完全飼育 第1部 (1/2)
次の話
序章
私・
永沢
環
が絶対服従ということに、はっきりとした憧れをいだくようになったのは、大学院の修士課程二年目のことだった。
学校の頃から歴史が好きで、研究者の道へ進むつもりでいた私は、そこで林田先生に出逢ったのだ。
先生は思想史でとてもご高名な方だったが、ご専門の分野ばかりでなく、心理学や美学にまで踏み込んだご講義はとても面白く、私は毎回熱心に聞き入った。
特にファシズムについてのお話は、私にとって大きな衝撃だった。
自由であることはすべての人間に保証された権利だが、人は時にそれを手放したがる。ヒトラーに魅せられた人々もそうだった。
人間は、破壊と再生の繰り返しで生きている。死は、すでに遺伝子に組み込まれた真理であり、意識しようがしまいが、誰もがそれを目指して生を送っているといえる。ナチズムは神話的な英雄譚によって、誰もが無意識のうちに希求する死そのものをデザインし、殺戮と美学を結びつけた。
本来なら、殺戮を賛美するような不道徳は許されなかっただろう。しかし、ナチスに傾倒した人々は、それまでの価値観ではとても考えられなかった、その倒錯的な死のロマンに魅せられたといってもいい。
林田先生は、絶対服従とは、現実の抑圧からの解放であると同時に、本能の全開放でもある。そして、その向こう側にある倒錯性が高いほど、人々は魅了されると教えてくださった。
それを聞いた時、私は体が震えた。性的な絶頂にも似た陶酔さえわき起こった。
私が歴史に興味を持ち、自分でもはっきりと意識しないまま抱き続けた、英雄譚や政治劇への憧れはここにつながっていたのだということを、初めて理解した瞬間だった。
授業が終ったあと、私はすぐに先生の元へ駆け寄った。だが胸がいっぱいで、「あの、先生、とても素晴らしいご講義でした」と、言うことしかできない。
今年六十五歳という先生は、柔和なお顔で微笑んでくださり、「よかったら、研究室へ遊びにいらっしゃい」と、言ってくださった。
私は感激し、翌日、絶対服従に関するレポートを勝手に書き上げ、それを持って研究室へお邪魔した。
先生は私の目の前でそれを読んでくださって、「よく書けていますね。文章も非常に良い」と、誉めてくださった。
私は、涙ぐみそうになった。
実を言えば、それはレポートというより、絶対服従に憧れる熱烈なラブレターのようなものだった。ようやく明らかになった自分の本当の望みを、そこに込めたのだった。
その後、先生とは何度もお話しした。どんな疑問にも答えてくださったが、それ以上のことは起きなかった。
先生は私の望みを理解し、また、それをかなえてくださる支配者の資質もお持ちだったが、指一本ふれることなく、翌年、退官された。
最後のご講義のあと、研究室へ行った。ただ泣き続けるだけの私に、先生はこうおっしゃった。
「あなたは若く、美しい。そして、非常に聡明だ。自分を信じて生きなさい。きっと、ふさわしい出会いが待っているはずだから」
そして、次のようにお続けになった。
「私に連絡をとろうとしてはいけない。思い出してもいけない。このことは忘れなさい。これがあなたに下す、最初で最後の命令です」
私は、その場に膝を折り、すがろうと手を伸ばした。だが、先生はスッと体をお引きになり、研究室を出て行ってしまわれた。
それ以来お会いすることはなく、私は修士課程を卒業し、博士課程で学んだあと、二十八歳で出身大学の助教となった。
先生によって開かれた願望はその後も収まるどころかますます募り、絶対者に完全飼育される妄想へと変貌をとげた。
先生を想うことさえ禁じられた私には、それをかなえる術もなく、隷属への思いがあふれると、「飼育奴隷日記」をしたためるようになった。それも、パソコンで無機質な文字を並べる気にはなれず、臙脂の革の手帳を買い求めると、そこへブルーブラックのインクで綴ったのである。
地下室のある古いビルや、運河に係留されている汚れた船。そして、どこへつながっているのかわからない暗い路地………。
そうした滅びと死の匂いがまとわりつくものの奥には、鎖につながれた全裸の私が、いつも目を伏せて絶対者を待っていた。
手帳はなにものにもかえがたい宝物となり、肌身離さず持ち歩くようになった。
ところが、ある日、いくら探してもそれがみつからなくなった。どこかに落としたのだろうかと思ったら、汗が噴き出すような緊張と恐怖がおそってきた。そして次の瞬間、座り込みたくなるような大きな落胆が訪れた。
名前が書いてあるわけではないから、それが私のものだと分かるはずはないと思ったが、魂とも命とも言えるような物語なのである。また明日から綴ればよいと自分を励ましても、こみ上げてくるものをおさえられなかった。
それから二ヶ月後。少し憂鬱な気分で、日曜日の遅い朝食をとっていると携帯電話が鳴った。
知らない番号だったが一応出てみると、驚いたことに、それは憧れてやまない、あの林田先生からの電話だった。五年ぶりでお聞きするお声は以前と少しも変わらず、私はそれだけで涙をあふれさせた。
先生は「逢いたい」とおっしゃった。断る理由はなかった。その日の午後、私は高鳴る胸をおさえながら、指定されたビルへ向かったのである。
川沿いにある、古びたビルの真鍮の取っ手をにぎってドアを開けると、そこは小さな薄暗いホールだった。
表には三つほど会社の看板が出ていたが、日曜日で誰も来ていないのだろう。ビルの内部はとても静かだった。
先生はすぐに、脇にある部屋から出ていらした。
少しお痩せになったようだが、白髪のまじったおぐしも知的な眼の輝きもお変わりにならない。
言葉もなく泣き出した私に、先生はなにか取り出してお見せになった。
