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小説『亜由美』第三部 亜由美シリーズ · 第4部

小説『亜由美』第三部 亜由美シリーズ 第4部 (4/6)
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深く考えていた末土教授は、「拷問のやり方をぼくに任せてくれないか」と提案してきたのだ。

「ただし、当日まで詳しいことは教えられない」

剛介にはどっちでもよかった。末土教授のプランがダメだとしても、こちらには黒人の拷問専門家がいる。部屋も用意されている。末土教授抜きでも問題はないのだ。

だから、剛介はその提案に乗った。

ノックがあった。

剛介がドアを開けると、長身の黒人六人が狭い廊下に並んでいた。スーツにネクタイ。ビジネスマンのようなかっこうだが、凄みのある笑顔を向けてくる。

「コウスケ、エブリシング・オーケー?」

わざとたどたどしい英語を使う。剛介は、指でオーケーのサインを出し、「カムヒア」と男たちを、廊下をはさんで反対側の部屋へ案内する。

それからふたたび、教授のいる部屋に戻ってきた。

「誰か来るんですか? 学生ですよね。大丈夫ですか?」

「大丈夫。任せておいてくれ。仕組みは簡単なんだ。ぼくの講義を受けていた学生の中で、一部の女子は亜由美にとても敵対心を持っていた。そのグループに個別に招待状を出してある。ちょっとした実験の助手をしてほしいってね。日当は交通費程度だけど、それでレポートを出せば単位をあげる。あとの講義は出なくてもいい」

「なるほど。実験、ですか」

「有名な心理実験がある。『アイヒマン実験』とか『ミルグラム実験』と呼ばれるものだが、うちの学生なら当然、それぐらいは知っているはずだ。だから、これもその一種だと思うはずだ。あの実験では、どれだけ強い電流を相手に流すことができるか、というものだった」

ごく普通の人たちが、状況によっては人を殺すほどの電流でも平気で流すことがあると証明された。拷問をするのは異常者とは限らない。きわめて常識的な平凡な人でも、場合によっては激しい拷問をする可能性がある。

「この実験では、電流は流れてなくて、苦痛は演技だったんだけどね。よくドッキリ番組であるだろう? 仕掛け人と思われていた人が、実は仕掛けられていた、というやつだよ。だけど、今回はそういう仕掛けはない。もし、それが本当の苦痛だとしたら、どうかな?」

実験の助手として参加した学生は、亜由美にどれだけの苦痛を与えるのだろうか。

「先生は恐ろしい人ですね。つまり、ぼくも先生も手を汚すことはなく、ズブのシロウトである学生に、亜由美を拷問させるわけですか?」

「どこまでやれるかは、参加してくれる学生しだいだから、失敗する可能性もあるけどね」

「おもしろいですね。やってみる価値はあると思います」

「だろう?」

教授の携帯が鳴った。

「ほら来た。この実験は、二段階になっているんだ。最初は一人ずつ呼び出してやってみる。最後に全員に合議のもとで実験に参加してもらう」

教授は建物の外まで学生を迎えに行った。

剛介は、廊下の反対側の部屋へ行く。六人の屈強な黒人男性たち。スーツを脱ぎ、上半身は白いタンクトップになる。ズボンも動きやすい作業用のコットンパンツになっていた。

狭い部屋で、ストレッチをしている。

彼らは東南アジアの小国、パルダ王国から来ていた。パルダ王国は資源国としての地位を利用して独自の閉鎖的な政策を取っており、反体制派、反国王派は家族もろとも根絶やしにしてきた歴史がある。

つい最近まで、秘密警察があり、国際的な非難にも耳を貸さず、拷問を実際におこなっていた。現在、公式的には拷問を禁じる法律を備え、秘密警察は解散している。

それでも監獄で死亡する罪人または未決囚の数が多数いると報道されているほか、数名のジャーナリストがこの国で行方不明になっていたりもする。

一方で、パルダ王国の現在の国王は第三十二代のアキンディン・ジラッハー・ダフェネレで、三十五歳。コロンビア大学、ソルボンヌ大学で学び、京都大学に留学していた経験もあり、日本語が話せるらしい。

