じ位置にまた押し付けられる。
黒人に支えられた佐和子の下半身全体がピクンと震える。
やはり一瞬で、それは幾度となく繰り返された。
途中、先ほどとは違う角度で佐和子の股間から液体がジョロジョロと溢れる。失禁したのだが、太った女は全く意に介さず「作業」を続けた。
「ここはね、消えなくてもおまんこに毛を生やせば隠すことが出来るわ。なんか知ってることがあれば今言うの。言わなければ綺麗なお尻、それともその生意気なおっぱいにケロイドの文字が刻まれることになるわよ」
「知らない、ほんとに知らない。熱い、熱い。もういっそ殺してください」
黒人ふたりとの性交で精も根も尽き果てたためか、佐和子の声は本当に弱々しかった。
ここで画面はフェイドアウトして、監督だ主演だとインチキ臭い名前のクレジットが出たところで、モニターのスイッチが切られた。
それでも気がつくとちょうど一時間ほどが経過していた。通常のアダルトビデオや裏ビデオを見せられる時と、ほぼ同じような時間だった。
この後佐和子は乳房や尻たぼも線香で焼かれたのだろうか。土手に刻まれた文字はなんという字だったのだろう。
見せられたビデオにいつの間にか没頭したためか、純子はそんなことを考えたが、もっと肝心なことがあることに改めて気が付き戦慄する。
ドアの音がして、黒い肌の男がふたり、一人は白、一人は黄色のトランクスだけの裸で入ってきた。
写真集で儲けて、今年に入って組長が自身のボディガードと運転手役として雇ったふたりだった。
先ほどのビデオに映っていた二人である。
特に白の方の男は、部屋に入った途端、その雰囲気に反応してか、みるみるうちにそこを膨らませ、その部分が縦の太い棒状に持ち上がり、先端はトランクスのゴムをなんなく突き抜け、子供の拳ほどもある亀頭部分が完全に顔を出してしまった。
組長夫人を除く十一人の裸の女が居て、四つん這いや手を頭の後ろで組むという、どちらも服従の屈辱的なポーズを取らされているのだから、興奮するなという方が無理なのかもしれない。
複数の女たちからため息が漏れた。
純子も世話になったマネージャーのことを忘れて、それに見入ってしまっていた。
新たな狂宴が始まるのだった。
一九九五年三月 ホテル四八〇九号室 美樹居室
『タダイマ イマキコクシタ ナリタニツイテニモツマチチュウダ』
ポケットベルの呼び出し音が鳴った瞬間、「ハヤトくん…」とつい声が出てしまった。今夜帰国することを知ってはいたが、連絡が来るのは早くても夜遅く、遅ければ明日になってしまうかもと、過度の期待をして悲しくならないようにしていたからだ。
「ミキちゃんのカレシ、どっか外国行ってたんだ」
小さな電子機器のさらに小さな液晶画面を、隣から覗きこんで乃里子が言う。
乃里子はこの四月に学校六年生になっていた。
すぐに『オカエリナサイ ハヤトクン サツバツトシタニッポンヘ』『デモスグレンラククレテウレシイデス ミキ』とメッセージをふたつ返した。
聞いていた話では、ソウル、バンコク、シンガポール、香港という順序で、十日間の出張をこなしてきたはずだった。
「日本以外は、全然普通なのかしら」
環境のせいもあろうが、急に大人びてきた乃里子は、大好きな美樹ちゃんのその大好きな人の情報を共有するのは当たり前、とばかりに美樹が打ち込んだ文字も見せるように要求し、そんなことを言った。
一月に関西で大きな大きな地震があり、続いて三月には地下鉄の駅でサリンという猛毒が撒かれるという、これまで聞いたことのないような恐ろしい事件が起きている。狂気に走った宗教集団が起こしたもので、その二日後には一斉強制捜査で多くの幹部が逮捕されたという。
四年前、母親とともに暮らしていた梅田組所有のマンションからこのホテルの部屋に一人で「引っ越し」をした。
