日本の緊縛では、座りかたは始まりの動作であるだけでなく、縄によって定義される姿勢でもある。跪いて座る、あるいはあぐらをかくと、縄が体と床の関係に入り、安定していたバランスを、制御された張りへ変える。正座と胡座は、まったく違う基礎の座りで、縄縛のなかでは見えかたも感覚も大きく分かれる。
正座は、尻をかかとの上に落とし、背を伸ばした跪き座りだ。礼法では「正しい座り」とされ、端正と抑制を示す。縄の場では、しばしば開場の儀式の一部になる。受けが畳の上で跪き、縄が巻かれるのを待つ。息が収まり、場にいる感じと従う感じが立つ。ただし正座は長くは続かない。時間が経つと足のしびれと足首の痛みは当たり前だ。慣れた縄師は「足崩していいよ」と伝え、受けに横座り——尻を片側へ滑らせ、脚を同じ側で折る——へ変えさせ、かかとへの圧を逃がすことが多い。正座縛の核は「起き上がれなくする」ことにある。上体の拘束と、脛・太腿・前方の固定点をつなぎ、反力をつくる。立ち上がろうとすると縄が自分を引き、跪いたままに戻す。逃げ道は膝歩きか、完全に倒れるかしか残らない。
対して胡座は、脚を組んで座る。足首を交差させるか近づけ、膝を外へ開く。語源には「胡人の座り」の意があり、正座の厳しさに比べ、ゆるく開いた印象になる。胡座縛(agura shibari)の要点は、組んだ両脚を留め、足首同士、膝と縄、あるいは脚と上体の引き合いで、脚を伸ばして立てないようにすることだ。この姿勢はもともと股を開き、膝が外へ出て、「開いた感じ」が出る。西洋人には、正座より胡座のほうが保ちやすいことが多い。膝裏への圧が小さいからだ。いまの縄場では、股の柔軟を見せるやりかたとしても使われる。ただし江戸時代の礼法では、女性が長く胡座を取るのは脚の露出が多い不粋とされたこともある。
正座と胡座の縛りでの違いは、要するに引き締まりと開きの対比だ。正座は膝を揃え、足を尻の下に隠し、見た目はコンパクトで内向きで、下肢の神経圧も早く強く来る。胡座は膝が外へ開き、足が前にあり、股が外旋し、見た目は伸びやかで、股関節の柔軟への要求が高い。どちらも後ろ手、面縄、股縄と組めるし、脚だけ縛って両手はしばらく自由にし、物を渡したり儀式感を足したりもできる。ただしどちらも、長時間の無人放置はしない。正座のかかと背の圧でも、胡座の股・膝内側の押しでも、下肢の色・温度・刺痛はよく見る。柔軟が足りない相手に、胡座で蓮華座を強要しない。自然な交差で足りる。
座縛から吊りへ進むと、リスクは上がる。胡座吊り(agurazuri)は、あぐらの姿勢のまま吊るすもので、下半身が主な重を受け、上体の縄が空中のバランスを決める。床での座縛とは別物だ。正座の相手を床から引き上げるときも、重心と神経の引きを考える。ほどくときの順序も同じくらい大事だ。まず「立てない」原因になっている接続を外し、そのあと上体をほどく。脚がしびれている受けには、ほどいたあと支えを添え、バランスを失って倒れないようにする。正座と胡座は、一方は静・収、一方は動・開。縄の交錯のなかで、日常の跪き座りを、張りの強い拘束の形へ変える。


