雪村春樹(1948年5月11日–2016年3月3日)は、日本の緊縛で顔の通った一人だった。兵庫県西宮市に生まれ、2016年に東京で死去、66歳。雪村流の緊縛師として知られ、写真家、AV監督でもあった。キャリアの初期には天津比呂志、アマツヒロシなどの名を使っている。地位を定めたのは、後期に自ら作り、広めた「愛撫縄」のほうである。2000年代以降、このやり方は広く雪村流と呼ばれる。要は、縄の緩みと締めを使って、縛られている側が力を抜いたところから発情し、羞恥へ入っていく過程を撮ることだ。
従来の責め縄は、極限まで縛り、圧力をかけるほうに寄る。人をきつく縛って高く吊り、動けなくして耐えさせる、というのがよくあるやり方である。雪村は後期にそれを変えた。高い吊りはほとんど使わず、畳の上に寝かせるか、座らせるか跪かせて縛ることが多い。縄の余裕をちょうど残し、まだ抜け出せそうだという錯覚を相手に持たせる。この心理の駆け引きが雪村流の要である。最初は縄を緩め、相手が力を抜き、性的に高まる余地を作る。縛りが進むにつれて締め、さっきまであった余裕を一巻きずつ回収する。「まだ逃げられる」から「もう無理だ」への移りは、力だけで縛るより張りがある。
映像では、動いている最中の羞恥をよく撮る。肩から落ちる浴衣、胸を隠そうとして追いつかない手首、ゆっくり開かれる襟。痛みはまだ主役ではなく、恥ずかしさと興奮のほうが出ている。高い吊りや複雑な菱形に慣れた視聴者には、刺激が足りない、ハードでない、と見えることがある。縛られながら興奮し、きまり悪がっているところを見たい人には、床でのこの巻き方のほうが正確に見える。あとから雪村流を振り返るとき、複雑な幾何学より、一本の後手、相手の羞恥を使った床での縛り、そして「まだ逃げられそうに見えて、実はもう抜けない」というコントロールのほうが先に出る。
縄の理解は最初から出来上がっていたわけではない。子どものころ、父親の蔵書の責め絵と、時代劇によく出ていた緊縛を見ている。本人が人を縛り始めたのは、ずっとあとである。1980年代初頭、関西で風俗と裸体の写真を撮り、『S&Mスナイパー』と『写真時代』に送った。1984年、毎日放送『Wide You』では天津比呂志としてリポーター、サンテレビ『大人の子守歌』では写真家・雪村春樹として出ている。1988年前後に東京へ移ってAVに入り、1989年、先輩のSM写真家・美濃村晃を撮った『縄炎 ~美濃村晃の世界~』を監督した。
1990年、大洋図書から『Bondage Fantasy』と『雪村春樹の世界』。1992年、制作室サンセットカラーを立ち上げ、第一作『縄奉仕 濡れる 森村麗子』を出す。狭いアパートで撮った作品で、ほとんどが縛っている途中である。1993年、昭和以来のより本流に近い緊縛を代表する濡木痴夢男と、大洋図書『新・縄の世界1』に一緒に出る。後年の対談では、並んで縛るカットがあったともいう。雪村は濡木の弟子ではない。1994年から、新宿ゴールデン街劇場で「Y’s Play Bondage」というライブを行い、録画をシリーズにした。当時よくあった「縛り終えてからポーズを決める」画とは違い、雪村のカメラは縄がまだかかっている瞬間にある。呼吸の上下、閉じる脚、そむける顔。撮っているのは、縛っている最中の気配である。
1990年代半ば以降、縛りが進むにつれてどう変わるか、縛られる人とどう合わせるかに、以前より力を入れた。『縄奉仕それが人生』『雪村春樹の淫縛彷徨』などの雑誌連載で、その考えを書いている。1998年、高橋ジュンコと写真集『Trans body bondage―雪村春樹の緊縛』を出した。指導も国外に出た。2012年8月、コペンハーゲンの長田スティーブの道場で、日本以外では初めての正式な教室を開き、その後ロサンゼルスやオーストラリアなどでも教えた。「春」の字を使った名号の仕組みを作り、「雪村流縄遊戯指導員」を認定した。長田スティーブ(春嶺)、Zetsu(春豊)などがその例である。閉じた組織ではない。名号は、あとから彼に就いた人を見分ける印になった。
雪村流の見た目は、門人Zetsu(春豊)が書いた恵比寿の稽古でいちばん分かりやすい。同じように縛った両手を、二通りに使う。ひとつは縄を緩め、手首を胸の前に残し、浴衣を開く。相手はまだ手で隠せると思っている。実際には肘の位置がすでに決まっていて、動ける幅も計算済みである。これが愛撫縄。もうひとつは同じ縄を張り、腕を頭の上まで上げ、身体を伸ばし、退く場所をなくす。これが責め縄。雪村の言い分では、責め縄は強く打つ必要はない。隠せないし、引けない、という状態に入った時点で、「受けている」ほうに入っている。
入門者向けには『Petit Rope Course』などの映像を残し、縄と性的な興奮を一緒に扱った。死後、欧米のロープ界では「寝技」「一本縄」「愛撫縄」が、きれいなボディワークのように語られることが多い。本人の映像は最後まで成人向けだった。浴衣、陰部にかかる股縄、外したボタン、見られて閉じる膝。先に縄で性的な興奮を作り、そのうえでさらに進める。映像では、縛り終えて静止画用にポーズを決める画は少ない。縄が乳房の下を越えたばかりで、相手はまだレンズから顔をそらし、雪村は畳にしゃがみ、話しながら次の縄をかけている、という画のほうが多い。この、まだ終わっていない状態が、雪村の緊縛でいちばん引き込むところである。