臙脂の革の表紙………まちがいない! なくしたはずの、あの手帳だった。
「それは!」と言ったきり絶句する私に、先生は微笑みながらおっしゃった。
「入手経路は秘密ですが、今でもあなたの気持ちが変わらないことだけは分かりました」
何度もうなずきながら、もう立っていられずにひざまずく。
「私の願いは五年前とかわりません。どうか私をしもべとして、おそばにおいてください!」
心からの願いを口にすると、先生は一瞬目を閉じ、それから一つうなずかれた。
「いいでしょう。あなたを今日から私の奴隷として、ここで飼うことにしましょう」
今度こそ言葉が出なくなった。今、聞いたことは本当なのだろうかと、何度も疑った。
しかし、膝にあたるひび割れた古いタイルの固さも、ほこり臭いホールも、目の前の林田先生も、すべて現実だった。
呆然とする私に、先生は、「立ちなさい」と、ご命じになった。
めまいがしそうなほどの感動を覚えながら、「はい」と言って立ち上がった。
「これから暮らす部屋に案内しよう。ついてきなさい」
先生は背を向け、奥にある階段へと歩いていかれた。
私は何もかも忘れて、ただひたすらその後をついていった。
そこは、一階よりもいっそうくすんだ感じのする地下室だった。
川沿いだというのもあるのだろう。湿ってよどんだ空気が、私を重く取り巻く。
青白い蛍光灯が一本灯るだけの部屋の中には、小さな洗面台と、カーテンに囲まれた和式の便器。そして木製のアンティーク・カートと、肘掛け付きの簡素なダイニング.チェアが一つあるきりで、家具と呼べるような物はほかにない。
床はコンクリートがむき出しになっていたが、片隅に毛布が一枚敷いてあった。それが「ベッド」だった。
「月に一度屋上で日光浴するほかは、原則としてずっとここで暮らすことになる。何をどうするかは、そのつど話すことにしよう。日記は毎日つけなさい。これからは妄想ではなく、すべて本当のことばかりになる」
先生はそうおっしゃると、私が今まで書き溜めた分を、手帳から破り取ってしまわれた。
「許可する私物は、この手帳と万年筆だけだ。あとは没収する。もう大学へ行く必要はない。退職願は届け済みだ。私の奴隷になることだけを考えなさい」
次から次へと告げられるショッキングな事柄に、私は戸惑いを覚えた。あまりにも急激な展開だった。
しかし、先生のお言葉には従わざるをえないものがこもっていた。
一瞬だけ、いままでの暮らしへの未練が浮かんだ。しかしそれも、先生の落ち着いた深い眼差しにあったとたん、くだけ散ってしまった。
私は再び膝を折り、バッグを傍らへ置いた。そうして絶対服従の誓いを、先生のおっしゃる言葉どおり、その場で繰り返したのだった。
*六月十三日
今日から、私はご主人様の奴隷として、飼っていただくことになった。
これから、月に一度屋上に出していただくほかは、ずっとここで生きてゆくのだと思うと、絶望と興奮が同時におそってきて、私は目を伏せた。
前に立つご主人様は、うつむく私をしばらくご覧になっていたが、やがて全裸になるようおっしゃった。
私は激しい羞恥に全身を染めた。ノーマルな性交さえあまり経験がなく、人前で裸になることにとても抵抗があったのだ。
それに、ご主人様とは何度も会ってお話しし、尊敬もしていたが、今日まで行為らしいことは何一つしていなかった。
だが、飼育奴隷として一生お仕えすると決めたのだ。私はわき上がる恥ずかしさを抑え、どうやら着ているものを脱ぎ落した。
音のない空間で、支配者の視線だけがゆっくりと移動する。
「性奴隷として申し分のない体だ。豊満な乳房、よくくびれた胴、厚みのある尻と長い手足。責めを受ける姿もさぞかし美しいだろう」
全身を熱くしながら下をむいていると、次の指示が出された。
「そこへ四つん這いになって、腰を高くあげなさい」
気持ちの高ぶりもあったのだろう。その言葉に涙がこぼれてしまった。
どんなご命令にも従わなくてはいけないと思うのに、すべてが初めての私は、どうしてもためらいが先に立つ。
「私の奴隷になるという誓いは嘘だったのかな」
お声は静かだったが、心を凍りつかせるものが含まれていた。
「いいえ」と急いで首をふったが、ご主人様はお許しにならなかった。
乗馬鞭で私のお尻を強くぶつと、「すぐに従わなかった罰だ。仰向けになりなさい」と、さらに耐え難いことをおっしゃった。
私は、初めての鞭の痛みとむごい命令に涙をぬぐいながら、やっとの思いで仰向けになった。
地下室のコンクリートの床は冷たく、シミだらけの白い天井の隅には蜘蛛の巣が見える。
「自分で足首をつかんで、開きなさい」
「そんな!」
とてもできないことを伝えたくて、何度も首を振った。
「お許しください!」
顔を覆ってそういうと、膝を立てて体を丸める。
無言の時間がすぎ、その沈黙が怖くなってそっと手をどけてみると、まっすぐに見下ろすご主人様の視線とぶつかった。
「飼育奴隷としての覚悟が、まだできていないようだね。絶対服従すると誓った時の言葉を、もう一度くりかえしなさい」
それは、本物の鞭よりも厳しく私を打った。
仰向けのまま、涙のからむ声で、誓いの言葉をくりかえす。
「私のすべてはご主人様のものです。私はご主人様の所有物であり、一切の欲望はご主人様の管理下にあります。従って、どんなご命令にも謹んで従い、それに反したときには相応の罰をお受けいたします」
言い終えると目を閉じた。次にどうしなければならないかが、分かっていたからだった。
ご主人様は、ただ見守っていらっしゃる。
ゆっくりではあったが、自分の足首をつかみ、耐え難い羞恥の中で両足を開いた。
