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便所虫の歌 · 第4部

便所虫の歌 第4部 (4/5)
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悲痛な声。彼女はもう最初の針で自分の大切な部分を傷つけていました。肥大したクリトリスに突き刺さっているのです。恐ろしい光景です。簡単には乗り越えられません。深々と刺してから、乗り越えて、後方へやり過ごすことで、やっと体から抜けていくのです。

敏感な部分に突き刺さった針を体重をかけて、より深く突き刺したあと、弾むようにして抜いていく……。

その光景に思わず見入ってしまいました。

「ぐひぐひぐひ」と彼女は奇妙な声を上げています。鼻水と涙がとめどなく流れていて、それはエクスタシーのようにも見えます。

わたしは自分でやらなければなりません。彼女のように竹刀で前に進ませてくれる人はいないのです。

両方のつま先がつくので、跳ね上がる縄を落ち着かせながら進みます。

最初の針を粘膜に突き刺したときに、殴られるような強烈な衝撃を受けました。

「ぎぃぃぃぃ」

歯をくいしばって耐えます。早く乗り越えなくては。相手はもう二本目の針を越えようとしているのです。彼女もバカではなく、次はクリトリスに刺さらないように体を斜めにしています。

わたしも、ぐいっと突き刺しておいて、一歩を踏み出します。彼女がロープに激しい振動を与えるため、ぐさぐさと針が粘膜を突き破っています。

「ぎぎぎぃ、ちぎれるぅ」

悲鳴を何度上げても足りません。

わざとロープを揺らしているのです。それで彼女もダメージを受けるのに。三本目を自分に突き刺して、こっちを睨みつけています。どうしてそんなことができるのか。彼女はあまりにも勢いがいいのですが、それは男が背中を竹刀で叩き続けているからでもあるのでしょう。

そして最初にもっとも痛いクリトリスを突き刺した勢いもあるでしょう。

ドリル責めで麻痺しているのでは?

ぬるぬるのあそこは、ロープに食い込んでも、比較的すべりやすくて、針を刺して抜くときだけガマンすれば、わたしよりずっとやりやすいのかもしれません。

残念なほど、わたしは濡れていないのです。

二本目の針が粘膜を突き破ったとき、もう彼女は赤いハンカチの上にいました。

「勝負ありましたね。ゲームオーバーです」

突き刺さっている針以上に、心が痛くなっています。

「二代目マリカの誕生です」

そんなことが許されるのでしょうか。わたしはどうなってしまうのでしょう。

「便所虫のためのいい場所を用意しています。でも、その前にゴールはしなければなりませんね」

もうゴールしても、なにも得られないのに。

彼は竹刀を振り上げました。

バシンと背中を打ち据えられました。

「ひっ」

体が痺れるほどの痛み。彼女はこれを受けながらロープを渡ったのです。

拡張されて膨らんでいるアヌスがロープに擦れて激しく痛みます。そこを針が突き刺していきます。三本、四本、五本……。

やっと彼女のいる中央部分にまで来ました。

彼女のボールギャグは外され、手も自由になっています。

「わたしがマリカよ」

しわがれた声。彼女はわたしの乳房をつかみ、捻りあげました。

「ぎゃぁああ」

傷と火傷の痛みが一度にぶり返してきました。

「おまえはこれから便所虫として生きるの。ホンモノの便所虫になるのよ!」

そのままロープから放り投げるように、落とされました。

男は金属の開口器を持ってきて、動けずにいるわたしの口に装着しました。手で男を払いのけようとしたのですが、女も手伝って腕を背中に捻りあげられ、手錠をかけられました。

「これも必要だよね」

男はパンチのような器具をわたしの鼻に押し込みました。バチンと音がして鼻柱が折れました。

「ブタ鼻にしてあげよう」

鼻の中に穴を開けられてしまい、そこへ男は細い鎖を通したのです。それをグイッと上に引き上げていきます。

「似合うわ」と彼女が言いながら、わたしに首輪をつけ、鼻からの鎖を頭の上を通して首輪につけました。ズレないように、その鎖は顔の左右に固いゴムベルトで補強されました。顔を下に向けることができなくなりました。横に外れようと頭を振っても、左右で適度に鎖を引っ張っているので、びくともしません。

「もし自分でそれを外すようなことがあれば、頭皮に縫い付けてあげてるわよ」

女は酷いことを言います。そして、いきなり女はわたしの顔に、汚れた足の裏を押しつけて、床に倒すと、顔を踏みつけてきました。

「あなたの時代は終わったのよ」

「鼻をへし折って、自然にブタ鼻にしてやろうか」

男は手にハンマーを持っています。

「ふふふ。それはあまりにもかわいそうだわ。それに血がいっぱい出ちゃうでしょ?」

「まあ、そうだろうね」

「いまはまだいい。あんまり恐ろしい顔にしたら、便所を使ってくれる人がいなくなるわ」

「そりゃそうだな」

男が断念してくれて、正直、安堵しました。

コンクリート

「じゃあね、便所虫さん。今日からあたしがマリカだから」

都会の喧噪の中へ、彼女は行ってしまいました……。

日曜日の朝を車で迎えました。

昨日はここにつながれていた女を見て驚きましたが、今日はわたしが道具のように荷台のパイプにつながれているのです。

両足を床にのばし、手も左右に水平に引き伸ばされ、首を吊られています。振動するたびに、全身に痛みが走ります。

金曜日からの疲れもピークですが、いろいろな傷が一斉に悲鳴を上げています。とくに痛いのは拡張されたうえに、縄を渡らされ、針で傷ついた肛門です。床からの振動を受けて、飛び出している部分が激しく叩かれるように当たります。

