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縄味 1 · 第3部

縄味 1 第3部 (3/4)
前の話 · 次の話

金男が私の携帯と彼のスマホで、その部分を撮影するのです。

「ゆっくり脱ぎなさい」

動画で撮影されているのです。

これでは命令に従っていやいやしているのではなく、自分から喜んで裸になっているようにしか見えないでしょう。

「べたべただな」

恥ずかしくも、ショーツにべったりついた愛液が、股間から糸を引くように伸びていったのです。

「そのかっこうで、もう一度、奴隷の誓いを言いなさい」

「誓い……」

「はっきりと。笑顔で。笑うんだよ」

笑えません。ひきつっていると思います。

「モデルなんだろ。笑えって言えば笑えよ」

できない。でも、逆らえません。

目尻に涙が溜まっています。

「私、菜緒美は、金男様の奴隷として、命令に従うことを誓います」

なんとか笑顔に見えるようにしたつもりですが、きっとこわばっているでしょう。

「もう一度。もっと笑って。口を横に開くようにすると、笑顔が自然に出るよ。えくぼができるように。そう。いいよ。かわいいよ」

何度も奴隷の誓いを言わされました。

「よーし、イイコだね。これで菜緒美はおれの奴隷ってことになった。弟も文句は言わないよ」

「えっ」

「もちろん、ちゃんと説明するから、おまえたち夫婦の間を壊すようなことはしない。菜緒美には哲次の子どもを産んでほしいしね」

「それも、命令、ですか?」

「もちろんだよ。おまえは哲次には尽くさないといけない。弟を不幸にしてはいけないんだからね」

「はい」

「いい返事だ。おまえ、本気で哲次を愛してくれているんだね」

「はい」

「それを聞けてうれしいよ」

でも、その部分は録画したりはしないのです。

「じゃあ、いまから出るから」

「え!」

「哲次は出張でいないんだな。月曜の夜まで帰ってこないんだろ?」

単純に怖いのです。義兄が怖いというよりも、この世界に踏み込んで行ってしまう自分が怖いのです。

吹雪さんも、赤岩も、そして義兄も。彼らはみんな、やさしくて、私のことや家庭のことを大切にしてくれると約束してくれていますが、そのための代償は、すべて私が肉体で、そして行動で払わないといけないのです。

ごくりとツバを飲み込みました。

「コートぐらいは着せてやるから」

がくっと膝をついてしまいました。

「おい。いくら感じてるからって、これだけでイクやつがあるかよ」

絶頂ではありません。気が遠くなってしまったのです。

奴隷という言葉が頭の中をぐるぐると回っています。自分は奴隷なのだから、裸にされてもしょうがない。命令されれば、そのまま外を連れ回されてもしょうがない……。

そんなはずはないのです。言葉だけの世界。

私は私です。菜緒美です。だけど……。言葉が命令となり、それに肉体を従わせると誓ったときから、言葉は現実になるのです。

黙って、ウォークインクローゼットへ行きました。彼も入ってきました。

「これがいいじゃないか」

ざっくりとしたトレンチコート。

「それは哲次さんの……」

「男物か。でも、これがいい。これにしろ」

着ると、背は私のほうが少し高いのですが、肩幅がないので、いかにも着せられている感じで、かっこうが悪いのです。

壁一面の姿見の中には、男物のコートを羽織って、バカみたいな顔をしている女がいます。

これが私……。奴隷としての菜緒美。

欲望の果てに、義兄の奴隷となると誓った嫁。元読者モデルでありながら、緊縛のモデルになろうとした女。

日常の快楽に飽き足らず、非日常のドアを開けてしまったバカな菜緒美。

流出写真のせいにもできますが、もう取り返しがつかないところに来てしまっています。

「おれもこれ、借りよう」

彼は哲次のジーンズとダウンジャケットを借りて着替えました。

「行くぞ」

外に連れ出されるのです。

外出

なんという寒さでしょう。

袖が長いので少しまくって、ボタンの位置はうまく合わないので、襟元だけボタンをすると、あとはあきらめてベルトをぎゅっと絞っておきました。

みっともない恰好だとは思います。

パンプスを履くことは許されたので、素足を出して義兄・金男のあとを追います。

タクシーにでも乗せてくれるのかと思ったのですが、地下鉄を使うのです。土曜日の夕方に、大勢の人が乗っている地下鉄で、金男にすがるようにしながら、脅えてついていきました。

「うれしいでしょう」

「え?」

「こういうことを理解してくれるパートナーが菜緒美には必要なんだ」

「うっ」

名前を人前で出されて、びくついてしまいます。名前は呼ばないでほしい……。でも、強く言えません。

かなり大きな繁華街で降りました。そこで大半の乗客が降りていきます。

金男はわざと急な階段口を選びます。腰が不自由なくせに。私を先に行かせます。

ぎゅっとウエストで絞ったので、コートの裾がスカートのように拡がっているのですが、十分に長いから、中を覗けることはないとは思うのです。でも、すごく恥ずかしい。

階段を上がりきると、そこは繁華街のど真ん中です。人が多く、呼び込みやティッシュを配る人たち。土曜日だからカップルも多いのです。誰も私たちのことなど気にしていません。

「残念。見えなかった」

笑っています。

「こっちだ」

コートのベルトの端を金男はつかんで引っ張ります。

看板がケバケバしくなっていきます。サラ金のATM。牛丼屋。居酒屋。その先はキャバクラ、バーなども混じっています。呼び込みの人が声を上げています。

その路地に入ったところに薄暗い店があります。私は「アダルト」としか読めませんでしたが、中に連れ込まれてびっくりです。コスプレ用の衣装が天井から多数下がっている入り口を抜けると、男性器を模したオモチャの棚。そしてSM用のコスプレや、拘束具、縄などが並んでいるのです。