王子時代に世界中で遊び回り、自らジェット機を操縦するなどプレイボーイでも知られていた。

新しいことが大好きで、高度な情報インフラを構築しているほか、優秀な国民を選抜し、国費で欧州に留学させてもいる。

剛介たちのアダルトサイト、ゲームサイトのサーバーは、このパルダ王国に置かれており、欧米や日本とはまったく違う自由度が保証されていた。

ゲー研や剛介たちは試行錯誤をしながら、パルダ王国に会社を設立し、会員制のアダルトサイトを運営するようになっていた。

国王の親族が運営する会社が、剛介たちのビジネスに出資することになった。

その関係から、六人が派遣されてきたのである。

彼らは合宿に参加しただけではなく、この拷問についてのアドバイス、資金提供もしていた。

剛介は覚えたての彼らの言葉を使い、亜由美が一人、立ちすくんでいる拷問部屋へ行く時間が来たことを伝えた。

細かい指示は、すでに別のミーティングで通訳を同席させてしっかり打ち合わせをしていたので、男たちは、剛介の下手な発音でも理解した。

ストレッチによって、筋肉がしっかりと盛り上がり、うっすら汗で褐色の肌が光っており、男の剛介から見ても彼らは恐ろしい凶器に見えた。

彼らはお互いに、皮膚にワセリンのような保護クリームを塗り合ってから、ようやく部屋を出た。

黒人たちを連れて亜由美のいる部屋のドアを開け、剛介は亜由美と顔を合わせないように素早くドアを閉じた。

黒人たちがいた控え室に戻る。剛介は学生たちとも会わない予定でいた。

狭い部屋だが、液晶モニターで教授のいる部屋、そして拷問部屋をチェックできる。数台のカメラがあるので、切り替えて見ることも可能だ。

録画状態をチェックするのも剛介の役割だった。土壇場になってから拷問に消極的になったゲー研の連中は、現場に誰一人、来ようとしない。

教授の呼び寄せた学生は、亜由美への拷問を命じるはずだ。それを、剛介が男たちに知らせる手筈だった。

あらかじめ彼らの言葉で書かれた文書を、拷問部屋の彼らが見える位置に用意されたモニターに映し出すのである。

やるべきことは決まっていた。ほかには「やめる」「つづける」ぐらいしか言葉は必要ない。

遅れて宇辻がやってきた。

「はじまるかな?」

「ええ、いよいよです」

剛介は、宇辻が差し入れで持って来た缶コーヒーをあけた。

登美子の

打

擲

拷問

末土教授は女子大生を連れて部屋に入った。

「見てわかるように、カメラは向こうの部屋を撮影しているけど、記録のために、この部屋もモニターしているんだ。それはかまわない?」

「はい」

「助手なんだけど、実験の手伝いというよりも実験そのものをやってもらうんだ。ムリだったらムリと言ってくれていいんだからね」

「はい」

かなり緊張しながら、見慣れない部屋を眺めている。

「記録のためだから。一応、名前を名乗ってください」

「登美子です」

「登美子さん。こっちの声は向こうの部屋には聞こえません。いつでも、これ以上はムリだったら、やめることはできますからね」

「はい」

「途中でやめても、レポートを出せば単位は差し上げます。交通費も」

「はい」

「じゃあ、さっそくはじめましょう。向こうの部屋を見てください。中央に女性がいて、黒人男性が六人いますね」

「はい」

「中央の女性に見覚えはありますか?」

「ええ。知っています。先週の講義のとき先生の横に立っていた彼女ですよね」

「彼女にも協力をしてもらっています。彼女はあれでなかなかの演技力があるんですよ。これからはじめるのは一種のロールプレイングゲームです」

「はい」

登美子にはまだ余裕がある。自分だけが特別な招待を受けて、難しいミッションをこなすのだ。それによって教授と特別の関係が生まれ、単位まで貰える。いいことばかりではないか。

「シチュエーションは、そうですね。スパイ映画だと思ってください。彼女はある秘密を知っていますが、それをどの段階でしゃべるか、ということが今回のポイントです。男たちは尋問をするある国の役人です。国際的に知られた大学を出たエリートたちです。彼女が知っているキーワードは三つありますが、一つでもいいから知りたいのです。しかし彼女はまったく口を割りません。そこで、やむをえず、彼女に苦痛を与えることになります」

「苦痛、ですか?」

「ええ。彼女は彼らの国の言葉を知りません。彼らも日本語を知らない。お互いに話ができませんが、お互いに相手が欲しがっているものは知っているのです。それにキーワードはとっても簡単な単語です」

「よくわかりませんけども」

「まあ、気にしなくていいです。講義でも見たでしょう? 彼女が首輪をしていることからも、特殊な性癖の持ち主だというのはわかりますよね?」

「まあ、そういうウワサは聞いています」

どういう表情をしていいのか、登美子は困っている。

「おまけに演技がうまい。拷問されるってことを、もしかしたら楽しみにしているのかもしれません。亜由美にとってこうした状況は、すごくうれしいことなのかもしれません」

「よくわかりませんけど、そんなことってあるんでしょうか?」

「どうでしょうね。そういうときに、最初に男たちはなにをすべきだと思いますか?」

「聞けばいいでしょう?」

「言葉が通じないんです」

「だったら、捕まえて、白状させるわけですよね」

「捕まえるんですね。どういう状態がいいですか」

「逃げないようにします」

「じゃ、やってみましょう」

教授はボタンを押す。

隣の部屋で会話をモニターしていた剛介が、必要な指令を拷問部屋のモニターに映し出した。日本語ではない。亜由美には理解できない言葉だ。

男たちが突然、動き、亜由美の手をつかんだ。

「なに! なにするの! やめて、やめて……」

亜由美は慌てて逃げようとする。

男たちは六人もいる。あっという間につかまってしまう。

そして金属製の手枷がはめられる。それを天井から下がっているフックに引っ掛けて、ジャラジャラと手動のチェーンブロックで引っ張りあげていく。

「たすけて!」

黒いワンピース姿の亜由美は、体をゆすりながら、空中に浮かんでいく。

「これで逃げられない。次にどうするか、だ」

「なにかで叩くとか、するんでしょうか、たぶん……」

「叩くんだね」

教授がボタンを押す。剛介が指令を出す。男たちが壁沿いに四つある防水シートのかかった台に向かう。

その一つのシートを勢いよくはがした。

恐ろしい拷問具が露わになった。

一本鞭。竹刀。金属バット。長いゴムホース。細長い板の先端部分には、長い釘が植わっている。大きな歯ブラシのように見える。

冗談でも人に向けて使えば、必ず大ケガをさせるものばかりだ。

男たちはそれを一人、ひとつずつ、手にした。

「あれを使うんですか!」

登美子は驚いている。

「やめてもいいんだ。ムリはしなくていい。道具はあれしかないんだよ。叩く道具はね」

「だって、これじゃ……」

「ムリはしなくていいんだ。ここで帰ってもかまわない。まあ、これじゃレポートに書くことがないかもしれないけどね。この実験の非常識ぶりを書くのも手だけど……。もう少し様子を見て、三つのキーワードをすべて亜由美が発したら、ボーナスを提供するけどね」

「ボーナス、ですか?」

「うん。キーワード一つにつき謝礼二万円だ」

「三つで六万ですね」

「ただし、制限時間は三十分。ムリはしなくていいんだよ。いやなら、いつでもやめてくれていい」

「でも、私が叩くわけじゃないから……」

登美子はそう言って、「じゃあ、ゴムホース」と決めた。

ゴムホースを手にした男が前に進み出て、振り上げると、吊された亜由美に振り下ろした。

亜由美がまとう黒い布に、うなりをあげてゴムホースが空を切る。

しなったホースが亜由美の背中を斜めに叩く。それまでの静寂を破る、衝撃的な音。

「ぎゃー」と亜由美の悲鳴がする。

それなのに、マジックミラー越しに見ている末土教授も登美子も、現実感が得られない。

登美子は、亜由美は演技がうまいと聞かされている上に、これはすべて仕組まれたことだと知っている。そうでなければ、このような非常識なことはしないだろう。そして、この元になった心理実験のことも、登美子は知っていた。

そういえば、亜由美の叫び声は、大げさでわざとらしく聞こえる。たかがゴムホースではないか。

「お願い! やめて。痛いの! 痛い! いや! 助けて!」

演技なら、登美子がやってもやめても同じことだ。

あの演技に負けてここでやめたら、あとで亜由美に笑われるのではないだろうか?

