乱舞 第1部 (1/5)
次の話
本作品はすべてフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。また、特定の個人、団体、宗教、人種、性別などを誹謗中傷する意図はありません。
あんぷらぐど SM雑誌に「仲ゆうじ」名でSM小説を執筆して作家活動をスタート。その後、作家活動は休止し、編集の仕事に携わる。ネットでは「ふにゃふにゃ」「あんぷらぐど」名でSM小説を執筆。独自の自虐的SM、一人称による告白形式の作品、伝奇SM小説などを発表し続けている。東京在住。
初心
その娘を最初に目撃したのはエレベーターの中だった。同じビルにいるOLだということはわかったが、それだけのことだった。自分の会社の人間ではない。接点はない。
十二月のはじめ、軽い自損事故を起こし、フェンダー周りを修理することになったことから、十年ぶりぐらいに電車での通勤をはじめた。代車を運転するのがどうしても気に入らなかったので、へそ曲がりな性格もあってラッシュに飛び込むことにしたのだ。
JRならグリーン車がある。だが、この路線にはそんな車両はない。レディースカーはあるが、ラッシュ時はどの車両もレディースカーのようなものである。
そこに彼女がいた。私の目の前で、吊革につかまり、耳にイヤホンを入れていた。白いコードが胸元に下がっている。小柄。華奢。それでいてスーツとコートに包まれた乳房はしっかり膨らんでいる。
小さな顎。小さな耳。ピアスはしていない。髪は背中に少し落ちるぐらいの長さで、前髪のカールと、耳にかかる部分のカーブ、そして襟足のカーブがそれぞれ違う。クセなのか、毎朝、そうなるようにセットしているのかわからない。
染めていない黒い髪は、そのままでは重くなってしまうところを、微妙なクルンとした毛先によって救われている。
もっとも気になる理由は化粧の薄さ。肌が白いことはのど元や手を見ればわかる。生まれてから一度も太陽の下に置かれたことがないかのようだ。
口元をきゅっと結ぶ。目を閉じて音楽を聴く。その姿に珍しく鼓動が激しくなる。ふっくらとした唇には薄いルージュが似合う。
以前に見かけた娘だと思うのだが、確信は持てず、多くの人と一緒にホームに吐き出され、エスカレーターの列に並んでいると、彼女も降りて階段を軽快に上がって行くのが見えた。
好奇心に負けて、歩く人の側へ割り込み、エスカレーターを上がると改札で追いついた。尾行ではない。同じ方向に歩いている。
ブーツだ。しっかりと大股で歩く。健康そのものだ。改札を抜けるとバッグからストールを取り出して肩から掛け、寒風に小さな鼻をツンと向けて、勢いよく歩いている。こちらは少し息が切れている。
間違いない。同じビルのロビーに入っていく。セキュリティーカードをかざして警備員のいるゲートを通った。
彼女は低層階用エレベーター。私は高層階用エレベーター。列が違う。そこで役員たちに出くわし「遅いな」と言われた。クルマで通っているときは朝一番で来ていたからだ。
小顔。その上、つるんとした子どものような顔立ちで、真っ白だから、エレベーターで乗り合わせただけなのに記憶してしまったのだ。誰かに似ている。私の好きな誰かに。
ここまでなら、通勤時のちょっとした楽しみで終わっただろう。
偶然はさらに続いた。彼女がうちの会社にやってきたのである。派遣社員だった。総務部に入ってきたのである。
名前は
珠
々
華
だとわかった。華やかな名前だ。当人のイメージはおとなしく陰がある。しかし、悪くはない。その名を知って、ますます興味がわいた。通勤時とは違い、笑顔の彼女を社内で見かけることが増えて、とても得をしたような気になっていた。
ここまできたら、偶然を必然にしなければ。
私ははっきりと彼女のことを意識した。三か月単位の契約で職場を移ってしまうかもしれない彼女。たまたま同じビル内で派遣先が変わったわけだが、次はまったく違う会社へ行ってしまうかもしれない。あの電車にも乗らず、二度と会うこともないかもしれない。
その前に、なにかしら結論を出したい。ただし社内にいる以上、部署は違っていてもマズイ事態にはなりたくない。セクハラ、パワハラは汚点でしかない。
「君とあろうものが」と役員たちに笑われるだろう。「片道キップで外に出てもらう」と。
とはいえ、それ以上に関係を深める手掛かりはなく、そんな状態がしばらく続いた。
十二月十三日。部署ごとに忘年会があり、私は三つの部署を掛け持ちした。役員から声がかかれば断れない。総務部にも顔を出したが、そこに彼女はいなかった。派遣社員も招待しているはずだが、正直、がっかりした。
ひと通り顔を出したあと役員たちと新橋にあるバーに行った。古い雑居ビルの二階にある、名も思い出せないような小さな店だ。
彼女はそこにいた。カウンターの向こうで氷を用意したり、グラスを洗ったりしていた。地味な服装だ。ホステスのようなことをするのではない。それとなくママに聞くと、手伝いで頼んでいるという。
「学生時代にもここでアルバイトをしていたから」と初老のママが言う。「キレイなんだから接客をやれば何倍も稼げるのにね。嫌なんだって。人と話すのが苦手らしいの」
うぶな女だと見えたが、なにかしらおもしろい過去がありそうな気がした。ますます興味がわいてくる。
考えてみれば、通勤電車で一緒になるのだから、家の方向は同じだ。帰りに尾行するほど暇ではないが、今夜はチャンスかもしれなかった。
役員たちは明日ゴルフで早いからと、次々にタクシーで帰っていった。私は見送り役だ。終電まで一時間以上ある。
「ラストオーダーだけど、もう一杯、飲む?」
金曜の夜なのに、周囲で大混雑している店も多い中、そのバーは客がいなくなった。看板の火を早々に落としているからだ。
「珠々華ちゃん、もういいわよ。遅いから。助かったわ」
ママが茶封筒でバイト代を直接渡した。
「すみません」と彼女が言う。