「こういうところははじめて?」

「もちろんです!」

「ゆっくり見て歩こうか」

端から端まで。金男はコートのポケットに手を突っ込んで、そこから私の腰や腿のあたりを撫で、体を密着させて歩かせるのです。

一周したあと、彼は縄のところへ行きました。

「これがいいよね」

パッケージに入った縄を彼は五本も買いました。

「とりあえず」

私にお金を渡し、会計してこいと言います。

事務的に対応してくれる若い店員と目を合わすことなどできるわけもなく、下を向きながら、買いました。

外に出ると、「楽しかったよね」と真っ赤になっている耳に囁くのです。

「うれしいだろう? 縄を手に入れたわけだ。子供の頃って、親にオモチャを買ってもらうと、その場ですぐ遊びたくなったものだけど、そういうことってない?」

「私は……」

「女はそういうの、ないのかな。そうだよな。女は包装紙まできれいに取っておくようなところがあるものな」

私はそういう女ではありませんが、逆らうようなことは口にしません。

繁華街を突き抜けてしまうと、急に閑散とした場所に出ました。金網に覆われた公園の中で、バスケットボールをしている人たちがいます。

薄暗くなっていくとはいえ、人の顔もはっきり見えるのです。義兄がつぎに要求してくることが恐ろしくてなりません。

「さっそく試したいよね?」

「そんな……。帰って家で。お願いします。家でなら……」

「菜緒美は写真を撮られたり見られたりするのが好きだからなあ。家の中でこっそりなんて、似合わないよね。それにすごくきれいで、スタイルもいいから」

私の言葉など聞いていないのです。

「モデルをやっていたときは、大勢の前でポーズをとっていたわけだから、慣れているものね」

そういえば、さっき金男が私の写真をネットで探して集めていたと言っていたのでは? 私のような中途半端な人間は、ネットでいくら検索しても読者モデル時代の写真なんて引っかかるわけがないのです。どういう条件で探せば見つけられるのか不思議ですが、金男にはできたのでしょう。

あとは片っ端からそれらしい写真をながめて、顔で見分けるのでしょうか。

もしそんなことを地道にやってきているのだとしたら、どんな気持ちでやっていたのでしょう。弟の嫁の写真をネットで探す兄。

なんだか、底知れぬ怖さがあります。

「ここがいいね」

なにがいいのかわかりませんが、電気関係の大きな茶色い箱をグレーのフェンスが囲んでいる一角がありました。その下には枯れ草が、刈られずに残っています。

「い、いや」

小声で思わず言ってしまいます。

「うん。しょうがないよ。あんまり目立つところだと、かえってよくないからね。ほら、そこに立って」

なにを言っても義兄はいいように解釈してしまうのです。

涙がポロッと出てしまいます。怖くて、悲しくて。しゃくりあげています。迷子になったように。

「大丈夫。心配はいらないよ。菜緒美はきれいだから」

彼がいきなり右手首をつかみました。反射的に引きます。

「うん。そりゃ、縄師みたいに上手じゃないけど、最初だからしょうがないじゃないか」

そう言いながら、アダルトショップの紙袋を地面に落としました。片手に縄の入ったビニール袋があります。

「ここでなんて……」

「だからね。あんまり選べないじゃない、場所はさ」

口と片手でビニールを破り、中から新しい縄を取り出しました。きれいですが、深川先生たちが使っていたようなしなやかさはあまりなく、表面がささくれているようにも見えます。

ビニールを吐き捨て、縄を口でくわえて、束をほどいていきます。

ぜんぜん違います。スタジオでプロの人たちに扱われたときとは。

こんなに怖いなんて。

恐怖の質がまるで違います。

左手で金男の手を引き剥がそうとしました。ツメを立ててみますが、ぜんぜん気にせず、掴んだ右手首に縄を巻き付けていきます。

「やだ。やです」

はっきり言ったのですが、例によって聞いてくれません。

土曜日の暮れていく公園の片隅。そこは都会の忘れられた空間のようです。私と彼だけしかいないはずはないのに、人の気配を感じられません。

金男は体で私をフェンスに押しつけるようにして、身動きがとれないようにした上で、とうとう右手をがっちりと縛っていました。

そして縄をフェンスの隙間に通して縫い付けるようにしていったのです。無骨で下手な結び目。整っていない縄の流れ。それでも、右手の自由を失いました。

「今度はこっち」

左手をぎゅっとつかまれます。

「そんなに硬くならなくてもいいよ」

新しい縄を取り出し、フェンスにまた通して、出てきたところで、左手首に縛り付けていきます。さっきよりはスピーディーです。

だらりと地面に垂れ下がった縄を金男は気にしていません。美しく縛ることなどどうでもいいのです。

「あんまりです。これじゃ、ひどすぎます」

「だからさ。最初は下手なんだよ、誰だって。おまえもちゃんと協力しろよ。妙なところに力を入れてるから、ほら、なんだかおかしくなっちゃったじゃないか」

協力しろというのです。自分が公園のフェンスに縛られるのを。

できるわけがないと、なぜ理解してくれないのでしょう。

縄を絞り、余った部分もフェンスと私の手を何度も絡ませていきました。

「うん。まあまあ、感じが出てるんじゃないか」

少し離れた義兄は、そんな私をスマホで撮影するのです。

「もっとこっち向いて」

涙が止まらず、なにも見えません。顔を上げるなんてムリです。

「ちゃんとポーズしてくれないと、いつまでも終わらないんですけど」

私がすべて悪い。それはそうでしょう。だからって、こんな目に遭うなんて。

「よーし、いいね。こっちに目を向けてよ。そうだ」

シャッターが切られます。

「だめー、目をつぶっていた。もう一度」

必死に協力します。そうすれば早く終わるかもしれません。

「いいね。そうだよ、その顔」

数枚撮って、やっと金男はこちらにやってきました。

「ほら、見てごらん。迫力あると思わない?」

シロウトらしい、下手さ。だけど、それがかえってリアルです。みっともない私。こんな醜い顔をして。天罰そのもの。罪深き浅はかな女の姿です。

「じゃ、次はいよいよ、これをさ」

金男はコートのベルトに手をかけました。

「うっ」

「協力してくれるよね。菜緒美」

返事なんてできませんが、彼の手はそれを完全に外してしまいました。

すぐ近くに街灯があり、その白い光がはっきりこのあたりを照らしています。それほど急激にあたりは暗くなっていったのです。

「すごい。いい雰囲気だと思わない? 裸にコートの人妻が、こんなところで生贄みたいに縛られている……」

「うううう」

言葉を飲み込みます。唇をかみしめるばかり。

彼の手がコートに伸びて、ゆっくりと左右に開いていきます。

「わお」

わざとおどけているのでしょうか。ふざけた言い方をして。

「これも外さないとね」

一番上だけ留めたボタンを外されました。

「いいじゃん。すげー、いい」

コートを背後にずらし、肩、乳房、そして全身を露わにしていくのです。

「だめだよ、足を閉じちゃ。こっちも縛ろうかな」

「あああああ」

頭が変になりそう。恐怖、自己嫌悪、後悔、悲しみ。いろいろなことがぐるぐると渦巻いています。

左足の足首に縄をくくりつけ、それをフェンスに通して、不格好なグルグル巻きを完成させました。

右足は膝に新しい縄を巻き付けました。

「こうするとすごいよね」

膝を持ち上げるのです。

「はあああああ」

悲鳴を飲み込むと、奇妙な声が漏れて、それが寒風に飛び散ります。

片足で立って、右足は高く引き上げられていきます。

「これぐらいがいいかな」

下半身はコートの裾で隠れていると信じていましたが、それも虚しい希望でした。いまでは、コートは足によって完全に後ろにいってしまい、私は剥き出しにされていました。かろうじて左側はコートが半分かかっていますが……。

