亜由美 灼熱編 亜由美シリーズ 第4部 (4/4)
前の話
白衣を着た男性たちに囲まれて、狭い廊下を歩いていくと、ガラス張りの区間に来ました。
「いやー」
ベッチェが叫び、わたしの手を振り払って逃げようとしました。背後にいた兵士が彼女をつかまえます。
一階から入ったのですが、この研究棟は地下に深くなっているようで、一段低い部屋を見下ろすことができました。
広い工場のようですが、天井も床も白っぽく、清潔そうです。
そんな部屋の中央には、ベッチェが目撃した物体がありました。
あれは、シャベェイで燃えさかる柱に串刺しにされた女性です。
何本ものベルトで、うつ伏せに宙吊りにされています。焼けただれた肛門を剥き出しにされています。この白い部屋では、浅黒い彼女の体は生々しく、不衛生な物体に見えます。
泣き叫んでいますが、それも当然でしょう。
治療されているのかと思ったら、焼けただれた肛門になにかを塗りつけられているのです。
「治療しているんじゃないんですか?」
「治療はいずれする。いまは、ああいう症状でなければ実験できない薬剤を塗布して、焼けた粘膜がどう変化するか見ているわけだ。欧米の薬品会社も、密かにここに持ち込んで試験をしていたりするそうだ。これが、この国にとってはバカにならない収益になる。それによって、大学や大学病院が維持されているんだそうだ」
「治療はするんですよね?」
「おまえが知る必要はないよ。なんのために、あんな風に火傷をさせたと思ってるんだ。実験に必要だからだ」
息苦しくてしょうがありません。
シャベェイは伝統的な拷問祭り、生贄を捧げる儀式と思っていました。いかにも土着の風習のように見せていても、そこには、お金に絡む現実的な理由があったのです。
「すごいもんだな。ここを撮影したら高値でマニアに売れそうだが、あいにく、ここは完全非公開だ。撮影もできないんだよ」
宇辻先生は銃を持った兵士をチラッと見ます。ベッチェを捕まえていた兵士は鋭い目で先生を睨みます。許可を得ている人でも、厳しく監視しているのです。
お尻の焼けた女性の隣には、別のゲダがいました。お腹の大きな妊婦のようです。水槽に入れられています。
「あっ」
びっくりしたことに、お腹から巨大なうなぎのような生物が出てきたのです。
白衣を着た男がなにかを早口でしゃべりました。
青ざめたベッチェは、なかなか訳してくれません。
「なんて言ったの?」
「彼女は、お腹の中で、ウナギの一種の魚の卵を産み付けて孵化させる実験をさせられています」
「どうして、そんなことを……」
「卵を産み付けるのに最適な環境にお腹の中が調整され、孵化した稚魚は、彼女の体から栄養源を吸収して……」
兵士とわたしで支えなければ、ベッチェは倒れてしまったことでしょう。
これまで、わたしの受けた苦痛など比べものにならないほどの苦痛を味わってきた彼女でも、この研究棟はショックだったようです。
顔見知りのゲダたちが実験台にされているからでしょう。
そして、彼女自身、いつあちら側に行かされてもおかしくはないのです。
妊娠しているゲダはいても、年配のゲダがいない理由は、この実験施設のせいかもしれません。
ゲダたちは、長生きできないようになっているのです。このサイクルから抜け出すためには、妊娠するしかないのですが、それでも、命を保証されるわけではありません。
しばらくなにも見えない壁だけの廊下を通り、階段を降りていきます。
「もういいです」
わたしは思わず宇辻先生にお願いしていました。
「怖すぎます」
「こんな機会はめったにないんだ。それに王室の招待なんだ。断ったらもっと怖いことになるかもしれないぞ」
見ると、さすがの宇辻先生も青ざめているようでした。パルダ王国と剛介たちとの関係は、緊張感のあるものなのでしょう。
白衣を着た男がさらに話をしています。
「この先には、最先端技術が詰まっているので、すべてを見せるわけにはいかないが、一部だけをお見せするようにと言われている、とのことです」
気を取り直したベッチェが、なんとか通訳しました。
「英語でも話せるんだけど、そうすると、そこの兵士に意味がわからないだろうから……」と白衣の男はボソボソと言い訳をしています。
お互いに見張るような社会のようです。
薄暗い廊下です。
行き止まりの廊下で、窓は小さいものが一つ、あるだけでした。
宇辻先生がそこをふさいで、しばらくなにも見えませんでした。
「ほら、見ておきなさい」
腕を引っ張られて、窓のところに行かされました。
最初はなにが行われているのかわかりませんでした。
全裸で刺青の入ったゲダが三人、台の上にうつ伏せに拘束されていました。全員がお尻をこちらに向けていて、そこに装置がついているのです。
研究員がスイッチを押すと、女たちがもだえ苦しみます。
「ここではあらゆる生物の生殖器を生体保存し、バイオによってその部分だけ生存させています。生殖機能についての研究をしながら、人間の快楽中枢の研究などのデータも取っているそうです」
ベッチェは、ゆっくり丁寧に通訳してくれました。
動きを止めた装置が自動的に外れていきます。すると、その先端には、赤黒いペニスが……。
「右から、犬、イルカ、ポニーのペニスが……」
またしてもベッチェは気絶しそうになっています。
女たちから装置が外れていくと、見たこともないおぞましいペニスが現れるのです。
「こ、ここには、現在、百六十種類ほどの哺乳類、爬虫類のペニスが生体保存され、いつでも使用できる状態になっています……」
悪夢のようです。
「ぜひ、一度、試してみてほしいですね」
白衣の男がニッコリとわたしに微笑んだのです。
返事ができません。
研究棟では、ほかにも見ることのできない恐ろしい人体実験が行われているようなのです。知らないでおいたほうがいいのかもしれません。
「男の被験者はいないのかな」と宇辻先生は言い、英語で研究者に質問しました。
兵士が緊張するのがわかります。
研究者は現地の言葉で応えます。
「いますよ、もちろん。たいがいは罪人です。ボランティアを募っても、さすがに手を上げる人はいませんからね」
外に出ても、気分はあまりよくなりませんでした。
「どうだ。おまえ、発情したんじゃないのか」
宇辻先生にからかわれたのですが、それどころではありません。