レポートに書く材料を得るためには、ある程度は実験に参加した方がいい。末土教授も明らかにうれしそうにしている。

これは、大丈夫なのだ、と登美子は確信した。教授と亜由美の間で打ち合わせされた「やらせ」なのだ。この黒く塗られた部屋といい、屈強な黒人たちといい、いかにもではないか。

こけおどしなのだ。

激しい打撃音と悲鳴が続く中で、登美子は亜由美がキーワードを口にするのを待った。

もしそれを言ってくれれば、二万円が入る。教授と亜由美の策略の裏をかくことができるかもしれない。

十発を超えた。大柄な男はホースを持ち替えている。

「まだ続けますか?」

「どうしようかな。効いてないみたいですね」

「服を着ているからじゃないですか」

「あ、そうか。服を脱がせましょう」

末土教授がボタンを押した。

男たちは亜由美に群がり、ビリビリとワンピースを引きちぎっていく。

「いや! なにするの! やめて!」

その下から、素肌が露わになる。

下着は身につけていない。

やっぱり、と登美子は思う。最初からこうなることを知っていて、演出されているのだ。インチキなのだ。

騙されなくてよかった、と登美子は思いつつ、なんとか教授と亜由美が作った罠を叩き潰してやりたくなった。

ホースの跡が、背中や腹部に赤く残っている。

よく見れば、全身に細かな傷がいっぱい残っている。モニターには亜由美のアップも映し出されている。肌は、まるで何日も、こうした拷問を受けてきたかのようだ。

それが、昨日までの合宿で刻まれたものだとは、登美子は知らない。

「まあ」

登美子は同じ女性として、その哀れな姿に同情する気持ちになった。

以前にキャンパスで見たときよりも痩せて、骨が浮き出ている。陰毛がなく、性器が剥き出しになっていた。しかもぷっくりと盛り上がっている。腫れているのかもしれない。中から陰唇が大きく飛び出している。

それがとてつもなく淫らに見える。

誰とでもやっている女。大学のトイレで男たちに体を与えているというウワサ。

やっぱり、とんでもない女なんだ、と登美子は思う。哀れさも登美子の同情を得ようという作戦ではないか。

騙されるわけにはいかない。

「竹刀はどうかしら」

「いいですよ」

竹刀を手にした男が裸の亜由美と向き合う。そのうなだれた顎に手をやって、なにごとかつぶやいた。

亜由美は首を左右に振った。通じなくても、わかるのだろうか。

「わからない。知らない。なにを言っているの?」

男たちは亜由美の肌にオイルを塗り込んでいく。

「なにするの。触らないで。怖い。やめて」

荒々しい愛撫に、亜由美は敏感に反応する。その肌はぬめぬめと照り輝いていった。

登美子はツバを飲み込んだ。男たちの大きな手にもみしだかれる女体。傷ついていても、柔らかく、張りのある若い肌。

避けようとしているのか、それとも愛撫に感じてもだえているのか。

亜由美の全身が光を反射するようになった。

男は竹刀を持つ自分の姿を亜由美に見せつける。

「ああん、お願いですから……」

その言葉はいかにもセリフのように登美子には聞こえた。

亜由美の尻に、振りかぶった竹刀が打ち込まれた。

バシーンと高い音が響く。

「ぎぃぃぃ!」

亜由美は足をじたばたさせて、空中でもだえる。

二発目、三発目が、その足にあたる。それも苦痛ではあるはずだが、狙い通りには当たらない。

「避けてるわ!」

登美子は叫ぶ。

「あれじゃ、いくら叩いても効かない」

「どうしましょう」

「足よ。足を動かないようにして」

「やってもらいましょう」

あらかじめ男たちにわかる言葉で書かれた指令のカードには限りがあり、パターンは多くはない。だから、ちょっとした要望が、極端な結果になる。末土教授はそうなるように計算をしていた。