「来週もこれる?」
「はい」
帰り支度をはじめる珠々華。いましかない。私は勇気を出す。
「珠々華さん。うちの総務にいるよね?」
「え?」
視力の弱い女性特有の焦点の定まらない目。だが、瞬時に彼女は私を認識した。頬がピンク色になった。
「すみません」
「謝ることはないよ。忘年会をすっぽかして、ここに来ていたんだね」
困ったような表情。それがまた私の中枢神経に突き刺さる。
「いいんだ、そんなことは。それより帰るなら送っていくよ」
彼女の頬がピンクからバラ色になっていく。
「知ってる? 同じ電車でさ。朝」
「はい」
ドキっとした。多少酔った勢いでバカなことを言ったと思っていたのに、彼女はストレートに返してきたのだ。
「まあ、そうなの? じゃ、送ってあげてちょうだいよ。そのほうが安心だわ。最近はストーカーとか物騒だから……」
自嘲的に笑う。実は私もある意味、ストーカー的に彼女をマークしていたのだから。
私はママに信用されている。役員にも信用されている。多くの社員からも信用されている。そういう仕事をしているから。
「じゃ、途中まで一緒に帰ろう。ママ、タクシー呼んでくれる?」
これがきっかけだった。彼女は私の住む街の隣駅のアパートに住んでいる。一人暮らしのようだが、立ち入ることはしない。
かなりのことがわかったので、私はうれしかった。
それだけではない。タクシーの後部座席では端と端に離れ、ドアに肩をつけ、距離を保っていたのだが、彼女が私に好意を持っていることだけはわかった。
それは彼女のテクニックなのだろうか。それとも本当に初心なのか。学生時代から新橋のバーでアルバイトをしていて初心なはずがない。それでも、そう見えてしまう。魔性とでも言うべきだろうか。
彼女とはタクシーの中で音楽の話をした。彼女がいつもイヤホンで聞いている音楽である。そのコンサートが明日、あるという。
「チケットが取れなかったんです」
酔っていた私は「コネで用意できるかもしれない」と安請け合いをし、彼女は自然に電話を教えてくれた。
コネは高いものについたが、アリーナ席を二つ用意できた。翌日、彼女とデートした。私は独身だし、彼女も独身。年齢は離れているもののデートをしても悪いことはなにもない。
アンコールを含めて十時近くまでコンサートが盛り上がり、その勢いで私の知っている店でワインを飲んだ。彼女は音楽の話をした。
記憶にあるどの女性にも似ていないのに、どこか遠くの記憶に触れる。そのせいで彼女が欲しくてしょうがなかった。
最初のデートだというのに、帰りたがらない。まるで人懐っこい猫のようだ。
さりげなく甘えてくる彼女の態度から、すべての信号が青に違いないと私は解釈した。トイレに行きがてら、会社でいつも利用しているホテルに連絡すると当然、部屋は用意されていた。
彼女と歩いてホテルに入った。駅から少し離れた一流ホテルで、クリスマスのイルミネーションに飾られていた。
「酔った?」
「そうでもないです」
「強いんだね」
彼女のコートを脱がせると、いつもの通勤時と違い、明るい色のセーターを着ていた。学生のように若い。二十一歳の差がある。短大を出て半年ほど証券会社で働いたあと、派遣の仕事に移ったという。
「忙しすぎてついていけなかったから」
言葉の少ない娘。それでいて意思は明瞭だ。全身から熱くなっているのがわかる。
こっちは社会人二十年生。父親と言ってもいい。彼女に抵抗はないのだろうか。そんなことを話すほどヤボではないが。
立ったまま、口づけをした。いましなければ永遠に手に入らないような気がした。
彼女は積極的だった。ベッドに横たえた。セーターの上から体をさぐった。彼女はなにもしない。できない。それでいいと思う。
スカートを脱がせていく。ブーツは彼女が自分で脱いだ。明かりを消せ、などとは言わないのも好ましかった。笑いながらキスをし、セーターを脱がせた。思ったとおり張りのある若い乳房がもりあがっている。ブラを彼女が外した。
「おや」
右の乳房の横に小さな痣があった。
「恥ずかしい」と彼女が身をすくめる。
その乳首を吸った。
「あっ」
彼女はすぐにのけぞった。まだなにもしていないのに。股間に指をはわせると、茂みの中は湿っていた。泉の中に指を入れていく。
「ふうううん」と彼女はもだえた。両手を上にあげ、完全に体をこちらに預けている。
しばらくそうしていたが、私も服を脱ぎ、彼女も残りの下着をすべてとりはらった。
「きれいだ」
彼女にかぶさっていった。ごくごく自然なセックス。時間を忘れる楽しみ。彼女を手に入れる手段……。
大きく足を逆八の字にして、明るい部屋の中で、彼女のさやかな翳りをさりげなくまさぐり、彼女がこれ以上、恥ずかしがらないうちにと、固くなったものをあてていった。
しばらくそこで感触を味わった。しっかりと締め付ける粘膜に酔った。潤いも多く、彼女を動かして後背位にするときも、入れたままですんなり向きを変えることができた。とてもキツイ角度になった。まるで彼女が意識して締めてくるような感触。
そこから背中に体を合わせていくと、彼女はそのままベッドに崩れていった。いったん外れたものの、彼女は自分から片足を高く上げて仰向けになった。そして彼女の手が、べとべとになっている肉棒を誘っていった。
無口でも、ただ初心な女ではなかった。しっかり燃えて、楽しんでいた。それも私にはむしろ好ましく思えた。
はじめて過ごした夜なのに、体の相性はあまりにもピッタリだった。
「どうして連絡してくれないんですか?」
クリスマスイブの前日。彼女から悲痛な電話がかかってきた。私はあれから彼女に連絡をせず、社内でも顔を合わせないようにし、通勤は修理の終わった自分のクルマを使った。クルマのときは誰よりも早く出勤し、退社も早い。早朝の能率のいい時間体をめいっぱい使うし、酒宴は断るからだ。
「一度きりってことですか?」
返事はしなかった。
「もう会えないってことですか?」
