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完全飼育 · 第2部

完全飼育 第2部 (2/2)
前の話

ご主人様はそうおっしゃりながら、細いガラス棒を奴隷の尿道へ差し込み、軽く前後に動かされた。

違和感はたちまち快感へと変わり、私は顎をあげて大きく喘いだ。

「もっと、深く入れて欲しいか?」

お尋ねに、息を荒くしながらお願いした。

「入れてください!」

「あとで仕置きが待っていると分かっていても、ねだるのはやめられないか」

楽しそうにお笑いになったご主人様は、私の望みどおり深いところまで差し込んでくださった。

初めて尿道カテーテルを入れられたときの嫌悪感からすれば、想像することもできない快楽だった。

二ヵ月たった今、あさましい性奴隷はそんなところでも絶頂できるようになっていた。排尿はもはや二次的なことでしかなく、何か入れられただけで粘膜がざわめく、完全な快楽器官として機能していた。

今日も最後までいかせていただけるものと思っていた私は、だが途中で放り出された。

「下は充分だ。今度は、上の口を性器にしなくてはな」

昇華し切れない苦しさととまどいの入り交じった表情で見上げると、「便器の横に正座しなさい」というご命令がくだった。

身を起こして従うと、口の前にご主人様のシンボルがさし出される。

「これまではおまえが飲める分だけで許してきたが、これからは毎回すべて飲ませることにする。口を開けなさい」

私はクッと息を呑み、次に覚悟を決めて口を開いた。

「開いて待つんじゃない。くわえなさい」

少し決心が鈍りそうになりながらも、命ぜられたとおりにすると、ほどなく放尿が始まった。

塩辛くて生ぐさみのある液体を、出されるはじから飲み下すのは、思った以上に大変だった。

今までは、開けた口の中へご主人様が出してくださる分を、一口ずつ飲み込んでいたのだ。それでも全部飲み切れたことはなく、五口がやっとだった。

それ以上に難しいことを、そんなにすぐにできるわけがない。

やはり我慢しきれず、私は途中で便器へ吐き出してしまった。

「申し訳ありません」

謝る私の頬に、厳しいビンタが飛ぶ。

「まだ、終っていない」

「はい」とお返事し、再び口を開いてくわえなおした。

結局それを三回くりかえし、最初の訓練は終った。

それからは毎日、朝、昼、夕方、夜と合計四回の飲尿が、日課にくわえられた。

それとともに、喉を広げる訓練も同時に行われることになった。それは、飲尿の前にシリコン製のやわらかいディルドーを呑み込むことだった。

最初はうまくイメージがわかなかったのだが、仰向けになった女性の口に、太いペニスが根元までさしこまれている画像を見せられ、絶句してしまった。

それは海外のサイトのもので、喉に長さ十センチほどのペニスの形がくっきりと浮き上がっていた。

「おまえは口も小さいし、喉も細い。ここまで太いものを呑み込むのは無理だろうが、少しでも広げられるようになりなさい」

「はい」

お返事しながらも、気の遠くなるような思いがした。

ディルドーは直径二センチあまりあった。

初めはまったく呑み込めなかったが、深呼吸をする要領で喉の奥を広げ、できるだけ深く差し入れるのだと教えられ、やっと先が入るようになった。

だが喉は異物を受け付けず、すぐにえずいて吐き出してしまう。

顎をつかまれて強引に入れられると、あまりの苦しさにもがいた。

二日目からは、開口器が使われるようになった。唇を左右に大きく開かれたあと、舌を金属のヘラでおさえられ、強制的に呑み込まされた。

一日四回突かれる喉はすっかり荒れてしまい、じっとしていても痛んで飲尿調教にも差し支えるほどだった。

だが、ご主人様は手加減なさらなかった。

いつまでもできないと、むき出しにされたクリトリスへ熱いロウをたらされた。

あわれな悲鳴をあげる奴隷に、ご主人様は「熱いか」とお尋ねになった。

「はい……どうか、もう……」

「熱くて苦しいなら、早く呑み込めるようになりなさい。おまえの口は便器であり、性器だ。両方の役目が果たせて、やっと一人前の奴隷口になる。私を喜ばせたいなら、もっとがんばりなさい」

したたるロウの熱さよりも、厳しいお言葉に涙があふれる。

私は自分のふがいなさを、本当に申しわけなく思った。

*八月二十六日

厳しい訓練のかいあって、私はどうやら嘔吐せずに、ディルドーを呑み込めるようになった。

長さ二十センチあまりのそれを、見えなくなるまで口の中に入れて、なんとか五秒間我慢すると、ご主人様はにっこりとなさった。

「できたね」と、お褒めの言葉をいただいたときには、うれしくて涙ぐんでしまった。

だが、問題はそれからだった。

ご主人様は、力強さの中にもたおやかさの漂うまっすぐなペニスを取り出されると、「さあ、本番だ」とおっしゃった。

不安と緊張が高まるなか、やわらかみのある先端は舌と喉の境を越え、すっぽりと奥へ収まった。

ディルドーよりも太く、苦しさのほうが多かったけれど、喜びは何ものにもかえがたかった。

そのまま放尿が始まり、私は舌で味わうことなく、喉から直接それをいただいた。

すべて飲み終えると、ご主人様は少し感に堪えたご様子で、「いい便器になった」と言ってくださった。

「ご褒美に、今日は外へ出してやろう」

思いもよらないお言葉だった。

外へ出るということは、また屋上へ行くのだろうか。いずれにせよ奴隷に衣服は許されていないのだから、裸のままで行くということだ。

黒い布のマスクをかぶせられると感激は急にさめ、いっきに心がかじかんだ。

マスク越しにも泣きそうな顔がお分かりになるのか、ご主人様は優しくお声をかけてくださった。

「おまえは私の性具だ。口も性器も排泄器官も、もはや本来の目的を失った。主のためだけに存在している肉の道具だ。道具に人格はない。誰に見られようと、道具が恥ずかしがる必要は無い。命ぜられたときに命ぜられたことをする。それが奴隷のつとめだ」