「一度でできなかったことに対する罰を与えよう。指でラビアを開きなさい」
それもまた、たとえようもなく恥ずかしいご命令だった。だが、もう逆らうことは許されない。
指で探りあてたラビアは、ひどくつかみにくかった。なぜなら、すっかり蜜にまみれていたからだ。
ご主人様は、カートから細くて透明なディルドーを取り出すと、私が開いた場所へあてがった。
全身が大きくうねった。
「ここがどうなっているか、言葉にしなさい」
また泣きそうになりながら、やっとのことで口を開いた。
「たくさん、濡れています」
ご主人様は、満足げにうなずくと、こうお続けになった。
「初めに言っておく。ここは快楽のためにあるのではない。常に罰を受ける場所としてある。従って、私の許可無く極めることは許さない。自分で勝手に触るのもだめだ」
私は「はい」と応えながらも、突然背骨を昇ってきたしびれるような感覚に、ため息がこぼれそうになった。
“すべてを管理される飼育奴隷”
このことの本当の素晴らしさを、この時、初めて実感したのだった。
ご主人様は、ディルドーをそのまま私の内部に差し込み、奥を深く蹂躙なさった。
顎があがりそうになると、「許可なく動くんじゃない」と声が飛ぶ。
ラビアをつまむ指はとうにはずれ、私はコンクリートに爪を立てたまま、押し殺した声だけでその感触に耐えなければならなかった。
*六月十四日
窓の無い地下室では、天井に一つだけある蛍光灯が太陽の代わりとなる。眠ることを許されるとそれが消され、目覚める時間になると、ご主人様がいらっしゃって点灯してくださった。
そして、運ばれた朝食を手を使わずにいただくと、二日目の調教が始まった。
「今日は、排泄のしつけをする」というお言葉を、私は床に正座して伺った。
昨日、絶頂することを許されないまま、一時間以上もなぶられた性器はまだ少し腫れている。
ご主人様は「仕置きの道具」として完成させるために、いくつかの改造を考えているとおっしゃっていた。
だが、何をどうするのかまでは聞かされていない。その不安をかかえたままの排泄調教だった。
私の排泄は、当然ながらすべて許可制で、目が覚めてから……といっても、ゆうべはほとんど眠れなかったのだが……一度も排泄していなかった。だから、もう我慢できないところまできていたし、ご主人様もそれはご存知のはずだった。
「あの、どうか、もう……させてください」
お願いしてみるが、無情にも首をお振りになる。
「これを飲んでからだ」
差し出されたものは、一リットル入りのミネラル・ウォーターだった。
思わずうめき、つい「お許しください」と言ってしまった。
「飼育奴隷に許しを乞う自由はない。昨日は初日ということで大目に見たが、今日からは罰を与える」
ペットボトルが、もう一本ふえた。
(これを全部!)
心の中で絶望の悲鳴をあげたものの、罰が取り消されることはないということもわかっていた。
早くお許しをいただきたい一心で、私は持ち重りのするペットボトルを手に取った。
一本目は、なんとか飲み干した。
だが、二本目の半分より先がどうしても入らない。
お許しを願うことができないので、ご主人様を見上げて小さく首をふるが、その強固な視線は微動だにしない。まるで私の覚悟を見定めるかのように鋭く注がれている。
仕方なく、少しずつ喉へ流し込んだ。
とても長い時間をかけて、ようやくすべてを飲み終わると、吐き気と排尿感でうめき声がとまらなくなった。
ご主人様は、座っていた椅子からゆっくりとお立ちになった。
なにをなさるのかと思ったら、便器を囲むカーテンを引き開け、まとめて縛ってレールの上へ挙げてしまわれた。
私は息を呑んだ。これでは排泄する姿が丸見えになってしまう。それは、性器を見せるよりも、ある意味恥ずかしいことだった。
もう、なりふりかまってはいられなかった。
「お願いです! ご主人様!」
言葉でおすがりしてみるが、ご主人様は許すどころか、私の足首をつかんで便器まで引きずって行かれた。そして、うしろ手に縛ると便器をまたがせ、鞭で膝裏をぶってしゃがませた。
「ああ!」
取らされた姿勢の恥ずかしさに、頭がどうかなりそうだった。
ご主人様は、椅子を便器のそばまで持ってくると、腰をおろして私を見下ろした。
足の間からは、もう少しずつ雫がこぼれ始めていて、いくらも持たないのが自分でも分かる。
私は股間を必死に引き締めた。
「どうか、カーテンを降ろしてください! お願いします!」
もう一度叫ぶが、ご主人様は無言のまま、ながめていらっしゃるばかりだ。
とうとう、下腹の堰が切れた。
長時間我慢していただけに、いつもよりずっと勢い良くほとばしって、あたりに飛び散る。
さらには、ミネラル・ウォーターで冷やされた腸の内部からも汚物が飛び出し、私は悲鳴をあげた。
「イヤー! 見ないでぇ!」
臭いも感触も音も、すべてが「私」という人格を破壊し、二度ともどれない場所へと運んで行った。
死刑囚のように固く目を閉じて、私は終わりを待った。
「目をあけなさい」
静かなお言葉が聞こえてきたときは、半ば放心状態にあった。
まぶたは開いたが、唇が震える。惨めさと恥ずかしさでいっぱいだった。
早く両手を解放していただき、足を閉じて体を隠したかった。
「だいぶ汚したな。便器の掃除も、奴隷の仕事だ。飛び散ったところを、なめてきれいにしなさい」
それは、耳を疑いたくなるような恐ろしいご命令だった。
顔を歪め、嗚咽をもらすと、激しく首を振った。そうして、不自由な姿勢のままあとずさると、足を閉じて床に倒れ込んだ。
しばらくそのまま泣いていると、再びお声が聞こえてきた。