話の苦手な娘。珠々華は一生懸命、言葉を発している。
「明日はクリスマスイブだ。どこかで会おうか?」
「はい。お願いします」
その返事で私の心は決まった。
自分の理想を追うために妥協をしない人間。つまらないことかもしれないが、そのスタイルは頑なに守りたい。彼女の期待したような男ではないことを、知ってもらわなければならない。
彼女は待ったのだろう。一週間。そして連休前にもなにもなく、しびれを切らして連絡をしてきたのだ。
クリスマスイブ。街はきらびやかに飾られ、行き交う人のテンションはいつもより高い。寒風さえも、ムードを盛り上げているかのようだ。
指定したのは彼女とはじめて肌を合わせたホテルのロビー。彼女は会社が終わってからやってきた。
私はロビーにあるカフェで彼女と向かいあった。
「珠々華。君はすてきな女性だと思う。だから確認したいことがある。そうしなければ、これ以上、一歩も前には踏み出せない」
「どうしてですか?」
「君は私を受け入れなければならない。私のことを理解しなければならない」
「はい」
「答えは常に、イエスかノーの二つしかない。イエスと珠々華が答える間は付き合いは続く。ノーと言ったらそこで終わる」
必死に言葉を理解しようとしている。真剣な眼差し。
「簡単なルールだよね?」
「はい。それは、つまり……」と珠々華は考える。「なんでも、言うことをきく、ということでしょうか?」
「そうだ」
唇をキュッと引き締めた。愛らしい。愛おしい。このまま彼女と恋をすれば、私はすべてを投げ打つことになる。そんな自分を許せないのだから、しょうがない。私に合わせてもらうしかない。
「そのかわり、私は君を口説いたりしない。私を愛してくれとは言わない。珠々華が私の言うことをきいてくれるだけで十分だ。それ以上のことは求めない。憎んでくれてもいいし、嫌ってくれてもいい。おそらく私を恨み、嫌うようになる」
首を横にふる。クルンとした耳の横の毛が揺れる。さっそく、これ以外のヘアスタイルに慣れてもらわなければならない。彼女が結婚相手を求めて自分をアピールし続けるのなら、有効かもしれない。だが、私にはムダなことに思える。少なくとも毎日、そこまでの髪の手入れをしなければならないとは思えない。
「君は、ノーと言うだけで私との関係を断つことができる。知ってるように、私には家族はいない。会社でもそこそこのポジションにいて、仕事も忙しい。この仕事は気に入っている。ほかの仕事をしたいとも思わない。だから、珠々華につきまとったり、君にすがるようなことはしない。そんな暇はないから安心してほしい」
出会って、気持ちをお互いに確認し合うときに、別れの話をするとは我ながらヤボな男だと思う。ただ、大事なことだから。不動産を売るときに、重要事項を説明するのと同じようなものだ。
「もう、はじまっているんですか?」
「うん?」
「ノーと言ったら終わる……」
目を伏せる。長い睫毛が震えている。ベッドの中の彼女を思い出す。明かりを消すことなくすべてを見せてくれた珠々華。その反応も、恥じらいも、ためらいも、一夜で多くの彼女を見せてもらった。震える睫毛の美しさもその一つだ。
「そうだ」
「では、イエスです」
そう言うと、テーブルの上の水のグラスを両手で持ち、ゴクリと飲んだ。白い喉が動く。
思ったよりも彼女の手は小さく、指は細い。
「わかった。では、いまから私は珠々華を支配させてもらう」
「しはい……」
目が大きく開く。濡れた唇が光る。体が前に傾く。
「珠々華は話をするのが苦手だと聞いた。私も言葉は少ない方だ。誤解のないようには告げるつもりだが、命じたことには素直に従ってほしい」
「はい」
瞳までも濡れている。なんだろう。不思議な力を感じる。見つめていたら、ぽろりと涙となって頬を伝った。膝の上に置いた小さな手が震えている。
珠々華は私とこうなることを望んでいたのだろうか。そんなはずはない。彼女が電話をしてきたときに夢見ていた会話とは違うだろう。クリスマスツリーが飾られているとはいえ、このホテルは家族連れや若者が騒ぐ場所ではない。そのせいか、むしろいつもより寂しいロビー。その横のカフェでこんな話を聞かされるとは想像もしなかっただろう。
「では、行こう」
「はい」
立ち上がる。そして私は先に立ってカードで支払い、ホテルの玄関に向かった。慌てている彼女の足音が背後にある。前と同じことが起こると期待していたのだろう。しかし、そんなことはしない。
このホテルは会社で使っている。とてつもなく記憶のいいホテルマンに、同じ女と何度も泊まっているところを見られたくはないのだ。
あえてタクシーを使い、都会の間隙ともいうべき、うらぶれた街に向かう。とはいえ再開発によってすぐ近くまでショッピングモールを中心としたきらびやかな世界が押し寄せている。近未来的な建物が増えれば増えるほど、その一角は一層、うらぶれて見える。
呼び込みの男たちが数人、寒風を避けるようにビルの影に立っている。真冬になると彼らは平気で一斗缶で薪を燃やして暖を取る。客引きは禁止されて久しいのに、そうした行為はめったに咎められない。
もっとも街が変わっていく中では、すでに絶滅危惧種だ。いやもう絶滅していて、私たちは亡霊を見ているのかもしれない。
古ぼけたビルの中に入ると、地下への階段があった。珠々華の顔を見ると、とまどいを隠せないようだ。これまでになく緊張し、白い肌がさらに白くなっていた。
使い込まれた黒く塗られた鉄の扉。インターホンを押すと相手は私の顔を確認する。会員番号を告げるだけでいい。いくつもの錠が外されていく音。そしてドアが開く。薄暗い店内に、クリスマスソングが明るく流れている。
「来なさい」
彼女の腕を取り、先に店に入れた。その背後でドアが閉じた。
珠々華の人生はいま、私の支配に入った。それがいつまで続くのかは、誰にもわからない。
