『ヘル・レイザー』(原題 Hellraiser、イギリスでは Clive Barker’s Hellraiser)は、1987年のイギリス映画である。ヘルレイザーシリーズの第1作。原作はクライヴ・バーカーの小説『ヘルバウンド・ハート』(1986年)で、バーカー自身が脚本と監督を担当した。テーマは「快楽の源となる苦痛、拘束と恐怖の下での道徳性」である。スラッシャーの連続殺人譚ではなく、パズルボックスを解いた者が、苦痛と快楽を同一視する異界の僧——セノバイト——に召される話だ。ケーブルテレビ局 Bravo の 100 Scariest Movie Moments では19位に選ばれた。痛みを罰ではなく報酬として差し出す映画として、BDSM読者の側からも繰り返し引用される。
ルマルシャンの箱と、鉤の僧
フランク・コットンが手に入れたルマルシャンの箱は、「組み替えると究極の性的官能を体験できる」という伝説を持つパズルボックスである。フランクは組み換えに成功し、同時に肉体を失う。箱は鍵であり、仕掛けであり、願望の試験でもある。開けた者は、痛みを快楽として受け取る契約の側へ落ちる。セノバイトは殺人鬼の群れではなく、その契約を執行する魔道士だ。鉤と鎖と皮革の身体は、BDSMの拘束具が神学になった姿に見える。箱を解く手つきそのものが、官能の手順であり、招かれるのではなく自ら門を開ける行為だ。究極の性的官能を求めた者が、鉤で開かれる。その交換が、この映画の中心にある。
フランクの家、ジュリア、カースティ
数年後、行方不明のフランクの家へ、弟ラリーが妻子を連れて越して来る。ラリーの娘カースティは、新妻であり継母のジュリアが街の男たちを家へ連れ込んでいることに気づき、2階の部屋へ入る。いなくなったはずのフランクがジュリアと共謀し、失った肉体を男たちの血肉で蘇らせようとしていることを知る。箱の正体を知らぬままそれを奪って逃げるカースティは、触れるうち偶然に組み換えを成功させ、異世界が開く。四人のセノバイトが現れる。ジュリアの密通は、フランクを肉へ戻すための供犠になる。カースティは箱を持ったまま、僧たちと交渉する側へ立つ。
物語の軸は、箱を解く欲望と、肉を戻すための殺人と、カースティが異界の僧と取引する倫理である。ジュリアの背徳と、フランクの復活と、鉤で身体を開くセノバイト。痛みが報酬になる世界では、普通の恐怖映画が使う「逃げ切る」だけでは勘定が合わない。拘束と恐怖の下で、何を快楽と呼ぶかが問われる。バーカーが先に置いたのは、血の量ではなく、その問いだ。
キャスト
括弧内は日本語吹替。カースティ・コットンはアシュレイ・ローレンス(深見梨加)。ラリー・コットンはアンドリュー・ロビンソン(納谷六朗)。ジュリア・コットンはクレア・ヒギンズ(弥永和子)。フランク・コットンはショーン・チャップマン(大友龍三郎)。スティーヴはロバート・ハインズ(高宮俊介)。魔道士ピンヘッドはダグ・ブラッドレイ(筈見純)。魔道士フィメールはグレース・カービー(巴菁子)。魔道士チャタラーはニコラス・ヴィンス。魔道士バターボールはサイモン・バムフォード。ピンヘッドの釘の頭と、フィメール、咀嚼音のチャタラー、肥満のバターボール。四人の造形が、箱の先にある「快楽としての苦痛」を顔にした。釘と鉤と革。セノバイトの見た目は、スラッシャーの仮面というより、拘束具を着た僧侶である。
続編、中黒の有無、ゲーム
続編とリブートは多い。1作目と2022年のリブートの邦題は『ヘル・レイザー』と中黒が入る。それ以外は「ヘルレイザー」である。これまでに複数の続編が作られ、2007年にはリメイク計画も発表された。ヘルレイザー2(1988年)、ヘルレイザー3(1992年)、ヘルレイザー4(1996年)、ヘルレイザー ゲート・オブ・インフェルノ(2000年)、ヘルレイザー リターン・オブ・ナイトメア(2002年)、ヘルレイザー ワールド・オブ・ペイン(2005年)、ヘルレイザー ヘルワールド(2005年)、ヘルレイザー:レベレーション(2011年)、ヘルレイザー:ジャッジメント(2018年)、そして2022年のリブート『ヘル・レイザー』。
非対称対戦ゲーム『Dead by Daylight』には、ピンヘッドが「セノバイト」の名称でゲスト出演している。シリーズがどれだけ続いても、核は変わらない。箱を解くこと、鉤で開かれること、苦痛が快楽の源泉であること。1987年のバーカーは、その神学を一作目で先に置いた。続編の本数が増えても、ルマルシャンの箱とセノバイトを外した瞬間、これは別の殺人映画になる。