「さっきの人は罪人を使うとか言っていたが、昨日、王族の関係者たちと少し話をしたけど、ゲダが男子を産んだ場合に、たいがいは実験用だそうだ。召使いとか使役用にしていた時代もあったらしいが、最近はゲダは貴重だから実験用に引っ張りだこなんだな」
「えっ」
どこまで地獄なのでしょう。
ゲダは妊娠することで最悪の事態を逃れることができると思っていましたが、そんなことはないのです。生まれてくる子にも男女を問わず、苛酷な運命しかないのです。
「プゥッフ、わたしもあなたも、まだ運がいい方なのよ」
ベッチェが呟きました。
「いいな、プゥッフは。日本に戻れるんだから……」
嘆いている彼女。その目は少し怖いのです。思い詰めているようです。
わたしはベッチェの手を握りました。すごく冷たい手でした。
ある事件
何時だかわからないのですが、寝ぼけていたと思います。
大騒ぎになって、薄暗い建物なのに、ちゃんと廊下を照らす明かりがあったことを知りました。
真昼のように明るくなっていて、そこを大勢の人たちが行き来しています。
なにを言っているかわかりませんが、拷問官や兵士たちが、わたしたちを部屋から追い出し、一階に集めました。
劣悪な環境なので、体がだるいのです。
大学や研究棟を見学したあと、わたしはいかにも留学して勉強をしているかのようなシーンを撮影されました。
その後、宇辻先生、ベッチェと王国の一部を見せてもらいました。車の中からでしたが。
午後はわたしだけ、パルダ語の基礎を大学で実際に学びました。英語の上手な若い教授が、やさしく教えてくれました。これまで耳にしたパルダ語のいくつかの意味がわかるようになって、少しうれしくなりました。宇辻先生によれば週に何回か、教わることになりそうです。これはすごくうれしいことでした。
夕食後は体を休めることができました。
退屈ですが、わたしは宇辻先生のところで日記を書いたりできるので、まだ少しは気が紛れました。
そして就寝したのです。そこから起こされるまでは記憶がありません。
兵士たちが現地語でなにかをしきりに叫んでいます。怒鳴っています。
わたしたちになにかを強い口調で尋ねているのです。でも、わかりません。ベッチェを探したいのですが、下手に動くと怒られそうで足がすくんでいます。
そのうち、拷問官がわたしの前にやってきました。
「聞きたいことがある」
彼は英語でしたので、わたしも少しはわかりました。
わたしだけが拷問官に連れられて同じ建物の中にあるものの、行ったことのない棟へ連れていかれました。
生ぬるい夜の熱風の中、広場を横切って、薄暗い建物に連れていかれました。
広いガランとした部屋に、イスが一つだけあって、そこに座らせられました。
しばらくすると宇辻先生がやってきました。
「大変なことになった」
「なにがあったんですか?」
「おまえの通訳が逃げた」
なにを言っているのか、すぐにはわからなかったのですが、あとからやってきた拷問官が「ベッチェ」と言ったので、理解できました。
ベッチェが逃げた……。
逃げられるわけがないのに……。
「わたしが手引きしたんじゃないかと、いまもいろいろ聞かれたし、部屋を調べられたりもしたんだ。彼女は日本語が堪能だからね」
「ここから逃げられるのかしら?」
「まず、無理だろう。港と小さな空港があるけど、空港は王族の専用みたいなもので、兵隊だらけだ。港も似たようなものだ。隣国に行くには、ジャングルを越えることになる。その道路も軍が封鎖しているよ」
ため息が出ます。
この建物から出るのは見張りさえ出し抜けば可能でしょう。だけど、淫らな刺青をされた、服も持っていない女性が、どうやって国外へ逃げることができるのでしょう。
「手引きした者がいるんだろう。そうじゃなきゃ、無理だ。おまえ、なにか聞いていないか?」
「なんにも」
最後に話したのは夕食時。こっちの食べ物の単調さと、日本の食べ物のおいしさを二人でいっぱい話したのです。
わたしは現地の言葉の勉強を復習する意味もあって彼女との会話を楽しみ、この何日もなかったことですが、笑ったりもしました。
夢のような時間でした。
だけどその間、彼女は逃げることをずっと考えていたのです。もしかしたら研究棟の光景にショックを受けて決断したのかもしれません。
逃げられないとわかっていても、運命に逆らってみたくなったのでしょう。そうしなければ不幸な最後を遂げることが間違いないからです。
夜明け前に、ベッチェは捕らえられました。やっぱり逃げることは不可能だったのです。
裸で泥だらけで、べったりと背中に血がついていました。目はうつろで、泣きはらしたようです。
「亜由美」
彼女はあえて、そうわたしを呼んでくれました。
わたしは彼女を抱きしめました。ヒンヤリとした肌。血は彼女のものではありません。浴びたようです。
「なにがあったの?」
「ある人が日本に連れて行ってくれるというから、逃げ出したの」
「ある人って?」
「拷問官よ。見つかったときに、自殺したの」
「自殺!」
拳銃で自分の頭を撃ち抜いたそうです。なにか悩みがあったのか、いまとなってはわかりませんが、ベッチェとどこかへ逃げて暮らそうと思ったらしいのです。
わたしを拷問実験にかけた黒人の一人でした。
「なんで自殺を?」
「連れ戻されたら、おそろしい目に遭うからよ」
それをもっともよく知っているのは拷問官自身なのです。
「わたしも拳銃を持たされたけど、死ねなかった……」
泣き出した彼女を、わたしは抱きしめました。死んだ方がよかったのかもしれないし。この状況で「生きていてよかった」とは軽々しく言えません。
妊娠しないというだけで、ゲダはシャベェイの生贄として半死半生の目に遭わされるのです。
まして、逃げたゲダを待ち受けるものは、とてつもなく厳しいものになるでしょう。
「ベッチェ、悲しいわ」
「ごめんね、たぶん、亜由美にも迷惑がかかるわ」
「どうして?」
「通訳として一緒だったし、日本語ができたし、仲がよかったと見られていると思うから」
「だって、わたし、なにも知らないのに?」
「だから、ごめんなさい。わたしはどうなってもいいけど、亜由美が酷い目に遭わないことを祈るわ」
ゾッとしました。
歯がカチカチなるほど、震えていました。寒く感じられます。
なぜわたしまでも?