男たちは亜由美の足に金属の枷をつけた。

それをつかまれただけでも、足の勢いはそがれた。

足首の枷に長い棒を装着し、足を大きく開く形で固定していく。

体を動かせても、棒を持たれると、足は思うようには動かせない。

ボーリングの球ほどの錘がついた短いチェーンを用意し、それを棒に引っ掛けた。錘は空中にある。

亜由美の体が伸びきる。

「ぎぃぃぃ、くるしぃ」

体重と錘が、手首だけにかかっている。

「あれじゃ、手首がダメになるかもしれないなあ」と末土がつぶやく。

「じゃあ、そうならないようになんとかして」

男たちは亜由美の胸に革の拘束具を装着する。乳房が飛び出るかっこうになる。その背後を締め付けると、拘束具のリングに天井から下がっている別のフックをかけた。

やや頭が下がったかっこうで吊られている。

腹部にもベルトをつけて、そこに胸を支えているチェーンにロープをからめて、引き上げる。

これで、亜由美は自分の体重を三箇所で支えていることになる。

腹部も胸部も締め付けられ、足には錘を吊されているため、息も満足にできないほどだ。

竹刀責めが再開される。逃げようがなく、竹刀は亜由美の尻、腿へ、くっきりと痕をつけていく。

「ぐぇぇぇ」

胸部、腹部を圧迫されて声が低くなる。

十五発連続で、叩く。

亜由美は悲鳴を上げるばかり。なにもしゃべらない。

亜由美は三つのキーワードのことなど知らないのだから当然だが、登美子はそれを、しぶといからだと考えていた。わざと言わないのだ。

普通の人なら、とっくにキーワードをしゃべって楽になっているはずではないか。

ということは、亜由美にとってこの程度のことは大した苦痛ではないのかもしれない。

登美子が根負けして「やめる」と言うのを待っているのだ。

亜由美はこの状況を知っているはずで、実験の安全性は確認されているはずだろう。だったら、亜由美が意地悪しているだけなのだ。

「金属バットにしてみます」

登美子ははっきりと言った。

金属バットなら、竹刀よりは手加減がしにくいのではないか。

もし手加減しているとすれば、はっきりわかるだろう。

バットを手にした男が出てきて、野球のスイングの真似をしている。

間合いを見て、一、二、三と振りかぶり、水平にバットを出した。

竹刀で真っ赤になっている尻に食い込む。肉を叩くような鈍い音。

「ぐあー」

亜由美の壮絶な悲鳴。

体全体が、鐘撞のように前後に揺れている。

五発、十発。

それでも亜由美はキーワードを口にしない。

「どうなってるの。ぜんぜん、痛くないのかしら。ふざけているわ」

登美子は焦っている。

「やめてもいいですよ」

末土がわざとらしく言う。

「いえ。鞭でお願いします」

長い一本鞭を手にした男が、床を打ち鳴らした。

「ひー」

当たってもいないのに、亜由美が脅えた声を発すると、登美子は明らかに笑った。

「大げさね」

百九十センチほどの巨漢。大きく足を開き、手を大きく伸ばして鞭を空中で踊らせる。

どこに当たるのか、登美子は予想できなかった。

高速で空を切り裂いた先端は、弾けるように右の腿を叩いた。

「ぎぇー」

これまで以上にはっきりと、痕が赤く浮かび上がる。

みごとな鞭さばきだ。

尻。左の腿。腹部。みるみる鞭痕に染まっていく。

冷静に見れば、どれだけのダメージかわかる。皮膚は裂け、内出血している。

登美子にはそれを、気にもとめない。亜由美が一言も発しないため、怒りと焦りが頂点まで高まっていた。

残り時間が少ない。

「板を使ってください」

「え? 板? あれを?」

末土はにこやかに笑みを浮かべつつ、あえて登美子に確認する。

「早く!」

板を持つ男は、亜由美の正面に立ち、その鋭い釘の先端を見せつける。

亜由美が激しく左右に顔を振る。

「そんな! だめ! お願いですから、それはやめて。なんでもするから」

懇願しても男には通じない。

「言え! 言うのよ! このメス豚!」

登美子が怒鳴る。

「いやいや、お願い、ひどいことをしないで……」

男が後ろに回った。

「やめてください。お願いします」

泣きじゃくる亜由美。声はむしろ小さくなっていった。

それが芝居のように、わざとらしいと登美子は思う。

だから、男が板をガシンと亜由美の尻に打ち付けたとき、大きく口を開けて笑った。

「うっそ。マジ?」

「ぎゃー」

悲痛な亜由美の叫びも、ウソにしか聞こえない。

板から突き出た鋭い釘の先端が、亜由美の尻に突き刺さっていた。

男が引き抜こうとすると、尻が引っ張られ、亜由美の体が大きく揺れた。

「ぐぇー」

尻の肉をえぐりながら抜ける釘。それも苦痛なのだろう。

「たすけて、お願い、たすけて……」

男が二発目をくらわせようと板を振りかぶった。

「タイムアップだ」

末土がボタンを押した。

男は板を放り投げた。そうしなければ、二発目が亜由美の尻をズタズタにしていただろう。

床に落ちた板が乾いた音を立てる。

別の男が、亜由美の体の向きを変えて、尻をマジックミラーの向こう側へ見せつける。

小さな血の滴が左右の尻に点々とついていた。ゴムホース、バット、鞭などの痕が赤黒くなっている。

亜由美は「ひー、ひー」と声を出し続けている。

登美子はこの世のものとは思えない光景に、呆然として、魅入っていた。

そんなにひどいことになっているとは、わからなかった。夢中になっていたから、亜由美の体のダメージをきちんと理解できずにいたのだ。

実際には、直視できないほどの傷になっていた。

「登美子さん。ありがとう。これ交通費。レポートの提出日はいつでもいいよ。期末までにね。まあ、できれば前期の間がいいけどね」

末土の声でわれに返った。

「はい」

「ご苦労様」

登美子はがっかりしているようだった。

出て行こうとする登美子に、「そうだ、登美子さん」と末土は声をかける。

「せっかくのゴールデンウィークを実験に付き合わせて悪いけど、もしよければ明日はあいていないかな?」

「明日、ですか?」

「うん。別の実験をする予定なんだけど。もし参加してくれたら、今日と同じ条件でお願いしたいんだ。もちろん、レポートを二つ出せとは言わない。レポートは合わせて一つでいいから」

「はい。大丈夫です」

佐智子の釘打ち拷問

亜由美は、降ろされて、床に敷かれた粗末なマットレスにうつ伏せになっていた。

男たちは引き上げていったが、体の治療はされないまま、放置されている。金属の枷は重く、皮膚をあっという間に破る。手首と足首の皮膚は、ぺろんと剥けて、血だらけだった。