会員制のクラブ。中央には腰ぐらいまでのクリスマスツリーが飾られ、ソファが半円形に並ぶ。ソファではここでお互いを見せびらかせたい男女が、淫らな行為をはじめている。ただこのクラブの楽しみは別にあった。
「お久しぶりです」
席に案内するのは、傷のように頬がえぐれている男。
「松岡さん。この店の支配人だ」
珠々華は怪訝な表情で頭を下げた。
松岡が笑った。悪魔のように見える。大きく口が裂けるからだ。
「すみにおけませんね」
私をからかう。珠々華の反応とそれを許している私の態度から、彼女がまったく手つかずの状態だとわかったのだろう。
「申し訳ない。はじめてなんだよ、こういうところが」
「そうですか。ゆっくりお楽しみください」
ソファに案内された。
「どういたしましょう。お飲み物ですが」
「いいよ。持ってきてくれ。いつものを」
松岡がニヤリとして下がっていく。
どのソファからも他のソファが見える。若い女性、中年の女性、痩せた女性、太った女性……。さまざまな女を会員が連れて来ていた。いまのところ、全員が服を着ている。水商売風の女はいない。伝統的に会員はごくありふれた普通の女性をここに連れてくる。水商売系の女とは別の店で遊ぶことができる。ここは特別なのだ。なんとなく会員たちは地味目な女を連れてくるようになっていた。
その中では珠々華は目立つ方だろう。好奇心剥き出しにこちらを見ている人たちが何人もいる。ここは見せたり、見られたりを含めて愉しむ社交場だ。非常識なほど他人のパートナーを見つめても許される。非礼ととられかねないほど接近してもいい。
珠々華が私の腕をつかみ、ぎゅっと力を入れてきた。どうしたのかと彼女の表情をうかがうと、松岡が消えた深紅のカーテンを見ていたのだ。そのカーテンの下に、人の手が見えたからだ。細い、女の手。
カーテンがさっと開くと、全裸の女が膝をついていた。髪は短くまとめられ、顔がはっきり見える。鼻に大きなピアス。家畜のような鼻輪といっていい。垂れ下がった乳房。乳首にもリングが輝いている。
その女がこちらを見た。
「はっ」
珠々華は思わず声をあげた。
額に「五九」と番号が記されていたからだ。薄暗い店内でもはっきり読み取れるほど黒々と。
五九番が動き出した。ハイハイをしてこちらに向かってくる。松岡が短い乗馬鞭で追う。
バシッと肉が弾ける音がする。打ち込まれた
双
臀
が震える。それでも五九番は表情を変えず、悲鳴も上げない。
彼女の背中には透明なトレイが置かれ、ウイスキーのボトルと炭酸、氷、グラスがのっている。
そのうしろから、三二番、四八番が続く。それぞれオーダーのあった席へ酒を運ぶ。
松岡は乗馬鞭で五九番の尻をバシバシと叩き続けた。
歯をくいしばり声を出さず痛みに耐えながら、ボトルを倒したりせずにこちらに向かってくる。その目がじっと私を見ている。
意地悪にも、なんの落ち度もないのに、さらに鞭を尻に浴びせる。
悲しげな目。少しやつれたように見えるが、肩の筋肉は以前より発達している。ウエストを絞っているせいで、お尻が大きくなっているように見える。
肌はラメでキラキラと輝いている。しだいに近くなってくると、ソファの上の明かりに白っぽく照らされる。長期間、太陽は見ていないのだろう。以前よりも肌は白く透き通っている。
乳房の青い血管が見える。
「ふんんん」
珠々華がうなった。私の腕にしがみつく力がさらに強くなった。彼女にも見えたのだ。遠くならモデルのように美しい五九番だが、間近で見れば生傷と痣だらけであることを。
肩から二の腕にかけてつやつやの美しい肌なのに、その横に垂れ下がる大きめの乳房には、ぶつぶつと不規則な肌の乱れが見え、リングの入った乳首も、醜く変形していた。
「薄目につくってくれないか」
珠々華はやっと私から離れ、五九番の背中に向き合った。五九番は横向きに私たちの前でテーブルとなっている。尻にくっきりと新しい鞭痕が赤くついていた。今夜ははじめての仕事だとわかる。
「なかなか、忘れられないんじゃないですか」
松岡が言う。
「こっちは忘れたよ」
「厳しいですね」
カランとグラスに氷を入れる珠々華。アルバイトをしているのだからハイボールぐらい簡単に作れるはずなのに、指先が震えていた。聞こえないふりをしながら、私と松岡の会話を聞いている。
「だいぶ慣れたんじゃないか?」
「ええ。おかげさまで、かなりお客さんがついていますよ」
松岡はしゃがみこみ、乳首のリングに指をひっかけると、持ち上げてみせた。
「この間はけっこう楽しいことをしていただいたらしくて、一晩中、すごく喜んでいましたね」
乳房の肌がポツポツと小さな傷で汚れている。
「よかったじゃないか。望んだとおりになったのだから」
珠々華がそっとグラスを差し出した。
受け取りながらその瞳を覗き見ようとするが、伏せている。
一口飲むと、「珠々華も飲みなさい」と言ってやる。名前を耳にして五九番がビクッとした。もうこの女は番号でしか呼ばれない。だれも名前を覚えていない。私もだ。
「どういうことですか?」と珠々華。
「どう、とは?」
「この人……」
「五九番のことか? 珠々華が気にすることはないんだ。私は手に入れたものを簡単に他人に渡すようなことはしない。しかし、かなり長期にわたって関係を深めていったのに、裏切るようにノーと言った場合、できるだけ望みに沿うようにしてあげることにしている」
「望み……」
珠々華は頭がいい。そうでなければ困る。理解してくれているかどうかはともかく、彼女が想像したであろうことを否定するつもりはない。
「私の愛し方は、深めていくほど相手を粉々にすり潰す愛なのだ」
瞳。大きく開いていく。それが見たかった。澄み切った眸子は輝いていた。
「もちろん、私の愛で潰れるのは嫌だといえば、つまりノーといえばそこで終わる。そしてできるだけ望みをかなえてあげる。潰れるのはいやだ、私と関係のない世界で長生きしたい、祝福された結婚をしたい、子どもが欲しい、ほかの男が欲しい、もっとたくさんの恋愛をしたい……。いろいろあると思う。別れるときには、手を尽くしてその人のためになるようにしてあげている」