どっと、八人ほどの拷問官と兵士が入ってきました。
口々になにかをわめいています。
「不祥事の責任を取らせると言っているわ。わたしはもうダメね」
ベッチェが微笑みました。
「ちょっとしか一緒にいられなかったけど、楽しかったわ」
まるで死の間際のように言うのです。
「なんとかならないかしら」
わたしは宇辻先生にすがりました。
先生は英語で彼らと囁くように会話をしていました。かなり長い会話でした。
「ちくしょう。だめだそうだ」
「だめって?」
「逃げた彼女は、これから大変な拷問に合うだろう。そうしなければいけない。これはこの国の決まりなんだ。いま、王族関係者が立ち会いに来る。そして、亜由美も、なにかしら聞かれることになる。関係ないと言ったけども、これも決まりらしいんだ」
「わたしに?」
「いいか、気をしっかり持つんだ。これまでのようなものとはまったく違う苦痛になるかもしれないんだからね」
顔なじみの拷問官がやってきて、わたしに外へ出るように合図しました。
公開の拷問なのです。
明るくなると同時に、大変な暑さになります。気持ちのいい風が吹くのは早朝のわずかな時間だけです。
昼間、外に放置されるだけで、生死の境をさまようことになるでしょう。
舞台はなく、王室でわたしが受けたように、丸太の柱を立てて、そこにベッチェがくくりつけられました。
首に鎖が食い込んでいます。腕は丸太の後ろに回っています。腹部にも鎖が横切っています。足は左と右を別々に枷がつけられ、鎖が伸びています。
わたしの見ている前で、男たちはベッチェの足を引っ張りあげて、股間を剥き出しにするようなかっこうにさせると、鎖を丸太の上部に打ち付けました。小柄な彼女の体は、秘部をあらわにして、宙に浮いています。首と腹部のチェーンが強烈に食い込んでいるようです。
「ううううう」
耐える声だけしか聞こえません。
「まずかったのは、一緒に行ったやつが拷問官だったこと。日本に行ったことがあるしね。おまけにそいつは死んでしまって、なにも証言できない」
宇辻先生が言います。
「彼らからすれば、仲間が裏切ったとすれば、大変な問題になる。しかし、彼女がすべて悪いなら、そうでもないかもしれない」
「ベッチェに普通に聞けば、すべて話すと思うわ」
「それじゃ、この国では通用しないんだよ。暴力を経ずに真実は得られないと信じている」
テントが張られ、豪華なソファが用意され、飲み物や食べ物が並んだテーブルが置かれます。王室のところでわたしが経験したことに似ています。
建物の入り口が騒がしくなり、拷問官や兵士たちがずらりと並ぶ中を、王族の男が二人、歩いてきてテントの下に立ちました。
見覚えのある年配の男たちです。
単語を少し覚えかけてきましたので、彼が開会宣言のようなものをしているのがぼんやりとわかりました。
「パルダの王よ、神よ、大地よ、すこやかなれ」というのが、王族たちが冒頭で必ず言う挨拶だそうです。
すこやか、という日本語をあてましたが、パルダ語では「豊潤」とか「繁栄」といった意味も含まれている単語が使われていて、その単語は、王族関係、神様関係でしか使ってはいけないそうです。この国では言葉にも階層があるのです。
「問いなさい。ゲダにわかる言葉で」
それが拷問開始の合図でした。
わたしはベッチェに向き合うように、別の丸太に縛り付けられました。喉にチェーンこそされませんが、両足に枷をつけられ、鎖で丸太にくくりつけられました。手は後ろで丸太にからめて、枷で留められました。
しばらくはベッチェへの拷問を見せることが、わたしへの拷問になるようです。
拷問官たちは、なにも尋ねることはせず、長い鞭をふるい、ベッチェに振り下ろしました。
「ぎゃー」
ゲダにわかる言葉……。それは強烈な暴力ということです。
最初の一撃から悪意のあるものでした。鞭の先端になにかがついているのでしょうか。乳房から腹部にかけて、赤い筋がつきました。皮膚が切れたようです。
「ガラスかなにかの粉がついているようだな」
わたしの隣にいる宇辻先生が言います。
次の一撃は、左の腿を切り裂きました。ガクガクと震えて耐えているベッチェ。
妹のようにかわいい子。
その体が、次々と鞭でえぐられていくのです。
十数発を浴びせてから、ようやく、拷問官はベッチェに質問をしました。
「知らない。わたしは自分で逃げたいから逃げただけ。彼のことは知らない!」
ベッチェが叫んでいます。あとからパルダへやってきた彼女らしく、わたしにはかえって理解しやすいパルダ語でした。
バケツの水を頭からかけられると、彼女は叫びながらもだえています。
「ただの水じゃないよ、あれは。傷に染みるんだ。塩水かもしれないな」
濡れたベッチェに、拷問官たちはスタンガンを向けます。
「ぎゃー、知らない、痛い、助けて!」
まだスタンガンが接触していないのに、ベッチェはわめきます。
拷問の果てに
男たちからなにかを質問されて、叫ぶように答えるベッチェですが、バシッ、バシッと火花を散らしながら、彼女の柔らかな肌を焦がすスタンガンに、何度も失神させられています。
四人がかりで、つぎつぎとスタンガンを彼女にあてています。
このまま死んでしまうのではないでしょうか。
何十分もの拷問が続きます。
尋問が途切れるのは、男たちが休憩を取るからです。飲んだり食べたりしていると、王室から来た男が彼らになにかを指示します。
そのたびに、わたしの方を見るのです。
休憩が終わると、彼らはわたしの方へやってきました。
「いや、怖い」
彼らは英語でわたしに質問をしました。宇辻先生が通訳をしてくれます。質問はだいたいわかりますが、返事がうまく言葉になりません。
「ベッチェが逃げることをいつから知っていた?」
「知りませんでした」
「一緒に逃げようと誘われたのではないか?」
「いえ。彼女はなにも言いませんでした」
一通り、そんな尋問が続いたのですが、それで終わるわけがありませんでした。
彼らは長い鞭を手にしています。四人が四本の鞭を持っているのです。
宇辻先生はテントのところへ引き上げました。
「お願い、許して!」
ひゅっと空を切った鞭が右の乳房の下側に打ち込まれました。
「あっ」
痛みで声もろくに出ません。
すぐにつぎの衝撃が腹部から腿にかけて。
柔らかで無防備な肌を、これほどまで強烈に打ちすえられたことはありませんでした。
くらくらしてきました。
数十発の鞭を、男たちは連続で、浴びせてきました。
体が熱く、痛く、気が遠くなっていきます。
同じ拷問官なのに、これまで一度もしてこなかったような強烈な暴力でした。
わたしへの拷問実験などは、拷問テクニックは使っていても、手加減していたことがわかりました。