理不尽で激しい暴力だった。合宿も厳しいものだったが、今日に比べれば遊びのようなものだった。

この部屋で行われていることは、人が命を落としてもおかしくないほどの過激な暴力だ。体の一部がちぎれるとか、血が出るといったことでは済まない。

皮膚が切り裂かれ、肉が潰され、血が噴き出す。

これが拷問なのか、と亜由美は思う。

そこには苦痛だけしかない。

男たちは言葉が通じず、いろいろ質問されているのだが、理解できない。返事のしようがない。

どういう根拠で拷問のやり方、強さを変えているのかもわからない。

縛られ吊られぶちのめされる。

ただそれだけ。

呼吸がようやくまともになってきた頃、ドアがガチャリと音を立てて開いた。

白いタンクトップの黒人たちが、ぶらぶらと入ってくる。退屈そうな表情。亜由美を見ても、なんの反応もない。機械のようだ。

また始まるのか。それとも、助けにきてくれたのか。

男たちは亜由美の回りに立って、ただ待っている。なにを待っているのだろう。

亜由美は男たちの視線の先に、モニターがあるのに気づいていた。見たこともない文字が表示される。

どこの国の言葉なのだろう。

男たちは、亜由美をかつぐようにして立たせた。

第二の防水シートがはがされる。

そこから鉄の頑丈なイスが運ばれてきて、中央に置かれた。イスといっても、残骸のようだ。

座る部分にクッションはない。目の粗い焼き網のようになっている。

背もたれも鉄の棒が四本、横に並んでいるだけだ。

「いやー」

亜由美は反射的に嫌がったが、男たちに座らされてしまう。

「いっ!」

座ってみてわかったのだが、尻にあたる網、背中にあたる格子状の鉄棒には、ガラスの破片のような細かく鋭い突起があり、皮膚にスパイクのように食い込んでくる。

穴だらけにされた臀部から新たな血が流れる。

腕を革のベルトで肘掛けに拘束する。恐怖で手を開いたり握ったりしている。

腹部にもベルトが巻かれ、イスの背に押しつけられる。足は大きく開いて、左右のイスの脚に固定される。

陰りが剃り上げられているので、陰部が剥き出しになる。

体を少しでも動かせば、イスに密着している背中と尻が、切り刻まれていくだろう。

「はー、はー、はー」

これからされることに脅え、口を開いて荒い息を吐く。

決まり事のように、男たちはオイルを亜由美の肌に塗り込んでいく。肌を保護するというよりも、その方が映像として美しく見えるからではないか。

痩せた亜由美の体は、ぬめぬめと輝き、なにをされても大丈夫なバリアを身にまとったように見える。

重量挙げで使うような円盤状の錘が四つ運ばれてきて、二つは亜由美の左右の足に。残り二つはイスそのものに鎖で繋がれる。

亜由美が体を揺すったぐらいでは、イスはびくともしなくなった。もっとも、亜由美は自ら体を揺する勇気はない。

正面にマジックミラーがある。その向こうに剛介がいる。

きっと自分を見ている。痛めつけられ、泣き、叫び、血を流す自分を。

ほかにも誰かいるのだろうか。

痛めつけられる自分を見て楽しんでいる者が、そこにいるのは間違いがない。

これまでの二週間、剛介に処女を奪われてから連日の陵辱を通して、亜由美は性的な対象として見られ続け、反応を求められてきた。

際限のない輪姦地獄の中で、フィストによって、激しく潮吹き状態になったときに、男たちがどれほど盛り上がったことか。

亜由美は生身の女性としての反応を示すことで、男たちから喜ばれたのである。

だが、ここでは、亜由美はなにも求められていない。性的な対象でさえない。

どんな反応をしても、正解はない。この地獄がいつ終わるのかもわからない。誰も、なにも教えてはくれず、ヒントはまったく得られない。

知らない言葉を話す男たちは、モニターに出る判読できない文字に対応して亜由美になにかをする。

ただそれだけなのだ。そして、彼らが動けば、必ず、想像以上の苦痛がもたらされる。

そのたびに死にたくなる。この苦痛には、快楽の欠けらもない。悦虐としての錯覚さえ生じない。

男たちが準備をしている。

「いや。助けて」

つぶやいても、誰の耳にも届かないような気がする。

モニターに新たな指令が写しだされているようだ。

亜由美の前に頑丈なテーブルが置かれた。厚さ四センチほどの板でできている。ささくれた表面。製材所からそのまま持ってこられたような板だ。

男が亜由美の乳房をそこにのせた。

「いや、だめ、お願い」

亜由美は男たちに訴えるが、彼らは表情一つ変えない。

ジャラジャラと音がして、十本ほどの釘が板の上に置かれた。

銀色に光り、鉛筆ぐらいの長さがある。その先端は四角錐となっており、通常の釘よりも鋭利に削られていた。

男が一本を手にして、亜由美の右乳房の上部にめり込ませた。

「ああ、お願いだから……。そんなこと、しないで……」

頭を激しく振る。

視野に入った男の右手にハンマーがあった。思わずそれを見てしまう。すっと振り下ろされると、乳房の上の釘にしっかり当たり、一瞬にして釘の半分以上が肉に突き刺さっていた。

