『セクレタリー』(Secretary、2002)は、スティーヴン・シャインバーグ(Steven Shainberg)監督によるアメリカのエロティック・ロマンティック・コメディドラマである。脚本はエリン・クレシダ・ウィルソン(Erin Cressida Wilson)、メアリー・ゲイツキル(Mary Gaitskill)の1988年同名短編の脚色。マギー・ジレンホールとジェームズ・スペイダーが、服従する秘書と支配する弁護士を演じる。オフィスの関係が、スパンキング、プロトコル、互いの認知のうえに乗った、交渉感のある D/s の恋へ育つ。主流映画としては、BDSM の化学反応を病理標本ではなく、キンクがあり、可笑しく、本気である正面の恋愛枠として最も広く見られた一本になった。
あらすじ:リー、グレイ、ダンジョンとしてのオフィス
リー・ホロウェイは、機能不全の家庭で育ち、社交がぎこちなく、感情の皮が薄い末娘である。深刻な自傷のあと精神病院に入り、普通の生活を組み直そうとする。タイピングを覚え、風変わりな弁護士 E. エドワード・グレイの面接を受ける。グレイは、今まで試した誰より点が高く、資格過剰だと言う。仕事はタイプライターだけの「とても退屈なもの」だ。リーは退屈な仕事が好きだと言って職を受ける。
グレイは誤字や事務のミスに苛立っているように見えるが、力学には電流がある。彼女の服従が彼を興奮させる。自傷の癖を知ると、彼は対面で問い詰め、二度と自分を傷つけてはいけないと命じる。支配が純粋なサディズムではなく、保護のほうへねじれる。綴りの誤りのあと、彼は彼女を机に伏せさせて尻を打つ。リーは電撃を受ける。雇主と雇员は BDSM 関係へ傾く。サディズムとマゾヒズムの出会いを通して、リーは性と人格の覚醒を見つけ、恋に落ちる。グレイのほうは欲望への恥と不安に溺れ、引き始める。リーはわざと打ち間違えて、さらなる罰を招く。
オフィス線の傍ら、リーは家族の友人ピーターと「普通」の恋愛を試す。彼との性はぬるく、叩かれたいという望みに彼は戸惑う。リーが虫の入った封筒をグレイに送ったあと、彼は彼女を机に伏せ、スカートと下着を脱がせ、背後で自慰し、裸の脚に射精して——解雇する。ピーターが求婚し、リーはしぶしぶ受ける。ウェディングドレスを試着している途中、彼女はグレイの事務所へ走り、愛を告げる。まだ確信できないグレイは試験を出す。手も足も動かさず、彼が戻るまで椅子に座れ。リーは従い、ドレスの中で排尿せざるを得なくなっても姿勢を崩さない。何時間も過ぎ、家族や友人が出入りして説得し、あるいは支持する。グレイは傍らで、その服従に見入る。メディアはこの徹夜をハンガーストライキと読む。三日後、グレイは戻り、彼女を階上へ連れて行き、入浴させ、食べさせる。二人は結婚し、幸福な支配/服従の結婚を続ける。映画が明示するテーゼは、「これは愛でありうる」である。
短編から長編脚本へ
ウィルソンとシャインバーグはゲイツキルの短編を劇場用の長さへ拡げ、トーンと結末を変えた。台詞も動く。リーの「私はなんて愚か」が、幻想の一拍では祝福の「私はあなたの秘書」になる。文学的結末は、より肯定的な関係の着地へ書き換えられた。シャインバーグは、BDSM 関係が普通でありうると示したかったと言い、スティグマを帯びた愛を広い観客に正規化する手本として、スティーヴン・フリアーズの『マイ・ビューティフル・ランドレット』を挙げた。監督の意図こそ、同意の描き方を批判しつつも、キンク観客がいまも『セクレタリー』を主流の味方テキストとして請求する理由である。
美術:自然なオフィス、人工の外側
シャインバーグとプロダクションデザイナーのエイミー・デンジャー(Amy Danger)は、以前の協働のあと、エドワードとリーのオフィスをおよそ二年かけて形にした。オフィスは手作りのように見え、グレイの植物執着を出す必要があった。天然木、竹、鉄、植物壁紙、自然色。その泡の外では、デンジャーは人工素材と工業色を推した。リーの家を覆うビニールシート、偽の質感。SM オフィスが、登場人物が「自然」でいられる場所として読めるようにするためだ。デンジャーは、S&M 素材なら暗くできたが、自分たちはその逆を選んだ、と述べる。関係が登場人物を自分自身へ解放するように。スタッフは「オフィスに戻りたい」と冗談を言った。家のセットが物理的に撮りにくかったからではなく、あのセットの感情温度のほうが良かったからだ。
ロケの混乱もあった。ある時点でチームが持っていたのは間違った公園の撮影権だった。ジレンホールは、必要な公園ショットを許可なしにでも取りに行けと押し、スタッフが警察の注意をそらした。物語の舞台はフロリダだが、本撮影はロサンゼルスである。
公開経路とホームビデオ
『セクレタリー』は2002年サンダンス映画祭で初映され、シャインバーグは独創性の特別審査員賞を受けた。ライオンズゲートが米劇場権を取り、同年トロント国際映画祭でも上映された。米限定公開は2002年9月20日、海外は2003–2004年へ続く。Region 1 DVD は2003年4月1日。英国 Tartan Video は2004年1月5日、Prism Leisure の廉価版は2005年2月7日。Blu-ray は2010年10月4日で、予告/テレビスポット、キャストと監督のインタビュー、メイキング、『履歴書』系特典、シャインバーグとウィルソンの音声解説が付く。
批評と興行