体の前面が傷と痣と血で染まっています。皮膚が剥ぎ取られたのではないかと思うほどです。
ベッチェに対する鞭と違い仕掛けはされていませんが、ダメージは似たようなものです。
別の四人がベッチェに質問をはじめました。
「亜由美、ごめんなさい!」
彼女は日本語で謝っています。
叩かれ、殴られ、蹴られているベッチェ。その小さな体が、みるみる腫れ上がります。
そして傷口になにか薬のようなものを塗ります。
「うぎゃぁぁぁぁ」
すさまじい悲鳴が上がり、それは薬ではなく、むしろ苦痛を引き起こすものだとわかります。
風にのって酢のような臭い。まさかとは思いますが、強烈な酸かもしれません。皮膚や肉が、薬品で焼かれているのです。
彼女は泣き叫びながら、なにかをしきりに訴えていますが、なにを言っているのか、聞き取れません。
宇辻先生はテントで王族の人と並んで座っているのです。
鞭を置いてきた男たちは、木の長い棒を手にして、わたしのところに集まってきました。
尋問はありません。
棒でわたしの体を突きます。
「ぐぇっ!」
逃げ場がありません。
その間も、ベッチェはわめいているのですが、彼らは耳を貸しません。
ビシッと棒が、太ももに食い込みました。
「ぎゃー」
骨が折れたかと思うほどの痛みです。
彼らは片手で棒を操作します。回るように、踊るようにしながら、遠心力で棒を素早く振り、わたしの体に……。
「ぎぃぃぃぃ」
腕や足に、つぎつぎと。
宇辻先生が、その棒打ちが終わったあとにやってきました。
「どうやら、ベッチェが本当のことを言っているか試すために、おまえが使われているようだな」
どういうことか、わかりません。
「親友のおまえが酷い目に遭うのを見れば、本当のことしか言えないだろうというわけだ」
そこに拷問官が戻って来ました。八人の拷問官たちは四人一組で行動をしているようです。
わたしはもう、怖くて、わけがわからず泣き叫んでいました。
宇辻先生になだめられるまで、しばらく時間が必要でした。
「彼らはおまえとベッチェの友情を疑っている。なんの関係もないことを証明しろと言っているぞ」
「そんなこと、できません」
意味がわからないのです。もっと殴られたり、叩かれたりするのかと思って、脅えていました。
「見ろ」
男たちは、狂暴な動物をとらえる罠のような仕掛けを持っています。
鋭い歯のある円形の鉄の器具です。虎挟みに似ていますが、ワニの口のように、ギザギザの鋭い歯がついています。
それを、ベッチェの右の乳房に向けました。彼女は泣きわめいています。
ガチャンとバネのはじける音がして、彼女の叫び声がしました。
男たちが離れると、彼女の魅力的だった大きな乳房に、虎挟みががっちりと食い込んでいるのです。そこに長い鎖をつけました。
「なにをする気?」
「さあ」
宇辻先生はまたテントへ逃げてしまいました。
わたしのところに来た拷問官が首に枷をつけました。怖くて震え続けているのですが、彼らは笑いもせず、真剣な顔つきです。
日本での拷問実験は彼らにとっては遊びにすぎなかったのです。王族の前での今日の拷問は、彼らの仕事なのです。しかも、仲間を失っているので、怒りもあるのではないでしょうか。
それをベッチェとわたしにぶつけているのです。
首の枷以外をすべて外されました。杭から自由になったのです。ただし、首の枷に、ベッチェの乳房に食い込んだ虎挟みからのチェーンが取り付けられました。
その長さは五メートルぐらいあります。
男たちは、さっき私を叩いた棒の先に鋭い矢尻を取り付けました。銛のようになりました。そこに布をまきつけていきます。油が染み込んでいるようです。
布に火がつけられました。
彼らは、その棒、いえ、銛をわたしに向けるのです。
「あ、だめ!」
逃げます。
すると、ベッチェが「ぎゃー」と泣き叫びます。
わたしが逃げると、鎖が伸びきり、彼女の乳房に食い込んだ凶器が引っ張られるのです。
どう見ても、乳房に深く突き刺さっているのですから、外れることはありません。もし外れるとしたら、ベッチェの右の乳房がちぎれてしまったときだけでしょう。
「いや!」
ぼんやりしていると、焼けた布と、それがまきついた銛がわたしに突き刺さるのです。
四人が次々と炎の銛を突き出すのです。
なんとか遠くに逃げないようにしながら、それを避けようとしますが……。
「うぐっ」
わたしの首が絞まるということは、鎖がピンと伸びているという意味なのです。
「亜由美! いいの。逃げて! どんどん逃げて!」
ベッチェの日本語が、悲鳴の間に聞こえました。
「ぎぃ」
逃げようとしたお尻に突き刺さりました。肌が焼かれます。布の油が飛んで、あちこちが燃えています。
動けなくなります。四つん這いになってしまいました。
逃げることができません。なんとか、ガマンしたい。でも、いつまでガマンできるでしょう。これに終わりはくるのでしょうか。
立ち上がって右に、左にと男たちをかわしてみます。
「がっ!」
またお尻に刺さりました。
わたしは倒れてしまいました。そうすると首がぐいっと持っていかれ、勢いよく鎖を引っ張ってしまうことになりました。
ベッチェは悲鳴をあげていません。
おそるおそる彼女を見ると、まだ虎挟みは乳房に食いついていました。でも、その乳房の形が明らかに変わっていました。ちぎれそうになっているのです。
「こんなこと、させないで!」
わたしは泣き叫びました。
倒れたまま、動けないでいるところに、拷問官がやってきました。逃げないわたしは、突き放題、焼き放題でしょう。苦痛がやってくるのを待ちました。
ジャラリと音をさせて、男は鎖を手にしました。
「なにをするの」
力のない声。
男はその鎖を思い切り引っ張ったのです。
わたしの首は絞まりませんでした。
つまり……。
振り返ると、あの虎挟みが、地面に落ちていました。
「あああああああ」
血だらけの胸をしたベッチェが失神していました。
かわいそうに。乳房はちぎれてしまったのです。
男は鎖を手で巻き取っていきます。
地面をずるずると血にまみれた器具が近づいてきます。
「そんな……」
それを手にした男が、どこかを操作してバネを外しました。鋭い歯の間から、肉片がドサッと落ちました。彼はそれを足でふみにじりました。
とんでもないことです。
彼らはベッチェからなにかを聞き出したいのではないのです。仲間を失ったこともあり、名誉のためか、なにか知りませんが、ベッチェをむごたらしく処刑するつもりなのです。
それをわたしに見せつけることで、ゲダであることを思い知らせようとでもいうのでしょうか。
王族がなにかを言いました。
拷問官は、血にまみれた虎挟みのついた鎖を引っ張り、わたしを立たせました。
すっかり脅えきったわたしを、引っ張ります。