口には彼女がしていたボールギャグをつけられ、目隠しをされています。

どこに行くのか、教えてくれません。

そして辿り着いたどこか。

マリカとなった彼女は、わたしのかわりに、掲示板「便所虫の歌」を使って誰かと接触し、会いに行くらしいのです。

「あぐぐぐぐ」

声を上げることはできません。やめてー。マリカはわたしなのに……。

そしてドアは閉じ、また車が動き始めました。

あれから掲示板の「便所虫の歌」を見せてもらっていませんが、彼らはそこでマリカの交替についてどう説明しているのでしょうか。そしてわたしのことをどう説明しているのでしょうか。

再び車は動きだしました。

しばらく走ってから、車は斜めに降りていきます。音が明らかに変わり、トンネルのような閉塞的な場所に入ったことがわかります。響くタイヤ音。地下です。

止まると、エンジンも切られました。スライドドアが開きました。

「いろいろ聞きたいことがあったが、もう、どうでもよくなった」

男の声が反響しています。薄寒い湿った空気。

ガチャガチャと音を立てて、パイプからわたしを外していきます。

「来い」

「あぐわああ」

背中で手錠をかけられ、足にも鎖のついた枷をつけられて、目隠ししたまま、歩かされます。ガタガタと震えています。泣きそうです。

ドンと音を立てて金属の重い扉が開いたようです。

焼けた油とニンニクの香り。

廊下を歩くと中国語で怒鳴り合う男たちの声が響いてきました。ガンガンと、黒く大きな中華鍋を激しくあおってコンロにぶつけている音。ジュージューという具材が焼ける音。カンカンとお玉で鍋の縁を叩く音。注文を叫ぶ女性の声。

しだいに近づいていきます。ここはレストランの厨房の近くなのでしょうか。

ぐいっと肘を押されて、廊下を突然、左に曲がります。

再び音は静かになりました。

バンと音を立てて軽いドアを開けると、段差があって少し低くなっています。冷たい床。生乾きのコンクリートのニオイ。工事中なのでしょうか。

「止まれ」

立たされます。肩を押されて後退すると、腿に縁があたり、押されるままにお尻をそこにのせます。冷たいコンクリート。イスのようになっているのでしょうか。

手錠を外されたのですが、片手を上から下がっているらしい別の枷に取り付けられます。そのまま仰向けに倒されます。

音の響きからしてそこがすごく狭い部屋であることもわかりました。自分の荒い息やうめき声が、反射してくるからです。

足の枷にもなにかが取り付けられたようです。動く範囲がすごく小さくなってしまいました。ガンガンと激しい音がして足の周りになにかを打ち込んでいます。しばらく乱暴な音を立てた作業が続きます。バシバシッと激しい音がして、目隠しをされていても、すごく明るくなったことがわかります。

溶接されている……。

「あぎぇえええ」

火の粉が足に降り注いでいます。きっと大やけどをしているのではないでしょうか。足の近くで溶接をしたのです。

そしてザザーッと大きな音がして、足に冷たいものがかかりました。火傷用の薬ではありません。重たい液状のもので、かなりの量になっていくのです。膝のすぐ下あたりまで埋まると、重みで足はほとんど動かせなくなりました。指ぐらいなら握ったり開いたりはできますが……。

お腹にベルト。ギュッと締められると冷たい台に押しつけられました。

「しばらくそこにいるんだ」

放置。

背中から冷えてきます。ポツリポツリと水が垂れているような音がしたり、ときどきザーッと水がパイプかなにかの中を落ちていく音がします。

上からのチェーンを探り、体を持ち上げてみますが、足はまったく持ち上がりません。

さっきまで、重い液体を感じてはいたものの、膝も左右に少しは動くのですが、固いものが周囲にあってそれ以上は動かせないのです。

固まっている!

足をセメントで固められているのではないでしょうか。溶接の音は、足の周囲にご丁寧に鉄筋を入れたのではないでしょうか。

パニックになります。

日曜の夜が終われば。わたしはマリカではなく普通のOLに戻ることができるはずなのに……。

ガチャガチャと鎖を鳴らします。

なにも起きません。体をいじめ抜かれる以上の恐ろしさです。これまでは、どんな苦痛にも終わりがあったのに。

コンクリートで固められたら、死ぬまでこのままなのです。

慌てて足を引き抜こうとしても、指先以外は動きません。

どれぐらい放置されたのでしょう。

ドアが開きました。最初に耳にした重い鉄のドアに比べると、ここのドアはとても軽く、簡単に開くのです。鍵もかからない誰でも入ることのできる部屋。

男だろうと思いますが声を出さず、なにかをしています。固まり具合をチェックしているのでしょうか。

「目隠しを外してあげよう」

一か八か暴れてやろうと構えていましたが、先に手の鎖を引き上げられてしまいました。

腹部はベルトで台に縛り付けられているので、腕を引っ張られると肩が浮くだけで、それ以上はなにもできなくなります。苦しいので鎖を握り締めるのが精一杯。

男がすごく近くにいます。

固まったところに靴で上がっているのです。目隠しを外してくれました。

真っ白なまぶしい光。

天井に金網に守られたLEDライトが埋め込まれています。全体に白い部屋。寒々としています。

男が間近にいます。臭い息。血走った目。

「便所虫。おまえの最後を見届けてあげよう」

狂っている……。

「ここは省エネになっている。おまえが動くと発電できる装置があって、上のLEDやネット中継用のカメラも作動するわけだ。もちろん、それだけじゃ電力は足りないので、このビルの電力も最小限は使うわけだが……」

男はブツブツと言っています。

「見ろ。うまく固まった。速乾性のセメントだからな」

膝から下が、真っ白な四角いコンクリートの中に埋まっています。膝の左右にほんのわずかな隙間があるだけです。動かしてみると、さらに周囲は強固になっていて、膝が縁に当たると痛いのです。

「そのうち足が腐ってくれば、抜けるかもしれないよ」

「うぐぐぐ」

たすけて。お願いだから。

「ここは文字通り、公衆便所なんだ。誰でも利用できる。おまえを利用しに来る人たちのためのものでね。言葉はいらないだろう? だから、これをつけさせてもらおうと思っているんだ」