「きれいな人はあそこもきれいと言われるけど、ホントだなあ。菜緒美は、毛の手入れをしているんだね」

それほど濃いわけではないのですが、夏にはできるだけむだ毛を処理しますし、モデル時代からエステで脱毛をしていたこともあったので、手入れは当然だと思っていました。

結婚してからは最小限の手入れしかしていませんが……。

「あった方がいいかな。そうだね。勝手に剃るわけにはいかないよね。これからのこともあるからね」

ぶつぶつと義兄はそう言いつつ、膝に巻いた縄をフェンスの高いところに通して、ぎゅっと引き上げて結びつけました。

私はその姿勢でまた何枚か写真を撮られました。

「じゃ、つぎは体に縄を巻き付けようか」

最後の一本を手にしています。

「まだ許してくれないんですか?」

「これからじゃないか。もうちょっとガマンしてよ」

不機嫌そうに縄を、首の後ろへ通したのです。

「ごめんね。シロウトだからね。これしか覚えていないんだよ」

首の左右から出た縄を鎖骨の上あたりでいったん交差させて軽い結び目をつくりました。さらにその下のみぞおちあたり。そしておへそのところ、さらに股間の真上でも。

彼の冷たい手が肌に触れるたびに、犯されているような気分になります。陰毛の上でわざと手の甲を押しつけるようにして縄を操っています。

「楽しいだろ」

下へ伸びた縄を手にして、撫で回すように股間の下を通していくのです。夫にしか触れられたことのない部分を彼の指と縄が通っていきます。背中を悪寒が走り抜けます。

「うううう」

お尻から上へとひきあげて、首の後ろに通したのです。

「あっ」

「気持ちいいだろ」

素肌の上をすべる縄は、以前と比べものにならないほど痛く、硬く、切り裂くようです。それが柔らかな股間をぐいっと持ち上げるのです。

「簡単な菱縛りをやってみるからね」

金男は私に抱きつくようにして、背中に回した縄を前にもってきては、結び目の間に通して、また、背後に。それを繰り返していきました。

彼の熱い吐息が顔にかかります。続いて胸に。お腹に。股間に。

最後に、股間の結び目を通したときに、彼は思いきりぐいっと引っ張りました。

「うぎっ」

悲鳴を押し殺します。

「きつかったかな」

そう言いながら、引き上げていた膝をおろしてくれました。でもその縄は足元のフェンスに少し足を開いたようにして縛られます。そうしないと、股間のあたりをうまく縛ることができないようです。