首輪に鎖をつながれた私は、マスクの裏側で唇を固く引き締め、覚悟を決めた。

しかし、その日ご主人様が向かわれたのは、あの屋上ではなかった。

地下室の部屋を出ると、エレベーターとは反対の側へ向かわれ、突き当たりのドアをお開けになった。

そこは地下のテラスのような場所で、幅は十メートル以上あり、奥行き四メートルばかりの壁際に、川縁の遊歩道へと通じる階段があった。

ベージュ色の古いタイルばりの床面には風が運んだゴミが散らばり、鉄製の階段の白いペンキは、はげてまだらになっている。レンガ塀が高いので外からはほとんど見えないが、ときどき人の足音や話し声が聞こえてきた。

私は、屋上とは別の意味で立ちすくんだ。屋上は見られる危険はあったけれども、こんなに近くで人の気配を感じることはなかった。

あとじさって室内へもどろうとすると、強い力で引きずり出された。前のめりになってご主人様の足下に手をつくと、お尻をぶたれた。

悲鳴をあげそうになって、あわてて口を手でおさえる。

ご主人様は私を引き起こすと、こうおっしゃった。

「今日の残りの調教は、全部ここでしてやろう。おまえのいい声を、みなさんにお聞かせしなさい」

「ご主人様、ご主人様! どうか、それはお許しください!」

必死になってお願いした。だがお考えが変わる様子はなく、四つん這いにされて二リットルの浣腸を言い渡された。

両手で自分のお尻を開き、セットされたイルリガートルから注入される水の冷たさに耐えていると、お言葉が聞こえてきた。

「初めて浣腸を教えたとき、おまえは五百ミリがやっとだった。それがこんなに大量でも我慢できるようになり、チューブを三十センチ以上も入れられて前をはしたなく濡らす」

私の全身が羞恥で染め上がった。

「前もうしろも、私の手を旨そうに呑み込み、喉はすっかり広がって極上の便器になった。尿道さえもがなぶられて悦ぶ性具だ。もとのおまえの肉体は、一ミリも残っていない」

大量の液体に鈍い腹痛を覚えながらも声を殺し、ひそかな陶酔の中でただお言葉を伺った。

あるいはそれは、外を通る人にも聞こえていたのかもしれない。そう思うといたたまれない気持ちにもなったが、私は次第に、他人などどうでもよくなっていった。

わずかに残っていたちっぽけな自尊心の欠片は、きれいに溶けてご主人様に吸い込まれていった。

「こうして、誰かが聞いているかもしれないところで尻をつきだし、主の命令なら、どんな恥ずかしいことでもする気分はどうだ?」

すでにおなかが垂れ下がり、たわわな胸とともに妊婦のようになっていた私は、うめきながらご主人様にお答えした。

「私の体も心も……すべてご主人様にお捧げしたものです。……どんなにつらく恥ずかしいことでも……ご主人様のお望みにかなうことが、私のしあわせです」

「そうか」

静かな声でおっしゃったご主人様は、私のマスクを取り、顎をつかんで顔をあげさせた。

慈愛をたたえた視線が静かにそそがれる。ご講義を聴いていたときから憧れてやまない威厳あるお顔が、目の前にあった。

私から、ありとあらゆる苦しみが消え去った。

そして、ご主人様にご満足いただける奴隷としての喜びだけが、あふれんばかりにわき上がってきた。

「環」

「はい」

「おまえは、ほんとうに良い奴隷になった。だが、私のものになり、その命令に従うだけで満足するような、そんなつまらない者で終らないでくれ。絶対服従の真の至福は、その先にある。おまえなら、きっと分かるはずだ」

そんな謎めいたことをおっしゃると、ご主人様は私のうしろからノズルをはずし、「出しなさい」と、ご命じになった。

私は「ありがとうございます」とお礼を申し上げながらも、さすがに音が気になった。

大きな音をできるだけ抑えるようにしてみるが、やはりうまくいかない。そのうちに我慢できなくなって、おなかのほうが勝手に中身を押し出しはじめた。

恥ずかしさに身を固くし、汗にまみれながら排泄を続ける私の耳に、再びお声が聞こえてきた。

「私を越えて行きなさい。それが、これからのおまえの課題だ」

*九月十日

地下のテラスへ出されてから、私は毎日、屋上かそこへ連れて行かれるようになった。

屋上ではマスクをつけ、しっぽ付きの太いプラグを肛門へ入れられての「お散歩」が決まりになった。そして、そのあと何らかの責めを受けるのである。

たとえば、二本のポールに手足を広げて結びつけられ、内視鏡で中を大きく開かれたあと、炎天下に放置されたこともあった。

九月の陽射しはまだまだ厳しく、しばらくすると肌が痛くなってくる。内部にまで陽が差し込むと、頭の芯が痛んだ。

誰かに見られる恐怖は相変わらず消えなかったが、どこかに、ご主人様の性具として生まれ変わった私を見て欲しいという気持ちもあり、私自身、その変化に驚いていた。

「もう、人間じゃない。ご主人様の喜びのために使われる、恥ずかしい肉の道具なのだ」

そう思うと、体ごと落下するようなあやしい悦びが私を満たし、内視鏡の外側にまで粘液があふれ出た。

許されて地下室に戻ると、「もっと苦痛にも慣れなさい」と言われ、日に焼けた肌と膣内に、熱いロウをたっぷりと垂らされた。

自由に叫ばせていただけることもあったが、ゴムボールのついたギャグで口をふさがれることも多く、熱さと息苦しさで、私はしばしば気が遠くなった。

テラスの階段に手足を広げて逆さに縛り付けられ、雨の中、夜中まで放置されたこともあった。

背中や腰に踏み面の角があたるうえに、口には漏斗が差し込まれて降る雨が少しずつ喉へ流れ込む。乳首は根元を細い麻縄でくくられて両側の手すりに吊られ、ちょっとでも動くと引きちぎれそうな痛みが走った。