透明な樹脂を見せます。

そして猿ぐつわを外しました。

「ぎゃー」

思い切り叫びました。自分の声が反射して耳が痛いほどです。

「叫ぶのか? 好きなだけ叫べ。それがおまえの最後の言葉だな」

「やめて! お願い! わたしはただのOL……」

「それは違う。おまえはマリカだったじゃないか。いまは違うけどな。ただの便所虫」

なにかを言おうと口を開いたときに、樹脂の筒部分が口に押し込まれました。男の手が後頭部に周り、強い力で押し込まれます。歯が当たる部分だけわずかに窪みがあり、それがきっちりはまってしまうのです。

樹脂部分にナットで取り付けられた細いワイヤーを、頭の後ろに回して工具で締めて、留めてしまいました。

「これがおれの夢だったんだ。マリカになりたいという女と出会ったのがきっかけだけどな。あいつはマリカになって喜んでやがる。おまえはおれのものになった」

男はわたしの視界の外れにあるところに手を伸ばし、左側から透明な便器を引き出しました。

思わず左を見ると、壁に太いアームが取り付けられており、そこに透明な小便器が装着されているのです。

右側には、アームに取り付けられた透明な洋式の便器が取り付けられているのが見えました。

男は鼻歌を歌いながら、小便器から出ているチューブをわたしの口にカチリとはめ込みました。

「簡単だろ?」

小便器を使うときはわたしの手の鎖を思い切り引き上げて、そこに便器を取り付けるのです。洋式便器を使うときは鎖を緩めて寝ているところに取り付けのです。

「あとでチェーンとこの装置を連動するようにセットするから」

男はチャックをあけて、半立ちのペニスを取り出しました。

「さあ、使ってやるよ、便所虫ちゃん」

おそらくここで話は終わるのだ、とわたしは思いました。

彼が放尿すると、透明な小便器に溜まった液体が、わたしの口に流れ込みます。

飲まない限り、なくなることはありません。ずっとその液体のニオイを嗅ぎ、味わっていなければなりません。

「のんびり飲んでもいいけど、つぎつぎ人が来たら、そうもいかないぞ」

男は乳房をパンパンと叩きます。

腹部のベルトを外します。

「こうすると、おまえの穴も使い放題になる」

まだ滴がしたたっているペニスが、乱暴にわたしの中にねじ込まれます。

「ごぼっ」

むせると妙な音がします。そして喉に彼の小便が押し寄せてきます。

小便器をセットされてしまうと、腹部のベルトがなくても、わたしは身動きがほとんどできません。

「どうだ。おまえはこうなりたかったんじゃないのか?」

そんなはずはないのです。これはわたしの望んだことではありません。

だけど。

週末、マリカと名乗って人から人へ、欲望のままに漂っていたのは、いつか、なにかしら決着がつくだろうと期待していたからでしょう。首を絞められて殺される。手足をノコギリでバラバラにされる。生きたまま解剖される。まだ意識があるのに、ゴミ捨て場に遺棄される……。

いろいろな終わり方があるだろうと思っていましたし、そのときは受け入れるつもりだったのです。

しかし、このような終わり方までは想像していませんでした。人間便器として死ぬまで他人の糞尿を体に入れながら、穴を酷使され、腐りながら死んでいく……。

足をコンクリートで固めるまでしたのに、わたしはきっとあっけなく死ぬでしょう。明日、それとも明後日。こんな状態で長く生きられるはずはないからです。

「少しは感じるか? ヌルヌルになっているぞ」

男は笑います。

そしてタブレット端末をわたしに見せるのです。「便所虫の歌」の掲示板に、多数の賛辞が寄せられています。

今度のマリカは最高です、思った以上にいいぞ、何度も使いたい……。

あの小柄な女はマリカとして、わたし以上に好評らしいのです。

彼女がいたぶられている写真もアップされています。幼い外見と裏腹にすごいことをするギャップが受けているようでした。

マリカは誰でもよかったのです。

「悔しいか?」

不思議と悔しさは消えていました。わたしはマリカじゃなかったんだ、と思っただけです。

求めてくれる男

「おまえが部屋を取っていた安宿も見つけたし、おまえの私物も全部、いただいたよ。おまえという存在はこの世からなくなっていくんだ。ステキだろう?」

わたしは何者でもなくなっていくのです。

「楽しんでくれよ、最後の日々を」

男は出ていきました。

しばらくすると、三人の男たちがやってきました。ニヤニヤしています。日本語ではない言葉をしゃべっています。

わたしにおしっこを飲ませて、性器にチンポを押し込んで。お尻に手を入れたり、ツバを吐きかけたりして遊びました。

苦しいけど、なにも感じません。

魔法の時間は終わったのでしょうか。

そのあと別の中年男がやってきて、洋式便器をセットしました。その男の排泄物を受け入れました。男はつまらなそうに乳房でタバコをもみ消すと、出ていきました。

激しく痙攣したものの、心はまったく冷たいままでした。

「ホントにいたね。覚えているかね?」

中年の男が二人。

「おまえの上司だよ」

なんのことかわかりません。

「ここがどこだか、わかっているんだろう? おまえが月曜日から金曜日まで、素知らぬふりをして働いていた建物の地下だぞ」

そんな……。

「週末、おまえがとんでもないことをしていることを、誰も気づいていないと思っていたのか? そんなわけないだろう?」

ああ、そんな……。

「うちの団体は政府との関係で成り立っているんだから、職員の不祥事は絶対にあってはならない。常に、職員の動向には目を光らせている。おまえはその網に引っかかっていたんだよ」

