高倉美貴(たかくら みき、本名・越沢美貴、1960年12月14日、石川県金沢生まれ)はグラビアアイドルでありピンク映画女優で、1983年から1985年に日活の「SMの女王」だった。谷ナオミ以後のスタジオ縄・拷問スターの世代に属する。初代女王ではないが、団鬼六の名が付いた1980年代半ばロマンポルノSMサイクルの中心の顔である。
日活と次の女王探し
谷ナオミが1979年に引退したあと、社は何人かを試した。高倉は松川ナミの次に並ぶ。日活キャリアは1983年8月『団鬼六 美女縄地獄』で開く。ロマンポルノ、団鬼六脚本、中村幻児監督。観客の一部は痩せすぎだと不満を言った。縄が豊かな肉体に残す深い痕が見えない、という視覚の話である。ピンク映画の批評家ThomasとYuko Weisserは、それでも当時最高のSM女優の一人に数える。日活はすでに商業的に弱く、数年で閉まる。長年スタジオを支えたSMジャンルは公式へ滑っていた。高倉は団鬼六名義のロマンポルノ五本でピンクを退く。最後は1985年1月『団鬼六 緊縛卍責め』。Weisser夫妻は一つ星で「死産の企画」と呼んだ。短い女王任期は、スタジオシステムの活力の頂点ではなく、消耗の末端にある。日本の縄映画を産業史としてもキンクの見世物としても集めるなら、その位置そのものが情報である。
日活のあと:一般作と写真集
その後は映画とテレビへ進み、東てるみ、朝比奈順子らと並んで、ロマンポルノ女優としては珍しく一般へ食い込んだ。1985年2月、鈴木清順の喜劇『カポネ大いに泣く』。鈴木自身がロマンポルノ以前の日活出身である。同年、ポール・シュレイダーの伝記劇『Mishima: A Life in Four Chapters』の「金閣寺」段落で二人目の少女。1987年、東映の長期シリーズ『極道の妻たち』第二作。1995年6月、喜劇『天使のわけまえ』で小説家。1993年12月、96頁のヌード写真集『南の童話』、撮影・石黒健治、Scola刊。1995年、タレント原田伸郎と結婚した。
団鬼六とSMクイーンの関係は活字でも続く。1997年に日本語で出た四篇が、2010年Vertical, Inc.から英訳『Season of Infidelity』になった。末篇「Bewitching Bloom」は団と谷ナオミの関係を語り、後続の三人——高倉、志麻いづみ、麻吹淳子——に触れる。クレジットの孤立ではなく、作者付きのスタジオSM星座に高倉を置く文章である。
主な作品
日活ロマンポルノ、団鬼六名義のSM:『団鬼六 美女縄地獄』(中村幻児、1983)、『団鬼六 美女縄化粧』(藤井克彦、1983)、『団鬼六 修道女縄地獄』(藤井克彦、1984)、『団鬼六 縄責め』(関本郁夫、1984)、『団鬼六 緊縛卍責め』(関本郁夫、1985)。その他:『カポネ大いに泣く』(鈴木清順、1985)、『幕末青春グラフィティ ロンライ 坂本竜馬』(河合義隆、1986)、『極道の妻たちII』(土橋亨、1987)、『天使のわけまえ』(辻仁成、1995)。日本SM映画の成人観客にとって高倉は、死にかけの日活の1980年代半ば縄地獄の顔である。団脚本のボンデージ五本、痩せと縄痕をめぐる当時の身体政治、そして鈴木・シュレイダー・東映への稀な横断。IMDbと日本映画データベース「高倉 美貴」が外の入口になる。