やっと許されて体が自由になると、雨で冷えていた私は、お許しもなくその場で粗相をしてしまった。

ご主人様は、罰としてそれをなめるように言われ、私は冷えと疲労で朦朧となりながら汚れたタイルに舌をのばしたのだった。

また、まだ未開発だった私の胸は、鞭とクリップとご主人様の指で執拗に責められるようになった。

特に乳首は常に腫れ上がった状態で保たれるようになり、二倍の大きさになった根元をくくられて形を美しく整えられた。

「いいね。乳房の大きさと乳首が見合ってきた。そのうち針も教えてやろう」

身震いするようなことを告げられ、それでもラビアを熱く濡らした。

クリトリスはいつでもお仕置きの対象で、ここも固く立ち上がったまま、もとに戻らなくなってしまった。

肥大して充血した三粒のおもちゃを、ご主人様はとても気に入ってくださり、読書やくつろぎの時間にも、指でもてあそばれるようになった。

指先で強くつぶされると、叫ばずにはいられないほどの痛みにおそわれる。

五秒ほどで許していただけるが、それを何回も……ときには何十回も繰り返され、へとへとになる日もあった。

そのうち、便器掃除のときにも乳首にクリップをつけさせられるようになった。

バネの強いもので粒の厚みが五分の一になるほどきつく挟まれると、それだけで全身から汗が噴き出し、胸の谷間や首筋を伝い落ちる。

早く終らせようとすると、「もっと丁寧に」としかられてかえって時間が延びるため、タイルと便器はなめるはじから涙で汚れた。

浣腸のときには、三カ所とも錘付きのクリップをつけられるようになった。入れられる液の量も二・五リットル以上に増やされ、我慢する時間も三十分、一時間と延びて、最後はほとんど泣き叫びながら許しを乞うた。

*九月十二日

一日のご調教が終り、隣室でシャワーを浴びさせていただいて戻ると、ご主人様が「正座しなさい」とおっしゃった。

ふつうならそれは「これから調教をする」という意味だった。だが、そんなことは初めてだった。責めは厳しかったが、睡眠だけはしっかりとるようにということで、夜は自由にさせていただいていたのだ。

ともかくご命令に従うと、初めて見るU字型の器具が差し出された。全体の長さは四センチあまりで、U字の両端は細い綿棒のように丸くなっている。

「これは、鼻責め用のプラグだ」

ご主人様はそうおっしゃると、上を向いた私の鼻にゆっくりとそれを差し込まれた。

先が少し開くようになっているので、思ったより息苦しくないが、鼻腔の奥を刺激されて涙が出る。二本のスティックをつなぐ部分は細いワイヤーなので目立たず、一見しただけでは何か入れられているように見えなかった。

次は穴あきのギャグボールだった。小さめのやわらかいものだったが、かまされると鼻プラグがいっそう深く入り、ますます涙があふれ出た。

「いい奴隷顔だ」

満足げにつぶやかれたご主人様は、私に膝を開かせた。

「最近は痛みも好きになったようだな」

クリトリスから胸にかけ、乾いた指が何度かなで上げる。

次に一粒ずつ爪をたててつねられると、私は身をよじって伸び上がった。

ギャグボールの奥から「オオ、オオ」というこもった獣声が放たれ、よだれが滴り落ちた。

「今夜は特別な調教をする」

真っ白なシーツが床に広げられた。

私のからだをそのうえにころがしたご主人様は、股間に二本のディルドーを差し込まれた。それもかなり太く、受け入れられる限界に近いものだ。

尿道にまでシリコンプラグをはめられてベルトで固定されると、うめかずにはいられなくなった。

「すべての穴をふさがれ、音も匂いも色もない状態は、おまえに何をもたらしてくれるかな。前にテラスで私が言ったことを、じっくりと考えてみなさい」

耳にも栓がはめこまれる。そのうえから、イヤーカバーがかけられると、まわりの音は一切聞こえなくなった。

それからシーツで全身を巻かれると、わずかな寝返りを打つ以外、視界も、身体の自由もなくなってしまった。

ご主人様は、呼吸が確保されているのを確かめると、いつものように灯りを消して出て行かれた。

私は一瞬パニックに陥った。全身の苦痛と恐怖で、朝までなんかとても持たないと思った。

鼻プラグのせいばかりではなく、涙があふれる。責めを与えてくださるのも、許してくださるのもご主人様ただ一人。飼育奴隷である私が頼れるものは、なんであろうとご主人様しかいなかった。ご主人様が、私の世界のすべてだった。

「ご主人様、ご主人様!」

心の中でなんども呼びかける。

「苦しいから、もう許してください! たすけてください!」

声にならないお願いをくり返す。

そのうちに、もしかしたらご主人様は私が嫌になって、もう捨ててしまいたいから、こんなつらいことをなさるのかもしれないという疑いが浮かんできた。

「私を越えて行きなさい」

あのとき、たしかそうおっしゃったのだ。謎めいたお言葉だとは思ったが、それ以降の責めの厳しさに、ゆっくりと考えてみる暇もなかった。

「あれは、もう、ここを出て行けということだったのかしら」

そう思うと、あらたな涙がわき上がる。もう自分の人生もない。ご主人様に喜んでいただくことだけが私の生きる目的なのに、一人で放り出されたらどうすればいいのだろう。

だが一方で、「あのご主人様が、ただの気まぐれで奴隷を調教し、飽きたから捨てるなどということをなさるはずはない。そんな方なら、私は最初から従おうという気にならなかった」とも思い、いくらか気持ちが落ちついてきた。