「しかし、ただクビにするわけにもいかない。おまえの仕事ぶりは完璧だったからな。どうせなら、完全に消えてもらおうってことだ」

男たちは双子のように、交互に話をするのです。

「どこかに埋めたって、犬なんかに掘り起こされても嫌だし。何年か後に、びっくりさせられたくないからね。管理できるここで、消えてもらおう」

「この建物は来年には壊されてしまう。そのときにきれいに処分できる。もっとも、おまえはそれまで生きていることはないだろう」

「自分がなりたかった本当の姿だ。うれしいだろう。まったく、とんでもない職員を雇ってしまったものだ」

彼らはわたしに小便を飲ませて、去っていきました。

そういうことなのか。こうして終わっていくしかないのでしょう。

諦めたときに、内側からぐぐっとこみ上げてくるものがありました。

なにもされていないのに、激しく感じるのです。燃えるのです。

あああ、わたしはこのまま、便所虫として、靴で踏み潰されて死ぬように、消えていくのです。

笑い声がしてバタンとドアが開き、三人の女子が入ってきました。

「ウソ、すごいじゃない」

「あの冷たい先輩が、便器になってるってホントだったのよ」

「なにかあると思ったけど、こんなことがしたかったなんて、軽蔑するわ」

彼女たちの顔に見覚えはないのですが、一緒に仕事をしていた人かもしれません。

体を触られて、叩かれて。

「乳首、でっかいわね」

「ラビアを見てよ。完全にヤリマンだわ」

「やりたいこと、やってたわけよね」

「やり過ぎよ」

洋便器をセットして三人がかわるがわる用を足すのです。

「見てよ。小便漏らしている」

「お腹パンパンだから、おしっこでいっぱいなのよ」

「汚いわー。こうはなりたくないってことよね」

大笑いしながら出ていきました。

なにも考えず、わたしはひたすら体の中から腐っていくのを待つだけです。

これから死ぬのではなく、もうだいぶ前にわたしは死んでいたのかもしれません。

少し死んで、ごまかして。

また少し死んでごまかして。

こうして本当に消えるまで、わたしはきっとここにいるでしょう。

熱い気持ちも、それほど長くはもちませんでした。

とにかく冷たい空間なのです。どんどん体温は奪われます。おしっこが欲しい。温かいおしっこをかけてほしい。それがなければ、死んでしまう。

時間の感覚も消えました。

殺風景な便所でただ待つだけ。

物珍しさも一巡したのか、パッタリと人が来なくなりました。いえ、そうではないのです。もう退社していったのです。夜になって中華料理などの店の従業員も帰れば、このビルは朝まで誰も来ないでしょう。

その長い夜に、きっと心臓が静かに止まるのではないでしょうか。

中華の従業員らしい人たちがおしっこを恵んでくれました。

ありがとう、ほんとうにうれしいの。なにをしてもいいから、もう少しいてほしい。意味のわからない言葉でからかってほしい。

いじめて。いたぶって。触って……。

でも、彼らは笑いながら出て行ってしまいました。

とうとう深夜になっていくのです。

こんなつらく、長い夜があるなんて。

体力の限界もあるのでしょう。意識がときどきなくなります。眠っているのでしょうか。

カツカツと廊下に足音がした気がしました。そしてドアが開きました。

うれしい……。なにかしてくれる……。体を温めてほしい……。死ぬほどの苦痛がほしい……。殺してほしい……。

ガチャンと音がして、目を向けると、ドアのところに大きなダッフルバッグを置いたのです。警備員ではありません。いえ、警備員の服装はしています。サングラスをかけて、不健康そうな体型の男。

小便をするのかと思ったら、バッグから汚い毛布を取り出し、わたしの体に被せていきます。目にゴーグルをつけさせて、大きなマスクもつけました。

男もゴーグルをつけると、廊下に戻り、台車をねじ込むように、便所に入れました。機械がいくつか乗っかっています。廊下から太い電気のコードが引き込まれました。

足を固めているコンクリートの表面にペンで印をつけました。一応、計測はしているようです。足を切断するのではないか、という恐怖があります。ここから出られるのなら足なんてどうでもいいと思うかもしれませんが、いまここで足を切られたらそのまま死んでしまうのではないでしょうか。

死んでもいいのですが……。

死ぬわたしにゴーグルをかける意味があるでしょうか。

男は巨大なドリルのような工具を持ちます。先端は缶コーヒーのような筒がついていて、膝のすぐ横につけた印の上に当てると、ものすごい音でそのドリルが食い込んでいきました。

細かい粉が噴き上がり、みるみるコンクリートに缶のような先端部分が入り込んでいきます。

その音と振動は、脳を直接揺さぶります。

やめて! もういいの。そのドリルでわたしのまんこを突き刺して! お腹に穴を開けて! 殺して!

あっという間に大きな穴があいていました。

反対側の足の横にも穴をあけていきますが、この程度ではコンクリートはびくともしません。きれいな、花でも植えるような穴が開いただけです。

もしかして、助けてくれるのではなく、新たな器具をそこに設置しようということなのでしょうか。わたしを苦しめるために?

だったら、なぜ一言もしゃべらないのでしょう。それに、なぜ深夜なのでしょう。

男は閉じたクリップのような、でも腕ぐらいの大きさのある器具を持って来ると、その穴に差し込みました。台車に戻ると、そこでスイッチを入れました。

最初はなにが起きているのかわかりませんでした。

いえ、なにも起きていない、と思いました。足の左右に突っ込んだので、電流でも流すのかと怯えましたが、それとは違う細かな振動を感じました。

やがてコンクリートにはっきりと亀裂が走りました。それは油圧のジャッキのようなものらしく、穴の中ですごい力でコンクリートを引き裂いていたのです。

バンと音がして、足の左右でコンクリートが割れました。

男は工具を仕舞うと、壊れたコンクリートを取り除きます。足にそって鉄筋が植えられましたが、その部分が剥き出しになりました。手際がいい作業も、そこで終わるのではないでしょうか。