右の手首も外してくれました。体を後ろに向かせながら、コートから手を引き抜きました。とうとう全裸にされてしまうのです。

夕暮れの公園で全裸……。

お尻の上のあたりで、もう一度、ぐいっと縄を絞られました。硬く結んだようです。

前にまわると、乳房のあたりの肉と縄の位置を調整します。

「いいと思うな。そのままこっち向いていて」

右手にまた縄をかけて、フェンスに大きく横に広げて縛り直していきます。

左肩にコートをかけて、体の右半分を向き出しにした姿を、いろいろな角度から撮影されました。

縄が体の柔らな部分に食い込んで、緩むことはありません。下手くそな縛りでも、加減を知らない男の力で、強烈に締め付けます。

「だいぶ暗くなっちゃって、写真が厳しいな」

やっと終わりにしてくれるんだ……。

「じゃ、次ね。急がないと」

まだ続けるつもりです。

手を完全に自由にしてくれたのですが、コートもすっかり脱がされてしまいました。

手首を縛っていた縄を首にゆっくりと巻き付けて、きつくは締め付けず、少しだけ余裕のある状態で結び目を作りました。その縄を手にすると、金男はぐっと引っ張るのです。

「あっ」

首を引っ張られる……。犬のように。

「ほら、お散歩だよ」

「えっ」

「心配するなよ。誰もいないし。せっかくだから、ちょっとだけいいだろう?」

なんという惨めな姿でしょう。

菱縄姿で、縄の首輪をつけられて、歩かされる……。

手も足も自由なのに、この状態から逃げ出すことができません。

「ほら、歩けよ」

余った縄を鞭のようにしてお尻を叩いてきました。

「あ、いや!」

「大声出すと、人が来ちゃうよ」

誰もいないといっても、公園の入り口付近を行き交う人たちは大勢いるのです。薄暗い公園に入ってこないだけで、誰かがやってきてもおかしくはありません。

「残念だけど、ここにはトイレがないんだよ。もしあれば、そこでおまえを縛り付けてやって、もっと惨めな写真を撮れただろうけどね」

彼の妄想はとても大きく膨らんでいるようです。

寒さと精神的な疲労で、足がもつれ、倒れそうになって、その場にへたりこんでしまいました。

「どうした。感じすぎたのか?」

感じるどころではないのです。

「どれ」

彼の手がしゃがんでいる私の股間に入ってきました。

「あっ」

「おい。すごいじゃないか」

股間を通っている縄をぐいぐいと彼の指が引っ張ります。ヒンヤリとした冷たさ。

「見ろ」

彼の手が街灯に光っています。汗だけではないのです。

「菜緒美。気に入ったらしいね」

「ちがいます。誤解です」

「こんなにおつゆタップリなんだなあ。哲次は幸せだなあ。ホント、悔しいよ」

「そういうんじゃないんです」

「体は正直だよ。菜緒美が頭で考えていることよりも、ずっと素直に反応しているんだから」

首を左右に振り続けるしかないのですが、彼にはわかってもらえそうもありません。

「じゃ、行こうか」

彼がコートをくれました。すぐに袖を通します。やっと少し落ち着きました。

「菱縄はそのままだよ」

もう逆らう気力はありません。

「きっと、これでみんなが喜んでくれるだろうな」

「え? みんな?」

「すぐに電話を入れなさい」

彼は私の携帯を差し出します。

「誰にですか?」

「あの写真を撮ったカメラマンにだよ。いまから会えるかどうか。そして以前は申し訳ありませんでした、心を入れ替えますって、きちんと謝るんだ」

金男はなにを私にさせようというのでしょう。

縄奴隷

「もう、くたくたです。許してください」

「だめだよ。菜緒美はプロなんだから」

「プロ……」

「そうだよ。ぼくがマネジメントしてあげるよ。安心だろ? 背中を押してくれる人がいないと、こういうことって、うまく行かないからさ」

私は寒風の中で、電話をさせられました。

「すみません。菜緒美です。お時間いただけないでしょうか」

「うれしいですね、電話をいただけるとは思っていませんでした」

吹雪さんは優しく、素直に喜んでくださいました。

「どこにいるの? 教えてくれればうかがいますよ」

「いえ。先生のところにうかがいます」

吹雪さんは、恵比寿から私鉄に乗って数駅の街に住んでいるそうで、丁寧に行き方を教えてくれました。

電車に乗らなければなりません。

すがるように義兄・金男を見ても、彼は平然としています。

「行くぞ」

「これは……」

「だめだ。そのままだ」

怖い。

ろくに化粧もなく外出し、裸にされて磔にされたのです。泣きじゃくり、へとへとになっています。

みじめな姿で明るい駅に連れ込まれ、ガタガタ震えています。おまけに首に縄がかかったままで、全身にも菱縄がかかっています。

もし警察に職務質問をされたら、とても怪しい返事をしてしまうでしょう。

金男は無表情できっぷを私に買わせて、一緒に駅に入りました。大勢の人たちが見ているかもしれませんが、視界にはなにも入りません。

どうなってしまうのだろう、私……。

襟元をしっかり握って、縄が少しでも見えないようにして、ドアの近くに立ちました。乗り換えをして、とうとう最寄りの駅までたどりつきました。

「今日じゃなきゃ、いけませんか」

「だめだ」

金男は駅の外に出たとたんに、私の腕をぐいっとつかみ、背中にねじりました。

「さあ、行こう。大切な話だからね」

場所を探しながら歩いている間に、金男は私に言わせたいことを何度も繰り返し、吹き込みました。

ついこの間、自ら撮影の場所に行ったとき。私は楽しかった。それは否定できません。恐れと同時に悦びがありました。

ですが、いまは違います。ただ怖いだけ。

一戸建ての家。そのあたりには似たような戸建ての家が多く、かろうじて真っ白な外壁を照らすライトが玄関を浮き上がらせていて、夜でも少しは目立っているのです。車が二台入る駐車場のせいで、庭はわずかに細長く残っています。

チャイムを鳴らすと、すぐに中から返事があり、吹雪さんが出てきました。

「すみません。夜分に」

「いいんですよ。大丈夫ですか。なにかあったんですか」

「ご相談したいことがあります」

「中に入りますか?」

「はい」

打ち合わせでは、最初、私だけで行くことになっていました。

「言われたとおりにしなかったら?」と私が言えば、「哲次にすべてを話すだけだから」と彼は言うのです。

「ただし、少し話し方は変わるだろうな」

悪意をこめて夫に話すのでしょう。

暖かい家。ご家族はいないようです。

「先生だけなのでしょうか?」

「ええ。離婚しましてね。彼女はこういう仕事はあまり好きじゃないらしくて、かなり前の話なんですよ。こっちは子供の養育費を送るだけなんでねえ」

広すぎる家の一階は仕事場になっていました。入って左にキッチンがあり、リビングだった場所には撮影機材が並び、小さいながらもスタジオらしい雰囲気があります。

「コートをかけますか?」

吹雪さんがハンガーを手にしています。

震えながら、ここからスタートなんだと自分に言い聞かせます。ちゃんとやらないと金男はなにをするかわかりません。家族のことなので、そこまで吹雪さんに頼るわけにもいきません。

「その前に、これをご覧いただきたくて」

私は自分の携帯を開き、義兄が送ってきた、さきほどの写真を開きました。

「これです」

「おっ」

吹雪さんはすぐに携帯を手にして、小さな写真を見ました。公園のフェンスに磔になっている私。

「これは、菜緒美さんですか?」

「はい」

「誰かにやらされたんですか?」

「ちがいます」

呼吸ができないほど苦しいのです。

「私が、自分で……」

「え?」

目をつぶって、コートを脱ぎました。写真の中の私と同じ姿。以前の撮影では見せなかった肌を惜しみなく、すべて晒すのです。

そして床に正座をしました。

土下座をしろと、金男に言われています。あとでバレてはいけないので、するしかないのです。

「吹雪さん。これまで、えらそうにもったいぶってすみませんでした。菜緒美は、縛られて写真を撮られるのが大好きなのです。もう自分を偽ることはできません。薄汚い女だと思われるかもしれませんが、心を入れ替えますので、どうか、私のことをモデルに使ってください。どんなことでもいたします。みなさまのやりたいように、お好きなように縛ってほしいのです」

そう懇願しました。

「え? 菜緒美さん、大丈夫なの?」

あまりにも異常だったのでしょう。でも、これで押し通すしかありません。

「顔も出してかまいません。名前だけは『なわ』という名でツイッターをしてきたこともありますので、絵夢奴さんがおっしゃっていた『なわみ』でやらせてください。これからは、『なわみ』と呼ばれたいのです。どんな厳しいことでも……。ビシビシと教えこんでください。お願いします」

金男に言われたことの半分もうまく言えません。

「うーん」

吹雪さんは、すぐに返事をしません。

「菜緒美さん。自分で縛ったの、これ?」

「は、はい」

「こんなことをしたら、肌を傷めてしまう。モデルなんだから、もう少し肌を大事にしないとね」

「すみません」

「そうだなあ。困ったな。この写真は誰が撮ったの?」

「義兄に頼みました」

「義理のお兄さん? どうして?」

「夫には打ち明けられませんから、義兄に相談をしたのです。そうしたら、私がどうしてもというのなら、マネージャーとして私が暴走しないように見張りながら、不貞を働かないようにマネジメントしてくれるというので……」