「ぎゃー」

亜由美は叫んだ。痛み以上に、行われたことに対する恐怖があった。

壊される……。

二発目で、釘はさらにめり込み、突き抜け、板まで貫通した。

それでも終わりにせず、丁寧に細かく打ち込み、釘の頭が、乳房にめり込み、窪みができた。

長い釘は板を打ち抜いていた。

男がなにかを亜由美に言う。手に次の釘があり、それを左の乳房に向けている。

長い釘で、まだ健全さを保っている乳房をピタピタと叩く。

「いや。ダメ。ダメ。そんなことしないで。お願い、お願いだから」

男は首を傾げ、意味がわからないと手を広げた。

釘の鋭い先端で、左の乳房の表面をなぞる。ナイフのように鋭く磨かれているため、引っ掻いたような赤い線がつく。

「ひぃぃぃ」

これからなにをされるのか、亜由美は知ってる。そしてそれによって起こる吐き気をもよおすような痛みも……。

突然、釘は動きを止め、垂直に立てられる。

「や、め、て」

男の力だけで先端部分が乳房に突き刺さった。

「ぎぃぃぃ、だめ、やめて、お願いだから……」

わかっているが、思わず身もだえする。尻が切り裂かれ、背中からも血が滲み出す。

柔らかなトマトの皮を剥くように、亜由美の皮膚が削られていく。

「お願い……」

男は無表情のまま、ハンマーを振り下ろす。

ガツンと衝撃があって、正確に釘に力が伝わった。乳房を突き抜けていく。一発で、先端は板に達していた。

「があぁぁぁぁ」

足をジタバタさせようにも錘で動かない。それでも全身を捻りながら、苦痛を受け止める。激しく頭を振る。

手が開き、痛みがその爪の先まで行き渡っていることがわかる。

耐えられない……。

この苦痛がこれからも続くのだとすれば、死んでしまうに違いない……。

亜由美は自分の体が、物としてしか扱われていないことをあらためて理解した。

なにをしても、なにをわめいても、これは止まらないのだ。

マジックミラーの向こうの人物が納得するまでは……。

末土教授は、二人目の学生、佐智子が、美しく整えられている手で目を覆っているのを冷ややかに見ていた。

四人の学生が今日の実験に参加すると返事をしてきた。お互いに、ほかに誰がこれに参加するのかは知らない。

守られるかどうかはともかく、誰ともこの実験については話してはいけないと言ってあった。

最初に亜由美を拷問にかけた登美子が、ほかの三人と連絡を取り合っていたら、ほかの学生は来ないかもしれない。そのときにはまた別の手段があったのだが、佐智子は時間通りにやってきた。

なにも知らないようだ。

そして登美子と同じように、三十分以内に亜由美にキーワードを言わせようと必死になっている。

「ウソみたい……」

女性らしさを象徴する乳房に、釘が突き通っている。乳房は押し潰されたように、ささくれた粗末な板の上に拡がっている。

知らない女性ではない。キャンパスでよく見る亜由美である。悪いウワサしか聞かないが、だからといって、このような目に遭う理由にはならない。

ただ、すべて演技で、釘もトリックである可能性があった。

だいたい、本当にこんな目に遭ったら、佐智子なら迷わずキーワードを言って助けてもらうだろう。

「キーワードを言えば、助けてもらえるんですよね?」

末土に何度も確認した。

「必ず。すぐに服を着せて解放します」

「なぜ、彼女は言わないの?」

「なぜでしょう。わかりません」

末土の言葉は信用できない。しかし末土は大学教授である。これは実験だ。なにかを証明するための、目的のある実験であるはずだ。そうでなければ、まったく無意味な暴力である。

そんなことをするはずがない、と佐智子は思っていた。

亜由美も学生なら、佐智子も学生であり、すべては安全なはずである。本当に亜由美の体を痛めつけることなどあり得ないではないか。

つまり、あの釘打ちはトリックがあるはずだ。

「二本、打ち込んだけど、なにも言わないね」

末土教授が言う。

「残り時間は二十分だけど」

「釘じゃなくて、ほかにはないの?」

「ほかに? 見てごらん、あっちを」

二つ目の防水シートが取り払われている。そこには、佐智子には使い方さえわからない道具が並んでいた。町工場のように鉄の工具類が置かれている。

「よくわからないわ。もっといい方法があるはずよ」

「残念ながら、具体的な指示はできないんだよ。君にできるのは、違う方法を採らせる決断だけだ」

登美子の場合とは違い、佐智子はやり方は選ばせないようにした。やるか、やらないか。そして、やり方を変えるか。それしか選べないようにしたのである。

「ええ。やるわ。違う方法をやって」

教授はボタンを押した。

男たちがモニターを読んでいる。そして道具の方へ行くと、「違う方法」の用意をはじめた。

「なにかしら、あれ」

「なんだろうね」

教授にはわかっていた。

男が溶接で使うマスクをした。亜由美にもマスクをかぶせた。

男の手に小型のグラインダーがあった。それを亜由美の体の近くに持っていく。もう一人が鉄の棒を差し出す。そこにグラインダーをあてると、激しい火花が滝のように噴き出し、亜由美の乳房に降り注いでいく。

「わ、すごい」

単純に佐智子はその光景に驚いているが、同時にどうなるのか、という好奇心もある。

激しい音のために、亜由美の悲鳴も聞こえない。ただ火の粉を浴びて、身もだえしているだけだ。白い肌に、真っ赤に焼けた鉄粉やグラインダーの滓が降り注ぐのである。

鉄が赤く溶ける温度はロウソクの比ではなく、瞬間的には三百度から千五百度ぐらいになっている。ごく微量の鉄粉が真っ赤な火花の正体であり、空中で冷えていくとはいえ、素肌に浴びれば火傷を負うこともある。

それを連続的に浴びせられるのだ。

乳房や上半身が、微粒子で黒く染まっていく。

そしてあまりにも地味で佐智子にはよく見えないのだが、イスの仕掛けによって、亜由美は身もだえするだけで、確実に皮膚を切り裂かれていく。そして皮膚が剥がれた部分を、さらに傷つけていく。

男が手を止め、亜由美のマスクを取る。汗と涙でぐっしょぐっしょになっている。口は開き、あえいでいるが、もちろんキーワードを言うわけでもない。

明らかに佐智子はガッカリしていた。

「どうする? やめるか?」

「なにか方法があるはずです。正解が必ずあるんだわ。ほかのをやってください。ほかのを」

ボタンが押される。

男たちがまた新たな工具を持ってくる。板金などで使う大型のハサミを持ってきた。

「なにするの」

亜由美以上に、佐智子が脅えている。

男たちは、釘で打ち止められた亜由美の右の乳房を指でなぞっている。

黒く焦げたようになっている柔肌を、ハサミの顎の部分でなぞる。

亜由美がはっきり脅えているのがわかる。涙を流して懇願している。

「やめてください。お願いします。なんでもしますから。どうか、ほかのことを。なんでもしますから!」

男たちは首を傾げ、意味がわからないと亜由美に伝えている。

そして指で、乳房の一部をゆっくりつまみ上げる。

「うそよ、そんなことするはずないわ。トリックよね。あれってウソよね」

佐智子が言う。

乳房の一部が指の間からはみ出ている。

そこに大きく開いたハサミが近づいていく。

「そんなこと、したらダメだわ」

佐智子はつぶやく。

その目の前で、ハサミの二つの歯がゆっくりと接近し、やがて重なっていく。

男が指を離しても、ハサミの刃によって、乳房はつまんだように持ち上がっていたが、ついに、ザキッと無情な音とともに二枚の歯が交差した。

乳房が力なく落ちる。

「ぎゃー。なんで、なんで、なんで……」

亜由美が泣き叫ぶ。

乳房の一部がハサミで切られ、血が流れていた。

「どうして、言わないのかしら。おかしいわ。これインチキなんだわ」

佐智子は自分に言い聞かせている。

男たちの責めは終わらない。一センチほどの切り口を指で拡げて見せる。そして、再び亜由美にマスクをつける。叫び声は聞こえなくなる。グラインダーを使って、火花の滝を注ぐ。