そうなると、自然ではあり得ないような真の暗闇と無音の世界が、私を次第に大きく支配しはじめた。

不思議なことに、苦痛は薄らいでゆき、現実も遠ざかっていった。

瞑想のような閉ざされた時間の中で、責められる奴隷の快楽とご主人様への思慕が混ざり合い、思考だけがさえざえとし始めた。

そうして一晩考えぬいた末、どうやらご主人様のお言葉の意味が、理解できたような気がしたのである。

それは、今までにない深い安らぎを、私にもたらしてくれるものだった。

*九月十三日

この日のことを、私は生涯忘れないだろう。

朝、シーツを開けてすべてのプラグを抜いてくださったご主人様は、私の顔をじっとご覧になった。

「わかったかな?」

「はい、たぶん。ご主人様の“絶対者の資格と義務”というご講義を思い出していました」

ご主人様は、にっこりとなさり、「さすがは環だ」とおっしゃって、抱きしめてくださった。

そして、それ以上の答えをお尋ねになることもなく、「調教は午後からにしよう。昼までゆっくりやすみなさい」

そう、言ってくださったのだった。

午後も遅くなってから目を覚ますと、ご主人様がすぐにいらして、私はテラスへ連れ出された。そして、両手を広げた磔のような格好で階段の手すりに縛り付けられた。

「このまま、少し待っていなさい」

言い残したご主人様は、一度建物の中へお入りになった。

私は、空を見上げた。

よく晴れた日で、青空が高い。おだやかな風が吹いて、素肌をやさしく包む。

遊歩道からは子供の声が聞こえてきた。今日は休日なのだろうか。

そんな当たり前に暮らす人の感覚が、私から失われて久しい。だが、とても幸福だった。

(ゆうべ得た解答を、いつお話ししよう。是非お話して、ご主人様のお気持ちもお伺いしたい)お戻りを心待ちにしていると、男性の声がすぐ近くでして、階段の上の鉄扉をガチャガチャゆする音が聞こえてきた。

私は息をのんだ。誰だか分からないが、入ってこられたらと思うと気が気ではない。鍵がかかっているからたぶん大丈夫だろうとは思ったが、このビルの関係者なら開けられてしまう。

(まだ、ご主人様も戻っていらっしゃらないのに、どうしよう!)焦りばかりがつのった。

そのうちに鍵をまわす音がして、油のきれた蝶番の、嫌なきしみ音が聞こえてきた。

鼓動が三倍にはね上がった。

(もう、ダメ! 見られる!)

全身から血の気が引いた。

体をこわばらせていると、ついに扉が開けられ、複数の足音と話し声が聞こえてきた。

「いや、これは大した年代もののビルだねぇ」

「その分、趣があるじゃないですか」

男性は二人いるらしく、階段を降りかけるとすぐに私に気づいた。

「おお、いいねぇ」

年長らしき男性の声はしたが、もう一人は何も言わない。

と、そのとき、ビルの地下室のシャッターが、私の目の前で上がり始めた。現れたのは、床から天井までの広い窓。そして、その向こうには、ご主人様が立っていらした。

窓をすべて開け放ったご主人様は、二人に親しげな声をおかけになった。

「よく来てくれたね」

その言葉で、階段から降りてきた男性たちはお知り合いなのだと分かったが、羞恥がやわらぐわけではない。

うつむいて胸の高鳴りに耐えていると、ご主人様がそばへ来てくださった。

「今夜は、お客様の相手をしてもらう。いいね」

私は何とも言いがたい気持ちになった。

“絶対者の資格と義務”の要点は、服従者から忠誠を捧げられた絶対者は、かわりに一体感と幸福を与えなければならないというものだった。

一体感とは、一方的に庇護を求めたり利用したりすることからは生まれない。双方向に行き交う、感謝と愛情によって育まれる。

私の場合でいうなら、ご主人様に喜んでいただけるかどうかを気にしているうちは、まだ「私」が残っている。そして、喜んでいただける「私」だけにしか存在価値がないことになる。

それではダメだと、ご主人様はおっしゃりたかったのだというのが私の出した答えだった。

自分の人生を明け渡したらそれでおしまいなのではない。ご主人様の一部になることで自他を一体化し、神との合一にも似た歓喜と安らぎを得ることこそ、主従関係の到達点なのだ。

「合一」は「依存」の上位に来るものである。迷いも不安も消えた、高く澄み切った境地にしか存在しない。

だが、それは私が得た結論であって、ご主人様のお考えと同じなのかどうかはわからなかった。

こちらに向けられたお顔には、おだやかな微笑みが浮んでいる。それは、「私を信じなさい」とおっしゃっているようにも感じられ、私はぎこちなくうなずきながら「はい」とお応えした。