「つらいのは、まだ人間としての意識があるからだ。元の世界は忘れなさい。奴隷のすべては主のためにある。心を消して、その肉体を差し出し、ただの道具になることをよろこびなさい」
“心を消して、道具になる”
ご主人様のこの一言が、私の目を開かせた。
肘をついて体を起こすと、椅子に座るお姿を見上げた。そこにはなんの感情も伺えなかったが、励ましてくださっているようにも見えた。
私は、改めて便器を見つめた。
その和式の便器は古く、二カ所にひび割れがある。まわりに敷かれたタイルは白と青の幾何学模様だったが、目地もふくめてところどころ黄ばんだり黒ずんだりしている。とくに便器の両脇は、私のものばかりではないシミがこびりついていた。
「ここは、もと倉庫兼事務所として使われていたところだ。買い取ったとき、トイレだけはそのままにしてもらった。いつでもここを、おまえの口の中にある“雑巾”で綺麗にしておくこと。それも排泄のしつけだ」
淡々とおっしゃるご主人様と便器を、私はかわるがわる見た。
覚悟はきめたものの、やはりためらいを捨て切れない。顔が泣き崩れそうになるのを必死にこらえる。
ようやく膝立ちになって頭を下げ、便器の縁に小さな肉の「雑巾」を伸ばした。
だが、反射的に引っ込めてしまう。乗り越えなければならない壁は、とてつもなく高かった。
なんとか自分を励まし、身も心も放り出すような気持ちで再び伸ばした。
汚物はもう流してあったが、残滓がすぐに味蕾を刺激する。塩辛さと生臭み、そして苦みの入り交じったものを、私はやっとの思いで飲み込んだが、案の定すぐに嘔吐してしまった。
二リットルの水に薄められ、溶解した朝食が、口から便器の中へとあふれ出す。しかし、そんなことで許されはしなかった。
やっと便器をきれいにすると、次は長年の汚れがしみ込んだタイルだった。
そして、すべてをなめ終わったとき、胃の中のものは、あらかた吐き尽くしてしまっていた。
「いいだろう。きれいになった」
お言葉をいただいたとたん、私は声をあげて泣き出した。
それは喜びとか、悲しみとか、そんなありふれた名前のつけられない感情だった。
舌を這わせているとき、自分以外の何人がここを汚したのだろうと思った。そして、その汚物を、やがて舌でなめとる者が現れることを、そのうちの誰が想像しただろうと思ったら、昨日味わったあの素晴らしい震えが全身を貫いていた。
私の中から一切の不純物が取り除かれた。そこには、ただ主に絶対服従する奴隷としての喜びだけが、白く純粋な霧のように満ちていたのだった。
*六月十五日
飼育奴隷となって三日目。
恥ずかしくてたまらない排泄と、泣くほどつらい便器の掃除を済ませると、物としての自覚を高めるために、家具になることを命じられた。
「これができたなら、正式に私の飼育奴隷として認めよう」
私は緊張しながら「はい」とお応えした。
まず初めは、仰向けになって体を二つに折り曲げ、太腿の裏側に透明なアクリル板を乗せる「テーブル」だった。
ポーズが決まると、ご主人様は小さなローターを二個取り出し、開いたラビアの間に埋め込んだ。
入れられる感触に耐えながらも、ひどく不安になった。ただでさえ厳しい調教なのに、こんなことまでされたらじっとしている自信がない。
だが、私の動揺をよそに、直径七十センチくらいの丸いアクリル板が腿裏に乗せられた。
「このまま、一時間だ」
コーヒーの入ったカップが、性器と肛門に密着した「テーブル」の上に置かれる。それから、恐れていたローターのスイッチが入った。
「ああっ!」
思わず声がこぼれた。
二個の振動が奇妙に共鳴し合い、時に離れ、時にくっつきながら、私の内部の柔肉をかきまわしていた。
アクリル板の下から、「ご主人様、ご主人様!」と必死に訴えるが、ローターは止まらない。
いや、時々止まるのだが、前ぶれもなくまた震え始め、そのたびに苦しまなければならなかった。
そして、ついに、「テーブル」の上のコーヒーカップが滑り落ちそうになった。
それを寸前で受け止めたご主人様は、おもむろに腕時計をご覧になった。
「十五分か。これではとても合格とは言えないな」
小さな声で「申し訳ありません」と言うと、アクリル板の裏側を見せられた。そこには、淫らな粘液がたっぷりとついていた。
「ここは、快楽のためにあるのではないと、言わなかったかな?」
「申し訳ありません」
もう一度言うと、ご主人様は右手にお持ちのコーヒーカップをいきなり傾けた。
肉襞や粘膜の重なりにこぼれてきた褐色の液体は、まだ充分に熱かった。
大きな悲鳴をあげる私の、禁じられた快楽の蜜が洗い流されてゆく………。
コーヒーがすべてなくなるまで、その灼熱のお仕置きは続けられた。
「テーブル」として失格となった私の次の課題は、「オットマンチェア」だった。
四つん這いになった背中に、椅子に座ったご主人様の両足が乗せられる。それは思ったよりも重く、コンクリートにふれている私の膝はすぐに痛み始めた。
少し位置をずらそうとして動くと、すかさず乗馬鞭でお尻をぶたれた。伸ばした首が疲れて動いても、足指をまげても、すぐに鞭が飛んでくる。
やがて額には汗が浮かびはじめ、体中の痛みは堪え難いほどになった。普段は意識しない乳房の重みさえいとわしかった。
あまりのつらさにすすり泣くと、お声がかかった。
「どうした。まだ二十分しかたってないぞ。あと四十分だ」
それは、絶望的な長さに思われた。
ますます泣く私に、ご主人様は何発ものきつい鞭をお与えになった。
言い渡された一時間が過ぎる頃、お尻はすっかり紫色に腫れ上がり、顔の下のコンクリートは、涙をたっぷり吸って色が変わっていた。
許されたとたん、私は床に倒れ込んだ。もう、自分の体だとは思えないほど、どこもかしこもこわばり切っていた。