「そうかあ」

吹雪さんは、納得はしていないようです。

「誰かに脅されているとかじゃないの?」

「違います」

「だけど、あまりにもこれまでのあなたと違うから……」

黙るしかありません。

この説得に失敗すれば、傷手を負うのは私なのです。プロの吹雪さんに撮ってもらった緊縛写真はまだ芸術性も高いのです。仕事だと言い張ることもできます。

しかし、この義兄の写真はマニアとして撮ったものにすぎず、これが流出でもすれば、私はこういうことが好きなのだと宣言しているようなものです。

「今日は義兄さんは?」

「近くに来ていますが、とにかく私がうかがわなければと思いまして」

「呼びなさい。こっちも深川先生とかに連絡してあるから、もうすぐ来ると思うし」

「はい」

金男に電話をしました。

ほどなくして、そこには、裸で正座をする私を囲むように、金男、深川先生、赤岩も揃いました。

「菜緒美は、弟の嫁ですが、とんでもないマゾだったんですよ。これまで隠していたのでしょう。ただ、浮気性ではない。むしろ堅物です。こんな下手な縄を自分でかけて、写真を撮ってくれと頼まれたのですが、私なんかは下手だし、これでは芸術性の欠けらもない。だから、もし本気でやりたいのなら、ちゃんと先生方にお詫びをして、心を入れ替えてやり直したいとお願いするようにアドバイスしたのです。これが、芸術であるなら、私も弟を説得できる自信があります」

金男は人に対してはとてもしっかり話をするのです。

聞いていて、彼が言うことが真実のような気がしてしまうほどでした。そして、私は自分の願望が叶い、夫を傷つけることもなく、今後も円満に一緒にいられるかもしれないという、甘い夢を描いてしまいました。

もう逃げ道はそこしかないのです。

深川先生と赤岩も、金男が撮った私の写真を見て、少しイヤな顔をしていました。

「おまえ、変態なのか」

深川先生がボソッと言いました。

否定も肯定もできません。縛られたいという気持ちに偽りはないのですが、なにをされてもいいとまでは思えません。

「そう思うしかないでしょう」

金男が首の縄を手にしました。見上げると、口元を歪めて、恐ろしい顔をしていました。そんなに蔑まれるいわれはないのです。

なにか反論したくなりましたが、ぐいっと首を引っ張られました。

「あうっ」

思わず手をつきます。

「四つん這いになりたいんでしょ」

金男の言うことに逆らえません。

手と膝で体を支えました。

「犬のように、歩いてみたいんだって、言っていたよね」

縄を引かれて、男たちの間をくねくねと歩かされるのです。

冷たい視線を感じます。

軽蔑されている……。

もったいぶっていた女。顔出しはNG。着衣のままの緊縛しかしない、といった契約をしておきながら、実態は、自ら菱縄をして公園で裸体をさらしていた薄汚い女……。

モデルぶって、人妻ぶって……。

流出した写真にあれだけ責任を感じ、慌てて対応をしてくれたのは、私がごく普通の女性だと彼らは信じていたからです。

だけど、そうではなかった、となれば……。

それほど大きなバストではないと思っていました。ですが、縄にはさまれた乳房は、歩くたびに揺れるのです。いやでも、そこに乳房があることを意識してしまいます。

恥ずかしさがこみあげてきます。

あれだけ出し惜しみしていた裸を、いまはみっともないほど晒しています。欲望の固まり……。

「どうしたいんですか」

吹雪さんがやっと口を開きました。

ですが、金男は歩くのをやめません。私は恥ずかしさもあって、うっすら汗をかきながら、荒い息を吐いて、必死で這い回っていました。

「彼女とぜひ契約をしてあげてくれませんか。ギャラは通常のものでかまいません。みなさんの奴隷と思っていいですよ。だけど、弟を説得しなくてはなりませんので、正式にはそれからとなります。おそらく、本番行為や性器、肛門への行為などはNGになるでしょう」

いやらしいことを話している……。

「じゃあ、通常の緊縛であれば、かまわないと?」

「ええ。もちろんです。当人もそれが夢なのですから。望み通りにしてやらないと、とんでもないことをしでかすかもしれません。菜緒美の変態性は底知れません。今回も取りつくろったウソをついて。もしかしたら、自分のためにわざと写真を流出させたのかもしれないじゃないですか」

ひどい。ぐるぐる歩かされていましたが、思わず止まりました。

「それは不可能です。菜緒美さんはぼくのカメラやデータを触るチャンスはなかったですから」

吹雪さんは落ち着いていたので、少しホッとしました。

「モデルをしてくれるのなら、いいですよ。ぼくは構わない。どうです、深川先生、赤岩さん」

深川先生と赤岩は、しばらく黙っています。

「ぼくはぜひ菜緒美さんを縛って、絵を描いてみたいですね」

赤岩の言葉はソフトです。なんだか全身が熱く、そして赤くなっていくようで、逃げ出したくなります。

「それはありがたいですね。ぜひお願いします。菜緒美をみなさんの縄奴隷にしてあげてください。よかったね、菜緒美さん」

金男はビジネスっぽく話を進めています。

「縄奴隷なわみ、か。悪くはないが、変態ってだけじゃ、プロとしては通用しない。本番はしないというのは結構だ。ぼくたちも、そこまでは求めない。ただ、どんな厳しい緊縛でも文句を言わないでくれるなら、縛ってやってもいい」

「厳しければ厳しいほど喜ぶんですよ」

「体に跡がついてもいいのかな?」

「そういうことは問題ありません。多少の傷も平気でしょう。顔には傷がつかないようにしてほしいですが……。もちろん、弟を説得してからですけどね」

男たちはほぼ、金男の提案に合意したようだった。

「気になるんですけどね」と赤岩が言う。「どうして義理のお兄さんが、菜緒美さんのことをそこまで?」

「そうですね。まず、私と弟の間にはしっかりとした信頼関係があるのです。それをご理解ください。それから、私はバイク事故で男性としての機能が失われています。その意味で、私と菜緒美の間に男女の関係は生じない。それも弟はよく理解しています」

吹雪さんたちは黙ってしまいました。

金男は自分の体のことについて、よほど心の整理がついているのか、平気で他人にも打ち明けたのですが、私はなんだか違うように思いました。

結婚以前から兄がどれだけ大切な存在かは聞かされていて、バイク事故の話も少しは聞いたような気もするのですが、まさかそれほどの重傷だったとは思わず、まして夫をかばってくれていたことも知りませんでした。