珠々華は黙って自分用にほとんどウィスキーを入れない炭酸水をつくっていた。
無表情なのに、胸が大きく波打っている。
「難しいことはわかりませんが……」とこちらを下から見上げるようにした。
「イエスと言い続けさえすれば、ずっと一緒にいてくれますか?」
「片時も離れない」
私の気持ちにウソはない。これまでに付き合ったすべての女性に、いまと同じ期待をこめていた。
珠々華が体をしっかりと押しつけてきた。肩を抱いてあげると、吐息が耳にかかったので、そちらを見ると唇があった。濡れて、輝く歯が少し見えている。そこに唇を重ねた。
その歯を舌で舐めた。すぐに彼女の舌が絡んできた。
長い接吻だ。その間、珠々華に必要以上の手を出さなかった。
ガタッと音がした。
五九番が向きを少し変えて、私を睨んでいた。口が開いている。
氷だけになったグラスをソファに置き、あいた手でその頬を鋭くはたいた。唇が少し切れたようだ。虚ろな目を床に向けている。
「なに?」
とろんとした珠々華。
「なんでもない」
五九番の鼻輪を指でひっかけると、床に押しつけた。頭が下がり床を舐めるようになる。背中のボトルなどがひっくり返らないように慌てて体全体を低くしている。厳しい訓練の結果、気持ちとは関係なく体がそう動いてしまうのだろう。ボトルを落とすようなことがあれば、どんな目に遭うか……。
「なにをしたの?」
「この店で、番号で呼ばれている奴隷たちは、一言もしゃべってはいけないんだよ。猿ぐつわをしていないのは、躾けが行き届いている証しだ。なにか言おうとしたので注意しただけだ。もっとも、返事をしないと怒ってひっぱたく客もいるけどね」
「どうして声を出してはいけないんですか?」
「私たちが不快になるからだ。テーブルやソファはしゃべらない。ここでの奴隷は物と同じ扱いだ。少しでも人間並みのことをすれば罰を受けることになる」
「罰……。どんな?」
「簡単にいえば、より物になるための躾けだよ」
「私は……」
「珠々華は私にとっては女性であってほしい。いつまでもね」
「はい」
「しかし、こういう世界もあることを知っておくのも悪くないだろう。興味があるんじゃないかと思ったんだ」
いいえ、とは言えない。珠々華はどうするだろう。
「どのようにでも、してください」
濡れた瞳でじっと見つめられると、愛しさが少し増していくのがわかる。
「この店で物がどう扱われるか、見せてあげよう」
立ち上がると、ほとんどカーペットの上に腹ばいになっている五九番の足元へいく。すらりと伸びた足にも傷がいくつもついている。その内腿にも「五九」の数字がある。柔らかな皮膚が醜く盛り上がっている。
「焼き印だ」
珠々華はぼんやりと見ている。自分の行く末と重ねているのだろうか。それとも、こうはならないと決意しているのだろうか。
私が席を立ったのをめざとく見つけた松岡がすばやくやってきた。
「粗相でも?」
「いや。よく躾けられているところを、見たいと思っただけだ」
松岡の口が耳まで裂ける。
「ありがたいお言葉です。私どもの奴隷たちは優秀ですから。厳しいお客様に日々、躾けていただいておりますのでね。どうぞ心ゆくまでご確認ください」
彼がジャケットのポケットに手を入れて無線のスイッチを押すと、レザーのボンデージスーツを着た額に六一と書かれた奴隷がワゴンを転がしてやってきた。上のトレイ、下の棚に無造作に道具が並べられている。
かなり太いエボナイトの棒を手にした。すかさず六一番がホットドッグにケチャップでもかけるようにローションを棒にふりかけた。
五九番の尻に向き合い、勢いよく肉を左右にわけた。
「はっ」
声をあげたのは珠々華だ。低く流れるジャズピアノの調べ。控え目にクリスマスの曲を奏でる。ナット・キング・コールで知られる「The Christmas Song」。その甘い調べと五九番の状況はあまりにもかけ離れていた。
見られていることを少し意識しながら、黙って倒れている肉体のアヌスを剥き出しにする。今度は声をあげなかったので、思わず珠々華を見てしまった。彼女は真剣に私の手元を見ていた。
珠々華が思っている以上に長い期間、私はこの肉体に関わってきた。しばらく見ないうちに、紫がかった粘膜はだらしなく飛び出し、その奥の赤い粘膜が見えてしまうほど、簡単に口を開くようになっていた。
そこにエボナイトの先端をあてた。ローションの光る先端で、欲しがるようにパクパクする粘膜をゆっくり撫でてから、ぐっと押し込んだ。先端が入ったあとは、珠々華を見ながら入れていった。ビクビクと体を震わせている五九番を感じながら、腸内を突き進む。
二十五センチほどの棒が、ほとんど入ってしまう。
「立て」
棒の底を押すと、肉体はさきほどのテーブルの姿勢に戻った。ボトルは揺らぎもしなかった。
ソファにたたずむ珠々華。私はその窮屈な服に手をかけた。
ハッとする表情。悲しげに目を伏せ、襟にある私の手を握った。言葉はいらない。彼女は自ら上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外していく。思った以上に大胆に。
それは周囲の雰囲気もあるだろうし、五九番の存在にもよるのだろう。
そこには名前はどうであれ、全裸の女がいて、私と過去になにかがあったことは明白なのだ。
珠々華は自分の愛を確かめるためにも、自ら裸になっていった。
ソファに彼女の衣類が山になっていく。
ブラを外し、手で隠そうとするので、私はその手をそっとどけた。珠々華は抵抗せず、二度と隠そうとはしなかった。
ツンと小さな乳首が立っていた。鳥肌も。
彼女は不安と恐怖で混乱しているのだろうか。それでも感じてるに違いなかった。
パンストを丸めるように脱ぐと、白い足が露わになった。