様子を見守っていたお二人のうち、年長で背の高い、スタイリッシュな感じの方が口を開いた。

「先生、伺っていた以上の美しさですね。胸も腰のラインも極上だし、倉沢君なんかさっきから見とれてしまって声も出ない」

豪快にお笑いになるお顔は、四十代のように見える。

もう一人の、三十代らしい知的で鋭利な感じの方は苦笑なさりながら、「尾高さん、ひどいですよ。まあ、たしかに当たってますが」とおっしゃって、私の方をお向きになった。

「体調はわるくなさそうですね」

言い終わると同時にのばされた手に、ビクリとして身を引く。

「環、倉沢くんは医者だ。診てもらいなさい」

視線を振り向けると、倉沢様が微笑みながらうなずかれた。

「はい、お口あけて。あ〜ん」

子供相手のような口調で言って、私の顎に指先を軽くおあてになった。今度は、私もすなおに口を開いた。

「少し赤みはありますが、特に問題はないですね。先生、鼻プラグはお使いになりましたか?」

「ああ、ゆうべ試させてもらった。あれはいいね。涙が止まらなくなって、とてもいい顔になる」

「でしょ? 僕の自信作です」

「何を言っている。花粉症の鼻栓をちょっと改良しただけじゃないか」

尾高様がおからかいになると、倉沢様も負けずにお返しになる。

「改良も、大きく見れば発明のうちですよ。弁護士なら、そういう利権にも詳しいはずでしょ?」

気心の知れたやりとりに、その場がいっきに緩んだ。

だが、ドクターズバッグから取り出された器具を見て、私の緊張はすぐ元にもどってしまった。

「では、鼻を拝見しましょう。少し上をむいて」

倉沢様のお言葉は、ひどい羞恥をかきたてた。

耳鼻科で鼻の中を診てもらうときでさえ恥ずかしいのだ。それを、こんな他の男性が見ている前でされるのは、いたたまれなかった。

しかし、金属のくちばしは差し込まれ、私の鼻は開かれた。

「ああ、ここもほとんど問題ないですね。今日も使えそうだ。それにしても形の良い鼻ですね。鼻梁が高いから穴も縦長で美しい。責めがいがありますよ」

「まて、倉沢。おまえは一番の若造だぞ。ちったぁ遠慮しろ」

尾高様のお言葉に、ご主人様が大笑なさった。

それからは、まさにめくるめく背徳の時が始まった。

まずは悲鳴がもれないようにというので口にガーゼをつめられ、その上を黒革の猿ぐつわでぴったりとおおわれた。

そして、お客様お二人に代わる代わる鞭でぶたれたのだが、尾高様の鞭は特に厳しく、乳房を下からすくい上げるようにぶたれると、痛みに足が浮いた。

全身くまなく赤い筋に覆われ、最後はつま先を柔らかな一本鞭で打たれた私は、こもった絶叫で喉の奥を震わせた。

それから降ろされて倉沢様に導尿され、たまった尿を浣腸された。

自分が排泄したものをもう一度体内にもどされる行為には、大きな屈辱感がある。それに慣れることはなく、奴隷の穴という穴がすべて性器であり便器でもあることを、否応なく意識させられてしまう。

それがまた被虐の喜びへとつながって、身も心もとろけてしまうのが、なんともやりきれないマゾという生き物だった。

ノズルを抜き取られてからも、両手で双丘を開く姿勢のままでいると、「しつけがいいんだなあ」と笑われた。

「でも、自分のおしっこ浣腸なんてめずらしくもないでしょ。それじゃあものたりないよね」

「そうだな。せっかく医者がいるんだ。ふつうは味わえないようなのを入れてやれ」

尾高様のお言葉に、うなずく気配がした。

「かといって、あんまり強烈なのを最初からしたんじゃ面白くないし」

ひとりごとのように言いながらバッグを探っていらしたが、やがて精製水の一リットルパックとプラスチックの小さな容器を取り出された。

「ま、無難に塩水浣腸かな。初めてだから十パーセントね」

口調はやわらかでも、お話の内容はとんでもないものだった。

「うう、うう!」

苦しいのを我慢しながら振り向くと、お尻を軽くたたかれた。

「ほら、奴隷は文句言っちゃだめでしょ? おとなしくお尻をあげてなさい」

お客様に逆らってはご主人様に恥をかかせることになる。私は子犬のように鼻を鳴らしながら、仕方なくまた前を向いた。

パックや容器を扱うかすかな音が聞こえてくる。

肛門にもう一度ゼリーが塗られ、注入が始まる。

冷たく腸にしみ渡った液体は、最初のうちはなんでもなかった。先に入っていた尿が薄めてくれたのだろう。

だが、三本目を入れられたあたりから、粘膜に焼けるような感覚がわき起こった。

排泄感と腹痛が激しい。初めての苦痛だ。

私は、離れた椅子にすわるご主人様に助けをもとめた。

「ううううっ!」

「今日の主は私ではないよ。お願いはお客様にしなさい」

猿ぐつわごしの懇願にゆっくりと首をふるご主人様は、観客に徹するおつもりのようだった。

全身から汗を噴き出させた私は、絶望感のなかで尾高様に髪をつかまれ、乱暴に上を向かされた。

「お客様をないがしろにした罰だよ。今きつく栓をしてあげるからね。もっとがんばりなさい」

四本目のあとに、太いプラグがねじり込まれる。

「先生、フィストもだいじょうぶでしたよね」

倉沢様のお尋ねに、ご主人様がうなずかれたのだろう。ポンプを握る気配がして、内部のプラグが膨らみ始めた。

おなかが破裂しそうなひどい圧迫感に、大きくうめいた。ただでさえつらいのに、これではとても我慢しきれなかった。

お客様のお相手だということでいつも以上に緊張していたし、どんなにつらくても助けてはいただけないということも、心を弱くしていた。

ポンプが止まると、ご主人様のお声が聞こえてきた。

「ただ我慢させるのも興がない。猿ぐつわをはずして、環の口を味わうといい」

それは期待したようなお優しい言葉ではなかったが、少なくとも関心をもって見守ってくださっているのだということわかって、いくらか力づけられた。

猿ぐつわが外され、口からガーゼが抜き取られると、尾高様の太々とした男根が目の前に差し出された。身長に見合った長さもあり、色黒の表面には血管が浮き上がって威圧感がある。