溶接までされた鉄筋。それはなおもコンクリートに深く食い込んでいるのです。

その様子を確認すると、男は長い柄のついた工具を持って来て、鉄筋をガツンガツンと切断しはじめました。ある程度切断すると、鉄筋を曲げて、わたしの足を引き抜いてくれました。

両足が自由になるまであっという間だったのです。夢のような時間です。

彼は、工具を片付けると、わたしを抱えて台車にのせてくれました。ゴツゴツした工具の上ですが、文句は言いません。

抱きついてお礼を言いたいぐらいですが、汚れきっていますし、抱かれて気づいたのですが、体力はほとんど残っていませんでした。

男は軽トラックで来ていました。ビルの裏口から外に出ると、わたしを荷台に毛布ごと降ろし、工具を積み込み、台車を畳んで入れ、それからダッフルバッグを放り込みました。

まったく無言でした。

どこに連れていかれるのかわかりませんが、過剰な期待はしないようにしました。いえ、もう体力が限界でほとんど失神していたのです。

気がついても、状況がよく飲み込めませんでした。

ゆったりとしたタオルのような生地のワンピースを着せられて、革のソファに横になっていたのです。

知らない部屋。古民家のような、木造の部屋なのに洋室に改造されています。板の間に絨毯が敷かれ、小型のピアノも置かれていて、その上にはガラスに入ったフランス人形が三体置かれていました。

細い廊下は黒っぽく光る板で、その向こうは比較的新しいサッシになっています。半分は曇りガラスで、上は透明。そこから手入れのされた庭木が見えています。

ここがどこなのかわかるような手掛かりはありません。

横にスタンドがあって点滴の袋が二つぶら下がっていましたが、空になっています。わたしの腕にその針がついているものの、チューブは外されていました。

ミシミシと廊下をきしませて、男が現れました。和服です。お盆に土鍋がのっていました。

「マリカ。ようこそ」

その人を思い出せないのですが、知っている人なのでしょうか。

土鍋を低いテーブルに置きました。

彼は、着物の袖の中から、野球ボールを取り出しました。

「あっ」

「思い出したか?」

はっきりは思い出せません。マリカのときの記憶はどんどん消えていくから。だけど、最近、そのボールをお尻に入れられたことがあったと思います。

「おまえはマリカのときの記憶がほとんど残っていないという。だからこれまで何度もおまえの体に触れてきたことを覚えていないだろう。しかし、おまえのヴァギナとアヌスは覚えているはずだ。そこを拡張することが、おれの楽しみだった……」

そんなに何回も会っているのでしょうか。

「おまえが消えたので必死に探したよ。きれいさっぱり証拠隠滅されていたな。おまえの表向きの顔、あの勤め先の団体のやつが、ネットで情報を漏らしていなければ、見つけられなかった」

誰かわかりませんが、地下で便器になっている女について不用意にネットで書き込みしたようです。そのおかげで、見つけ出してくれたのです。

ですが、そうした情報を取れて、コンクリートを的確に破壊する道具を用意し一人で実行できるこの男は、何者なのでしょう。知ったところで意味はありませんが、底知れない恐怖を感じました。

「食べなさい。点滴はもう必要ない」

うどん。タマゴも入っています。それをすすりました。土鍋なのにとても温い。

「冷ましておいたんだ。その状態で熱々のものはかえってよくない」

最初は罠かもしれないと思いつつ、二口も食べると、あとは夢中ですすり込みました。

「うん。よかった。まだ生きる気力があるな。肌も少し赤みがさしてきたようだ」

「どうしたいんですか?」

「おれはマリカをこれからも使いたい。おれの楽しみのためにな」

「ここで?」

「バカを言うな。ここはおれのプライベートな空間だ。本来なら、おまえなんか連れ込む場所じゃないんだ」

厳しい人のようです。

「こんなことをする人間だとはおれ自身、思わなかったが……。そんなことはいい。第二のマリカがどうなってるか教えてやろう」

ノートパソコンを開き、「便所虫の歌」の掲示板を見せてくれました。フラットポイントを指でなぞり、スクロールしていくにつれ、小柄な、わたしにはまったく似ていないマリカの活躍ぶりを見ることができました。

評判はいいようで、ボコボコにされながら、ボロ雑巾のようにかわいがられていました。

その悲しいまでの姿を見て、奇妙な感覚を味わいました。

嫉妬かもしれません。

「おまえが

朦

朧

としている間に、体を洗い、医者に診せ、いろいろなチェックもしたんだが、なんとかおまえはまだ腐りきってはいなかった」

「腐っていたら、どうされたのです?」

「廃棄しただろうね。おれなりの方法で」

彼の目をじっと見ました。厳しいけど、すっきりとした眼差し。彼は信頼がおける人で、冷たくて、なんでもよくわかっている人だと感じました。

「廃棄してください」

そうお願いしていました。

「まだダメだ。おまえはまだ使える。使えるうちは捨てない」

きっぱりと言われました。

「では、使ってください。マリカとして」

「もちろん、そのつもりだ。しかし、ただ使うだけではつまらないだろう」

月曜日だから

男は黙って壁に向かいました。壁は一面、収納になっているようです。金色の小さな把手。それを開けると、壁は折り畳まれて、大きく開きました。

「まあ」

そこには、マリカがいました。いま見たばかりの小柄な女性。痣と傷だらけの肌。厳重な猿ぐつわで顔の半分は見えません。瞳はこちらを見ています。涙があふれているようです。

手首は大きく広げて天井から吊り下げられ、宙に浮いています。足首も左右に大きく開かれています。そして股間には太い棒が突き立っています。その先端は彼女の陰部に消えています。ですが、よく見ると、下腹が男性器のようなカタチに浮き上がっています。巨大なディルドを飲み込んでいるのです。

「もちろん、マリカは誰のリクエストにも応える。いまはここにいる」

だとすれば週末なのでしょうか。

そんなことを考えるなんておかしいですが、便器にされたあと、わたしはマリカのまま戻れなくなってしまいました。週末が終われば自動的にマリカではなく、ただの団体職員に戻っていたのです。ですが、それができないままに数日が過ぎているのです。

魔法の効力が深夜になっても消えなかったら、シンデレラはどうなったのでしょう。きっと、呪われた赤い靴を履いたバレリーナのように、死ぬまで踊り続けたのではないでしょうか。

わたしはマリカ。死ぬまで踊り続けるのです。淫虐の踊りを。

時間感覚はありませんが、自分で自分の体を抱いてみると、ゾッとするほど痩せていました。前からそうだったのかもしれません。わかりません。

便所にされて、それほど時間は経っていなかったのではないでしょうか。もしそうなら、まだ週末なのかもしれません。もしくは、日曜日?