そしてテントの横にある小さな杭にチェーンを巻き付けました。
そこは日陰になっていて、涼しい風を感じます。冷たい飲み物が並び、食べものもあります。
宇辻先生が、水を持ってきてくれました。
飲み干しました。その水にはレモンが入っていました。あまりのおいしさに、激しい怒りを感じました。
この人たちは……。
「ここで見ていろってさ」
「もう、たくさんです」
「ゲダの女が、逃げたらどうなるか、見せたいそうだ」
「もう、たくさん!」
少し強く言ったのですが、風にちぎれ飛んで、先生以外には届かなかったようです。
いえ、男たちはベッチェに向かっていき、仕上げにかかろうとしていたのです。だから、もうわたしのことなんて、どうでもいいのです。
まだ燃えている銛を、ベッチェの腕と足に深々と突き刺しました。油が飛び散って、その周囲を含めて燃え上がります。
ベッチェの声は聞こえません。声が枯れたのか、失神しているのかもわかりません。
「とても、動画で配信できるような内容じゃないよ」
宇辻先生はため息をつきます。
「他国の風習に干渉する気はないが、これは、なんだか本当に大変な国だぞ」
ただ野蛮なのではないのです。カネがあり、最先端の頭脳を持ち、あらゆる設備を揃えているのに、いざとなると考えられないほどの残虐さを平気で示すのです。
「かわいそうに。もう助からないな」
手足を焼くというよりも、燃やそうとしているようです。
ベッチェの髪に火がついて燃え上がりました。
すさまじい悲鳴に、拷問官たちの怒号が重なります。死にそうな彼女に、さらに悪態を浴びせているのです。
「亜由美、生きて。私の分も、強く生きて」
耳を疑いました。幻聴かもしれません。でも、ベッチェがまるですぐ近くで言うかのように、聞こえたのです。
「ベッチェ!」
わたしは叫んでいました。
残った左の乳房を、彼らは小指ほどの小さなナイフで、削り取るようにして、いたぶりながらすっかりダメにしています。
頭と手足を焼かれたからか、杭から解放されても、ベッチェは立つことができません。
バッタリと地面にうつ伏せに倒れてしまいました。もう死んでいるかもしれません。わたしは彼女が、なにも感じない状態になっていることを祈りました。
乱暴に仰向けにされて、ベッチェの性器に大根ぐらいの大きさの金属の器具を押し込んでいきます。
裂けてしまっているはずです。
その器具の底は穴が開いていて、そこに熱した油を注ぎ込みました。
生きている……。ベッチェは芋虫のように体をくねらせています。
風にのって、とても嫌なニオイが漂ってきます。吐きそうになります。
わたしは思わず目をつぶる回数が増えました。目を開けたくない。だけど、風向きが変わったのか、耳元にかすかですが、「死ぬの、ああ、死ぬのよ」という彼女の吐息のような声が聞こえてきたのです。
それはむしろ甘く、喜んでいるように聞こえました。
ごめん、ベッチェ。わたしはなにもしてあげられなかった……。
顔を男たちにサッカーボールのように蹴られています。
むごすぎます。
うつ伏せにされて、肛門にトゲトゲのついた棒をねじこまれていきます。
血を吐いているベッチェ。一メートルほどの棒を腹部に突き入れられ、拷問官たちはそれで彼女のお腹の中をかき回しています。
ベッチェは動かなくなりました。
壊れたお人形のようになっています。
拷問官たちは力ずくで、棒を引き抜きました。棒にからみついて、彼女の内臓が引きずり出されます。
もう、死んでいるのだ、彼女はなにも感じていないのだ、とわたしは自分に言い聞かせました。
彼女のために、ひたすら祈りました。
いくらゲダとして生まれたからといって、このような死に方を強制されるなんて……。
あまりにもショックでした。
王族がわたしの前に立っていました。なにかパルダ王国の言葉で言っています。もう通訳はいないのです。途中から彼は英語をまじえてくれました。
「メスブタ・アユミ・プゥッフ。ゲダは通常、逃げたりはしない。まして拷問官と逃げることなどありえない。今回は特別の措置だ。もちろん、おまえにこのような結末はふさわしくない。期限がくるまで、日本からやってきたゲダとして、しっかり勤めてほしい」
宇辻先生によると、パルダ王国には、ゲダについての法律があり、それだけは、建国以来、改正されていないのだそうです。
そして、ゲダの命令違反、義務違反などの罰則も、古代から続くままなのだそうです。比較的新しくできたゲダという階級ですが、それを縛る制度は生贄時代のままなのです。
今回は逃亡し、相手の拷問官を死なせた罰としてあのような処刑になったのでした。
「ベッチェは知っていたはずなんだ。そそのかした拷問官が悪いんだけどね。ベッチェも自殺したほうがよかったんだ」
宇辻先生はため息をつきます。
そうでしょうか。
わたしにはそうは思いません。幻聴かもしれないけど、ベッチェの最後の言葉が耳に残っています。
「亜由美、生きて。私の分も、強く生きて」
ベッチェはわたしのために生きて戻ってきたのではないでしょうか。自らゲダの運命を見せるために。
恐ろしい目に遭うことがわかっていながら、彼女はそれこそがゲダらしい最後だと思えたのではないでしょうか。
一般的な価値観からすれば、理解を超えた暴虐の中に身を投じていく気持ち。生贄としてのエクスタシー。
わたしにはまだ理解のできない、そして理解する必要も本来はないはずの世界を、ベッチェは伝えようとしてくれたのではないでしょうか。
だから、彼女はすごく甘い言葉を最後に呟いたんだろうと思うのです。自分の体をあそこまで酷い目に合わされていながらも、彼女は特殊な快楽の中で死んでいったのかもしれません。
わたしはそれを味わいたいとは思いませんが、彼女の言うように、あきらめずに生きようと決めていました。
どんなことになっても、自分から死を選ぶことだけはしない。ベッチェのように……。
なんとか、彼女のために、応えてあげたい。応えなければならないと、この時、感じたのです。
誓いの時
ベッチェの遺体がどうなったのか、わたしたちには知らされません。
本当に絶命したのか、またはあの研究棟のようなところへ送られて、なにかの実験材料にされているのか。
間違いなく絶命しているとは思うのですが、心のどこかで生きていてほしいとも思うのです。
わたしは身も心も傷ついて一晩、泣き明かしました。
そして、宇辻先生に自分の考えを伝えたのです。
「そこまでしなくてもいいんじゃないか。おまえは日本人なんだから。日本に戻るんだろう?」
「でも、日本に戻るためには、ここで生き延びなくてはいけないんです。生き延びるためには、もっと強くならないと……」
「うーん」
宇辻先生は、迷っていました。