「まだ散歩している人もいる。君の悲鳴を聞かれたくなかったら、しっかりくわえなさい」

私は激痛に身を折りながら「はい」とお返事をし、喉を開いてお迎えした。

尾高様の、「おおっ」という感心したようなお声が聞こえてきた。同時に、うしろのプラグが振動し始め、私は倍加した苦しさに腰を振った。

倉沢様が「可愛いお尻ダンスだね」とおっしゃりながら、性器に指をさし込んでおなぶりになる。

「こっちの締まりもいい」

三つの穴をふさがれた私は、一瞬頭の中が真っ白になった。何もかもが消し飛んで、性具としての肉だけがそこにあった。

尾高様が喉をふかく突きながら、言葉なぶりをされる。

「遊歩道にはホームレスが何人かいたから、来てもらおうか? こんな美人が、まっ裸でイヤらしいことをしていると知ったら、毎日でもあの塀の上からのぞくかもしれないね」

「それいいですね。僕、呼んできましょうか?」

楽しそうに会話するお二人にご主人様はなにもおっしゃらず、肉だけになった私は、濁った意識の中でうつろに目を開いた。

ようやく許されてうしろのプラグが抜かれると、アヌスがひどい音をたてて臭気を放った。

「羞恥にふるえる姿もいいねぇ」

「絶品ですね。次はもっとつらいのを入れてあげようかな」

「ドナンなんかどうだ?」

「塩化マグネシウムですね。けど、あれは相当きついですよ」

「されたのを見たことあるが、肛門が内側からめくれ上がって、粘膜の花が咲いたみたいになってたな」

「長く我慢させると、しびれて筋肉がゆるんじゃうんですよ。ガバガバになります」

「こんな美人の尻がガバガバか。それもまたいいな」

「責めるのが楽しみですね」

排泄の苦痛に苦しむ私の耳にも、お客様たちのお話は届いていた。

羞恥に加えて、恐怖とも悦びともつかない震えが背筋を駆けのぼってくる。

腸の粘膜が飛び出してめくれあがった排泄口は、自分のものとしてたやすくイメージすることができた。

もう誰に見られようが、どんな私であろうがかまわない気がした。男たちになぶられ辱められるだけの肉奴隷であることは、むしろ誇らしかった。

私は、自分が世界のすべての存在に向けて解放されたような気がして、思い切り声をあげた。

日が暮れると、場所は室内に移された。

シャッターの向こうにあった、大きな窓のある部屋は、私が寝起きしていた部屋だった。それまではパネルで窓が隠され、壁のように見えていたのだ。

部屋には、いつの間にかコーナータイプのソファーセットが入っていた。ご主人様お一人が室内にもどられた、あのときに運び込まれたのだろう。

そこへ、ゆったりと足を組んでおすわりになったご主人様の目の前で、私はお客様たちから鼻責めを受けた。

膝立ちになってうしろ手に拘束され、鼻フックをかけられる。フックの紐は手首の縄にかけられたため、少しでも手首をさげると、いっそう鼻が引き上げられることになった。

「おお、いい顔だ」

うれしそうにおっしゃった倉沢様は、先を脱脂綿で包んだ細いワイヤーをお手にとり、私の鼻に差し込まれた。

耳鼻科で使われているものよりも長い。たぶん、お手製なのだろう。

ひどい顔にひどいことをされていると思うと、惨めさに逃げ出したくなる。だが、背後から尾高様に頭をつかまれているため、顔をそむけることもできない。

「ああ、もう十センチも入っちゃった。十二、十五……そろそろ喉に届くかな」

言われた長さだけ入っているかと思うと、ぞっとして鳥肌がたつ。

「ほら、この奥。気持ちいいだろ?」

倉沢様はそうおっしゃって、ワイヤーを出し入れなさった。

最奥を刺激された私は、大きくうめいて涙を絶え間なくこぼした。

それほど痛くはなかったが、鼻を吊られて奥をなぶられているということに、たとえようのない被虐感がこみあげる。たくさんの愛液がしたたっていた。

それに気づいた倉沢様が、「可愛いなあ」と言って、もう片方の鼻腔にも同じようにワイヤーをお入れになった。

「うううっ!」

息が上手くできない。二本同時に動かされると、涙がいっそうあふれた。

背後から、「美人の顔崩しはたまらんな」という、尾高様のお声が聞こえてきた。

「舌もいじめましょうか?」

「いいね。やってくれ」

鼻からワイヤーが抜き取られ、今度は舌をクリップではさまれて、思い切り引き出された。

倉沢様は、小さなボトルをお出しになった。

「これは、とっても苦いお薬だ。苦いだけで害はない。いつも、この肉雑巾で便器をお掃除しているんだってね。それとどっちがつらいかな?」

怯える間に、舌に一滴落とされた。

とたんに、しびれるような苦みが広がる。あまりのひどさに体を揺すると、尾高様に膝で背中を強く押された。

「奴隷は許可なく動いてはいけない。罰として鼻プラグだ。倉沢、長いヤツを入れてやれ」

「そうですね。今のはたしかにお仕置きが必要だ」

倉沢様は舌クリップの鎖をテーブルの足につないで固定すると、長さが私の中指ほどもある、凶器のようなU字プラグをお出しになった。

それがゆっくりと、吊られた鼻の中へ入ってくる。哀れな奴隷のうめき声が響いたところで、誰もたすけてくれる者はいない。

驚くほど長いものがすっかり鼻の中へ収まってしまうと、口だけでせわしなく息をしなければならなくなった。

苦みは舌の奥にまで広がり、意識がバラバラになりかける。

すると、ますます舌と鼻を強く引っ張られ、私はとうとう泣き叫んだ。

顔いじめのあとは、ご奉仕だった。四つん這いになって、アヌスと口に、お二人を順番にお受けした。

ときどき鞭やビンタも入る厳しいご奉仕で、途中からはクリトリスと乳首に錘付きのクリップもつけられた。

合い間にはお二人の手も入れられ、前もうしろもすり切れるほど使われた。

もう、自分で自分を支えるのが難しくなったころ、ご主人様が立っていらして、背中へロウソクを垂らしてくださった。

鞭痕にしみるそれは奴隷としてとても嬉しかったが、弱った体からはいっそう力が奪われ、腰から力が抜けそうになった。