兄弟っていいな、と思って見ていただけです。とても深い信頼関係があることは見ていても伝わってきました。

その根底には、一種の共犯関係があったわけです。

隠し事のために、強い結びつきにならざるを得なくなっていたのかもしれません。夫は金男に負い目を感じているのでしょう。

「菜緒美さん、立ってください。もう、わかりましたから」

吹雪さんが言ってくれました。金男を見ると、うなずいたので、私はようやく歩くのをやめて立ち上がりました。

今日のことが、ドッとのしかかってきて、ふらふらします。

写真の流出、シェリーの呼び出し、吹雪さんたちへの抗議、義兄の突然の訪問、そして裸で街を歩かされ、アダルトショップへ行って縄を買い、公園で縛られて写真を撮られ……。

あまりにも、重すぎます。

人生が今日を境に、予想もつかない方向へ動き出したのです。

これを止められるのは、夫だけです。

金男がいくら力説しても、夫が「ダメ」と言ってくれたら、すべては終わりになり、私は元の人生に戻ることができるでしょう。完全に元通りはムリでも、金男が思うような方向からは逃れられるはずです。

「じゃ、弟が了解すれば、この件は進めさせていただくということでよろしいですね?」

吹雪さんたちは了承してくれました。

流出写真が狭い世界で拡がったように、金男が言った緊縛モデル「なわみ」の話も、あっという間に広まってしまうでしょう。

夫が断ってくれさえすれば、私も業界に戻る気はないので、話はここで終わりにできます。一部の関係者には、私がとんでもない女だと思われるかもしれませんが、復帰を希望しない限り、どうということはないはずです。

「それでは、今日のところはこれで」

「え? 帰っちゃうの?」

吹雪さんが言います。

「せっかくなんだから、ちゃんと縛って撮影したいよ」

「まだ、契約前ですけど」と金男も驚いています。

「そんなもの、あとでいいじゃないか。今回は流出はさせない。そうだ。万が一のことがあってもいいように、これをつければいい」

吹雪さんは引き出しから、アイマスクを取り出しました。

「これなら、顔の大半は隠れる。自分ではないと言い張ることもできるでしょう」

赤岩も賛同すると、深川先生は「さっきの写真はあまりにも酷い。あれが流出した方がよっぽど恥ずかしいぞ」と言うのです。

金男を見ると、うれしそうにしています。

「実は、弟のやつ、月曜の夜まで出張に出ています。つまり、今夜から月曜の夕方まで、時間があるんですよ」

「そんな!」

思わず声を上げていました。

「え? 菜緒美。イヤなの?」

金男が睨みます。

「いえ、そういう意味では……」

「じゃ、うれしそうにしなくちゃ。一流の先生方に縛ってもらって、写真を撮ってもらうなんて、ありがたいことじゃないか? 自分であんな下手クソに縛るよりもずっといいし、弟にも説明しやすいからね。あの写真はさすがにないよ。シロウトでもわかる」

足がまた震えています。言いたいことがあっても、言葉になりません。

厳しい金男の目。もしこれを断れば、金男にさきほどと同じようなことを夫が帰ってくる月曜日までされるかもしれないのです。

そのほうがずっと恐ろしい……。

悔しいですが、私にはもう吹雪さんたちにすがるしかありません。

「ありがとうございます。ぜひお願いします」

かろうじて、そう言えました。

「じゃ、さっそく。だけど、せっかくだから、どうです、今夜は先生、明日は赤岩さんのお好きなようにしていただいて、月曜日にはスタジオを押さえてあるので、そこで撮影しませんか」

吹雪さんは、まるで私を罰するかのように、厳しいスケジュールを突きつけるのです。

「大丈夫ですか、菜緒美さん」

赤岩が少し、心配してくれます。

「夢が叶う瞬間ですよ。いいに決まってるじゃないですか。なあ、菜緒美。よかったな」

「はい。ありがとうございます。精一杯、務めさせていただきます」

なんとか言えたのですが、金男に睨まれました。

「どこへ連れて行ってもいいのか」

深川先生が言います。

「ええ。NGの件はご承知ください。まだ正式契約前ですが、私が正式に菜緒美の代理人になってマネジメントしますので、なんなりとおっしゃってください。菜緒美さんは自分では言えないことが多いんですよ」

「ああ。こっちはプロなんだ。縛った女を客のいる前でご開帳とか、本番なんかしようものなら、警察に突き出されるぐらいのことはわかってるさ。あくまでもモデルとして扱う」と深川先生。

「だったら、文句なんてあるはずがありません」

「じゃ、まずは、その縄を外しなさい。そんなガサガサの縄では、傷がつくばかりだから」

金男を見ると、知らんぷりをしています。

これは私が自分で自分を縛ったことになっているので、自分で解かなければなりません。

腰のところにある塊をほぐして、解いていきます。緩むと、やっと股間の締め付けから解放されました。

肌が赤くなっています。ずっと締め付けられたまま歩いてきたので、擦れて傷ついているようです。

「金男さん。契約の中に入れてほしいんだけど、菜緒美さんは基本、髪を伸ばし続けてほしい。むだ毛処理も、形を整えるだけで、剃らないでほしい」

吹雪さんがそう言うのです。

「ほう。おもしろいですね」

「ぼくの、そしてこちらの深川先生や赤岩さんも同感だと思うけど、ぼくたちがモデルの菜緒美に求めているものは、人妻であること。ごく普通の日本の女性であることなんです。変態性が多少はあってもいいけど、できれば、ごく普通の美しい女性でいてほしいのです。そのイメージは、できれば大切にしたいのですよ」

「わかりました。では、そういうことにしましょう」

まだ夫が了解していないのに、金男はどんどん先に進めてしまうのです。

縄責め

深川先生は、厳しい顔をして、私を睨んでいます。

場所は先生のご自宅にあるアトリエです。下町の

仕

舞

た

屋

、つまり以前は商売をやっていたのであろう家並みと、お寺が目につく地域にタクシーで連れていかれました。

吹雪さんは来ませんでしたが、赤岩はついてきました。先生のお弟子さんなのですから。

細い路地に面した二階建ての古風な木造の家ですが、玄関の横の隣家との隙間のようなところを抜けると、小さな庭と部屋がありました。

「山梨県にあった古民家の一部を持って来たものだ」

低い塀があり、その向こうに卒塔婆のてっぺんが見えています。

「隣は古くからある墓だ。静かでいいだろう」

都会で空が開けているのはお墓ぐらいなのかもしれません。

黒板の外壁。ガラスの入った引き戸。開けると自転車が何台も置けそうなほど広い三和土があり、囲炉裏のある和室があります。見上げると太い梁が剥き出しで、すべてが黒光りしているのです。