「安心してください。先生を悩ませるつもりはありません。わたし、自分の考えであの人たちに告げますから」
ゲダはなにかを命じられているとき以外は比較的、自由にしていられます。建物の中にいる人とも自由に会うことができます。
いまのわたしもそうですが、傷ついている者が多いので、なにもしないときは体を回復させることを第一にしています。
朝は一階で食事、そして拷問官たちから水をかけられ、すべての穴を水で洗われます。
妊婦たちはわたしたちの排泄物を処理していきます。
その姿は見たくないので、できるだけ天井とかほかのところを見るようにしています。見るものなんてなにもないのですが……。
それが終わると部屋に戻って放置されるのですが、わたしは思い切って拷問官へ、たどたどしい英語で告げたのです。
「お願いがあります」
私は必死に訴えました。彼らはとまどっているようでした。
「あとで話をしよう」
そう言われただけです。
通訳であり、わたしと話をしてくれたゲダのベッチェを失い、話し相手もなく、部屋に戻りました。
鞭で切り裂かれ、燃える銛で突かれた体に、もらった軟膏のようなものをつけていきながら、ベッチェはもう傷を治すこともできないのだと思うと、また悲しくなったのでした。
ですが、わたしは決意したのですから。もっと強くならなくては。
その日の午後に、拷問官たちがやってきて、わたしを別棟に連れていきました。
病院のような場所で、清潔な白いシーツのベッドがあり、白衣の人がいました。
宇辻先生もいます。
「かなえてくれるそうだ。特別にな」
「ありがとうございます」
「でも、いいのか? 本当に? そこをちゃんと確認してほしいんだそうだ」
「大丈夫です」
「いいだろう。もう止めないよ」
それから、その日はずっとそこにいました。
とても辛い時間を過ごしましたが、部屋にいてベッチェの死のことばかりを考えているよりはずっとよかったと思いました。
少なくとも、それだけでも、救われた気持ちです。そのとき、なんだかベッチェがわたしを助けてくれるような気がしました。
「ありがとう、ベッチェ」
そう呟いていました。
夜半になって、途中で退席していた宇辻先生が戻ってきました。
「ほう」
わたしを見て、そう声を出し、写真を撮りました。
「とうとう、おまえは本当にメスブタとなったな」
「はい」
鏡に映る自分の姿を見て、そう思いました。
腹部に、現在の自分の陰部をそっくり拡大した刺青を、入れたのです。
ホンモノの刺青です。
それはゲダのシンボル。
おへそを膣口に見たてています。その周囲にびらびらがあって、上に尿道とクリトリス。
息をすると、それがなまめかしく動くのです。
ほとんどが線だけで、塗りつぶす部分はまだ完成していません。赤いその刺青のおかげで、わたしは少し、大きくなったように見えます。
その刺青の左右には細く小さな字が女陰に沿って彫り込まれています。
一つは日本語。「メスブタ・亜由美」。もう一つはこちらの言葉で「メスブタ・アユミ・プゥッフ」の文字。
そのおかげでしょうか。
部屋に戻ると、ほかのゲダたちが、優しく迎えてくれました。
「プゥッフ」
そう言って、みんなが抱きしめてくれました。
やっぱりそうなんだ。これをやらない限り、ここでは受け入れてもらえないのです。そして、受け入れてもらえない限り、生き抜くことも難しくなるでしょう。
宇辻先生は間もなく日本に戻るそうです。
そうしたら、あとはわたしだけでやらなければなりません。
この国には日本の商社の現地事務所はあるそうですが、大使館や領事館はないのです。
車で三時間ほどで行けるという隣国の領事館が、対応してくれるそうですが、自力でそこまで逃げる勇気はありません。
美しい国であるパルダ王国の周囲は急峻な山、ジャングル、沼地、川などで囲まれていて、なにも知らない人間が、しかも裸でそこを突破することはできません。
なにがなんでも、わたしはここで生き抜くしかないのです。いつか、剛介さんが迎えに来てくれることを信じて。
翌日、宇辻先生が日本に戻るというのですが、先生と話をすることもなく、一階でいつもの朝が繰り返されたあと、わたしだけ、拷問官たちに連れられて広場に引き立てられました。
刺青の仕上げなのかと思ったら、以前と同じように、肩に丸太を担がされ、お尻に長い柔らかな棒を入れられ、手枷、足枷姿で、街を歩かされました。
王族に呼ばれたのです。
前と同じように、公園のような広場に連れていかれ、そこに丸太を立てて、縛り付けられました。
体の傷も、心の傷も、まったく癒えていないことを思い知りました。
怖くてしかたがなく、涙をポロポロと流していたのです。
「うそだろ、マジだぜ」
「あれが、そうだよ。すげえな」
耳を疑いました。男たちの言葉がすべて理解できます。すんなり入ってくるのです。
「亜由美って、あんなに小柄だったんだ」
日本語です。
建物から出て来たのは、日本人の男女です。十人ほどいます。
その中に宇辻先生もいました。
「おまえを見るためのツアーだってさ。わざわざ日本から来たんだそうだ」
言葉なんて出ません。
拷問官たちがやってきます。道具が並べられていきます。
「すげえ、あの動画って、マジだったのかよ」
「近づいてもいいですか?」
宇辻先生が許可を出します。
彼らはわたしを取り囲みました。
「おい、なにか言ってみろよ。日本語、忘れたのかよ」
「遠いところから、来ていただき、ありがとうございます」となんとか言いました。
涙が止まらないのです。それは郷愁だけではなく、自分だけが、このような惨めな姿をさらしているからです。日本にいたときにも、恥ずかしいことを大勢の前でさせられ続けたのですが、今回はとくにみっともなく、あさましく、恥ずかしいのです。
「これ、刺青なの?」
女の人もいます。
「はい。昨日、やっていただきました」
「そんなことしたら、日本に帰ったときに不便じゃない? みっともないし、恥ずかしいわ」
「だけど、これが、この国のゲダの決まりなのです……」
「よくわからないけど、このツアー、安くないんで、楽しませてもらっていいですか」
男たちは飢えているようです。
言葉が通じない国に来て、不便で、恐ろしかったのですが、そこで日本の人たちに責められるなんて、悲しすぎます。
「ほら、亜由美。なんとか言え!」
平手で頬を叩かれました。もう始まっているのです。
「そうだぞ、亜由美を拷問できるツアーって聞いてきたんだからさ。安くないし、遠いし」
「ありがとうございます。お時間の許す限り、存分に亜由美の体をお使いください」
「泣いてて、かわいいわ」
女の人がいきなりキスしてきました。その手は、腹部から下腹へとまさぐりはじめます。