ご主人様はしばらく休ませてくださったあと、正座するように言われた。
ご命令どおりにしながらも、体の痛みに思わずうめく。
「家具は飼育奴隷の基本だ。何時間でもできるよう努力しなさい」
厳しいお言葉に涙を拭った。これだけ長時間の苦痛を乗り切るには、なにをどうすればいいのか見当もつかなかった。
「さあ、最後の仕上げだ。これができたら、首輪をつけてやろう」
ご主人様はそうおっしゃると、私を便器の前に正座させた。
「飼育奴隷は主の便器でもある。特に口は、そのためにこそある」
「はい」とお返事したものの、声が震えてしまう。何をお望みなのか、何となく分かったからだ。
予想どおり、ご主人様は前を開けてご自身を取り出された。
お香の古木のような香りが漂う。
男性の性器など直視できなくて目を伏せていると、威厳のあるお声が聞こえてきた。
「口を開けなさい」
私の小さな口がおずおずと開かれ、ご主人様に差し出された。
拒絶や嫌悪や屈辱は、義務感にも似た逃れがたい感情によって、次第に打ち消されていった。
放尿が開始された。
一口分溜まると飲み下す。そして、また私の「便器」を開く。
だが、結局三口しかできず、飲みかけたものを戻してしまった。
ご主人様は、意外にもそこで許してくださった。
「最初はこんなものだろう。そのうち全部飲めるようになりなさい」
私は、その足にすがりついて泣いてしまった。
「これから調教はもっと厳しくなる。膣や肛門は拡張し、乳首も仕置き用に肥大させることになるだろう。罰の苦痛は増し、おまえは毎日泣き叫ぶことになるかもしれない。排泄も、明日から許可制ではなく強制にする。おまえがしたい時に許可をもとめるのではなく、私がさせたいと思う時にだけ許すということだ」
ご主人様は、カートから一〇〇ccのガラス製浣腸器を取り出された。
「朝晩二回、必ずこれを使う。慣れてきたら量も回数もふやし、おまえはいつでも、どこでも、尻をあげて肛門を開かなければならなくなる。小水はカテーテルを使う。失禁は当然処罰の対象だ。膣には、今入れてあるローターを常に入れておきなさい。肛門には、後でプラグを装着する」
その過酷な未来に、私は戦慄した。
しかし、自由な生が失われてゆくたびに現実は色あせ、それよりもずっと甘美な何かが、全身をいっぱいに満たしはじめていた。
「飼育」という残酷な庇護のもと、呼吸さえもがご主人様に管理されているような錯覚に陥り、私は大きくあえいだ。
*六月十六日
今日から私の排泄は、すべてご主人様の手で、強制的に行われるようになった。
コンクリートの床に置かれたお皿に口をつけていただく朝食が済むと、仰向けになって足を開くよう言われた。
カートのトレーには、カテーテルや浣腸器、それに黒いラバーのプラグなどが乗せられている。
「どうした。早くしなさい」
「は、はい」
お返事はしたものの、どんな苦痛がまっているのかと思うと、身がすくんですぐには動けなくなる。
ご主人様は、根気よく待っていてくださったが、その表情はけっしてお優しいものではなかった。
私は、ようやく覚悟を決めて横たわり、羞恥と恐怖をこらえながら足を開いた。
「命令に一度で従えなかった罰は、あとでたっぷり与えよう」
ご主人様はそうおっしゃりながら、私の性器を指で開くと、消毒をなさった。
トレーの上でカチャリと音がしたかと思うと、すぐに尿道へ硬い器具が挿入されてきた。
言葉にできない不快感と激しい排尿感が私をうめかせる。
「緊張しすぎると、苦痛が長引く。力をぬきなさい」
言われても、呼吸さえままならない。性器や肛門とちがって、尿道は不可侵の医療的領域に思われ、ひどい冒涜感がつきまとう。
しかし、それを受け入れなければ、私が熱望する「奴隷」にはなれないのだ。
苦労して息を吐き、下肢の力をぬいたとたん、カテーテルが深くさし込まれた。
一瞬の鋭い痛みをこらえると、恥ずかしい液体が流れ出した。
「あ、あ……」
守ってきた一つの世界が壊れて、弱い自分がむき出しになる。こんな感覚に慣れることができるのだろうかと泣きたくなる。
しずくがとぎれると、透明なバッグに溜められた黄色い液体を目の前にさし出された。
恥ずかしさに目をそらせると、ご主人様は少しお笑いになった。
「一日分を、夜の浣腸液として入れてやろう」
身じろぐ私への次の指示は、四つん這いになることだった。
今度はなんとか一度で従ったものの、お尻に冷たいゼリーが塗り込められると、背筋に悪寒が走った。
浣腸への言いようのない拒絶感がこみ上げ、かたく目を閉じて両手を握り込む。
「腹部をゆるめなさい。それではいくらも入らない」
しかられて、必死の思いで震える息をはきだすと、液の注入がはじまった。
ただのミネラルウォーターだったが、とてもじっとしてなどいられない感触だった。
「くうっ」と情けない声をあげると、ご主人様は面白そうにおっしゃった。
「おまえは本当に淫乱だ。導尿の時からはしたなく濡らしていたと思ったら、今はあふれ出て床まで垂れている」
初めて告げられる事実に驚いて下を見れば、たしかに透明な液体が糸を引いてこぼれ、床にたまっていた。
「イヤ!」
叫んだ瞬間に、全身が熱くなった。
それに合わせるかのように、二本目の水流が勢い良く入ってきた。
頭を振って限界を告げるが、ご主人様は容赦がなかった。
「こんなに濡らす奴隷に、手加減は無用だな。あと三本だ」
私は絶望の悲鳴を放った。
だが、つらさだけではない何かが、さらに股間を潤わせるのが、自分でもわかった。
いつもの排泄よりずっとつらい強制排泄は、人間らしい尊厳をさらに奪った。
すべて出し終わったあと、わずかに腹痛の残る体に初めてのプラグをはめられると、もう動けなかった。