だが、上も下もお客様に差し出している体には、崩れ落ちることも許されない。重なったロウはすぐにはがされ、新たな灼熱感が休みなくおそってきた。

限界が近かった。私はもう、自分が壊れるだろうと思った。

だが、そう思った瞬間、ふとすべての痛みが軽くなった。

肉への刺激はあるのだが、それもまわりの状景も、水の中で聞く音のようにぼんやりとたわんでいる。

さっきテラスで味わった、私のすべてが世界に向かって開かれている感覚が再びやってきた。そして、今度はそこに、ご主人様の気配がはっきりとあった。

うしろから突き上げてくるのも、喉を犯すのも、いつのまにか「ご主人様」に変わっていた。誰に何をされようが、すべては「ご主人様」がしてくださっていることだった。

流れ込んできているのは、あたたかい海のようなご主人様の気配であり、それは私の悦びに感応してさらに大きく広がった。

満たされた世界の中で私はご主人様と溶け合い、眠るように意識を手放した。

*九月十四日

朝、目が覚めると、私はソファーに寝かされていた。そこにはご主人様も座っていらして、顔を向けると微笑んでくださった。

もしかしたら、一晩中こうして見守っていてくださったのかと思うと、感激に胸がつまる。

「ゆうべは楽しんだようだね」

私は恥ずかしくてお返事できなかった。

「あの二人も、ずいぶん喜んでいたよ。倉沢君が手当していってくれたが、体は大丈夫かな?」

お尋ねに「はい」とお答えしようとしたが、喉がすっかりかすれてしまってうまく声がでない。

「無理しなくていい。今日は一日休みなさい」

そうおっしゃって立っていかれようとするのを、手をつかんでお止めした。

「待ってください。お話があります」

「何かな」

私は、呼吸を整えてから切り出した。

「ご主人様のお言葉について考えたことです」

「ああ、そのことか」

ゆうべお客様たちから責められても、そのいっさいはご主人様がしてくださっているように感じられたこと。そして、私のすべてがご主人様に溶け込み、同時に一つのものとして存在しているように思えたことなどをお話しした。

ご主人様は、「満点をあげよう」と言ってくださった。そうして私の手をお取りになり、ご自分の手をしっかりとお重ねになった。

「絶対服従の真の目的は、我も他もない、一体感の歓喜と恍惚を味わうことにある。環が私の責めに耐えるから愛しいのではない。そのすべてが私には喜びなのだよ。どこにいようと、何をしていようと、大切に思う気持ちに変わりはない。私はいつでも、環の悦びと幸福だけを願っている。それこそが、私がここにいる意味なのだから」

「ご主人様、私も! 私も同じ想いです!」

うれしくて、せつなくて、目の前の胸に顔を埋めた。

ご主人様は抱きしめてくださり、髪をなでてくださった。

「責めは、みんな環のためにある。好きなだけ望みなさい。おまえの体は、もうどんなことでも悦びに変えられるだろう」

「はい、ご主人様がそういう体にしてくださいました。ありがとうございます!」

「明日からは、もっと厳しく責めるかな」

笑いながらそうおっしゃって、またしっかりと抱きしめてくださった。

*九月二十一日

それからの三日間、ご主人様はお言葉どおり、容赦なく責めてくださった。

ご主人様との揺るぎない一体感を得た私の体は、いっそう悦んで反応し、何をされても、またどんなことをさせられても、淫らな蜜をあふれさせた。

そして、四日目の朝。ご主人様は、「今日から出張だ。いい子で待っていなさい」と、おっしゃって出かけられた。

お客様をお迎えして以来、地下室のパネルはずっとはずされたままで、窓から自由に外へ出られるようになっていた。

以前よりずっと快適に過ごせるようになってはいたが、一人の時間はやはり寂しく、お帰りを待ちわびて、次第にため息の回数がふえていった。

食事は、毎日どなたかがドアの外へ置いていってくださったので、お帰りの日時をお尋ねしてみようかとも思った。

だが、私は全裸である。顔を出してお伺いするわけにもいかない。

やがて十日がたち、その日の夕方にお客様がいらした。以前お相手をした、尾高様と倉沢様である。あのときとちがい、お二人ともきちんとしたスーツ姿で見違えてしまった。

驚きやとまどいをかくせないでいると、尾高様が弁護士らしい無駄のない言い方でおっしゃった。

「今日、お訪ねしたのは、林田先生の訃報をお知らせするためです」

私は耳を疑った。しばらく声もなく立ち尽くす。

「……そんな……そんなこと」

意味がようやく腑に落ちてよろめくと、倉沢様が支えてくださった。

「先生は、ご自分の命がもう長くないことをご承知の上で、貴女の飼育調教を始められました。そして、あとのことを我々に託されたのです」

尾高様のお言葉を補うように、倉沢様が続けられた。

「先生はぎりぎりまで入院を拒み、できる限り貴女とともに過ごすことを望まれました」

「イヤっ! イヤーーーっ!」

私は叫んで、その場に崩れ落ちた。

十日前にご主人様が言ってくださった、あの宝石のようなお言葉が脳裏によみがえる。

「環のすべてが私の喜びだ」

「いつでも環の悦びと幸福だけを願っている」

(そう言ってくださったのに!)

どうしてこんなに早く、私を置いて行ってしまわれるのかと、怒りにも似た激しい感情がこみ上げてきた。

ほかに人がいることも忘れ、私はしばらく泣き続けた。

やがて時がすぎ、いくらか理性が戻った頃、尾高様が再びおっしゃった。

「これからの貴女のことについて、お話ししておかなければなりません」

示されたのは、一通の書類だった。

「ここにあるとおり、このビルの処分については、貴女にまかされています。売り払って出て行かれるのも自由ですし、このまま住んでいただいてもかまいません。

他の住人はいません。貴女と最後の時を過ごすためだけに、先生はこのビルを購入されたのです」

ことの意外さに、思わず尾高様の顔を見た。では屋上へ行くときに、誰か乗ってきたらどうしようと心配する必要はなかったのだ。ご主人様は、もちろんわざと黙っていらっしゃったのだろうが。