「ああ」
ため息が出ます。
あれだけ悲しく、辛く、絶望的な気分でいたのに、そうされるだけで、体が熱くなっていくのです。
「さあ、じゃ、みなさん、さっそくやりましょう!」
体をいじられて、性器を開かれ、指を入れられながら、みなさんにお願いし続けなければならないのです。
「どうか、亜由美の淫乱な体を罰してください。おまんこも、お尻も、犯してください」
彼らがわたしになにをしようと、悦びが生まれ、悲しみは遠ざかります。
「もっと、もっと、お願い、もっとして!」
激しい苦痛を求めて、自分からおねだりするのです。
なにもかも忘れて、ひたすら浸るのです。
殴られ、蹴られ、鞭打たれ、傷つけられていく肉体。気絶しながらひたすら奉仕し続けるのです。
それがわたしなりの、ゲダとしての務めだと思うからです。
公開出産
あれから九か月。
三十回近くのシャベェイを経験してきました。あれからも人気は衰えることなく、いつも参加するゲダの中では、もっとも多くの男たちに犯されてきました。
王宮に招かれることも多く、体はボロボロになっています。
でも、ベッチェの祈りが通じたのか、わたしは妊娠していました。おかげで少しは優遇されたと思います。
ただ、毎朝のほかのゲダたちの排泄物処理はつらく、大きくなっていくお腹をいたわりながらも、泣きながら口にしてきました。
そうした日々も、いよいよ終わりを迎えようとしています。
無事に出産すれば、その後はゲダの母としての日々が待っています。それは当初思ったほど楽なものではないようなのです。でも、妊娠しなかったときに比べればまだしも生き続ける望みがあるのです。
出産は公開で行われます。どのような子が産まれても、ゲダになるわけですから、生贄を産む重要な儀式であり、すり替えたり、隠したり、逃がしたりできないように公開で産むことになっていました。
街の一角にある広場に特設の木の台が置かれ、わたしはそこに磔のようにされています。
大きなお腹を隠すこともできません。あれから陰部を模した刺青はすっかり完成し、周辺に男根の刺青も入れられています。
鼻輪、乳首のリング、ラビアのリングはどれもどんどん太く大きなものに取り換えられ、ずっしりと重いのです。
クリトリスは親指大にされて、そこにもリングをつけられました。
「プゥッフが出産する」
磔台の横には現地の言葉でそう書かれています。このことは、国中に知られているようでした。
臨月になると、わたしは公開の場で、生贄としてあらゆる人からの暴虐を受けながら、出産を迎えるのです。
拷問官が立ち会い、赤ん坊を殺すこと以外なら、なにをしてもいいのです。
こんな決まりがあるとは、ベッチェも教えてくれませんでした。
妊娠すればひどい拷問を免れると信じていたのに……。
「あうぅぅぅ」
パンパンに張っている乳房を絞られ、母乳がビューッと噴き出すのが楽しいらしく、毎日、必ず乳房をきびしく拷問されるのです。
もう、いつ産まれてもおかしくないのですが、乳房には十本ほどの釘が打ち込まれたままになっています。
母乳は搾乳されて産まれてきた子に与えるそうですが、直接、育てることは許されません。どこか別の場所で育てられるのだそうで、会うこともないらしいのです。
かわいそうに、親を知らずに育つのでしょう。
男子なら研究材料に、女子ならゲダとしての生贄に。ほかに選択肢がないのですから……。
腰のあたりに枕のような出っ張りのある磔台なので、わたしは自然に斜めに腰を突き出しています。
クリのリングについた鎖は鼻輪とつながれています。
ラビアのリングにも鎖が通されて、お尻のほうに周り、陰部を全開にされています。
開いている膣の中に手を入れて、中の赤ん坊を触ろうとする人が耐えません。
「うぎぎぃぃぃ」
感染症の心配などをしないのでしょうか。わたしにはこの国の人たちの感覚が理解できません。
「触れたら幸せになれるんだぜ」
そんなことを言って、若いカップルが手を突っ込んでくることもあるのです。
もちろん、性器やお尻でのセックスも自由です。口も使わされます。磔台には踏み台がついていて、顔のところまで簡単に上がれます。
おしっこを飲まされたり、鞭で打たれることもあります。
半死半生というのが正確なところでしょう。出産まで耐えられるのかわかりません。
雨季のパルダ王国は、いつも黒い雲が垂れ込めて、生暖かい風が吹き、激しい雨が突然降り出します。
雨が降ると上にテントが張り出されるのですが、今日は珍しく空が見えています。
「いたいた!」
日本語が聞こえてきました。幻聴かと思ったのですが、そうではありませんでした。
宇辻先生。末土教授。その横には中年の女性がいます。
「こちらは、野川陽子さん。教授のパートナーだよ」
奥さんということでしょうか。きれいな女性なのに、残酷そうな薄笑いを浮かべています。
それに見覚えのあるゲー研の人たちが数人。カメラを向けています。すごく懐かしい……。みんなに犯されて、オモチャにされていた頃が、懐かしい……。嫌なことばかりだったけど、楽しかったように思えます。
「剛介さんは?」
「来ていない。だけど、出産が終わったら会えるよ」
宇辻先生が言います。
「ホント!」
「うん。日本に帰るんだ」
涙がボロボロと流れます。
「ホントなんですよね?」
「もちろんだよ。ちゃんと出国の許可を得ているからね」
わたしのパスポートを見せてくれます。
日本に帰る……。
夢のような話です。
「だけど、その前に産まないとね」と陽子さんが冷たく言います。
「いつ産まれるんだ?」と末土教授。
「いつ産まれてもおかしくないって聞いたから、駆けつけたんだけど」
帰れると聞いたとたん、早く帰りたくて仕方がなくなっていました。最初の約束の三か月が過ぎて留学期間が延長されたとき。もう、帰ることはできないんだと諦めたのです。
だけど幸いにも妊娠できて、ゲダの中では恵まれた生活ができました。
なんとしてでも生き抜くんだという決意。それだけにすがっていたように思います。
帰ることができる。それを知ったいま、力が抜けていくような気がしました。
「あぎぃ!」
乳房から陽子さんが、釘を引き抜いたのです。
「あら、痛かったの? でも、これぐらい平気なのよね?」
平気なわけがありません。
「平気じゃないんだったら、出産まで耐えられないかもしれないじゃない?」
ひどい人なのです。
「妊娠中のゲダは、誰がなにをしてもいい。そうなんでしょう?」
「ええ。お腹の子どもの命にかかわるようなことはダメですけどね」
「じゃ、ゆっくり楽しみましょうよ。日本じゃできないようなことができるわけだもの」
まさかと思うのですが、末土教授と陽子さんは、わたしが帰国することを望んでいないのでは?