頑丈なイスに縛り付けられ、重石までついているのに、亜由美の体が跳ねるように動く。

男たちが亜由美のマスクを取り、汗と涙まみれの亜由美に問いかけるが、亜由美は半狂乱になっている。

男たちはグラインダーを片付け、針を持って来ると、焼けた傷口を乱暴に縫い閉じていく。

一針、一針、亜由美に見せつけるように、ゆっくりと突き刺し、焼けただれた傷口をとじ合わせる。

「あー、ひどい、ひどすぎる……」

亜由美が泣き叫んでいる。

「時間だ」と末土教授。

「明日もまた、来てくれるとありがたいんだけどね」

ショックを受けていたようだが、佐智子はこの「インチキ」をどうしても暴きたかった。

だから明日も来ると約束して、帰っていった。

安里咲の灼熱拷問

三人目の安里咲は、裸でイスに縛られている亜由美を見ただけで、かなりのショックを受けていた。

何度か話をしたことがあった。大学の寮でゴールデンウィークを過ごす話をしていた仲間の一人でもあった。

おとなしくて、頭のよさそうな亜由美は、安里咲が大学生活で描いていた理想的な友人だった。

それだけに、亜由美の悪いウワサは耳にしていたが、信じていなかった。ふられた男がいやがらせをしているのではないか、と考えていた。

いつか亜由美ときちんと話をし、彼女の味方になるつもりでいた。

それなのに……。

汗と涙にまみれている亜由美の姿を見たとき、犯罪に巻き込まれているのではないか、と考えた。

乳房は机にのっていて、そこに釘がめり込んでいる。二人目の佐智子のときに打ち込まれたままになっていた。

そして乳房には指の先ほどの生々しい傷口があり、不格好に縫い閉じられている。上半身の肌は乳房も含めて黒ずみ、全体に火傷を負っているように見えた。

「先生、これはひどいです」

「そう? だけど、亜由美は自分で志願したんだし。演技なんだけどね」

「演技にしても、裸にするなんて。だいたい、あれ、なんですか。ホントなんですか?」

傷口をリアルに作る特殊メイクのことは知っている。だが、あの乳房の変形具合は、あまりにもリアルだ。ニセの乳房をつけているのだろうか。きっとそうに違いないのだが……。