カチカチと微かに歯が鳴った。震えを押し殺そうと努めている。そしてパンティを膝までいっきにおろした。
いまこの店で客の中で全裸になっているのは彼女だけだ。驚きの声が遠くに聞こえてくる。そこまでの覚悟のない女たちも多い。
乱暴に彼女の手をとり、ソファに寝かせた。指で陰部を確かめる。やや下側にある。濡れている。
パンティを足から抜いて、五九番の尻から突き出ている棒に引っ掛けた。
ズボンをおろし、彼女の足を拡げて体を重ねた。
いきなりの挿入に彼女は応えた。パンティがぐっしょりとなっていたので、わかっていたことだ。
ほかの人たちに見せつけるようにセックスをした。乱れる珠々華。
「わたし……」
終わったあとに私の胸に顔をつけて泣いている。
五九番がそれをじっと見つめていた。私はその目に、深くうなずいてみせた。そして手で下がるように合図した。五九番はくるりと尻を向けると、私になぶられて真っ赤に腫れ上がった尻を揺らし、まるで白旗を掲げるように珠々華のパンティを振りながら、カーテンの向こうへ消えた。
珠々華にスカートを渡す。彼女はここがまだ店であること、周囲に客がいることを思い出したらしく、頬を赤らめながら、下着なしで身につけた。
「明日から社員にするからそのつもりで」
「え?」
「私の秘書をしてもらう」
ノーはないはずだ。
「わかりました」
ブラウスのボタンを留めていく彼女を見ていながら、うちに秘めた炎が見えたような気がした。もし見えたとすれば、それは白い炎だろう。陽炎のように空間が歪んではじめてわかる。それでいて赤い炎よりも高温なのだ。
「おまえをその淫らな体という牢獄から解放してあげたいんだ」
すっかり身支度をした彼女は、女性にありがちなトイレに行くことさえも私の許可がいると思っているらしく、じっと見つめてくる。
「欲望と魔性が詰まった汚れた肉体を罰してあげよう。おまえもその方がうれしいだろう? おまえの精神はそれだけ肉体から自由になっていくのだから」
「はい」
「よし。行っていいぞ」
「ありがとうござます」
なにも教えていないのに、珠々華は床に膝をつき、私の足元にひれ伏した。そうしたければ、もちろん、してもいいのだ。ただし彼女は五九番のような裏切り者ではない。その手を取ってあげ、一緒に立ち上がった。
「トイレはこっちだよ」
連れていく。この店のトイレは特殊だ。男女の別はない。三つの便器が並ぶ。個室がないのだ。向かい側は鏡と洗面台。男性用の小便器もない。
「してごらん」
珠々華は、身をくねらせるようにスカートをまくり便器に座った。
どれぐらいかかるか。彼女が心の整理をつけて、人前で小便をするまで待つ。思ったよりも長くかかり、音がしたのは三十秒ほどあとのことだった。
見られることに慣れてもらわなければならない。いつも私がすぐ横にいるわけではない。
ビデを使い、拭くまでの間、待ってあげた。
そしてその横の便器に私は放尿した。その様子を見せるところから慣れさせる。
正面を見れば鏡の中の光景が見えるはずだ。
別のカップルが入ってきた。優雅な挨拶をし合う。女は下半身を剥き出しにされている。壮年の男は彼女の手をトイレの壁に手錠でとめた。便器に逆向きに座っている女に、尻を上げさせる。
「いや、恥ずかしい」
「うるさい」
男が平手で尻を叩いた。
鏡の前で化粧を直している珠々華が、微笑んだ。私に見られて目を子どものようにくるりと回し、もう一度、意図的に微笑んだ。
「いや、そこは……」
男の指がアヌスに深く突き刺さっている。手にはガラスの浣腸器がある。
私たちは外に出た。
そのまま店を出た。
冷たい風のせいばかりではなく、珠々華は私の腕にしがみついた。
「秘書の仕事はしたことがありません」
「大丈夫だ。ちゃんと教える」
「できるでしょうか」
「できなければ困る」
その夜は彼女をイタリアンに連れていき、私の運転で送ってあげた。彼女の部屋には上がらなかった。六階建ての築年数が古そうなマンションだった。
事業部長に昇進した私は、その事業を独立させることがミッションだった。うまく道筋をつければ私が社長になる。子会社ながらも機動力のある組織づくりを期待されており、本社から連れて行く人間はわずかにする。本業には影響を与えたくないとオーナーは考えていた。
「ただでさえ、おまえがそっちに行ってしまうのが痛手なんだから、それ以上の利益を出してくれないと困る」
人選は一任されていた。本社の一角に部屋を設けた。六人分のデスクと応接セットを入れても、少しだけ余裕があった。
当面、部下は三人しかいない。珠々華、ベテランOLで営業に強い花山敬子、若手で他部署で戦力外されてしまった大木だ。
私がクルマで出勤するので誰よりも早くオフィスにいることを知っている花山は、始業の三十分前にやってきた。
「部長、いよいよですね」
長年、一緒に仕事をしてきたので気心が知れている。大木を推奨したのは彼女だ。「営業で使える」と判断している。年下の男が好き、というのもあるだろう。
「花山さんには別のミッションもお願いしたいんだ」
私は珠々華の教育を彼女に任せた。
ピンときたらしい花山は目を輝かせている。
「初日から遅刻でもしてくれればいいんですけど」
「もう遅刻といっていいよ。秘書なのにボスより遅いんだからね」
「本当だわ」
それでも早く来たつもりなのだろう。珠々華が緊張した表情で現れた。事業部のキックオフは先週の金曜日にやっており、顔合わせもすんでいる。
「遅くなってすみません」
瞬時に理解したらしい。
「珠々華さん。部長の秘書なら部長より早く来ていないとダメなんじゃないの?」
「申し訳ありません」
いきなり花山が平手で珠々華の頬を叩いた。乾いた音が響く。
「はっ」
軽いものだが、珠々華にはショックだったはずだ。
「ここは普通のセクションじゃないの。失敗できない新事業の準備をするのよ。いままでのような気分で仕事をされたら困るわ」
珠々華は私を見た。花山にこんなことをされてもいいのか、という訴えだろうか。