吹雪さんの写真集で見たことがある光景でした。

梁には縄が何本も垂れ下がり、そこから木の滑車も下がっていました。なんのためのものかわかるだけに、ドキドキしてしまいます。

薄暗い電球が下がっていますが、間接照明で明るくすることもできるようです。

自

在

鉤

、階段状の

箪

笥

のほか、番傘や

行

李

、大小の竹カゴなど、民具も置かれています。アルミの脚立。大量の縄。太さも細いものから極太のものまで。ほかに針金の束がいくつも。麻紐もあります。

庭に面した障子は紙が貼られたものと、貼られていないものがありました。

かつてはごくありふれた生活感のある建物でしょう。不思議と落ち着きます。

ですが、この部屋は、女を縛ったり吊すために作られたのです。

そう思うと、ゾクゾクしてきます。

「これを着てもらおうかな」

バサッと先生が投げたのは、古ぼけた

絣

の

浴衣

です。帯はありません。しわしわで、手にするとカビ臭いのです。

「設定は女囚だからね。これを

羽

織

って。牢獄で自殺とかしちゃいけないから下着も帯もなしだ」

はじめてきちんと縛っていただくのに、いきなりの女囚というのは、おそらく深川先生たちの気持ちを物語っているのではないかと思います。

みじめな女。

「なるほど」と赤岩が言います。「女囚ならメイクなし、髪も適当でいいですからね」

吹雪さんはいませんが、赤岩は深川先生のカメラを用意して、準備を始めていました。彼は大きな傘のついたライトを三和土の近くにセットしていきます。

女囚だから、三和土での撮影なのです。

赤岩と金男は、自分たちの靴を軒下に隠し、そのほか背景にふさわしくないものを片付けていきます。

壁だと思っていたところが、実は板をたてかけてあったのです。それも使い込まれた板で、それでガラスの引き戸を覆います。廃屋から拾ってきたような木戸もあって、引き戸を隠した板の前にそれを立て掛け、小さな金具で留めると雰囲気はさらに古風になりました。

時代劇などで見られる番所のようです。または物置小屋でしょうか。

「うれしいか?」

金男が興奮しています。

「じゃ、やりましょうか」

深川先生に押されるように、三和土に素足で立ちます。

だらりとした着物を着たまま、腕を後ろに、胸の上下と首を縄が回っていきます。

どうなるか、わかりません。不安がすごくありました。

それが、不思議なことに、深川先生の力強い手と指先、そして生き物のように動く縄を受けていく中で、すーっと不安が消えていくのです。

ある意味のあきらめかもしれません。

腕の自由を奪われ、私は女囚となったのです。

自分の運命はこの人たちに委ねるしかありません。

ぎゅっと締めて結ばれて。確実に先生の意図するままに、縄は体に巻きついていくのです。

最初はそうでもなかった関節も、だんだんきつく感じられます。それでいて、体が締められるだけではなく、縄に頼っている感じもあるのです。

私がこんな姿勢でいられるのは縄があるからです。

その分、ムダな力が抜けていくような気がします。

先生は遠慮なく、どんどん縄を使います。背中の手を通した縄が、着物の裾をたぐって、股間を通り、前に。

「どうだ」

先生が斜めに引き上げると、立っているのがやっとなぐらい、体が感じてしまっています。

いつ赤岩が写真を撮っているのか、わかりません。

金男の存在も、ここがどこなのかも、どうでもよくなっています。

「うううん」

自然に声が漏れます。

誰かが

裾

をたくしあげて、お尻を

剥

き出しにしました。

深川先生は、持っていた縄を胸の縄に縦に通して、ぎゅっと引き絞りました。

「あうん」

目をつぶり、何百年も前の女囚になったような気持ちになります。頭の中では、吹雪さんの写真集のような絵柄が浮かんでいます。いまの自分はそんなキレイな姿ではないでしょうが……。

幻影の中に、いま、自分の体が入っていくのです。

縄がぐいぐいと体を締め付けて、その世界に押し込んでくれるのです。

縄が通っている股間が熱い。

新たな縄が右の足首に巻かれました。

「ほら、片足になって」

言われる通り、左足だけで立ちます。金男が手を差し伸べてくれます。

足を後ろに上げていきます。バランスが取れません。

壁か天井かわかりませんが、縄はどこか高いところを通って引っ張られていきます。

「うっ」

立っていられませんが、金男が上体と腕を押さえています。

深川先生がさらに着物の裾をまくりあげて、腰まで剥き出しになっています。

「いいケツだな」

先生の手がお尻を割り、縄をさらに奥深くに食い込ませました。

「あひっ」

このとき、私は少し不安がよぎったのです。

私は彼らにとって、なんなのか、と。たとえば縄で縛ることが、セックスの前戯、またはセックスそのものだとすれば、私はその最後のところを拒絶しているのです。彼らは私の体を使って欲望を果たすことはできません。

一方、私はこうして縛られるだけで、どろどろとした欲望を満たされています。私にとっては、これはもうセックス以上のセックスです。三人の男たちに囲まれて自由を失って、素肌を晒しているのです……。

「顔を上に向けてみろ」

顎に手がかかりました。

まさかと思っていましたが、右足首を高く引き上げている縄の末端が、首に回されました。

「あはっ」

「大丈夫。締まらないようにしているから」

何重にも首から顎にかけて縄が巻かれ、たしかに首を締め付けるわけではないとはいえ、食い込んできます。

さっきの不安の続き……。つまり彼らは私を縛ることだけで欲望を満たすことができるのでしょうか?

犯すことのできない肉体を前にして、純粋に縛ることで私を責めて楽しむことができるのでしょうか?

行き場のない欲望は、私への緊縛をより厳しいものにするのではないでしょうか?