すっかり出し終えたはずなのに、また排泄感が襲ってくる。体は汗ばみ、乳房まで小刻みに震えている。
眉根に力を入れ、唇を開いたまま、浅く何度も息を吸った。
「どうした。まだ肉雑巾での掃除が残っているだろう?」
きびしいお言葉に、ふらつく体をようやく起こした。
少し動いただけでプラグが直腸を刺激し、押し出してしまいそうになる。うしろを強く締めながら這いつくばり、便器やタイルを舌でお掃除するのはとてつもなくつらいことだった。
お掃除が終わると、私はしびれた舌をしまい、ご主人様を見上げた。いつもなら、そこで褒めてくださるのに、今日はちがっていた。
「これから、導尿の時に一度で命令に従えなかった罰を与える」
そうだった。あまりの羞恥や苦痛で、罰のことをすっかり忘れていた。
「舌を出しなさい」
ご命令に、いい知れぬ恐怖がこみ上げた。
しかし、罰を拒むことはできない。そう、奴隷には許されないのだ。
何度も味わってきた服従の無力感に震えながら舌を出すと、その先を鎖付きのステンレス・クリップで挟まれ、大きく引っ張りだされた。
「だいぶ赤くなっているな。タイルの味には、もう慣れたかな?」
そんなものに慣れるはずはなかった。相変わらず臭気とえぐみのあるひどい味に吐き気をもようしながら、ただただ勤めを果たしているだけだ。
私は、首を横にふった。
ご主人様はわずかに唇を持ち上げると、酷使した舌を上下左右に強く揺さぶられた。
「エウゥ」という、動物の鳴き声のような恥ずかしい声があがる。
そうしてしばらくなぶられたあと、クリップの鎖は天井のパイプに引っかけられ、思い切り引き上げられた。
舌がちぎれそうな激痛が走った。
思わず立ち上がると、すぐに鞭で打たれ、ひざまずかされた。
顔はまっすぐ上を向き、涙がこめかみから耳の方へ流れてゆく。両手を背中で縛られると、肉体的にも精神的にも、もはや逃げ場はなかった。
「私がいいと言うまで、その姿勢でいなさい」
ご主人様はそうおっしゃると、椅子を持ってきてお座りになり、腕時計をご覧になった。
「最低でも二十分だな」
私は目を見開き、慈悲を乞うた。
「えうう、えうっ!」
そんなに長く、とても耐えられそうになかった。
すると、とがめるように乗馬鞭がとんできた。
まずは太腿、それからおなか、胸、首、そして舌の根元と、硬い革の衝撃が次々におそい、私は許されるまで、ずっと泣き叫ばなければならなかった。
*六月三十日
日に数回の導尿カテーテルと朝晩の浣腸、そして起きてから寝るまでのアナル・プラグは、私から次第に生きる気力を奪っていくように思えた。
また、つらいのに、痛いのに、何をされても潤ってしまう。
そんなだらしのない淫乱さもイヤで、自分で思い描いていたような奴隷になれないことへの苛立ちもあった。
だが、少しでも気のない振る舞いをすると、ご主人様からきつく叱責され、罰を与えられた。
舌を吊られての正座は当たり前で、時には鞭ではなくて熱ロウをたらされることもあり、痛む膝と舌での便器掃除はいっそうつらいものになっていった。
陽も差さず、風も通わない地下室でぐったりとした体を抱えていると、あんなに自分から望んだことなのに「本当にこれでいいのか」という疑問がわき上がることもあった。
そんなおり、「今日は屋上に出してやろう」と、ご主人様がおっしゃった。
私は喜びを抑えらず、涙ぐみながらお礼を申し上げた。
だがすぐに、それは新たな絶望へと入れ変わった。
屋上へ出るために用意されたのは黒い布製のマスク一枚だけで、あとは何もなかったのだ。
首輪につけられた鎖を引かれ、四つん這いで地下室のドアを出たとたん、もと居た部屋に戻りたくてたまらなくなった。
「どうかお許しください! こんな恥ずかしい姿で……私にはできません!」
もし誰かに見られたらと思うと、死にたいくらいの惨めさがこみ上げてくる。
部屋の中よりもさらに汚れている廊下に伏せると、声を上げて泣きだした。
すると、ご主人様の静かなお声が降ってきた。
「最近のおまえには迷いが見える。なぜ、私に絶対服従を誓ったのか、それをもう一度思い出しなさい」
そうおっしゃると、鎖を強くお引きになった。
そして、中腰になった私を強制的にエレベーターへ乗せると、屋上のボタンをお押しになった。
古いエレベーターは、ガクンとひと揺れすると、無情にも動きだした。
私は膝を抱えてできるだけ自分を隠し、ご主人様の足下にうずくまった。言われたお言葉など、考える余裕も無かった。
さいわい、屋上まで誰も乗ってくることはなかった。少しだけ安堵したが、それもいっときのことだった。
古い五階建てのビルの屋上は、ひどく荒れ果てていた。
給水塔の横のくぼみには壊れた家具が雑然と積み上げられ、枯れた鉢植えからこぼれた土には雑草や苔が生えている。少し離れた場所には、さびた洗濯ポールが二本立っているのが、マスクの布越しに透けて見えた。
その洗濯ポールの片方に、私はつながれた。
「今、四時を少し過ぎたところだ。日が暮れたら迎えにきてやろう」
ご主人様はそれだけおっしゃって、エレベーターへ通じるドアから立ち去ってしまわれた。
私は一人、裸で取り残された。
心細さで叫びだしそうになりながらまわりを見回すと、左右のビルにいくつか小さな窓があるのがわかった。
裏は大きな河だから大丈夫だろうが、道をへだてた向かいのビルからは丸見えである。
左右の小さな窓が一つでも開いたら……向かいの窓の西陽をさえぎるブラインドが少しでも上がったら……そして、それぞれの屋上から誰かがこのビルを見下ろしてみようという気まぐれを起こしたら、この恥ずかしい奴隷姿を見られてしまう!