私は厳しい顔を崩さず「花山さん」と声をかけた。「新人の秘書をしっかり躾けてくれ。しばらく君に預けるから」
「わかりました」
「今日は本社で役員会議、その後、コンサルティング会社で打ち合わせ、それからこの部でランチミーティング、午後は全員で大手企業に営業に行く」
きりっとした表情で珠々華はメモをとり、「ランチの手配をいたします」と言った。「どこかご希望はありますか?」
「この部屋で弁当でも、と思っている。打ち合わせが押したら、時間がたぶんほとんどないだろうから」
仕事らしい雰囲気に戻る。花山は定刻ギリギリにやってきた大木とコソコソ打ち合わせをしている。
昼になって会議室から部屋に戻ると、珠々華は白い下着だけで、弁当を並べ、コーヒーを用意していた。
「どうしたんだ」
「すみません。服が汚れてしまって……」
花山がやってきて「部長、珠々華さんが水をかぶってしまって……。乾かしている間、みっともないですけど」と言う。おそらく、花山が水を浴びせたのだろう。
大木は「珠々華さんって、プロポーション、いいですね」とからかう。花山に言い含められているのだろう。
たしかにブラとパンツだけの珠々華は、みごたえがあった。ニッコリと微笑めばグラビアのモデルになってもいいぐらいだ。肌もきめ細かい。ブラから乳房の痣が少し顔を出している。
「これから毎日、それでいいんじゃないか」と私がからかう。だが、珠々華はただの冗談として受け流すわけにはいかない。
「そうですよ、それがいい」と大木が乗る。
「じゃあ、決まりだな。珠々華は毎日、ここでは下着姿でいなさい。外へ行くときは服を着ればいい」
笑いながらそう言うと、拒否のできない珠々華は唇を噛み、小さく「はい」と言った。
すかさず花山が珠々華の尻を平手で叩いた。「声が小さいわよ」
「はい、わかりました」
涙目の珠々華。私とだけの関係を結ぶつもりでいたのだろう。しかしそうではない。説明はしなかったが、する必要はない。珠々華はプライベートを失ったのだ。これから二十四時間、いつでも私の命令に従い続けなければならない。
大手企業へのプレゼンは花山の活躍でいい感触を得て終わった。これから毎日、大口の契約を取り付けるための営業活動がつづく。珠々華には大した仕事はない。秘書とは名ばかりだからだ。すでにそれに気づいているのだろう。
だが、約束どおり、私は彼女といつでも一緒にいることができる。少し離れていても、彼女とは私の意思をこめた命令でつながっている。花山や大木によって確実にその命令が実行されることを確認される。私と直接会えなくても、珠々華のしたことは、すべて私にフィードバックされる。
オフィスに戻ると、さっそく自ら服を脱ぎ、下着姿になった。つらそうな表情を見せている。
机を拭き、みんなにコーヒーを配り、領収書の整理など雑用を引き受ける。
「珠々華さんにも営業をしていただくわけにはいきませんか?」
花山が提案する。
「派遣社員ではなく、うちの社員になったわけですから、仕事内容を厳密に規定する必要はないはずですよね?」
「もちろんだ。珠々華さん、営業をやってみないか?」
断れるわけがない。
「でもまあ、いきなり花山さんのようにはできないだろう。どうだろう。接待のやり方でも教えてあげたら?」
「そうですね。これだけの体、正直、すごくいやらしいし。こういうのがお好きなお客様もいらっしゃるでしょうから」
「明日、夜、あったね?」
珠々華の気持ちは無視され、周囲でどんどん決めていく。こうした状態に耐えられないのなら、明日は会社に来ないだろう。いまはまだそこまで拘束していない。しばらくは逃げ出す余地をあえて与えておくつもりだった。逃げたら逃げたで追い込む方法はいくらでもある。それもまたおもしろい。だが、もし逃げなかったら? それも興味深い。珠々華は逃げないのではないかと期待していた。
「なかなかいい子がいるね」
宴の中程で相手は鼻の下をのばしていた。
花山はニッコリと笑い老いた客に酌をする。その横で珠々華はもじもじとしている。顔面は蒼白だ。
花山が珠々華に大量の水を飲ませ、いちじく浣腸を三本、入れさせたからだ。
「ちょっとおトイレに……」
立ち上がりかけた珠々華の手を客が握った。
「あっ」
バランスを崩し、客の膝に倒れ込む。
「トイレなんて、あとでいいじゃないか」
その瞬間、一度もビジネスの話はしていないのだが、すべてが決まった。
料亭での接待は、根回しのための必須の仕事だ。事業部長では役不足だが、役員を一人口説いて参加させることができ、体裁は整っている。相手は今後のビジネスに不可欠な情報を握っているジジイ、殿山だ。団体の名誉職につき、民間と政府とのパイプ役である。
「でも、もう……」
ゴロゴロとお腹が鳴っている。
花山はもし殿山の手をふりほどこうとしたら加勢するつもりで、徳利を置き、脚つきの膳を横にどけた。
珠々華が絶望的な目で私を見る。
「先生は珠々華がお気に入りですか?」
「珠々華君というのか。若いね」
「新人ですわ」と花山が少し悔しそうに言う。
「ひがむな、花山君。こんないい子がいれば、君らの営業力は万全だな。私も人に紹介しやすいし、つい、口も軽くなって、余計なことをポロッと言ってしまいそうだぞ、ウハハハ」
うつ伏せに倒れた珠々華の尻を彼のシワシワの手が撫でる。
知らない仲ではない。
「お気に召していただけてうれしいですよ」
私は立ち上がって、殿山の前の膳などを横に片付けていった。
上品な料亭の離れ。緊張していた珠々華も場所を見て少しは安心していたはずだ。だが、ここは古くから利用しており口は固い。従業員でSNSをやっている者は一人もいない。
役員が「私はそろそろ」と座が乱れていくことを予見したのだろう。珠々華の尻と脚を撫でている殿山の横に正座し「くれぐれもよろしく」と頭を下げた。
「わかっとるよ。長いつき合いを大事にする方だ。任せておきなさい」