そしてここに来ていない剛介も。
だから、出産にかこつけてわたしを責めにやってきた……。
「思ったよりも、痩せて健康そうだから安心したわよ」
陽子さんがわたしの鼻の輪を引っ張り、口を開けさせます。そこにツバを吐きかけました。
「かわいいじゃない? やっぱり亜由美は特別な子なのね」
「妊娠しても出産しても、価値は変わらないよ」と末土教授。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……」
陽子さんがゴム手袋をしています。
「わたしも幸運がほしいわ」
笑いながら、手を突っ込んできました。
「あふふふぅ」
「けっこう大きくなっているわね。いいじゃない。もう産まれるのよ。すごいわ。赤ん坊の頭だわ」
「あわわわ」
何人もに突っ込まれてよけいに緩くなっているのでしょうか。
「このまま引きずり出してあげましょうか?」
「だめだよ、陽子。自然に産ませないといけない。それに子どもの生命にかかわるようなことは許されない」と教授が説明してくれます。
「残念だわ。すぐそこにいるのに」
「はー、はー、はー」
体がつらいのです。いつから磔にされているのか忘れてしまうほど、長い時間が経っています。
定期的に点滴と浣腸を受けますが、漏斗を口に入れてスープを強制的に飲まされます。飲んだあと、しばらく朦朧となるので、特別な物質が入っているような気もします。
「さあ、みんな、こいつに懐かしの日本製の精子をぶっかけてあげましょうよ!」
ゲー研の連中たちが、恥ずかしげもなく、股間から自分たちのものを出してわたしのところへすり寄ってきます。確かに懐かしい、白っぽい男性器。
毎日、長くて黒いものばかりだったので、新鮮な気持ちもします。
彼らはわたしの体を珍しそうに触りながら、穴を確かめたりして、やがて中に入れてきます。
怖いんだと思うのですが、コンドームをつけています。日本人だなあ、としみじみ思います。
まじめで、律儀で。ちゃんとしている感じ。
だからわたしもちゃんとしなくちゃと思うのです。こんな気持ちはこの国に来てから久しく感じなかったことでした。
手足も体も自由になりませんが、できるだけの対応はしてあげたいと思って、なされるがままに、期待される反応をしながら、彼らがみんな射精するまで務めました。
避妊具に出したものは、わたしにふりかけられるのです。顔もあそこも。ベタベタになっていきます。
「いい表情、しているわね」
陽子さんがうれしそうに言います。
「あっ!」
お腹が激しく動き、中から赤ん坊がぐいっと降りてきました。
「いよいよだわ」
人々も集まってきます。
不思議と痛みとかはないのです。いつも苦しみの中で生活してきたからでしょうか。
「ちょっとわたしに参加させて」
陽子さんがしゃがんで、ゴム手袋をした手で、わたしのお尻をまさぐるのです。そこは赤ん坊が下がってきて、押し潰されているのですが、彼女はこじ開けていくのです。
「うぎぃぃ」
「ケツ穴は子どもと関係ないでしょ」
指を入れて、さらに手を奥へと入れてきます。
「ああ、おもしろいわ。感じるわ。これが赤ん坊だわね」
どんどん腕を奥に入れてくるのです。
「やめてぇぇぇぇ」
彼女の手が腸内に入り込んでいます。
「手伝ってあげてるのよ」
あまりの痛みに言葉も出ません。
彼女がお腹の中をかきまわしながら、赤ん坊を押しているのです。
「出てきたわよ」
陽子さんの声が弾んでいます。
「出産の苦痛も亜由美には楽しいことなんでしょう?」
「むはっ」
苦しすぎます。赤ん坊と彼女の腕を同時に体の中に入れているのですから。
どちらも裂けてしまう……。
ぐいっと押し出すような感覚がありました。
医師と看護師がやってきて、赤ん坊を取り上げてくれます。
「うぎっ」
最後の瞬間は強烈な痛みで、さらにいろいろな部分が裂けたような感覚がありました。
「あら、まだいるわよ!」
「えー」
産まれたはずです。なにかが出たはずです。看護師さんが赤ん坊を取り上げてあやしています。産まれたばかりで、激しく泣きはじめました。
「女の子だわ」
でもすぐにまた……。
「双子ね」
看護師たちは、すぐに赤ん坊を白い布でくるみ、わたしには見せてくれません。でも、どちらも褐色の肌をして、ちらっと見えた横顔は、ベッチェを思い出させるような、かわいさがありました。
彼女の生まれ変わりなのかもしれません。そう思いたいです。ただ、この子たちの未来はゲダなのです。それはあまりにもかわいそうです。ベッチェはもっと自由なところに生まれ変わっていればいいなと思います。
「ふー、おもしろかった」
ゴム手袋を捨てながら、陽子さんは楽しそうです。
出産で裂けた部分の縫合が終わって、しばらくは休ませてくれることになっています。
みんなの顔が幻のように見えます。これは現実なのでしょうか。それとも夢?
悪夢?
わかりません。
医者がいろいろな注射をしてくれて、わたしは意識が薄れていくのです。
日本に本当に帰ることができるのでしょうか。
この体で日本に戻っても、なにもいいことはないかもしれません。
だけど、できれば帰りたいな。
ふと意識が戻りました。
「亜由美。気づいた?」
陽子さん。末土教授。宇辻先生。
「ここは日本?」
「残念。違うわ」
見上げると中二階のようなところにガラス張りの廊下があって、そこにゲー研の人たちがいます。
あたりは真っ白です。
みんなが白衣を着ているのです。
「日本に帰るまえに、ここでしかできないことをしましょうね」
ここは、研究棟……。
わたしは診察台のようなものにベルトで留められています。
「せっかくあそこが大きくなったんだから、この際、それを生かそうと思うのよ」
「どういうことですか?」
「改造だよ」と末土教授。「苦痛と快楽を得るためだけの肉体にしてあげようというわけだ」
「ええ!」
「安心しろ。日本にはちゃんと帰してあげるから」
「生まれ変わったような気分になれるわよ」
「い、いやです」
抵抗しようにもそれはムリなのです。宇辻先生が手術着姿で、研究者たちとやってきました。
「この日を楽しみにしていたんだよ」と上機嫌です。
「あなたの地獄はまだはじまったばかりよ」
陽子さんが囁きます。わたしはまた意識が遠くなっていきました。
おわり
奥付
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