「ウソとかホントとか、ぼくの口からは言えない。君はそれも含めて感じたり、考えてほしい。そういう実験なんだよ」

「恐ろしすぎます。なにかあったに違いないと思います。あの男の人たちはなんですか?」

「彼らも実験の参加者だ」

教授はもっともらしい話を淡々とする。

最初の二人は納得しないまでも、実験を躊躇しなかったが、安里咲は、なかなか先に進みたがらない。

「ここでやめていいんだ。それでも条件は同じだよ」

「私がやめたら、彼女はどうなるんですか?」

「別に。君が気にすることではないだろう?」

「亜由美と話がしたいんですけど」

「いまはダメだな。連休明けに大学で話せばいいじゃないか。ここで会話をしたら、実験が成立しないしね」

「でも、おかしいですよ。やり過ぎですよ」

「そうそう。そういう感じ。いま思っていることを、率直にレポートしてくれればいいんだ」

「わかりました」

安里咲は帰り支度をはじめた。

末土教授は「しょうがないな」と言って、ボタンを押した。

拷問室のモニターになにかが表示されるだけで、亜由美は敏感に察知した。

「いや、お願い、もうやめて!」

叫んでいる。

その声に安里咲の足が止まる。

男たちは、三枚目の防水シートをはがした。

そこから出てきたのは、ガスバーナーだった。

「なにするの!」

安里咲は戻って来た。

男がバーナーに点火し、炎を調整した。青い炎が直線的に激しく噴き出している。

「やめさせて」

末土教授は「ただの実験だよ」と言った。

バーナーを亜由美の体に近づけていく。

「熱い! 熱い! 助けて! 死んじゃう!」

身もだえしながら炎から避けようとしている。

「考えてごらん」

末土が言う。

「こんな状況、普通ではあり得ない。でも、映画だとかゲームだったらどうだろう?」

「映画?」

「映画ではいろいろなことが起こるよね。あり得ないことが」

「それは特殊撮影があるからです。CGとか」

「いま君が見ているものは?」

「これは、ホンモノでしょう? あそこに亜由美が実際にいるわけでしょう?」

「そんな証拠がどこにある?」

安里咲は黙ってしまった。

亜由美の乳房を炎の舌が舐めていく。そのたびに、亜由美は悲痛な声を上げ、のけぞり、体をゆさぶっている。

肘掛けに固定されているはずの腕が波打ち、指が閉じたり開いたりを繰り返している。

炎の先端が、乳房の横の板にあたると、ささくれ立った表面がパッと燃え、黒焦げになっていった。

確かに、あまりにも非現実的な光景だ。

若い女性が炎に炙られる。

今日、そんなことが都会で起こるとは思えない。おまけに実験とされて、これだけのセットを用意して。

用意したのは誰なのか。教授なのか。

そもそも、もしこれがホンモノだとして、安里咲のような学生に見せる意味がわからない。

これには仕掛けがあるのだ。そうでなければおかしい。安里咲はそう考えはじめた。

教授が犯罪者として逮捕されることと同じぐらい、亜由美の苦痛も信じることはできない。

「じゃあ、亜由美は平気なの?」

末土は返事をせず、微笑んだ。

「ウソでしょ。ひどいわ。ひどい冗談よ」

安里咲は怒りを感じていた。

「三十分以内にキーワードを三つ言わせたら、君の勝ちだ。やるかね?」

すかさず教授はいつもの提案をする。

「あと何分ですか?」

「いまからでいいよ」

「やります。どうすればいいんですか?」

「あの男たちに命じればいい。ただこのボタンを押すだけだ。どうする?」

安里咲は、教授の前にあるボタンを勢いよく押した。

「やるんだね」

男たちが新たな道具を取りに行った。

高圧洗浄のホースを手にした男が戻ってきた。試しにコックをひねると、細く激しい水流が床や壁を洗う。

亜由美はそのあまりの勢いを見て恐れ、暴れている。

そこに水流が向けられていく。

「いたーい」

黒くなっていた乳房が洗われていく。油を塗られた若い肌は、水をはじき、輝いている。

作り物にしてはリアルすぎる、と安里咲は思うが、これはトリックなのだと自分に言い聞かせる。

叫ぼうとしている亜由美の口や顔にも、水が激しく突き刺さる。

「あうっ、ゲホッ」

水流は股間に向けられる。女性器がめくれあがり、粘膜を剥き出しにし、中から激しく水が噴き出している。

「ぎひっ」

長時間の膣への放水で、亜由美はアクメに追いやられている。

「はしたない……」

安里咲は眉をひそめた。

五分以上の水流の噴射。

そして唐突に止まる。

やっと息をつけるようになった亜由美の髪を握り、男たちが言葉を浴びせる。

「なにを言ってるの? わからないわ。ムリよ。わからないのよ」

亜由美はキーワードを言わない。

「ふざけてるわ」

安里咲はまたボタンを押した。

「続行だ」

男たちが、太い電線を持って来た。二本の伝染には、先端に金属のクリップがついている。

その二つを接触させると、バシッと破裂音がして火花が飛んだ。

「いやあああ」

亜由美の神経はギリギリのところまで追い詰められている。

男たちはそれを知っていて、実行する前に、見せることで脅す。

何度も火花を見せる。

鉄のイスに固定され、全身ずぶ濡れになっている。

そこに電流を通されたら……。

一本を左手の肘掛けにくっつけた。

「ひぃぃ」

それだけで亜由美はのけぞる。

珍しく男たちが笑った。真っ白な歯が見える。

もう一方の電線が、どこかに触れれば、通電する。

その電線を男は、亜由美の目の前でぶらぶらさせる。

「いやあ、だめー」

声が嗄れかけてきている。低い声で亜由美は泣き叫ぶ。

少しずつ電線の先端が乳房に接近していく。

「いや! しないで! お願い!」

あと一センチ。釘が貫通して窪んでいるところに電線の先端が降りていく。

「死んじゃう! だめよ、だめー」

安里咲には下手な芝居に見えた。同じことばかり言っている。

男はとうとう電線を乳房と釘の頭に押し当てた。

「いいいいいいい」

歯を食いしばり、亜由美はうめきながら、なにかに耐えていた。

全身が硬直している。

目が飛び出しそうになっている。

わずか三秒か四秒だろう。

安里咲が気づくと、すでに電線は離れていた。

それでもしばらく、亜由美は苦悶し続けている。

本当にそれほどの苦痛なのか。それとも電線が離れてしまっているのに気づいてないため、演技し続けてしまったのか。

安里咲には判断がつかない。

男がふたたび電線を亜由美に見せつける。

亜由美の口が開く。

「言うのよ! 言って!」

安里咲はそう願ったが、亜由美の口からは、長いため息しか出てこなかった。

ようやくまともに呼吸できるようになり、必死に酸素を取り入れているだけなのだが、安里咲にはそれも、わざとらしい演技に見えた。

「次よ。もっと違うことをして」

男たちは電線を片付けた。

亜由美が明らかな安堵の表情を見せている。

それも、長くは続かない。

別の男が台から持って来たのは、長細い真っ黒な鉄の工具だった。

「なにするの?」

亜由美の言葉に男たちは一瞬、戸惑っていた。そしてしばらく様子を見ていた。

教授らからの反応がないことを確認した。亜由美はキーワードを言ったわけではない。

釘抜きを乳房にのせた。

「なに? なに?」

亜由美がわめく中、先端部分を釘の頭と乳房の肉の間に突き立てた。

「うううう」

ゆっくりと釘抜きが倒れていく。

乳房と板を手で押さえているが、女性の大切な肉体とは思えない乱暴な扱いだ。

テコの原理で引き抜く。支点も乳房の上である。ぐりっと押し潰すかのように釘抜きのカーブが肉にめり込む。

「あがぁぁぁ」

亜由美は叫ぶ。

釘は斜めに、少しずつ引き抜かれていく。乳房が妙な形になっている。

半分ほど引き抜いたところで、作業の手を止めた。

釘の色がどす黒い。血が乳房にしたたる。

バーナーに火が点火される。

その炎を今度は突き出た釘に向ける。

「ぎゃー」

言葉にならない悲鳴が、長く続く。釘が熱を帯び、しだいに焼けていく。そして乳房を内側から焼くのだ。

釘が真っ赤になっている。

亜由美は失神した。

男たちはホースを持ち、水を浴びせかけた。顔に、胸に、そして台の下の股間にも。

亜由美は咳き込みながら意識を取りもどした。

冷えた釘が完全に引き抜かれても、キーワードを言わなかった。

安里咲はボタンを激しく叩いた。

「続けて」と教授。

もう片方の釘も同じように引き抜く。今度は電線が使われる。

「殺して……。もう、殺して……」

見た目ではわからないが、電流による苦痛はあまりにも苛酷だった。

亜由美は胃液を吐き、失神した。

また、水を浴びせる。

小説『亜由美』第三部 亜由美シリーズ 第4部 (4/6)
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