役員は時代劇のように頭を下げながら座敷から出て行った。うまいものだが、彼も長年、殿山の世話になっている。
「どれ」
「あっ!」
殿山の手がスカートの中へ入った。
「おっ? 準備がいいな」
下着は身につけていない。花山が珠々華に命じている。服を着て外へ出るときは下着は着ない。オフィスにいるときは下着だけを身につける。
珠々華はこんな理不尽なことに、我慢して付き合っている。その我慢が快楽になると信じているかのように。
殿山の指が珠々華の、あの柔らかな尻を揉んでいる。
「はううぅう、つらいんです。お願いです、おトイレに……」
「ダメだ」
「ひいいっ」
指が深い部分に入っていったのだろう。こういうことをされてきた花山によると、いきなり指を穴に入れてきたこともあるという。「殿山さんはあっちはお薬がないと立ちませんが、スケベ心だけはあきれるほど」と聞いている。
「なんだか、湿っておるぞ」
「漏れそう……」
珠々華がうめく。
「漏らすのか? じゃあ、ここでやってもらおうか」
「えっ」
「花ちゃん、用意して」
殿山に言われて、すぐさま庭側の障子をあけると、廊下にアクリルのパンチボウルが用意されていた。台のついた直径三十センチ以上ある透明な鉢は、殿山のお気に入りなのだ。
「どうだ、これにしてみるか?」
「そんな……」
彼女は混乱しているだろう。私に口説かれて一対一の主従関係を結ぶのではないかと思っていたはずだ。だが職場を含め、彼女には完全な服従を目指してもらいたい。私と会うときだけの関係ではない。二十四時間。服従し続ける女でいてほしい。
しかも番号で呼ばれるような奴隷には堕ちないでほしい。
これは私の願望にすぎない。他人に貸し出したり、売り渡したとしてもなお、私と彼女は特別な関係でありたいのだ。相手が私以外の誰とでもよくなってしまったら、私も彼女を名前で呼ぶ気はしなくなる。番号で十分だろう。
番号で呼ばれる奴隷を責めるのもおもしろいが、名前のある女を責めるのはもっとおもしろい。珠々華は女であり続けることができるだろうか。
快楽だけに逃げ込めばまっすぐ奴隷の道に入ってしまうほうが楽だろう。踏みとどまろうとする彼女の強い気持ちがどこまで持つか。興味深い。
「先生、スカートを外してあげてくださいな」
花山に言われて、殿山は笑いながら珠々華のスカートを脱がす。手慣れている。そして大好きなことなのだ。プレゼントの包装を開ける子どものようだ。
「おお、いい尻をしてるじゃないか。なかなかの逸品だぞ」
同じように褒められた経験のある花山が赤くなっている。ついこの間のことのようだろう。もっとも珠々華のように浣腸までされていたわけではない。小便を見せるだけだったのだが。
その花山が手をとり、珠々華に透明のボウルをまたがせる。
泣きそうな顔をして、いやいやと首を振る。その仕草が私や殿山の好物だとも知らず。
「よーし、いいぞ」
子どものように殿山は腹ばいになって覗き込む。先生と呼ばれ、権力と人脈から多くの人に頼られている人物とは思えない。
「ふうううう」
顔は「いやいや」をしているが、その言葉は私に禁じられている。花山が肩を押し、より深くしゃがませた。翳りの間に陰唇が開く。
大木に合図をすると、彼は持参してきた犬の首輪を珠々華にはめ、その鎖を手にした。
「お、いいね。かわいいぞ」
殿山は興奮している。
「ほら、出せよ! 盛大に出してみろ!」
ふわふわとそよぐ薄い恥毛。肌が真っ赤になっている。珠々華はボウルをまたがなければならず、四股を踏むように膝を大きく開き、あられもなく鼠径部をさらしている。食事が映える明るい電灯、畳からの柔らかな反射のおかげでよく見える。ボウルの湾曲のせいで拡大して見えている。
「ああああん」
声は、彼女自身思いがけないほど色っぽくなっていた。
やや下つきの割れ目から黄金の噴水が飛び出す。キラキラと光りが踊る。ボウルの中で飛沫が納まるよう、珠々華は深く腰を落とす。尿道口が陰唇の間にチラチラと顔を覗かせている。
「ひいぃ」
肛門も緩んだらしく、ぷぷっと慎ましい放屁に続いて浣腸液が漏れ出し、続いて固形物がぬるっと落ちた。
「いいぞ! 止めるな! どんどんいけ!」
小水の中に顔に似合わず豪快な便が落ちていく。ぬるっと小さな肛門をこじあけていく。
「ふひぃぃぃ」
一般的に大多数の女性は、排泄姿を他人に見せることはないまま、一生を終える。羞恥の炎が彼女を焼いて、肌を染めていく。
私は遠くからその陰惨な光景を見ていた。興奮し目をきらきらさせている花山。無表情ながら股間を大きくしている大木。そして子どものようにはしゃぐ殿山。
その中心にいる珠々華は、小さな拳をぎゅっと握り締め、目を固く閉じ、悔しそうな顔をしながら排泄を続けている。
やがてその唇が開き、白い歯がこぼれた。薄く目を開き、私を見る。
ほかの誰も知らない、彼女と私だけの絆。受け止めきれないほどの恥ずかしさに頬を染めて、諦めたようにその口もとに唾液がこぼれた。
感じている。そのことを私に教えている。彼女の声が聞こえてくるようだ。恥ずかしいけど感じているんです、と。
「なにか言ってみろ」と私は命じた。
「はあ、なにか……」と彼女は考えている。「すみませんでした。ごめんなさい。珠々華はいけないことをしてしまいました。恥ずかしいです」
言葉にする間にまだ理性が勝っていた。
殿山が「ヒッヒッ」と笑った。「本当に恥ずかしいなあ、珠々華ちゃん。丸見えだぞ。ケツの穴もヒクヒクさせて。まだ出るんじゃないか」
小便は終わって、滴が垂れている。
「まんこを開いて見せろ」
殿山が命じると、大木が鎖を引っ張る。「うっ」と首が絞まり、大木や花山をうらめしそうに見上げてから、自分の指を股間にもっていく。
「早くしろ!」
「はい!」
乱舞 第1部 (1/5)
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