「いやぁ……いやぁ……」
体を丸め、マスクで覆われた頭を両手で抱えながら泣いた。
子供の頃からよくお勉強のできる、聞き分けの良い子供として、両親や親戚に可愛がられてきた。元の生活を続けていたなら、将来大学で教鞭をとることになっただろう。
それなのに、どうして、こんなあさましい奴隷になることを選んでしまったのか。
私は、あらためて自分に問いかけた。
こうされることを本当に望んでいるのか。それとも、まちがった選択だったと思っているのか。
ご主人様に奴隷の誓いをした時の幸福感は、いったい何だったのか。こうなってもまだ、私には守りたいものがあるのか。
幾重にもかけられた心のベールをはがし、自分を探っていった。
きっとこれが、さっきご主人様のおっしゃったお言葉の意味なのだろうとも思った。
そして、どう見ても言いわけのしようがない性奴隷の姿で、崩れかけた屋上のコンクリートにころがりながら、自分が確かに潤っているのを、私は感じていた。
「私は、心から尊敬し、お慕いするご主人様の奴隷。私のすべてはご主人様のもの」
口に出して言ってみると、霧が晴れたような気がした。
そうだ。排泄を管理されるのも、便器を舌でお掃除するのも、家具としてご主人様に使っていただくことも、お仕置きで悲鳴をお聞かせすることも、すべては悦びだった。
ご主人様とは、私にとってそういう存在なのだ。今まで身につけた価値観など関係ない。新しくご主人様のものとして生まれ変わるために、私は飼育していただくことを承知したのだ。
「ご主人様……」
お名前をお呼びすると、新たな涙がこぼれた。ご主人様が恋しくてたまらなかった。
そして、早く来てくださらないかと思う一方で、その時にどんなふうにお迎えしたら喜んでくださるだろうかと考えた。
私は、もう一度まわりのビルを見渡した。相変わらず、向かいのビルのブラインドは降ろされたままだし、左右のビルの窓も閉まったままだ。
もしかしたら、誰かに見られるかもしれないという状況に変わりはなかったが、私は決心した。
どんなに恥ずかしいことであっても、ご主人様のお心にかなうことの方が、奴隷にとっては大切なのだ。
丸めていた体を伸ばし、正座して腕をうしろに組んだ。そして、頭を少しだけ前に傾ける。
ご主人様に教えていただいた、奴隷として待つ時の基本姿勢だった。
やがて、ビルの向こうに夕陽が沈むと、お約束どおり、ご主人様が迎えにきてくださった!
恭順の姿勢でお待ちする私をご覧になると、そばへ来てマスクの頭をなでてくださった。
「わかったようだね。環は良い子だ」
思わず顔をあげた。奴隷になってから、初めて名前を呼んでいただいたのだ。
「ご主人様、ご主人様!」
うれしさに泣きながら膝におすがりすると、ギュッと抱きしめてくださった。
「環が納得していないことをしても、なんの意味もない。すべては、おまえのためにある。それが分からないようなら、もうこの飼育は終りにしようと思っていた」
私は、ご主人様の腕の中でイヤイヤと首をふった。長時間の正座で足はひどく痛んだけれど、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
ご主人様の大きくて温かなお心に包まれ、私は幸福感でいっぱいになった。
*七月十五日
屋上での全裸放置のあと、課題がさらに増やされた。拡張である。
まず、ヘアをすっかりそり落とされ、朝の浣腸排泄のあとに入れられるアナル・プラグは、次第に太いものに変えられていった。そして、それとは別に、性器の拡張も毎日行われるようになった。
昼食が終ると、私はうしろのプラグをはずされ、前を自分の指でほぐすように言われた。
ご主人様の目の前で足を大きく広げ、時には両手を使いながら入り口を広げていくのだ。頬を染めずにはできない行為だった。
指が五本とも根元まで入るようになると、ご主人様は適当な太さのディルドーを選び、私の中へお入れになる。
最初はちょうど入るくらいのもので奥までならし、次はきついけれどなんとか入るものを。三本目は、どうしても悲鳴が出てしまうような太さのものをしっかり奥まで入れられ、ベルトで固定された。
それから四つん這いになり、読書をなさるご主人様のお隣で、コーヒーテーブルを勤めるのである。そのときはたいてい、鼻の間の軟骨を、鈴付きの小さなクリップで挟まれた。
ディルドーを入れられた場所の焼けるような痛みや、背中に乗せたアクリル板の重さ、それにコーヒーの熱さも加わって、何度もお許しを乞いそうになる。
だが、口を開けば鈴が鳴り、ケインが容赦なく太腿の裏側に飛んできた。
つらい読書タイムが終ると、次は腕を伸ばして吊られ、ひとしきり鞭でぶたれた。
それから乳房の先にも鈴付きのクリップをつけられ、固定ベルトの内側に仕込まれたバイブレーターのスイッチを入れられた。
体中どこもかしこも痛い状態で、それでも私はうるさいほどに鈴を鳴らし、ご主人様を呼びながら果てる。
ベルトを外され、極太のディルドーが出て行くと、そこはいつもしびれて感覚がなくなっていた。
十日ほどそれを繰り返されると、私はご主人様の手を呑み込むことができるようになっていた。
最初のそれは、やはり激痛だった。しかし、すぐに、今まで経験したこともないような大きな快感がやってきた。
ご主人様の手を丸ごと呑み込んでいるという事実が、性具としての奴隷の悦びをもたらしたのだろう。
中で手を動かされると、肉体のすべてを思いどおりに操られている感覚が一気に押し寄せ、気を失いそうになった。このままずっと、ご主人様の手に串刺しにされて暮らしたいと、心の底から願った。
「前はよく広がったようだな。次はうしろだ。明日から、前の拡張につかった三本のディルドーを、自分で順番に入れるようにしなさい。一番太いものが入るまで、その他の調教はお預けだ」
私は半分目を閉じながら首をかたむけ、途切れる間際のようなかすれた声で「はい」と応えた。
*七月二十九日
