橘淳一(たちばな じゅんいち、1954年3月17日 – 2018年12月19日)は、東京都在住だった著述家である。雑誌・書籍の編集者であり、ウェブマガジンの主宰者でもあった。M(の感受性を秘めた)女性のカウンセリング歴は三十年以上を持つ。緊縛は慰安であり抱擁であり、心を解き放つ技術であると提唱した。プレイではなくレッスンだと繰り返し、性的接触を排した縄の時間を生涯の仕事にした。SM雑誌の編集部から入り、M女性の紹介とカウンセリングへ一生を折った人物である。
報知新聞から『SMクラブ』編集部へ
1973年4月1日、早稲田大学政治経済学部政治学科入学と同時に東京都民となる。1980年9月卒業。大学在学中より報知新聞社で社員として勤務。退職後はみのり書房に入社し、雑誌『コミック・アゲイン』の二代目編集人となる。『コミック・アゲイン』休刊後はみのり書房を退社し、日本出版社へ入社。『SMクラブ』編集部員となり、SMの世界に初めて触れることとなる。在社中から橘淳一名義で『SMクラブ』に連載を持った。
1983年4月、フリーランスのライター・カメラマン・エディターになると同時に、M女性の真実を伝えることをライフワークと定めた。1996年6月、『マニア倶楽部』誌にて、現在の活動の始まりとなる「とびきりのM女性をあなたに紹介します」の連載を始める。その連載は2006年10月号まで継続され、紹介したとびきりのM女性は百二十人を数える。1998年10月、自身のホームページである「橘淳一のオフィシャルサイト」を開設。2010年4月、それまで紙媒体として出版していた内容を電子出版に置き換えたウェブマガジン『最愛のM女性とめぐりあうために』『M女性の真実』を刊行する。2011年5月に第二期、2012年8月に第三期の刊行を開始した。1996年から晩年に至る活動を通じて、三十一組(+α)の男女が婚姻関係までに至っている。2018年12月19日、自宅において心不全にて逝去。六十四歳没。
カウンセリングと、性的接触のないレッスン
自身のホームページ「橘淳一のオフィシャルサイト」に登録された女性会員からの、電話・メールによる相談事に回答するカウンセリングを、ほぼ毎日継続していた。また、女性会員が求める場合は「レッスン」にも応じている。プレイではなくレッスンである。緊縛はヒーリングであるという真実のもとに、女性を縛り、見守り、心を抱きしめる一時間から始まる。性的な接触は一切ない。その一時間で、縛られるだけで絶頂を迎える女性は少なくない。その映像はこれまでに五巻発行されている編著書『最愛のM女性とめぐり逢うために』(三和出版)付属DVDにて見ることができる。東京では毎月、名古屋・大阪では季節ごとに、『最愛のM女性にめぐり逢うための真実のSM術』と名付けた研究会を開催していた。
著作リスト
『スキャンダル・ショット』(日本出版社)ISBN-13 978-4930892126。三和出版のシリーズは『最愛のM女性とめぐり逢うために』ISBN 978-4776902485、『最愛のM女性とめぐり逢うために2』ISBN 978-4776902867、『最愛のM女性とめぐり逢うために3』ISBN 978-4776903161、『最愛のM女性とめぐり逢うために4』ISBN 978-4776903475、『最愛のM女性とめぐり逢うために5』ISBN 978-4776903901。ほか多数。縄を性交の前戯ではなく、M女性の心をほどく技術として書いた点が、橘の仕事の芯である。