二十一歳の時にそれまで美樹は当然自分の父親だと思っていた川越龍平と母瑠美子が離婚をした。その際に母は、貴女のお父さんは別に居ると告げている。母は自ら望むような形で、川越と大学の同期だったという梅田組組長の女の一人になった。当時はよくわからなかったが、ソープ嬢のようなこともしていたと思うし、後々わかったことは、母は完全なマゾヒストで、組の奴隷娼婦のようなことになっており、それも自ら望んだ節があった。
その母が川越との離婚の話を進める際に頼っていたのが、弁護士の君塚だった。君塚は川越の大学時代の後輩だと聞いた。
自分にも優しい君塚が、四年前に突然「梅田組から君だけを引き離す」と言ったのだ。
その頃には既に美樹自身も、組長の梅田と関係を持っていた。口と肛門性交だけではあったが、呼ばれた場合には組長に性的な奉仕するのがいつの間にか当たり前のことになってしまっていたのだ。父は違うと後で知ったものの、姉の葵依や兄のそらも組長や組長夫人の意のままだったし、母の瑠美子にいたっては、不特定多数の若い組員の精液便所という日常になっていた。
三人ともマゾで、そして自分にもマゾの血が流れていることは、二十代前半には既に認識もしていた美樹だった。
一方で美樹が梅田組に呼び出されるのはいつもというわけではなかったし、君塚を介して仲良くなった六つ年上の美女沙織さんや、その娘の乃里子と一緒に過ごす時間も徐々に多くなってはいた。沙織もまたマゾヒストであり、それを仕事にもしている。それもどうやら君塚の下でであり、ヤクザか弁護士かの違いはあったが似たようなことをしているのもわかった。
でもその頃、沙織が仕事をしている時に君塚と乃里子と食事をするのは何よりの楽しみだった。
沙織が帰って来るまで君塚の部屋や沙織たち母娘の部屋で乃里子と遊んでやり、時にはそのまま泊まることもあった。母親の瑠美子は滅多に家に戻されないし、その母自身が行き先が君塚の元ということを知っていたから、何より安心していたようだ。
君塚が自分の父親なのではないかと思いもしたが、何故かそれを問うことは出来ていない。
そしてそれを証明するかのように、「一芝居打って」まで、梅田組との関係を美樹は切ってもらい、それ以来この高級ホテルで何不自由なく暮らしている。
その「一芝居」に絡んだのがふたりの男性だった。
ひとりは「逃亡」するという芸能プロダクション社長。
その社長の中澤とは腕を組んで成田空港の出国ゲートを潜り、ビジネスクラスでは隣の席で本当の恋人同士のように談笑しながら食事を取り、マニラの入国審査にも仲良く並んだ。
芸能界などというところに身をおいている以上、実際中身にどんな狼が入っているかはわかりはしないとは思ったが、空港のタクシー乗り場で別れるまで、中澤はとても穏やかに紳士的にそう羊のように美樹に接してくれたと、その時の印象を思い出す。
空港から、中澤に替わって初めての国でのエスコートをしてくれたのが、その数日前に紹介されたばかりの米倉隼人という二十六歳の男だった。
「裏の組織、倶楽部のことなどは全く知らない、普通にうちのグループのオモテの会社の経理を見てくれている男だから。なので美樹ちゃんも決してその手のことを喋っちゃいけないよ。もちろん梅田組関連のことや、美樹ちゃんが組長としてたこととかもね」
父親かもしれぬと疑っている君塚にそんな直截なことを言われて、シテたって言ってもお尻だけね、私まだ処女だし。頭ではつい思ったが、その言葉を口にすることはなかった。
マニラで一泊し、シンガポール、香港、そして台湾は空港で乗り換えをしただけだが、その四つの国を一緒に回って日本に帰って来た。
現地に行ってみるとホテルはそれぞれとても広い部屋ではあったし、ちゃんとツインルームだったのだが、五泊全てをその男と同じ部屋に寝泊りをするように、予め指示を受けていた。
誘惑しろとかそういう業務命令ではない。ただ誘惑してはいけない、とも言われなかった。