Rotten Tomatoes は約155本の批評で支持率およそ77パーセント(平均約6.8/10)。批評家コンセンサスは、キンクのひねりを持つロマンティックコメディでジレンホールが印象を残した点を強調する。Metacritic の加重は39人の批評家からおよそ63/100、「概ね好意的」。ロジャー・イーバートは、サディズムとマゾヒズムの周囲を慎重に歩き、純粋な冒犯と純粋な冗談の両方を避けたと評した。Ain’t It Cool News は、痛みは正しい手で癒やされうると主張するのは大胆に聞こえるが、ジレンホールはそれをほとんど自明で普通に見せる、と書いた。興行は米加でおよそ410万ドル、世界でおよそ930万ドル。劇場数字は控えめで、ホームビデオとキンク寄りの口コミで長く生きた。
論争、『フィフティ・シェイズ』の残響、同意批判
映画が BDSM ロマンスを中心に据え、スペイダーの役がグレイ姓であるため、後年の『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』現象と比較する評者は多く、E. L. ジェイムズがクリスチャン・グレイと名づけたことに影響したのではないか、と疑う声もある。別系統のフェミニスト/文学批評(LitHub のエミリー・ケンウェイ、PopMatters のアデル・メランダー=デイトンなど)は、明示的に交渉された同意なしに始まる、虐待になりうる力学を理想化していると論じる。コミュニティ読者にとって、この批判は使える。化学反応を愛する人でも、本物の D/s には映画のエロティック速記よりはっきりしたセーフワード、限界の会話、継続する同意が要ると教える。文化的入口と、不完全な同意モデル——両方を同時に持つことが、『セクレタリー』をめぐる標準的な成人メディア・リテラシーである。
賞はジレンホールに集中する
映画は多数のノミネートといくつかの受賞を集め、とくにリー役のジレンホールの突破演技に対するものが多い。演技賞が彼女の初期キャリアを固め、公衆の記憶を秘書の覚醒の側に置いた。スペイダーの支配弁護士アーキタイプだけが残ったわけではない。
サウンドトラック
サウンドトラック CD は2002年10月8日発売(MP3版は2006年7月11日)。アンジェロ・バダラメンティのスコアと、エロティックなモンタージュで使われた歌を混ぜる。とくにレナード・コーエンの “I’m Your Man” とリジー・ウェストの “Chariots Rise”。映画はウェストの歌詞を “what a fool am I, to fall so in love” から “what grace have I, to fall so in love” へわずかに変える。一語の移動が、服従を救済として書く映画の枠組みに合う。アルバム上のバダラメンティ曲には “Main Title”、“Feelin’ Free”、“Snow Dome Dreams”、“Bathing Blossom”、“Seeing Scars”、“Loving to Obey”、“Office Obligations”、“The Loving Tree”、“Orchids”、“Secretary’s Secrets” がある。
映画が教えること、飛ばすこと
コミュニティの教育者はしばしば『セクレタリー』を文化的入口として課題に出し、すぐ隙間を分解する。最初のスパンキングは職場の階層と、交渉されていない不意打ちから育つ。限界リストとセーフワードではない。リーの自傷歴がグレイの命令で水路を変える——映画としては感情の強い一拍だが、臨床の治療計画ではない。三日間の椅子の試練は忍耐と公開の注視をエロティックにする。現実のカップルが近似するなら、大量の CNC 交渉、水分補給、最低限の医学常識が要る。幸福な結婚の結末は映画のテーゼであり、あらゆる上司/雇员のキンク力学が健康である証拠ではない。うまく使えば、支配はケア、服従は主体、真の敵は恥だ、という会話が始まる。悪く使えば、境界を飛ばす「サプライズ」の脚本になる。成人の観客はジレンホールの演技を愛しつつ、自分たちの D/s はより口頭で、より取り消せ、ハリウッドが2002年にロマンチックだと思った職場権力の不均衡に依存しない、と主張できる。
読書案内と棚の位置
ウィルソンの脚本は Soft Skull Press が2003年に刊行した(『Secretary: A Screenplay』、ISBN 1-887128-19-0)。BDSM 映画の地図では、『セクレタリー』は純粋なホラー=サディズム作品ではなく、ロマンティックで喜劇的な D/s 処理の列に座る。オフィスの権力交換、愛の言語としてのスパンキング、ペットプレイに近い服従、カップルを病理化することを拒む結婚の結末。関連ノードにはゲイツキルの小説、スペイダー/ジレンホールの他作、『フィフティ・シェイズ』論争、バダラメンティのスコア技法、2000年代初頭のサンダンス受賞映画、ハリウッドが同意をどう舞台化するかの教育会話がある。成人観客にとって、これはなお2000年代初頭の主流テキストである。支配する弁護士と、自傷から立ち直りつつある服従の秘書が、結婚した権力交換のカップルになりうる、と述べ、その幻想が癒やすのか、傷つけるのか、両方なのかを文化全体に議論させた。二十年後、タイピングプールはほとんど消えた。ロマン化された D/s の議論は消えていない。