セックスができない金男の欲望が、あのような行為になってエスカレートしていったように……。

実際に、こんな姿勢の写真は見たことがありません。

首が絞まってしまえば……。いえ、首が折れたら……。

赤岩と金男がすぐ近くで、いざとなれば体を支えてくれるからできているのですが。

「いいか。すこしガマンしろよ」

男たちが離れていきます。撮影するためでしょう。

「じっとしていろ!」

深川先生が怒鳴ります。

そうなのです。彼らの欲望はより厳しく私に接することでしか満たされないのです。

苦しくて、目尻から涙が流れます。

「OK」と赤岩が言いました。写真が撮れたようです。

首の縄が外されていきます。

「どうだ。苦しいか?」

深川先生が見下ろしています。

返事ができません。咳き込むばかりです。

「この程度で音を上げられては困るな」

「大丈夫です。なわみは、どんなに厳しい緊縛でも引き受けますよ」と金男が勝手に約束しています。

「今日はテストだからな。合格すれば使ってやってもいいが、ダメならカネを貰っても縛ってやらないからな」

深川先生はそう言いながら、赤岩と私の体を持ち上げて、仰向けにして三和土に寝かせました。

右足はまだ吊られたままです。

左足首も縛られ、折り曲げて

腿

にぴったりとつけて、一緒に縛られていきます。左足だけ正座したように固定されました。金男による乱暴な縛りとはまったく違います。その縄は美しく、私のためにオーダーしたかのように、ぴったりと、そしてぎっちりと、肉に食い込んでいきます。

その左足に新たな縄がかかり、縄尻は座敷の方に伸びて柱に巻き付けていきます。

「あっ」

股

裂

きの変形のように、左右の足が別々の方向に引っ張られていきます。

赤岩が着物の裾を完全に割って、股間が剥き出しになっています。

「なわみ、どうだ」

金男が横にしゃがんでいます。

「楽しいか?」

答えたくないので、口をギュッと結んでいました。

「さすがにプロは手際も仕上がりも違うな。おまえがもっと頑張れば、もっと厳しい縛りをやってくれるぞ。普通のモデルじゃできないようなことも、おまえはやるよな?」

肯定も否定もできません。

「あひっ」

ぐいっと右足を引っ張られました。右側がやや吊られるようになってお尻も浮いています。そして左足が大きく割られていています。

深川先生がおりてきて、着物の胸元を左右に開いていきます。縛られたままなので、むりに押し開くのです。そして右側の乳房を乱暴に引きずり出しました。

「いいですね」

赤岩がおそらくカメラを見ながら言っているのでしょう。金男が遠くに下がりました。

深川先生はあえて、私の頭を膝の上にのせてくれて、片手は剥き出しの乳房を掴みます。少しずつ動きながら、写真を撮られます。

「なわみ。おまえは女囚だが、美しいので番屋で取り調べの前にみんなに犯されるんだ。それもこんな姿勢で複数の男たちに同時にやられるわけだ」

あえいでいる私の口に、深川先生の指が入ります。

「うぐっ」

乳房を強く押し潰されます。

「そうだ。いい顔だぞ。男たちにオモチャにされていく、哀れな女だ」

それは設定の女囚のことなのか、私のことなのか。

熱い、熱くてたまらない……。

体が燃えて止まらなくなってきました。いつしか、縄をきしませて、身もだえし続けていたのでした。

もっと厳しく縛って、恥ずかしことをしてほしい。もし夫がいなければ、全員に犯されてもかまわない。

この

火

照

りを

鎮

めることができるのなら、水をぶっかけられてもかまわない……。

菜緒美をめちゃくちゃにしてほしい……。

そんな言葉が、頭の中でぐるぐると回っているのです。

水責め

「金男さん。これを持って」

赤岩が金男に竹刀を持たせます。

「このあたりに食い込ませて」

深川先生をはじめ、男たちが興奮しているのがわかります。女囚をいたぶるシチュエーションに、入り込んでいるのです。

恥ずかしいことですが、私の内部から出ている淫らな香りが、むんむんと部屋に立ちこめているようなのです。それが彼らをさらに勢いづけているのではないでしょうか。

義兄の持つ竹刀の先が乳房に食い込みます。

「もっと表情を出せ!」

深川先生が怒鳴ります。

髪を引っ張られます。先生は髪に縄をかけていくのです。

「うううう」

髪をまとめて縛られ、引っ張り上げられました。

「いいぞ」

赤岩がうれしそうにシャッターを押しています。

義兄の腕に力が入り、乳房に竹刀の先がぐいぐいと突き刺さるのです。

「おれはこっちだ」

先生も竹刀を手にして、股間に食い込ませるのです。性器の入り口をえぐるように。

「ぎひっ」

「そうだ、その顔だ」

ひとしきり竹刀でいじられていましたが、ポーズを変えることになりました。

泣きそうになっている私は、縄からいったん解放されたものの、女囚の着物を羽織って上がり框に腰かけていました。義兄がペットボトルのお茶をくれ、それを飲んでいると、手首の縄目に気づきました。白い肌にうっすら赤く残る跡に、自分の業の深さを感じずにはいられません。

こんなことをされて、悦びに

浸

っていたのです……。

「最初は着衣で」と深川先生。

赤岩は私を立たせ、着物をちゃんと前で合わせるように指示しました。

三和土の中央付近で、足首を揃えて縛られます。手も再び縄がかかり、肩甲骨まで引き上げられました。首、乳房と縄がまるでお馴染みのように肌をすべっていくのです。

肌を隠す着物までも、縄に味方をしているように、体を締め付ける手伝いをしています。

「そこに正座して」

縄を赤岩が持ち、支えられながら、正座しました。

足首の縄尻を背中から、手を縛っている縄に通して引き上げるように縛り付けました。

身動きができません。

「これをのせてみよう」

墓石のようなグレーの

板

石

を深川先生が示しました。

「石抱きの拷問ですね」

義兄が興奮しています。

「三枚ぐらいのるかな?」

薄い板ですが、十分に重く、三枚も足の上にのると、かなりきついのです。脛が地面にあたってつらいだけではなく、その脛や踵が腿やお尻に食い込み、膝がねじれて、下半身すべてが悲鳴を上げています。

崩れないように板石を縛り、肩に縄を回します。

「ほら、忘れるなよ、表情だよ、表情!」

先生が怒鳴ります。

余裕がありません。

「どうすれば……」

思わず、そう言っていました。

「バカ野郎。自分で考えろ。感じたことを表現できなきゃ、モデルなんかやめちまえ!」

プロのカメラマンである吹雪さんはそんな酷いことは言いませんでした。私がモデルらしき仕事をしていた頃も、怒鳴るカメラマンなんていませんでした。

ですが、深川先生はとても厳しいのです。

縄味 1 第3部 (3/4)
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