「まあ、向こうから手出しをしてくることは、まずないんじゃないかと思う。別に減るもんじゃないんだから、構わんといえば構わんが、一応周りの評判を聞く限り、仕事となればかなり真面目君のようだから」
その男に会ったことがないと言及しておきながら君塚が言ったためさすがに今度は美樹も少しムキになった。
「減りますよ。一応、処女なんだから。もし倶楽部で一名限定、北条美樹の処女を奪える権利、とかオークションしたらきっと高いですよぉ」
それでも冗談交じりに言うと、「そうだな、確かに高く売れる。だが一時の金なんかよりも欲しいものだってあるってことだよ」
笑いもせずに、君塚が答えた。
逆に美樹はこの時、でもお尻さんざんやられちゃってる女なんて…と自虐的な気持になったのをよく覚えている。
米倉隼人は君塚弁護士の予想通り、一切手出しをしてくる気配がなかった。
「健康的な男子が、このピチピチの十九のカワイイ女の子を前になんとも思わないの。同じ部屋に寝てるのに」
夕食を差し向かいで食べながら、わざわざ両方の乳房を下から持ち上げる仕草をして見せ、一度だけ挑発してみたのだが、「あはは、同じベッドじゃないからなあ。それに残念ながら俺は不健康男子だし、しかも今回は仕事だ。その上、この仕事の内容、君が別の男と国外逃亡したように見せかけておいて、途中からエスコートしろだなんて、それもその理由も事態もまったく教えられずにだ。普通に考えたら、やばい事情があってもおかしくないだろう。なにしろ一緒に逃げてきたのは、潰れかけた芸能事務所の社長と来てる。いくらうちのクライアントだったとは言え、うちは探偵事務所じゃないわけだからな。裏にどんな事情があるかわからんお姫様を、はい御馳走様でしたと、いただいてしまうわけにはいかんよ」
本音を言われて、事情を全て話すわけにはいかない美樹は、話題を変えるしか術がなかった。
それは二十六歳と二十一歳の男女の旅としては奇妙な関係の旅だったが、米倉は話せば面白いし、美樹の知らない話題の引き出しをたくさん持っていた。
マニラ、シンガポール、香港と三つの国でそれぞれ仕事をする彼に付き合って、三田村のグループの子会社を回ったが、仕事の時の彼はリラックスしている時とはまるで違う顔を見せ、そのギャップも何故か美樹をときめかせた。
ランチはそれぞれ現地の社長や担当の社員たちと美樹も一緒に取ったが、その際の彼の洒脱さは、どちらかというと世の男達の性的な欲望の側面ばかり見ながら二十代前半を過ごした美樹には、とてつもなく新鮮で素敵なものに思えてしまったのだ。
逆に夜は、香港の二泊のうちの一回だけ、現地の担当者が美味しい北京ダックの店というのに案内をしてくれて一緒に食事を取ったが、後はルームサービスを取って米倉とふたりっきりで食事をしている。彼は若い美樹にワインを勧めてはくれなかったが、彼のグラスに注ぎながら自分のグラスにも注ぐことを咎め立てることもなかった。
少し酔いが回ると、美樹にも性的な欲求が首をもたげたが、結局は我慢をした。そして彼は食事が終わると、ベッドに横になり読書を始める。
無類の本好きだと言っていたし、実際バッグには何冊も文庫本を詰め込んできていた。
そして、美樹のことを放おって、いつの間にか寝息をたててしまうのだった。
そーっと外出したりしたらどうするつもりだろうと思うが、もちろん知らない国の知らない夜の街でそんなことを出来る筈もなく、美樹のそんなちょっと臆病なところを見破ってるから平然と寝てしまうに違いなくて、それを悔しいとは思ったがどうすることも出来なかった。
仕方なく彼が読み終えた文庫本を借りて読んでいるうちに、美樹も眠くなって寝てしまい、翌朝目覚めるともう米倉は起きだしてデスクに座って仕事をしているのだった。
「何か相談したいことが出来たら電話してもいいですか」


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