性器の拡張が進んだことで肛門まで柔らかくなっていたのか、一週間もすると、いちばん太い直径六センチのディルドーが入るようになった。
初めてそれが可能になった日、うしろに深くさし込んで腰を高くあげ、頭を床につけながらご主人様のおいでをお待ちする間の誇らしさは、たとえようもなかった。
ご覧になったご主人様はとてもお喜びになり、さまざまな道具を入れて楽しまれた。
「肛門の快楽を知るようになると、腸は悦びの粘液を出す。ほら、ここだ」
さんざんもてあそばれた腸の内部の一点を指で刺激されると、双丘から腰にかけて喜悦の波が広がっていった。
「あふ…ん……ううん」
驚くほど甘い声がでた。
「いい反応だ。優秀な奴隷穴だな」
引き抜かれて目の前にさし出された中指には、半透明の葛あんのようなドロリとしたものがからまっていた。
「なめなさい」
唇をひらいて迎え入れたそれは、枯れ木をいぶしたような臭いがあった。
「これが肛虐の悦びの印だ。味を覚えておきなさい」
うなずきながら、私は夢中になってご主人様の指をしゃぶりつづけた。
うしろの快感は前と少しちがう。閉じているのが当たり前のきつい門をむりやりこじあけ、体の奥の奥まで犯されるのである。つながるための器官ではないところで受ける責めの被虐感は、ほかにたとえようがない。
それから私は毎回、とろみの濃い喜悦の汁を腸壁からにじませ、我を忘れるほど乱れるようになった。
コンドームをかぶせたワイヤー付きのタワシを三十センチも入れられたときは、ご主人様もさすがにあきれていらっしゃった。
ゴム越しにも感じられる鋭いナイロン突起の刺激が、いてもたってもいられないような掻痒感と快楽を生み出していたのだ。
私の頭の中でゴムの障壁は取りのぞかれ、むき出しのタワシがやわらかい腸の粘膜を引っかいて血をにじませていた。
掃除具に内蔵を犯される妄想と現実が二重になって、かつてない深みにまで私を追い込んでいた。
「うう……あああ…んあ、ああ……」
痴呆のようにだらしなくうめくことを止められない。
「おまえの尻は貪欲だ。こんな物まで旨いのか」
四つん這いの太腿を絶え間なくつたい落ちる膣液を指でおすくいなりながら、ご主人様はおからかいになった。
「どれ、前もふさいでやろう」
みだらな水源へ、左手が手首までねじ込まれる。
そして、右手でうしろのワイヤーが動かされはじめると、私は狂乱状態に陥った。
前を限界まで開かれたことはもちろん、普段意識することもないような腸の奥を激しく突かれ、理性も思考もすっかり吹き飛んだ。
頭を振って大きく叫ぶと、ご主人様はお入れになった左手で拳をつくり、私を体ごと揺さぶられた。
細い胴には不釣り合いな重い乳房が、前後左右に痛いほど揺れる。
私は絶叫しながら、ついに失禁してしまった。
体液と尿で汚れた自分の体は、臭いも感触も死にたくなるような恥ずかしさだった。
「申しわけ……ござい……ません」
息も整わないまま、お手を汚してしまったことへのお詫びを申し上げた。
手とワイヤータワシを外してくださったご主人様からのお応えは、「椅子に座って、両足を抱えなさい」というものだった。
私は震え上がった。何をなさるおつもりなのかが分かったからだ。
「ご主人様」
涙声で言って見上げる。
「はしたないおもらし奴隷はお仕置きだ」
予想どおりのむごいお言葉にかたく目を閉じたが、のろのろと身を起こし、言われたとおりの姿勢をとった。自分がお仕置きに値する奴隷だということが、分かっていたからだった。
汚れた体を縄で固定なさったご主人様は、「さっき、これを入れられた環の中はどうなった?」
そうおっしゃりながら、まだコンドームをかぶせたままのワイヤータワシで頬をお打ちになった。
独特の臭気を放つ腸液を頬に塗られながら、私は消え入りそうな声で、「たくさん蜜をあふれさせました」とお答えした。
「それから、おもらしもしたんだったな?」
「……はい、そうです」
「今はどうなっている?」
「今は……今も……たくさん濡れています」
「私は、いつもどんな奴隷になりなさいと言っているかな?」
「気品のある美しい奴隷になりなさいとおっしゃっています」
「では、さっきのおまえはどうだった」
「………」
お答えできなかった。それどころかますます蜜をあふれさせ、椅子や縄を濡らしてしまった。
「どうしても、お仕置きをして欲しいらしいな」
そうじゃないと首をふる私の口に、タワシが押しつけられる。
「自分の尻から出てきたものを、なめてきれいにしなさい」
私は泣きながら唇を開き、それをくわえた。
とたんに喉の奥を突かれ、もどしそうになる。顔をそむけようとするとアゴをつかまれ、さらに強く押し込まれた。
苦しさに涙があふれ、何度もえずいた。
「ただ仕置きを受けるだけでは反省したことにならない。口で言いなさい」
タワシを抜き取っていただいた私は、咳き込みながらも、なんとか言葉を絞り出した。
「……私は、お尻にタワシを入れられても感じてしまう、淫乱な奴隷でした。申し訳ございません。これからは、ご主人様のお望みになる、慎み深い上品な奴隷になります」
「言っているそばから、また濡らしているじゃないか」
ご主人様は幅の狭いパドルを手に取ると、私の足の間を強くお打ちになった。
重く湿った音がして、悲鳴がほとばしる。
「今日は、百発だ」
恐ろしいことをおっしゃったご主人様は、うるさい口を黒革の猿ぐつわでおおってしまわれた。
椅子に固く縛り付けられたまま悲鳴を封じられ、私は百発のパドルをお受けしなければならなかった。
そうして翌朝、すっかり腫れ上がって形が変わったそこを、またご主人様のお手でじっくりと広げられたのだった。
*八月十一日
いつものように、朝食とお浣腸をいただき、肉雑巾でのつらい便器のお掃除が済むと、新たな課題が出された。
「環の下の穴は、すべて奴隷用に改造され、使い心地がよくなった。もう、こんなことまで感じるんだからな」
完全飼育 第1部 (1/2)
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