「いまは何曜日なんですか?」

「水曜日の朝になる」

「行かなくては」

マリカとしての時間は終わったのです。月曜になればマリカの記憶は消え、ただのOLです。

「本気なのか?」

「ええ。もちろん」

「わかっていないようだね。マリカは便器にされたのだ。その場所は月曜日から毎日仕事で行っていた団体のビルなんだぞ」

「それがなにか?」

いまは拘束されていません。もう、自分は自分でしかなく、体もきれいにしてもらい、服を着れば自分になれます。退屈な月曜日から金曜日までの職場が待っているのです。その生活がリアルで、退屈であればあるほど、週末のマリカの意味があるのです。ずっとマリカであり続けることはできません。

シンデレラは、汚い服を着せられてお姉さんたちにいじめられながら、日々を過ごしていたのです。魔法の力を借りたときだけ、光り輝いたのです。

「お願いです。帰してください」

男の冷たい瞳はまったく動じません。

「いいのか、それで」

「お願いします。助けていただき、よくしていただき、ありがとうございました」

そしてふと、壁を見ると、そこでは苦悶する女性。彼女は誰なのか。この男は恐ろしい男で、いまからわたしを同じ目に遭わせるつもりなのでしょうか。

だけど、心の底でわたしは彼を信頼してもいるのです。だから小娘のように騒ぎ立てることはしませんでした。

「だったら、その服を貸そう。ほかには男ものしかないから」

タオル地のワンピース。それだけ。下着もありません。恥ずかしすぎますが、ここを逃れるにはそれしかないのです。

「どこか駅まで送っていただけますか?」

「いや。おまえのことをそれほど知りたいわけじゃないんだ」

男は携帯電話でタクシーを呼び、わたしにカネを渡しました。

「これでなんとかなるだろう」

「ありがとうございます」

「もう、おれのことは忘れているんだな?」

「え?」

「なんでもない。さようなら」

おかしなことを言う人だと思いましたが、とにかく急ぎます。いまを逃せば、あの女性みたいにつながれてしまうかもしれません。

小雨の降る肌寒い早朝。白い空。冷たい空気に身を震わせながら、全裸の上にワンピース、そして男がくれたサンダルだけで帰宅しました。恥ずかしいのでタクシーは少し離れたところで降りて、小走りに自宅に戻りました。

月曜日なのです。髪を整え、化粧をします。時間がありません。アクセサリーはあまりしない人間です。香水だけはつけました。なにかしら少し臭いがあるような気がしてならないから。

なにげなくつけていた指輪が、どの指に入れてもスカスカで合いません。口紅の色も、ファンデーションも、青ざめた顔をカバーしてくれそうにもありません。

泣き出したくなりました。

テレビをつけて、その時刻と天気予報とニュースをインプットしながら支度を続けます。

平日なんだから。

いつもの自分でいなければ。

駅まで五分。そこから電車で三十分。さらにその駅から歩いて五分。

いつものようにIDカードをかざしてビルの中に入りました。そしていつものオフィスに入ったとたん、微妙な空気を感じました。

「お、おはよう」

男性職員が真っ青になっています。

「きゃー」と女子職員の悲鳴。

わたしの机の上に花瓶が立てられ、しおれた花が数本刺さっています。黙ってそれを捨てて、花瓶を洗って片付けました。

席に戻ると、引き出しの中に書類や文具がまったく入っていません。

「すみません。わたしの仕事の道具はどこでしょう」

「き、君はもうここには来ないんじゃなかったのか?」

「え? 今日は水曜日ですから、当然出勤したのですけど」

「あれから一週間以上になるんだぞ」

「あれから?」

微妙な衝撃を受けて、少しだけ眩暈がありました。やっぱりあれから一週間経っていたのかもしれません。「あれから」の「あれ」がわからないものの。一週間前のわたしの身に、なにかが起きたのです。

「そうよ、無断欠勤して死んだって聞いたから……」と女子。

ああ、この子はわたしにおしっこを飲ませてはしゃいでいたわ。

でも、そんなことはありえません。ここは職場なのです。

「死んでませんけど。死んでるように見えます?」

「幽霊よりマズイよ」と遠くで聞こえました。

振り向くと、それはわたしに何度も大便を食わせた男。乳房でタバコをもみ消したりした男。

それは記憶ではなく、ただの夢。妄想にすぎません。わたしの妄想なのに、なぜみんなは怯えるのでしょう。

チクッとした痛みを感じて思わず手を胸にあてると、その男は慌てて部屋から出て行きました。

「だめだ。君はもうクビだよ。生きていたのはよかったけど、一週間の無断欠勤は解雇事由になる」と上司。

「いいえ。お言葉ですが、それまでの間、無遅刻無欠勤で仕事に重大な支障を来したことのない者は、その程度のことでは解雇できません。たとえ一カ月間の無断欠勤だとしても、それだけを理由とする懲戒解雇は、正当な理由がない限り無効という判例もあります。ご存知だと思いますけども」