「鍵は、私と倉沢君、そして、もう一人……」と、尾高様が言いかけたところへ足音がした。

「遅れてすまない!」

言いながら入って来たのは、驚いたことに、私が助教として勤めていた大学の学部長だった。

「そう。この

安池

先生の三人が持っています」

先生は私をご覧になって、「永沢君、久しぶりだね」とおっしゃった。

もちろん私は裸だったし、首輪もしていた。驚愕から覚めると急に羞恥がこみ上げてきて、できる限り前をかくす。

先生は気にもとめず、お続けになった。

「最初に謝っておこう。君の秘密の手帳を拾ったのは私だ。つい中を読んでしまって、その内容を林田先生にお伝えしたことは謝らなくてもいいかな」

そう言って、ちょっとお笑いになる。

「先生から貴女のことを頼まれ、今は有給休暇扱いにしてある。戻りたければ後期から助教に戻れるよ」

今年五十四歳になる安池学部長は、ご主人様の教え子だった。手帳のことを話したのも、その親密な師弟関係があってのことだったのだろう。

「ありがとうございます」と頭を下げながらも、先のことは何も考えられなかった。私の未来は、ご主人様とともに遠く去ってしまった気がした。

安池先生が、またおっしゃった。

「貴女の落胆はよくわかる。これだけの絆を、そう簡単に忘れることもできないだろう。だが、貴女が生きてゆくことは、林田先生の願いなんだ。貴女にとっては、ご主人様のご命令なのだよ」

「ご主人様の……ご命令」

つぶやくように繰り返した私に、尾高様がおっしゃった。

「我々三人は、貴女が生きていくために必要なことを何でもするつもりです。まずは、このビルの鍵を、いったん貴女にお返ししましょう」

ポケットから取り出されたリング状のキーホルダーには、三本の鍵と「O」のイニシャルが刻まれた銀のプレ―トがついていた。

「表の入り口の鍵と、裏門の鍵。そして、屋上の鍵です」

尾高様が説明してくださっている間に、倉沢様と安池先生も、同じ鍵の束をテーブルへお置きになる。お二人のキーホルダーにも、それぞれ「K」と「Y」のプレートがつけられていた。

ということは、安池先生もご主人様の「お仲間」なのだろうか。普段、大学で接するお姿からは、想像もできないことだった。

「永沢さん」と、尾高様が改めて私の名をお呼びになった。

「これは、我々三人で話し合ったことなのですが、もし、貴女がこのビルに残りたいと思った場合、管理人を私たちの中から選んでいただくことをご提案したいのです。もちろん、貴女の管理も含めてです」

それは、新しい主を選べということだった。

ずっと黙っていらっしゃった倉沢様が、口をお開きになった。

「貴女には、いくつか選択肢があります。一つ目は、このビルを出ても残ってもいいけれど、とにかく大学へ戻り、飼育奴隷だったときのことなどすっかり忘れてしまうこと。二つ目は、ここに残って大学に通いながら、誰か主を選んで管理されること。三つ目は、大学へはまったく戻らず、引き続き完全管理されることです。どの道を選ぶのも、誰を選ぶのも、貴女のお心次第です」

そそがれた三人の視線には、それぞれの欲望を秘めた強い光が宿っていた。

(ご主人様のご命令……)

心の中でそう繰り返しながら、私はテーブルの上の三つの鍵束を見つめた。

作者あとがき

最初は、M女性の願望告白をという原稿の依頼だった。その後おもしろくなって、別に続きを書いた。五年ほど前のことだ。

ちょうどそのころ、「なぜSMをするのか」や「女性の快楽とはなにか」などについて考えはじめ、一応の答えにたどりついた。

概要については

『アニスタ神殿記3』

の「あとがき」に記したが、それを初めて小説として表現したのが本書である。言ってみれば「M乙女の夢」のようなもので、手に入れたばかりの理論で一つの理想のSMを描いてみたのだ。

本書では、屈辱や苦痛に対するM女性の内面の変化や悦びを、主人公の一人称によって詳細に綴っている。大学の元教授と助教という組み合わせなので、交わされる会話の中にもそれなりに専門的な話が出てくるし、六十八歳と二十八歳という組み合わせも、特異なものかもしれない。しかし真に聡明な女性には、このくらい成熟した人格と教養の持ち主でないと、本当は見合わないのだ。

また、初心者が経験するには、責めが最初からハードすぎると思われるかもしれないが、私が二十一歳で夢想したのは「拷問される自分」だった。心がすでに相手に預けられている状態なら、小出しな責めはまどろっこしい。身も心もガッシリとつかんで踏みにじって欲しいというのが、真性Mの共通する願いだろう。

人物設定も含め、商業的な男性向け官能小説では、まず通らないプロットだ。そのうち、私家版にして出そうかとも思っていた。

さいわい、電子出版という手段ができ、いまや活況を呈している。既存の出版社では出してもらえそうもないものを、ご自分で電子化なさっている作家さんもめずらしくなくなった。

今読み返してみると、マドンナメイト文庫の

「甘美な拷問」

「令嬢奴隷」

の原型が、思った以上に散見される。二冊を楽しんでいただけた方には、この『完全飼育』もお気に召していただけるかもしれない。

逆に、これを読んで面白いと感じて下さった方は、マドンナメイト文庫の二冊をチェックしていただけると幸甚である。両方ともAmazonでKindle版が出ている。

今回も、eマニア文庫

の

二木寸志

さんに編集とデザインをお願いした。

一読後、いわゆるM女の告白ものというよりも一人称の小説だと言ってくださり、幻想的で格調高い表紙に仕上げてくださった。

深いご理解と素晴らしいセンスに、心から感謝申し上げたい。

完全飼育

著者 佐伯香也子

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eマニア文庫

©2016 Kayako Saeki

表紙写真 Stephanie Petra Photo

電子書籍制作

二木寸志

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