男は黙っています。それまで固まっていた職員の多くが仕事に戻っていきました。いい徴候でしょうか。

「だけど……」

上司はなおも文句を言いたそうですが、わたしに小便を飲ませてからかった女子たちが、「ここに用意しました。これ使ってください」と、文具類を机の上に並べてくれました。そのうちのいくつかは、見覚えのあるものでした。

いつも使っている書類、帳簿もつぎつぎと戻ってきました。

「よかった。これで仕事ができます」

わたしは仕事をはじめました。手帳だけは紛失したまま戻ってきませんので、今週の予定がわからず、隣の女子からスケジュールを貰いました。ミーティングがこのあとすぐにあります。

「まさか、ミーティングに出るんじゃ……」と上司が言います。

「もちろんです、出ないと情報が得られませんから」

頭痛はしますが、わたしは仕事はできる人間だから、感情とか自分の事情はどこかに押し込んで、ひたすら仕事に向かうのです。

とても違和感があって、たしかにいつもとは違います。

それでも体の痛みが少ないのもうれしいところです。なぜか月曜から金曜まで、いつも体のどこかが激しく痛み、体調はよくありません。注意をしていると、週末になるにつれて体調はよくなっていくので、それほど心配はしていませんでしたが。

ストレスとか女性ホルモンに関係してるのかもしれない、または年齢とか……。

今日は座ったり、立ったりするときも、かなり楽です。ただ、足に力が入らないときがあって、ときどきガクッとなり、思わず自分でも笑ってしまいます。

「笑ってるぜ」

「はじめて見たよ」

遠くで声が聞こえます。なにをバカなことを言ってるのでしょう。そんな暇があれば仕事をすればよろしいのに。

もっともほかの職員があまりにも仕事ができないから、わたしが重宝がられるのです。

きっちり働いて、自宅に戻り、風呂に入って、記憶のない体の傷に心を痛めるのが常です。これは自分の病だと思っています。治療が必要なときもあります。薬を塗ったりしています。

ですが、いまのところ、痣はたくさんできていても、それほど深い傷はありません。滅多に乗らない体重計。かなり痩せてしまっているようですが、前回の体重を覚えていないのでなんともいえません。

ただ昼にも感じたのですが、食べ物の好みが変わったのか、なにを食べてもあまり味がしないのが寂しいです。

順調に毎日が過ぎていきます。復職の問題も当然に処理され、始末書を書きましたが、自分がなぜ一週間も無断欠勤したのか思い出せないので、上司と相談して適当なことを書いておきました。

「形式上のものだから」と言われました。

そうなのです。わたしの日々は形式上のもの。仕事をし、帰って寝る。その繰り返し。自分のことは二の次、三の次。まずは仕事。それを定時までに終わらせること。

団体職員としての仕事はいつも同じです。それほどイレギュラーな処理はありません。だったら、残業なんてしてはいけません。

そして仕事は正確に。やり直しになることほど大きなムダはないのです。アイラインやルージュと同じで、一発勝負で決めることができれば、最高なのです。なにごとも完璧にしなければなりません。仕事の先の先まで読んでおけばいいのです。

金曜日。朝、机の前につくと、女子に囲まれました。

「もうガマンできない!」と彼女たちは怒っています。

「あなた、マリカなんでしょ!」

「え?」

わからないのです。なんの話でしょう。

「みんな、怖がってるの。わかってる?」

「なんのこと?」

「とぼけないで。ちょっと来てよ」

「これからミーティングが……」

「それは出なくていいって上司に許可を取りました」

上司を見ると、うなずいています。

いままで、こんなことは一度もありませんでした。わたしはベテランの事務員として一目置かれてきたのです。上司たちは三年で自動的に変わっていきます。みな、会員企業からの出向なのです。

あまりにも退屈なこの職場では、最初は意欲のあった若い女子職員も二年以内に飽きてしまい、結婚したり転職していきます。もっとも失望するのは、この職場には出会いがないこと。男たちは全員妻帯者で、全員、他の企業からの出向です。上司が替わると部下も替わります。

特殊すぎる職場だから仕方がないのです。

そこに何年も耐えて、いまでは誰よりもこの業務を知っているわたしを、会議から外すとか、若い女性職員たちのいいなりにさせるなんてことは、ありえないのです。

「業務に差し支えるようなことなら、きっちり報告をさせてもらいます」と一応、言いましたが、どうも彼女たちの様子は異常すぎます。

女子たちにエレベーターに連れ込まれました。興奮しているのか恐怖からか、汗とアドレナリンのニオイを強く感じます。少し怖くなってきました。暴力は苦手です。いざとなったら、ヒールを脱ぎ捨てて裸足で逃げる、と決めました。走れるか、足の力が弱っているので不安です。

一階。そこからは階段で地下へ。地下なんて行ったことがありません。駐車場と、駐車場の横に隣接した中華料理店があるだけ。その店はみんなが出前を取るときによく利用していますが、わたしのような女性向けではないので、女子はほとんど行きません。油のはぜる音、中華鍋の擦れる音、中国語の怒鳴り声……。

なんともいえない臭い。料理と下水、油と腐臭、そしてトイレから漂う臭い……。

その裏口のようなところを通って、狭い廊下を歩かされます。

「なによ。なんなのよ」

「黙ってきなさいよ」

トイレ。普通の男女のトイレがあり、その奥に赤いパイロンが立っている扉がありました。「工事中、立入禁止」の張り紙があります。

「なんなの?」

彼女たちはパイロンをどけて、ドアを開けました。

ニオイ。生乾きのコンクリート。糞尿。残骸。たしかに工事中のようです。壊している途中なのか、それとも作る途中なのかもわかりません。

「思い出した? マリカさん」

「なにを?」

「とぼけないでよ!」

一人に胸ぐらをつかまれ、一人に腕をつかまれました。

「なにをするの!」

理不尽な暴力。無断欠勤から復職したわたしに、腹を立てているのでしょうか。足元にゴロゴロと破壊されたコンクリートが転がり、裸足で逃げるわけにはいきません。

残忍ないじめ

「あんたはさ、ここで死ぬまで便器やってんじゃなかったの?」

意味がまったくわからないのです。

口に押し込まれるパイプ。身動きできないわたしに、彼らは容赦なく小便をかけてくる……。あの味、あのニオイ……。

「妙な妄想はやめてください。わたしは関係ないわ」

「そんな言い方ないでしょ! いくらなんでもとぼけすぎよ! わたしたち、もう耐えられないの。あんたはここで腐って死ぬって聞いてたのに……」

たしかに、こんなところにいたら、腐ってしまうでしょう。冷たく湿った地下。

「あんたの体の中には、小便やうんちがたっぷり染み込んでるのよ!」

酷い屈辱です。容姿は人並み以上で誉められこそすれ、面と向かって蔑まされたことはありません。

腕を背中に引き上げられ、痛いのでしゃがみ込んでいました。

「痛い! やめてください。暴力は……」

すると、そこに上司がやってきました。

「やめておくんだ」

ホッとしました。

「ここには来ない方がいいかもしれない。あれだけ厳重に固定していたこの女が、あっさり逃げ出せたのだ。何者かが逃がした。誰がやったのかわからないのだから、下手なことはできない」

「でも……」

「君たちが不安になっているのはわかる。この女がどういう人間なのか、おれにもよくわからない。だから、これからゆっくり、聞きだそうじゃないか」

「どうやって?」

「幸い、マリカのやってきたことは『便所虫の歌』という掲示板にすべて報告されている。マリカを使った者が写真をあげているからね。それをこいつで試してみれば、すぐにしゃべり出すはずだ。いつまでも、とぼけてはいられないだろう」

「さすがですね。じゃ、さっそく……」

「ここではマズイ。上に連れて行こう。表向きはうちの職員だが、いや、もう職員じゃない。服なんて着させているから勘違いするんだ」

「逃げられたらもっとマズイわ」

「じゃ、これを使うんだ」

上司が女子たちに手錠を渡しました。

「そんな! なにも悪いことはしていません! 信じてください」

「いいや。信じることはできないんだよ。ずっとガマンしてきたんだぞ。そっちは素知らぬふりをしているけどな、職場はパニックになっているんだ」

後ろ手に手錠をされてしまいました。体がスーッと冷たくなっていきます。

上司の手がブラウスに伸び、バリバリとボタンを引きちぎりながら、胸元を開きました。

「なにするんですか!」

「お上品ぶるんじゃないよ、便所女」

平手で頬を叩かれました。

揺れる脳。

わたしの中からなにかがこぼれ落ちていきます。黒いサイコロ。赤い目が四だったり二だったり三だったり。だけど止まらずに割れてしまいました。

幻想が見えるなんて。

ブラを女子が背中で外しました。別の手がスカートを引っ張り降ろしました。服が全部、ズタズタになってしまう。

「やめてー、お願い。そんなことしないでー」

職場のいじめというものでしょうか。どうしてみんながここまで狂暴なのか、さっぱりわからないので、泣き叫んでしまいます。

バシンと平手で頬を叩かれました。上司の分厚い手。その衝撃に呆然となります。

その間に、服はあらかた脱がされてしまい、パンティも女たちの指がかかって、引きずり降ろされていきます。

「そのままでいいぞ」

「そうね、そのほうがいいわ」

足首のところでパンティが止まっています。ブラウスはちぎれて手錠にかかっています。

「行くぞ」

「酷い、酷すぎます」

「うるさい!」

耳を女に引っ張られました。

「黙れ!」

怒鳴られて、こみ上げてくる言葉を飲み込みました。

全裸にされ、足首に絡まる自分の下着のせいで逃げることもできず、上司と彼女たちに腕をつかまれて廊下を歩かされます。

「お願い。恥ずかしいの。こんなの酷いわ」

大きな声を出すと怒られるので、すぐ横の部下である女性に呟いたのですが、無視されました。

階段。押し上げるように歩かされます。一階にはエレベーターホールがあり、大勢の人が行き交うのです。警備員もいます。管理会社の人もいます。恥ずかしくてしょうがありませんが、彼らが助けてくれるかもしれません。

思ったよりも多くの人がいました。助かったのです。わたしは振り切って、警備員のところへ駆け寄りました。

「助けてください」

警備員は困った表情をしています。

上司たちがすぐ追いついてきて、また腕を取られました。

「ご苦労様です」と上司が言えば、警備員は黙って敬礼をしました。

「どういうこと……」

ロビーにいる人たちは三十人ぐらいいます。男女ともに。ですが、道をあけてくれるものの、助けてはくれません。

「なんで。どうしてなの」

しだいに声が大きくなると、上司がまた思い切り頬を引っぱたきました。

「ぎひっ!」

今度は脳が割れてしまいそうです。

すると周囲から失笑が漏れました。上司はほかの人たちに見せつけるように、わたしの体をひねり、乳房に手をやりました。

「やっとつかまえましたよ。こうするしかないんです」

すると、拍手する人までいました。

女性職員たちまで「もっと早くやってしまえばよかったのよ」と囁いています。

誰も助けてくれない……。わたしがなにをしたというのでしょう。

「

跪

け」

上司が乳房を握りながら力を入れてきたので、やむなく膝を床につけます。

「おまえのせいで!」

彼はそう言うと、ゴルフのスイングのように手を振って、乳房をバシンと叩きました。

「ぎっ」

言葉になりません。ジーンと乳房が痺れ、体が熱くなります。怒り、屈辱、恐怖。そして混乱。

ロビーに喚声と笑い声が起こりました。

「そうよ!」

ヒステリックな女子が続いて、乳房を叩きます。

便所虫の歌 第4部 (4/5)
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